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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第五章
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二十八駅目 サフラン・シャルロッテ

 サフランから修理記録の返還を要求されてからの一週間はあわただしいものだった。

 修理記録の中身すべては不可能にしても必要最低限の部分を写し、それらを念のために隠していく。


 それをする一方でミニSLの新線建設も平行して行っているため、本当に休む間がない状態だ。


 普通に考えれば、修理記録の件を最優先にしてミニSLのことはあとに回すべきなのだろうが、今回の件があまりに特殊なため怪しまれないようにとマーガレットが言ったためだ。


 彼女が言うには、幻影魔法を使っている際にこちらの動きを伝える役割としてもっとも怪しいのは妖精なのだ。

 理由は単純であの中に混じって作業をしていても不自然ではなく、妖精は人間に比べて魔法に優れているため、シャルロの森から執務室にいるサフランに念話で状況を伝えることは可能だろうということだ。


 そうすると、亜人追放令によって被害をこうむっている妖精がそう簡単に十六翼議会に協力するのかという疑問がわくのだが、それに関しては十六翼議会という権力を盾にすれば問答無用で妖精を従わせられることは明白なのでどうして妖精が協力するのかどうかというのは愚問だとバッサリ切り捨てられてしまった。


 そんな風に一週間はあっという間に過ぎていき、返還期限の直前である今日、誠斗とマーガレットは馬車に乗り、アイリスの家を目指していた。

 大きく揺れながら前へ進む馬車から見えるのは平野だったり、町並みだったりといつも通りだ。


 しかし、そこに流れる空気はいつもと違いどこか重く暗いものだった。


「マコト」


 そんな中、手綱を握っていたマーガレットが唐突に口を開く。


「どうかしたの?」

「今頃かもしれないけれど、どうしてアイリスはサフラン・シャルロッテを通じて返還要求をしたのかしら?」

「えっ?」

「だって、アイリスはずっとマコトと手紙でやり取りしているわけでしょう? だったら、その手紙の中で返してほしいっていえばいいし、そもそも私たちと顔見知りではないサフラン・シャルロッテにそれを伝えさせる意味ははっきり言ってないと思わない?」


 考えてみればそうだ。

 一週間もの間、修理記録を写すのに必死だったから気づけなかったが、冷静になって考えてみればいくつも不自然な点がある。

 そもそも、サフランが修理記録の返還を求めたのは材料が届いた直後だ。そもそも、それには手紙が添えられていたし、修理記録を返してほしいということぐらいわざわざ魔法を使わずともそこに一文を加えるだけで要求することができる内容だ。


 そこから導かれる可能性はサフラン、もしくは十六翼議会がアイリスの名前を使って修理記録を回収しようとしているのだ。

 ならば、その目的は何か? 真っ先に思いつくのはこの世界に鉄道を建設という行動に対する妨害だが、それならそれ以外にいくらでも方法がある。


 はっきり言って、現状でシャルロッテ家の協力が得られなくなったら鉄道の計画はたちまち足止めになってしまうといっても過言ではない。


 現在、蒸気機関車を所有しているのはシャルロッテ家であり、それの修理法を知っているのもまたシャルロッテ家であるからだ。


 シャルロッテ家の協力を喪失し、また一から蒸気機関車を作っていくとなるとそれこそ一筋縄ではいけないだろう。

 考えられるだけで超えられるかどうか定かではない壁が次々と立ちはだかるのが目に見えている。


 そう考えると、修理記録の返還よりもシャルロッテ家からの協力がなるなる方がよっぽどか影響が大きいように思える。


「……さすがに考えすぎか……」


 そこまで来て、誠斗はいったん思考を停止させる。

 さすがにそこまで考え始めると話が飛躍しすぎている気がする。


「マコト?」


 先ほど、話しかけたときとは違い、若干心配の色が込められているマーガレットの呼び掛けて一気に現実に引き戻される。


「大丈夫?」

「うんまぁ……ちょっと考え事していただけだから……」

「そう」


 マーガレットはなんとなく誠斗が何を考えていたのか理解したのだろう。

 短く返事をしたのち、彼女は再び前方へと視線をやる。


「まぁどちらにしても、修理記録を返した後、アイリスがどうするかよね……もっとも、屋敷に行ったときに執務室のイスに座っているのがアイリスじゃなくてサフラン・シャルロッテである可能性は否定しないけれど……」


