三十六駅目 南森駅と暦 ☆
注意
今回の話では本文中に挿絵(路線図)が入っています。
朝、誠斗が目を覚ますとすでにマーガレットの姿はなかった。
寝過ごしたかと思い窓から太陽を見てみるが、太陽は未だに東の空の低いところにあって、嫌でも今が朝であると認識せざるを得ない。
誠斗は、机の上に用意してあった朝食を食べてから外にでる。
すると、マーガレットの姿はすぐに見つかった。
彼女はツリーハウスのすぐ下でA2サイズの用紙ほどの大きさの木の板に何かの紙を張っているようだ。
「おはよう」
「あぁおはよう」
短いあいさつを交わした後、誠斗はマーガレットの手元をのぞき込む。
「あっこれって……」
「一応、こういったモノがあった方がわかりやすいと思ったから作ったのよ……まぁ路線が増えればその分だけ増やしていくつもり」
「なるほどね……」
マーガレットが書いている路線図は上に黒い線で環状線が書いてあり、下の線の真ん中から緑色の線で南線が書かれている。
紙は二枚あって、一枚は誠斗の書いたメモを参考にしたとみられる日本語で書かれたモノ。もう一つはこの世界の言語で書かれたモノだ。
誠斗はそのうちの日本語で書かれた方の路線図を見た。
路線図には三本の矢印が書かれていて、一つ目はマーガレット家前駅の横を上向きに延びる矢印、二つ目は一つ目の矢印のちょうど対になる位置に下向きの矢印だ。三本目は路線図の下の方。環状線と南線が分岐する環状線南分岐点のすぐ横に書かれていて、環状線方向から来た矢印が南向きに折れているというモノだ。この矢印は列車が進む方向を示していて、基本的に列車は矢印の方向に走り、帰りはその逆といった具合で進む。
これは、南線以外の路線を作るまでの処置だ。
南線以外が環状線に乗り入れるようになると複数の路線から同時に列車が侵入すると同時に環状線から別の路線へ向かう列車が走っているという可能性もあるからだ。
細かいルールはもっと後で決めていくつもりだが、現状はこれが一番安全だという判断がくだされたのだ。
マーガレットは路線図を張り終えるとすぐ下に別の紙を使って“統一国歴1259.11.9現在”と書き足した。
「下の数字は何?」
誠斗が尋ねると、マーガレットは作業の手を止めずに答えた。
「今日の日付。ほら、今日中には南森駅もできるでしょ? だからよ……そういえば、暦の詳しい説明していなかったかしら?」
「うん。日記を書いたときに聞いたのは日付だけだったから……」
誠斗がそういうと、マーガレットは視線を誠斗の方に移した。
「そういえば、そうだったわね。まぁまた今度なんていうと忘れるかもしれないし、今説明しちゃいましょうか……して、そもそもこの世界にはたくさんの暦が存在するわ。たとえば、この地域で現在も使われている暦だけでも“統一国歴”、“シャルロ歴”、“妖精歴”の三つがあるの」
マーガレットは魔法で紙とペンを出現させて、そこに左から順に“統一国歴”、“シャルロ歴”、“妖精歴”と記入する。
「まず、どこに行っても通用するのが“統一国歴”。これは、初代統一国国王が誕生した日から数える暦で統一国が全世界を支配下に置いていたときに広く普及した暦ね。ちなみに統一国歴で考えると今日は“統一国歴1259年11月9日になるの」
“統一国歴”という文字のすぐ下に“1259.11.9”という数字が表れた。
「次にシャルロ歴。これは、シャルロ領が成立した日から数える暦ね。シャルロ領初代領主にマミ・シャルロッテが就任し、シャルロ領が出来たのが統一国歴421年のことだから、これで考えると、今日は“シャルロ歴838年11月9日”になる」
先ほどと同様に“シャルロ歴”と書かれた文字のすぐ下に“838.11.9”という数字が表れる。
