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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第七章
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三十九駅目 肖像画の向こう側

 肖像画の奥から続いていた階段を降りていくと、室温がグッと冷えて冷たく湿気を持った空気が二人の体にまとわりつく。

 誠斗たちはあまり音をたてないように気を遣いながら階段を降りていく。


「この先に何があるんだろうね?」

「まぁ普通に考えれば、シャルロ領主が緊急に避難するための部屋ね」

「ふーん」


 二人とも小さな声で会話をしているつもりなのだが、声は大きく反響しよく響いた。


 通路の幅はとても狭く、壁がすぐそばまで迫ってくる。


 壁に手をつきながら、階段をどんどんと降りていくと、ようやく扉が見えてきた。


「ようやく到着したわね」


 マーガレットはそう言いながら軽く扉を押す。

 すると、その先には簡易的なイスと机が置かれた小さな個室があった。


 廊下同様にひんやりとしているその部屋はマーガレットの読み通り緊急の避難部屋という側面も持ち合わせているのかもしれない。


「……ここにもいないか……」

「みたいね……ただ、これではっきりとしたことがある」


 マーガレットはしゃがみこんで床に手をついた。


「ハッキリしたことって?」


 誠斗が尋ねるも彼女は床に手をついたまま沈黙を保っている。


「マーガレット?」

「…………探知開始(サーチ・スタート)。対象アイリス・シャルロッテ」


 その声の直後にマーガレットの手を中心に五芒星をかたどった魔法陣が二つ展開される。

 その魔法陣から発せられる薄い緑の光はあっという間に部屋を包み、マーガレットがいる場所を中心としてレーダーのように針状の光が部屋の中で回転する。


探索完了(サーチ・コンプリート)


 一通りの呪文を唱え終えたマーガレットは立ち上がり、誠斗の方を見る。


「うん。ある意味予想通りね……サフランが好きに調べろっていったときに気づくべきだったというところかしら?」

「えっ? どういうこと?」

「要するにアイリスはすでにこの屋敷にいないっていうわけよ。もう少しいえば、二日から四日前ぐらいに彼女はこの部屋にいたっていうことよ」

「どうしてそんなことわかるのさ?」


 マーガレットが自信ありげに語るのだが、誠斗が見る限りアイリスが部屋にいたという証拠は見当たらない。

 もしかしたら、先ほどマーガレットが使っていた魔法に関係があるのだろうか?


 マーガレットは小さく息を吐いてからことの説明をし始める。


「私が使っていたのは探知魔法(サーチ・マジック)。私が魔族領にいたときに魔族から習った魔法の一つよ」

探索魔法(サーチ・マジック)ね……」

「そう。その名の通り、ごく狭い範囲内に自身が接触した記憶のある人間または、そこにあったモノの痕跡を探す魔法よ。まぁさっき使っていたのはその中でも初歩的なもので探知魔法(サーチ・マジック)の中でより高度な魔法を使えば広範囲に対象の人間……それも相当な人数が探索可能よ。その代わり、準備に相当時間がかかるのと、魔力の消費が半端じゃないからあまり気軽につかえないけれど……はぁ人間っていうのは魔力があまりないのが難点なんて言われるけれど、まさにそのとおりね」


 マーガレットは部屋の中を二、三回見回すと、左の方の壁に手をついた。


「それで、さっきの魔法を使ったら少なくとも三日前にはアイリスがここにいた痕跡が見つかったのよ。まぁ正確さは少し欠けるからもしかしたら今日の朝ぐらいまでいたかもしれないけれど……どちらにしろ、彼女がすぐ直前までここにいたことは確実よ」


 そうやって、語るマーガレットの表情は真剣そのものだ。

 誠斗はマーガレットから視線を外し、改めて部屋の中を見回した。


 こんな狭い、小さな部屋にアイリスは何日間いたのだろうか? 彼女はこの部屋で何を思っていたのだろうか?