 マーガレットがそういうころには、馬車はシャルロッテ家の敷地内に入り、玄関前へ向けてゆっくりと速度を落とし始めていた。




 *




 屋敷についた後、使用人に案内され、執務室に通された。


「………………お待ちしていました」


 しかし、そこで待っていたのはアイリスではなく、書斎机の上で手を組み、口元を隠すような恰好をしたサフラン・シャルロッテであった。

 彼女は、誠斗とマーガレットの姿を確認するなり、その手元に抱えられている修理記録を確認してほくそ笑む。


「………………どうやら、約束は守っていただけたようですね。突然の要求だったにもかかわらず遂行していただいたこと感謝しています。ただ、返却期限ぎりぎりというのが少々気になるところではありますが、それは良しとしましょう」


 彼女はゆっくりと立ち上がり、誠斗たちの方へと歩み寄る。


「一つ。いいかしら? アイリスはどうして修理記録の返還を求めたの?」


 しかし、マーガレットが問いを投げかけるとサフランは机の横あたりでその動きを止めた。


「……どうしてと言いますと?」

「これはマコトから聞いたことだけれど、かつてアイリスは修理記録は写しがあれば十分だからしばらく原本は貸し付ける。そんな内容の話をしていたと聞いているのだけど、そのあたりはどうなのかしら?」

「…………それは私には何とも……おそらく姉様……いえ、当主アイリスにはそれなりのお考えがあってとのことだと思います。それに念のために言っておきますが、シャルロッテ家として蒸気機関車の修理にはこれまでと変わらず努力をする所存ですし、修理記録自体も再び貸し出すということもあり得ますのでご安心ください。これは、シャルロッテ家分家当主……いえ、あなた方はご存知のようですのであえて、こういわせていただきましょうか」


 そこでサフランはいったん言葉をきり、左の襟に刺しゅうされた片翼の翼に手を置く。


十六翼評議会じゅうろくよくひょうぎかい議長代理サフラン・シャルロッテの名において約束をいたしましょう。あなた方の行おうとしていることは十六翼議会全体で支持を得ているということも付け加えておきます」

「十六翼……評議会?」

「…………はい。正式な名称や組織形態まではご存じありませんでしたか? 当然と言えば当然ですか。何せ、我々も存在を悟られないようにしてきているので……まぁどちらにいたしましても議会のことは他言無用でお願いします。仮にあなた方から情報が漏れるようなことがあれば、それなりの対処をせざるを得ないので」


 彼女は再び歩きだし、誠斗たちの方まで歩いていく。


「……………これ以上の質問がなければ修理記録を返還の上お帰り願ってもよろしいでしょうか? 何せ時間は無限にあるわけではありませんので、少しで有効に使いたいですしね」


 彼女はそういうと、これ以上話すことはないといわんばかりに誠斗やマーガレットの手から修理記録を受け取り、それらを魔法で書斎机の上に飛ばす。


「…………改めまして、ご協力に感謝します。私がわざわざ、十六翼評議会議長代理と名乗ったその意味を賢明なあなた方なら十二分に理解していると思います。なのでしつこく警告するつもりはありません。それらを踏まえたうえでお帰り下さい」


 サフランはそう言い残すと、誠斗たちに背を向けて書斎机の方へと歩き出す。

 マーガレットはその背中を一瞥すると、サフランに背を向け、誠斗に向けて目で帰るように促した。


「それじゃ、ここら辺で失礼させてもらうわ。サフラン議長代理」

「……………はい。またのご協力をお待ちしています。しばらくはないと思いますが」


 そんな会話を交わしたのち、マーガレットは退室していき、誠斗もそれに続いていく。

 部屋を出る直前、誠斗が振り向いてみるとどこかうっとりとしたような表情で修理記録を眺めるサフランの姿があった。


「マコト。早くいくぞ」


 思わず、その姿を見て動けなくなっていた誠斗だが、マーガレットの言葉で現実に引き戻されて、サフランから視線を外す。


「わかった。すぐ行く」


 誠斗はもう一度室内をのぞくことはなくそそくさと立ち去って行く。


「どうかしたの?」

「いや、なんでも……」


 マーガレットとそんな会話を交わし、誠斗は屋敷の外へと続く廊下を歩いて行った。

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