二十七駅目 修理記録の扱い
アイリスに向けて手紙を書いた次の日。
森の入り口にはさっそく大量の資材が積まれていた。
その中には修理記録の中から読み取り、製作を依頼した分岐器も含まれている。
「相変わらず仕事が早いわね」
マーガレットは若干呆れ気味でそれらを見つめ、資材の周りではマノンを始めとした複数人の妖精がいそいそと作業を進める。
始めに資材が到着した時は手伝いに来たのはマノンだけだったということを考えると、やはり長老たるカノンの影響力は計り知れない。
妖精たちがそれぞれ分担して最初に依頼しておいた地点へ荷物を持っていくのを眺めながら、誠斗は新しい路線の計画に思いをはせる。
シャルロの森は広大だ。実験線とはいえ計画的に作って行かないと制御が余計に複雑になってしまう。
手元にはカノンやマノン、マーガレットの協力により完成したシャルロの森の地図があり、線路をひけないセントラル・エリアを除く森の状況が詳しく記されている。
その中にはすでにいくつかの線がひかれていて、どこから敷設するかも大方決まっている。
基本的には現状の環状線を中心に放射線状に線路を伸ばしていくというものだ。
これは、修理記録の中にあった運用計画に模したモノであり、彼女が記した内容というのがシャルロシティの中で一番栄えているシャルロシティを中心に各地へ放射線状の線路を引いていくというものだった。
もちろん、現在の状況とこれが記された時期では状況が違うし、シャルロの森では地形が違うので何とも言えないのだが、まったくの無計画から始めるよりは何倍もいい。
誠斗は妖精たちほどではないが多少の資材を持って彼女たちの後ろを歩く。
「それにしてもこれほどまでに妖精が協力的になるなんてね……いつもながらあいつの影響力と妖精の団結力に恐れ入るわね」
これまでにも似たようなことがあったのだろう。
マーガレットの顔には呆れを通り越して感心しているようにすら見える表情が浮かんでいる。
マーガレットなどから聞いた歴史や妖精議会の様子などから妖精たちの団結力の高さは計り知れない。
排他的種族で他の亜人を寄せ付けなかったという妖精。それでありながら、最後の最後まで独立を保ち続けたのだから当然と言えば当然なのかもしれない。
「…………妖精の団結。面白い。でも、私が知りたいのはあなた」
突如として聞こえた声に誠斗の思考が中断される。
何が起きたのか理解する前に視界が一気に揺らぎ、景色が森の中からどこかの屋内へと一気に変貌する。
ただ、それはなんとなくそうだってわかるだけで室内は真っ暗なので周りがどうなっているのかわからない。
「えっ?」
突然のことに誠斗は軽く混乱してしまう。
一緒に連れてこられたらしいマーガレットは状況を理解しているのかいたって冷静な態度だ。
「………………突然のおよびたて申し訳ありません」
そして、暗い室内で先ほどと同じ声がいやに大きく響いた。
「誰?」
その声に呼応するように灯りが一斉に点灯する。
そうして、ようやく誠斗は自分がどこにいるのか理解することができた。
マミ・シャルロッテと思われる女性の肖像画の前に書斎机が置かれ、左右に農具などが並ぶそこは何度か訪れたことのあるアイリスの執務室に間違いないだろう。
ただし、いつもと違うのはそこに置かれた机の向こうにいるのが長い髪で左目を隠している少女だということだ。
「…………シャルロッテ家分家当主のサフラン・シャルロッテです。少々火急のようでしたのでこのような手法をとらせていただきました」
抑揚のない声で話す彼女は無表情でそこに座り続ける。
そんな彼女の服の左襟には大きさこそ小さいが金の糸で片翼の翼が刺しゅうされているのがはっきりと見て取れた。
「マーガレット。あれって……」
「おそらくそうでしょうね」
十六翼議会。誠斗の頭の中にはそんな言葉がよぎっていた。
それは、マーガレットも同じはずだ。しかし、彼女は表情一つ変えることなくサフランの方を向き直った。
「…………どうかしましたか?」
「いえ、なんでも」
目の前に座る少女は表情一つ変えることなくこちらの様子をうかがっている。
「…………でしたらこちらに来ていただいてもよろしいでしょうか?」
「わかったわ。マコト行きましょう」
マーガレットに促されて、誠斗はサフランの前へと歩いていく。
しかし、なんだろうか。見慣れた部屋のはずなのにとてつもない違和感を感じる。
前と違うのはその部屋にいる人間だけだというのにこれほど雰囲気が変わるものなのだろうか?
