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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第七章
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三十八駅目 シャルロッテ家の隠し部屋

 冬が近づき、寒さが一層厳しくなり始めたこの日、誠斗とマーガレットの姿はシャルロッテ家の屋敷にあった。

 理由は単純でサフラン・シャルロッテから手紙でシャルロッテ家の屋敷に来るようにと言われたからだ。


 その手紙には呼び出しの理由等は明記されていなかったが、だからと言って無視するわけにもいかない。


 今のところ資材の搬入もなく、路線の拡大も今すぐということではないので、手紙を受け取ったのちに直ちにシャルロッテ家の屋敷に向かったのだ。


 外は冬で冷たい風が吹いているというのに屋敷の中は暖房でもきかせているかのように温かい。


 いつもの執務室に通されると、書斎机の向こう側……マミ・シャルロッテの肖像画を眺めるような恰好でサフラン・シャルロッテが立っていた。


 彼女は誠斗たちが入ってきたのがわかったのか、肖像画を見たまま口を開く。


「………………突然のおよびたて謝罪します。ですが、少々急ぎなのでこのような形をとらせていただきました」

「急ぎね……用件を聞いてもいいかしら?」

「……………………はい。では、完結に述べさせていただきましょう」


 そういうと、彼女はいったん言葉を区切り誠斗たちの方を向いた。

 その顔は前に比べてやつれていて、憔悴しているように見えた。


「……シャルロッテ家当主。アイリス・シャルロッテが姿を消しました。しばらくは私が当主代理としてあなた方の対応をさせていただきます。それと、当主アイリスの目撃証言があれば当家までお寄せいただきたいと思っています」


 そう言って、サフランが深く頭を下げる。


 誠斗はちらりとマーガレットの方を盗み見るが、彼女は無表情を保ったままサフランの頭を見つめていた。


「本当にアイリスはこの屋敷にいないの?」


 彼女が聞くと、空気が凍りつくのを感じた。

 サフランもマーガレットも無言で見つめあう。


 もともと、サフランがアイリスに対して何かをしたという可能性は疑っていた。


 しかし、今こういった形で口をする必要があるかどうかはわからない。


 サフランはこの事態を想定していたのか、表情一つ変えることなく、部屋に入ってきたとき同様にマミ・シャルロッテの肖像画の方を向いた。


「…………わかりました。私が許可しますので気が済むまでお調べください。ただし、執務の邪魔にならない範囲でお願いします」

「わかったわ。だったら、遠慮なく思う存分探らせてもらうわね」


 そういうと、マーガレットは執務室を飛び出して行ってしまった。


 誠斗はあまりの出来事に状況が飲み込めないでいたが、肖像画から視線を外して、首だけをこちらに向けて冷たい視線で見つめるサフランの姿が視界に入ったとたん、誠斗はその場から逃れるように執務室から退室していった。




 *




 マーガレットは長い廊下をドンドンと迷いなく進んでいく。

 その背中をやや駆け足になる形で誠斗が追いかけて行った。


「ねぇマーガレット! 当てはあるの?」

「……はっきりとしたのはないわ。でも、このシャルロッテ家は別名シャルロのからくり屋敷なんて呼ばれるほど仕掛けが豊富に存在しているのよ。マミの秘密書斎はそれの一つに過ぎない。この屋敷を建てた人間が何を思ったのか大量の隠し部屋や隠し通路を作っているのよ。サフランがアイリスを隠すのならばそのうちのどこか一つ……だから、少なくとも私が知っている中で最近、動かした形跡がある隠し部屋を一通り探してみる」

「一通りってどのぐらいなのさ?」


 誠斗の質問にマーガレットは少し間をおいてから口を開く。


「私の記憶にある限りで部屋が二十八か所、通路が三十二か所……実際にはそれ以上の数が存在しているでしょうね……」

「二十八と三十二って……六十か所もあるの?」

「えぇ。そうなるわ」


 そう言いつつマーガレットは立ち止まり、廊下に飾ってある花瓶を少し横にずらした。


「マーガレット? 何を……」


 したいのかと言い終わるよりも前に大きな音が鳴って、花瓶の横の壁が大きく動き始めた。

 その様は隠し部屋の入り口と言って相違ないほどのモノでまさにイメージ通りだといったところだろう。


「ここが一つ目。屋敷の外への緊急脱出を目的として作られたと思うんだけど、間に避難部屋と思われるいくつかの部屋の存在が確認されているわ」

「避難部屋?」

「そう。数にして五つ。まぁこんな具合だから、六十と言ってもたいした時間がかかるわけじゃないわ。さっ見つかる前にさっさと行くわよ。許可があるとはいえ、いろいろ聞かれると面倒だから……」