 誠斗はイスの上に乗り、部屋の奥にある窓の方に近づいてそこから先の景色をのぞいてみる。


「これは……」


 その窓の外から見えたのは、はるか遠くに見えるシャルロの森があり、手前には領主の屋敷近くの町が見え、夕日に照らされる広大な平原も見渡すことができる。


 隠し部屋の小さな窓で仕切られているせいか、その光景は一枚の絵のように美しい。


 それがまた、その風景が手の届かない場所にあるような気すらさせるのだ。


「マコト。アイリスがシャルロッテ家にいないことが確定した以上、ここに長居する必要はないわ。さっさと出ましょう」

「えっちょっと! マーガレット!」


 マーガレットは誠斗が止めることもなく、さっさと部屋から出て行ってしまう。


 誠斗はその背中を追って部屋から飛び出していった。




 *




「…………お帰りなさいませ。目的のモノは見つかりましたか?」


 誠斗たちが部屋から出ると、肖像画のすぐ横の壁に体重を預けるような形でサフランが立っていた。


「あなた。ここにアイリスがいないからそんなことを言い出したのね?」

「…………何のことだか私のは理解できませんが」


 冷静な言葉に奥にわずかな怒りをたぎらせるマーガレットの姿など気にすることもなく、サフランはさも当然といったような口調で告げた。


「シャルロッテ家当主アイリスは当家におりません。御用がおありでしたら、アイリスの捜索にご助力願います」

「はぁ白々しいことで……」

「…………先ほどと同様にその言葉の意味を理解しかねます」


 マーガレットはサフランの胸ぐらをつかみ、自身の方に引き寄せる。


探索魔法(サーチ・マジック)を使った結果、アイリスがいた形跡が発見された。それも数日前だ。つい最近まであいつがあの部屋にいたんだろ?」


 マーガレットが大声を張り上げているというのにサフランは特に表情を変えることもなく、小さくため息をついた。


「………………離していただけますか? 人を呼びますよ?」


 その言葉でマーガレットはおとなしく手を離す。

 サフランは、胸元を手で軽く払うと、服を整えて書斎机のところまで歩いていく。


「…………当主アイリスですが、その所在は私も存じ上げておりません。これは、シャルロッテ家の公式見解です。まぁそれよりも、ヤマムラマコト。私はあなたに興味があります。お時間はあいてますか?」

「そんなことを言っているわけじゃないだろ!」

「…………私にとっては重要なことです。蒸気機関車は人間の発展に確かに寄与するものだと思います。ですので、そのあたりの話を詳しく聞きたいとおもいまして……もっとも、これが今日お呼びしたもう一つの理由ですので」


 彼女はマーガレットの横を通り抜けて誠斗の前に立つ。


「………………さて、随分と時間が相手しまいましたが、蒸気機関車の話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」

「いや、あの……」

「もちろん、修理記録は見ています。蒸気機関車の修理に必要であること以上に現在ほとんど残されていない初代領主マミ・シャルロッテが自ら記した記録の一つでもあるのです。マミ様は公式、非公式問わずにほとんど自らの記録を残していませんから」


 彼女は先ほどまでのアイリスの話などなかったかのようにかすかな笑みを浮かべ優雅にふるまう。


「………………お聞かせ願いますか? しばらくは私が窓口となるので今後の協力のためにも必要ですから」

「……また後日でも?」


 これまでの話の流れから彼女に普通に接せられる自信がなかったため、今日のところは帰ろうとしているのだ。

 もっとも、このままマーガレットともにシャルロッテ家にいるのは精神衛生上よろしくない気もする。


「………………了解しました。いつでもお待ちしておりますのでまた、都合のいいお日にちでお越しくださいませ」


 サフランもそのことを察したのか、少し残念そうな表情を浮かべながらも書斎机の方に戻り、席に座る。


「……それじゃ、帰るわ。アイリスは絶対見つけるから。その上であなたのやったことを暴いて見せる」

「…………やれるものならやってみてください。シャルロの森のマーガレット」


 マーガレットとサフランはそんな会話を交わし、誠斗とマーガレットはシャルロッテ家の屋敷から出て行った。

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