「……改めて自己紹介します。シャルロッテ家分家当主のサフラン・シャルロッテです。いつも姉様がお世話になっているようでありがとうございます」
「こちらこそ、アイリスには世話になっている。こちらこそ感謝しているわ」
「…………そうですか。あとで姉様に伝えておきます」
「いや、いいのよ。わざわざ」
「そうですか」
そんな誠斗の心情など誰も気づくわけなく、マーガレットとサフランの話が始まる。
それは誠斗の予想に反してひどく穏やかなスタートだ。
「それで? 本題を聞いてもいいかしら?」
「…………姉様の言う通り本当にせっかちな方なのですね。姉様に置かれましては、どうして……いえ、無駄話をやめて本題に入りましょうか」
サフランはスッと立ち上がり、机のこちら側へと歩いてくる。
「本日、お二人をおよびたてした理由は他でもありません。蒸気機関車の修理記録のことです。本来なら、本家当主アイリス・シャルロッテが要求すべきことですが、私から言わせていただきます」
サフランはそこでいったん言葉を切り、緑色の右目でまっすぐと誠斗を射る。
「シャルロッテ家分家当主サフラン・シャルロッテの名において修理記録のすべての返還を命じます。これが一週間以内に行われない場合、相応の処置があるものと記憶してください。これは、当主アイリスの意向でもあることも付け加えておきます。話は以上です。突然のお呼び出し失礼いたしました」
「ちょっと!」
「それではお帰り下さい」
彼女の言葉と同時に視界が揺らぎ、周りの景色が変化していく。
周りの風景が元の森に戻るとそこに妖精たちの姿はなく、誠斗が持っていた資材が少し離れたところに転がっていた。
「なるほどね……」
それを見て、マーガレットが納得したようにそういった。
「なるほどって?」
「さっきの出来事についてよ。前にも言ったかもしれないけれど、そもそも転移魔法というのはかなり高度なものなのよ。蒸気機関車の時はマミ・シャルロッテが事前に仕込んでおいたからいいけれど、今回のように最初から何もない状態でアイリスの執務室に誰かを転移魔法を使って強制的に召還するというのはかなりの魔力を必要とするの。でも、分家当主にそのような力があるとは聞いていない。でも、あれを見ればその辺のからくりは簡単に理解できる」
マーガレットが指す先には誠斗が持っていた資材が置いてある。
「幻影魔法……要するにさっきの空間は本物の執務室ではなく、単なる幻影っていうわけよ」
「えっ?」
「あの部屋。違和感を感じなかった?」
「確かに」
マーガレットの言う通りだ。
あの部屋には何とも言えない違和感があった。
あれがサフランの存在によるものではなく、その幻影魔法によるものだったといわれると簡単に納得することができる。
そもそも、転移魔法のような大層な魔法が使えるのなら自らマーガレットの家を訪れて直接修理記録を持って行った方が持ってこさせるよりも効率がいい。
「でも、それならわざわざ執務室にする必要はないんじゃないの?」
「……おそらく、自分が執務室で実際に動いているのでしょうね。それも、別の方法でこちらの様子をうかがいながら……これは厄介なことになりそうね」
マーガレットの口から吐き出された言葉は小さいながらも誠斗の心の中に重く響いて行った。