「最後に妖精歴。これは妖精たちが主に使っている暦よ。詳しくは知らないけれど、統一国歴に560を足すた数字ね。もう一つ付け加えると妖精は少し月日の考え方が独特だからそこのずれもあるわ。たとえば、今日の日付を妖精歴で表記すると“妖精歴1819年ユノンの月10日目”になるの。妖精歴では各月の名称にかつて十二人であった大妖精の名前に使うというのと、日付が少しずれるの。ここらあたりは詳しく話をしていくときりがないからこのぐらいにして置くけれどね」
マーガレットの説明の間に早くも“妖精歴”という文字の下に“1819.ユノン.10”という文字が表れた。
それぞれの表記が並ぶとそれぞれに大きなずれがあることがわかる。
それ以上にシャルロ領の歴史が思ったよりも長いという点に驚きを隠せないというのもあるのだが……
誠斗がそれらを見つめていると、マーガレットは誠斗から視線を外し先ほどの日付が書かれた紙を看板に張り付けて、それを立てる。
「ほら、暦の話はこれでおしまい。早く南線建設予定地に向かいましょう。今日中にちゃんと完成させないと、日付を書き直さないといけなくなっちゃうから……」
そんなマーガレットの言葉に押され、誠斗は目の前に置かれた紙を持って立ち上がる。
「わかったよ。それじゃ、行こうか……」
誠斗はマーガレットともに駅の方へと向かう。
駅に着いたとき、ミニSLに乗って待ちくたびれた様子のマノンに散々文句を言われることになるのだが、それはまた別の話。
*
マーガレット家前駅から出発してからしばらく、ミニSLは南森駅建設予定地のすぐ近くまで来ていた。
昨日のうちに資材の搬入は終わっていたため、南森駅完成後すぐに試運転が出来るようにするためだ。
南線第一信号所よりも広い広場で誠斗はマノンやマーガレットと手分けをして南森駅の構内の工事を進めていく。
南森駅は一面二線の駅で木の板で造られた簡素なホームを両側から挟むように二本の線路がひいていく。
線路は折り返しと南森口駅方面への延長を見据えて少し南方面に余分に作っておく。
線路の暫定的な終点となる部分には列車が冒進した際に線路の向こうに飛び出さないよう盛り土をして、南森駅の配線工事は終了だ。
その後、南森駅のホームに駅名が書かれた看板を立てたり、信号所同様に停車位置を示す看板を立てているうちに太陽は高く昇り、徐々に西へと傾き始める。
そのころになると、ようやく細かい作業まで終了して南森駅は無事に完成を迎えることができた。
誠斗は完成したばかりの南森駅のホームに立ち、駅の入り口から入線してくるミニSLを見た。
ミニSLはマノンの運転でゆっくりとホームに滑り込んでくる。
ミニSLは停車位置ぴったりに止まり、その後運転していたマノンが降りて、誠斗の方に歩み寄ってきた。
「やっと完成っていう感じだね」
「うん。でも、これでまだ半分って聞くと、とんでもなく大変な気がしてきちゃうけど……」
マノンは南森駅のホームから飛び立ち、少し高いところから駅を見下ろす。
「上から見ると、また違った感じがあっていいね」
「……はぁ煙となんとかは高いところが好きなんて言うけれど、本当なのね」
マノンのちょうど真下。
ミニSLが停まっている場所のすぐ横からマーガレットの呆れたような声が響く。
「ちょっと! それ、どういうことよ!」
「そのままの意味だけど? まったく、妖精っていうのは気楽でいいわね」
「なによ! 人間のくせして森の中にひきこもちゃって! このひきこもり!」
「私は普通の人間とは違うの。それに今でも魔法薬は作っているし、南線建設が一段落したからそれを町に売りに行こうっていう気でいるのよ? まったくもって引きこもりなんて失礼ね」
「なーにが“魔法薬作っているし、売りに行っているからいい”よ! 人間はもっと積極的に外に出て暮らすものでしょうが!」
上空と地上にそれぞれいながら始まった口げんかに誠斗は思わずため息をついてしまう。
「まぁでも、喧嘩するほど仲がいいっていうし、そういうことなのかな?」
幸か不幸か、誠斗の声は口げんか中の二人には届かず、誠斗の声は静かな森の中に消えて行った。




