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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第五章
37/324

幕間 とあるエルフの一日

 スュードコンティナン帝国領シャルロ地方。

 そこを治める領主の屋敷のすぐそばにある町は思いのほか広くない。


 この地方内で一番大きな町であるシャルロシティからはそれなりに距離があり、東からそこへ向かう交通の中継地として栄えてきた町であり、要は単なる通過点に過ぎないからだ。


 そのためか、通りにはたくさんの宿が並び、宿泊客向けの露店や旅の途中で武器を失った旅人向けの武器や周辺の農地で使う農具およびそこで収穫された作物が多く売られているのが特徴だ。


 そんな町の中において唯一、紙やペンといったモノを取り扱っている店が路地裏に存在していた。


 この町のすぐ近くにあるシャルロッテ家の屋敷に住み込みで働いているバジルという名の青年はその店を目指していた。


 路地裏にひっそりとたたずむその店には看板など出ておらず、パッと見ただけではそこが焦点であるとは認識できない。

 ただでさえ、路地裏だというのにその見た目のわかりにくさを加味させると、この店を一度でも訪れたことがある人間以外がその存在に気づけるはずもなく、ただひっそりと重く頑丈な扉が来客を待っているのみだ。


 扉をくぐり中に入るとまず目につくのが大量の羊皮紙だ。

 大量に置かれた棚に一つ一つ丁寧におさめられているそれらは品質や産地等々により細かく分類され、それぞれ違う値段がついている。


「……いらっしゃい」


 入り口で立ち止まっていると、店の奥に置かれたカウンターの向こうから声をかけられた。

 いつ来てもそうしているように真っ黒なローブに身を包んだ怪しげな雰囲気を持つ女性こそこの店の店主シルクである。


「どうもこんにちわ」

「あぁシャルロッテ家の……いつも世話になっているな」

「いえ、こちらこそ……この周辺で紙とペンを手に入れられるのはここぐらいなんで」

「まぁそうだろうな。ハッキリ言って、この町じゃあんまり需要ないからね……」


 シルクはくすくすと笑い声をあげる。


「まぁゆっくりとみていきな。新しいペンを所望ならこっちだけどね」

「わかってますよ。今日は紙を買い足しに来ただけなので……」

「だろうねぇ。ペンを買いに来たのならまっすぐこっちに来るだろうし……」


 何を考えているのかよくわからない。

 シルクはつまらなそうな口調でそういうものだから、バジルはこれまた特大のため息をついた。


「そうですよ。大体、ボクみたいな下っ端がペンを買いに来るわけないでしょう」

「そらそうか……まぁいいけれどさ……なんだったら、値段が安いやつもあるけれど帰りに見ていく?」

「いや、いいですよ。今日はお使いできただけなので」

「あぁそうかい」


 そんな会話をしながら、バジルは羊皮紙を選んでいく。

 これだけたくさんあると選ぶのが大変なのだが、裏を返せば探しているモノがないということがないのがこの店のいいところだ。

 どうやって、これほどの種類をそろえているのかは分からないが、それは客の気にすることではない。


 バジルはようやく見つけた目当てのものを持ってそれをカウンターに置く。


「これとこれね」

「はいはい」


 シルクは手際よくその種類と量を確認すると、金額の計算を始める。


「えっと……全部で500Gね」

「はい。これでちょうどね」

「……はい。確かに」


 バジルから受け取ったお金の金額が間違っていないことを確かめるとシルクはそれをカウンターの下にある箱にいれる。


「そういえばさ。最近、シャルロッテ家ってどうなの?」


 このまま紙を持って帰ろうかというとき、シルクがそう聞いてきた。


 また、始まった。バジルは心の奥でそう思う。

 買い物に来るたびいつもそうだ。他の使用人に対してもそうらしいが、必ずと言っていいほどシャルロッテ家の近況を聞かれるのだ。


 彼女としては単なる世間話のつもりなのだろうが、割と深いところまでつっこんで聞いてくるので使用人たちの中には彼女のそういったところを嫌っている人すらいるほどだ。


「どうってどうなんですか?」

「いや、どうって決まってんじゃないの? 近況よ近況。たとえばそうねぇ……アイリスの奴がまた面白いことを始めたとかそういうのないの?」

「ないですね。まぁ相変わらずというやつです」

「そう……まぁいいわ。また、よろしくね」


 一瞬、残念そうな表情を見せたのは世話話を聞けかなったからだろう。


 どういうわけか、この人はちょっとしたしぐさからウソを見破るのだが、今回はウソはついていないのでそういったことはないだろう。

 バジルは購入した羊皮紙を両手に抱えて店から出て行った。