「まぁそれもそうか……それじゃ、さっそく」


 誠斗はマーガレットに続いて扉の奥へと入っていく。

 二人が入ると同時にゴーッという低い音が鳴って扉が閉まると、それに代わるようにろうそくが灯りをともす。


「これは……」


 誠斗の声が大きく反響する。

 目の前にあったのは隠し部屋とは思えないほど巨大な空間で高さは二階建ての建物ほどで広さはテニスコートが丸々入りそうな大きさだ。誠斗たちが立っている入り口は部屋のちょうど真ん中にあたるような位置でそこから下に向かって階段が伸びているのが見えた。


「ここは外部からの攻撃があったときに使用人や来客者が避難するための施設ね。そして、この避難ホールのちょうど向かい側にある扉が外につながっている扉で、残りは個室と長期にわたって立てこもることを想定した倉庫もあるはずよ」


 周りを見回しながら階段を降りていくと、石と靴が当たるコンコンという軽い音が広い空間に響く。


 階段を一番下まで降りると、うすぐらいホールにさらに多くの灯りが灯る。

 そうすると、倉庫や個室につながっているとみられる扉が現れた。


「ほんとにあった……」

「だから言ったでしょう? して、とりあえず私は左側の扉を見るからマコトは右側を見て頂戴」

「わかった」


 誠斗はマーガレットと手分けしてホールの左右に分かれていく。


 誠斗は右側の方にやや駆け足気味で向かい、最初の入り口から見て右前側の扉を開ける。

 そこはどうやら、非常食用の倉庫らしくたくさんの樽や木箱が積まれていて、部屋にこもった香辛料の香りが鼻を突いた。

 誠斗は念に念を重ね、倉庫の隅々まで人影がないか確認していく。


 しかし、いくら探したところでそれらしきモノは見つからない。

 誠斗は一通り、確認した後に倉庫を出て隣の部屋に入る。


 今度は個室らしく、イスと机、トイレと言った独房ではないかと聞きたくなるほど簡素な部屋だ。


 一応、机の影なども見てみるが当然ながら人の姿は見えない。


 ためしに何か仕掛けがないかとコンコンと壁を叩いてみるが、コツコツという壁がたたかれる音は変わらない。


「ここにもいなさそうだな……」


 確認するようにそうつぶやくと、誠斗はその部屋から出て行った。


 その後も、普通の部屋から隠し部屋までありとあらゆる部屋を探り、夕方になるころにはシャルロッテ家のすべての部屋と隠し部屋(わかっている限り)を見たのだが、アイリスの姿は影も形もなく、二人はとぼとぼと執務室に戻ってきた。


 執務室の扉を開けると、どうやらサフランは席を外しているらしく誰の姿もなかった。


「いないのね……」

「みたいだね……」


 マーガレットは大きくため息をつく。

 おそらく、一日中家の中を走り回っていたものだから疲れたのだろう。


 彼女は何を思ったのか、マミ・シャルロッテの肖像画をジッと見つめている。


「マーガレット?」

「ねぇマコト。私がアイリスがこの屋敷にいるはずだっていったとき、彼女はこの肖像画を眺めていたのよね?」

「えっ? うん」

「そもそも、ここまでずっといろいろ調べてきたけれど領主専用の隠し部屋が屋根裏だけなんて言うのも納得できない……」


 そう言いながら、マーガレットはゆっくりと肖像画の方へと歩み寄っていく。

 書斎机の横を抜け、普段アイリスやサフランが立っているような位置に来ると肖像画の周りを探り始めた。


「マーガレット?」

「大体、いつもここに来るとアイリスもサフランもこの肖像画の前に立っていることが多いでしょ? 書斎机が肖像画の前にある以上、そこにいるのは不自然でないにしろ常に立って客を迎える必要はない。それに人は隠し事をするときにそれを隠した方を見たりするモノなのよ。だから、裏を返せばこの肖像画に何かがあるはず……」


 マーガレットの言葉を聞き、誠斗も彼女同様に肖像画の前に行き、周辺を調べ始める。


「いや、まさかな?」


 ここまでどこか壁を押すだとか家具をずらすなど若干、動かし方がわかりにくい仕掛けが多数存在していたが、ここだけ単純だということはさすがにないだろう。


 そう思いながらも世の中には“押してダメなら引いてみろ”という言葉もあるように思ってもみない方法で扉が簡単に開いてしまいこともある。


 モノは試しと肖像画を軽く押してみると、ギィという音を立てて肖像画が奥へと動き、その向こうから薄暗い階段が出現した。


「えっ? ウソ?」


 あまりにあっさりと事が運んだことに驚きを隠せないが、誠斗とマーガレットはお互いの顔を見合わせ小さくうなづいた後、肖像画の扉の向こうにある階段を降りて行った。

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