 これで買い出しは終わりだ。

 そう思うと体の力がふっと抜けた。


 バジルは足取り軽く路地裏を抜け大通りにあふれる人の波の中へと消えて行った。




 *




「はぁまったく……徹底してるねぇ」


 シルクの表の顔はただの商人だ。

 しかし、それだけならわざわざ路地裏に店を構える必要はない。


 そう彼女にはもう一つの顔があるのだ。


 情報屋。その職業柄、彼女は常にありとあらゆる方面から情報を集め、依頼を受けたら別の道から同じような情報を得られるか念入りに試してから依頼主に情報を提供する。

 こちらの商売の客はかなり限られている。


 一回当たりの依頼料がかなりのモノであるというのもあるし、一程度の信頼がおける相手にしかこの仕事は持ちかけない。


 それはさておいて、今シルクが調べているのはシャルロッテ家現当主アイリス・シャルロッテの行方だ。

 しかし、これが思いのほか手がかりが少ない。


 これは情報がないという意味ではなく、有用な情報がないという意味だ。


 誰に聞いてもいつも通りだから問題ないという程度の話で終わる。


 しかし、彼女をどこそこで見たなんて言う話は普段ならよく聞くのに最近は全く聞かない。だからこそ、いつも通りだとか、何ともないなんて言う情報だけでは逆に怪しくなってくる。

 こういった情報を聞くたびにシルクの頭の中には最悪の可能性がよぎった。


「……どうしたもんかねぇ。いっそのこと、直接屋敷を訪ねて話を聞きに行こうかな……それとももっと別の方から攻めて行こうか……しかし、屋敷に行った方が……それは少しリスクがありすぎる気も……


 そんな風に様々な方策を考えてみるが、これといった答えに到達する気配がない。

 ここまで来たらアイリスは屋敷にいないかすでにこの世にいない可能性を本気で考えた方がいい気すら気がしてくる。


「………………あの。先ほどから話しかけているのですが? 今は都合が悪いですか?」


 しかし、その一言でシルクの思考は中断された。

 シルクが顔を上げると先ほどから話しかけていたらしい少女が無表情でこちらを見下ろしていた。


「おっと、これは失礼……私に話しかけたってことはペンをご所望かい?」

「………………違います」

「紙を買いに来たんだったら自分で選んでこっちまでもってきな」

「………………そうでもありません」

「じゃあなんなのさ」


 そこまで来て初めてシルクは少女の顔をしっかりと確認した。

 長い前髪で片目を隠しているその少女は冷たい視線をこちらに向けている。


「…………わかっているのではないのですか? あなたのもう一つの顔に用事があってまいりました。それと申し遅れました。私はシャルロッテ分家当主サフラン・シャルロッテです」

「これは失礼。分家当主さんでしたか……誰からのご紹介で?」


 突然のことにおどろきつつもシルクは努めてそれを表に出さないようにして、自分の頭の中にある彼女についての情報を引っ張り出す。

 女性でありながら十六歳という異例の若さでシャルロッテ分家当主となり、本家当主のアイリスを裏から支えているとされている人物でアイリスのことを姉と呼び慕っているとして有名だ。


 それ以外にも彼女の趣味嗜好など他愛もない情報も多々持っているが、彼女を目の当たりにするのは初めてなのですべてがわかっているわけではない。


 彼女は首を少し傾げて口を開く。


「…………紹介者というのは言わなければならない情報なのですか?」

「いやなら結構だよ。まぁそれなりの立場に立っているからな。まぁ秘密の一つや二つあって当然だ」


 そう言いながらサフランにイスに座るように勧める。

 それと同時に店全体に防音の魔法をかけた。


「それで? 依頼を聞きましょうか」


 シルクはカウンターに肘をついてニヤリと口角を上げる。


「………………ようやくこの話ができるのですね。いいでしょう。私の依頼というのは単純明快です。シャルロッテ家当主アイリス・シャルロッテを探してほしいのです」


 彼女の口から飛び出した依頼の内容に思わずシルクは何か聞き違えてしまったのではないかと思ったが、重要な依頼の内容だ聞き違えるわけがない。


「………………姉様に関する情報ならなゆでもかまいません。探していただけるのですか? いただけないのですか?」


 シルクは驚きを隠せないながらもコクコクと小さくうなづいてサフランからの依頼を受ける。


「それじゃ、さっそく依頼の詳細を聞きましょうか。本来なら契約書とかいろいろ書いてもらうんだけど、今回はとりあえずなしでいいからさ。そのかわり嘘偽りはなしにしてくれ」


 そう言って依頼の詳細を聞き出す頃にはシルクはすっかりと平静を取り戻し、サフランの顔をまっすぐと見据えて彼女の話を聞き始めた。

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