二駅目 トラップだらけの森
「あはははははは! もしかして迷子かな? 迷子かな?」
マーガレットと話をしてから数十分。
さっそく、薬草を取りに出掛けた誠斗は必死に森の中を歩いていた。
そんな中、マーガレットの家で出会った妖精(マノンという名前らしい)に小ばかにされているが、返事をする気にもなれない。
マーガレットに本を渡され、付箋が張ってあるページにある薬草を取ってこいとのことだったのだが、なかなか見つからないうえに完全に道を見失ってしまったのだ。
誠斗は手元にある二枚の札とたくさんの薬草が入ったカゴを離さないようにしながら慎重に進む。
この札にはマーガレットが書いた魔法陣がそれぞれ書かれていて、一つは手に取った薬草が本当に頼まれたモノか判定する術式、もう一つはこの森全体を実験場として使っているマーガレットが仕掛けた数々の魔法を使った罠を発動させない術式だ。
もちろん罠そのものは解除されるわけではないので今、通っているのと同じ道を通ったとしても札を持っていないと罠にかかるということがありえるわけである。
さらに付け加えれば、あくまで“マーガレットが仕掛けた魔法的な罠”にしか効果を発揮しないため、落とし穴を始めとする原始的な罠や森にすみつく妖精たちがいたずらで仕掛けた罠を防ぐことはできないらしい。
今のところは幸いなことに一回も引っかかっていないのだが、それでもいつ引っかかるかわからないので必然的に慎重になる。
マーガレット曰く“妖精が仕掛けたのは知らないが、自分が仕掛けたのは生命に危険を及ぼすものではない”とのことだ。しかも、具体的な内容を聞いたところ“そんなこと覚えていない”と言われてしまった。
そんなことは考えても仕方ないので一旦おいておこう。
誠斗は思考を切り替えるために周りの木々に視線を移す。
こうして歩いていると、つくづく誠斗がいた世界が恵まれていたか自覚できる。
森の中まできれいに道が整備されているとは言わないが、少なからず何かしらの形で道がある場所を移動することがほとんどで、地図すら持たずにこんな道なき道を行くことはあまりないだろう。
それに荷物をのせるという意味でも移動するという意味でも自転車がぐらいはほしい。
あちらこちらから木の根が出てきていて乗り心地は悪いだろうが、乗れないことはないし何よりも片手が空く。
当初はカゴの中に札を入れようとしていたのだが、マーガレットが直接手を触れていないと効果が発動しないといっていたので渋々片手に持っているのだ。
あれ? そうなると、結局自転車があっても運転できないような?
そんな疑問が一瞬、浮かぶがそんなことはどうでもいいといったん、その考えを打ち消す。
ないモノのことを考えるよりも目の前の薬草。生活について考えなくてはいけない。
指定された薬草はあと一種類。
背が低いのと、葉が鋭いのが特徴である白い花を取らなくてはならない。
本によるとやけどを直す効能があり、多くの魔法薬の原料になるのだという。
残念ながら本にあるのは花の特徴と効能、どの程度魔法薬に使えるのかぐらいで分布については全く書かれていない。
ただ、彼女が指定したからには森の中にあるはずなので根気よく探そうと思う。
「あははははははは! あの魔法使いに都合よくつかわれちゃって大変ね」
ただ、その辺はすべて抜きにしてマノンは何をしに来たのだろうか?
当初は道を聞いたのだが、そうしたら迷子だといわれる始末だ。
だったらもういいと断ったのだが、迷子だ迷子だといいながらずっとついてきて今に至る。
「森で迷子になったのは異世界人。右も左もわからずに迷子さん」
変な歌を歌いだした。
本当に彼女は何がしたいのだろうか? そして、森には多数の妖精が住み着いているそうだが、彼女以外誰も出てこないのはなぜだろう? そして、いつになったらマーガレットの家に戻れるのだろうか?
多数の疑問が誠斗の頭の中をぐるぐるとめぐる。
だが、そのどれか一つでも答えが出ることはない。
「困った」
「迷子になって?」
「……もう半分正解でいいよ。単純に薬草の場所がわからないだけって言ってるでしょ」
「あはははははは! 下調べしないからだよ!」
何がそんなに面白いのかわからないが、マノンは腹を抱えるようにして笑いながら空を誠斗の周りを飛び続ける。
ただ、なにも話さないでいるよりはましだと、思いながら歩いていると、マノンが誠斗のすぐ目の前に移動し、彼女の背中が見えた。
そこから生えていて動いている翼と身長は誠斗よりも低いのに目線がちょうど同じ高さで合うという状況を見て、自分も飛べたらいいのに……なんて思ってしまう。
たとえ田舎に住んでいようが現代っ子だ。
長距離の移動は親が運転する車が多いし、一人にしても電車とバスを乗り継いだりする。
そうしなくてもいいぐらいの距離なら自転車を使い、徒歩で行くのは本当に近所だけだ。
だからこそ、誠斗にとってそういった文明の利器をすべて失って、森の中を永遠と歩くというのは苦痛以外の何者でもない。
「いつになったら見つかるんだよ」
「あはははははは! そら、水際にしか生えてない草をこんなところで懸命に探したところで見つかりっこないよね」
「水際に生えてるの?」
「そうだよ」
マノンはさも当然といったような態度だが、大した知識もない誠斗からすれば、今頃そんなことを言われてもぐらいの心情だ。
何はともあれ、マーガレットの家のベランダから池が見えたから、帰り際にそこによれば生えているということなのだろう。
やっとのことで希望の光を見出した誠斗は踵を返してマーガレットの家へ向かう。
何を思ったのか、マノンはそんな誠斗の背中を真っすぐと追いかけていった。
*
さて、池を目の前にした誠斗の姿は地面にぽっかりと空いた穴の中にあった。
別に自ら望んで入ったわけではない。普通に道を歩いていたら道が沈んだのだ。
何が言いたいか分かりづらいと思うが、要は落とし穴にはまってしまったのだ。
ここまで一度も罠に引っかからなかったのだから油断がしていたと指摘されればそれまでだが、それでも無様に落とし穴にはまり、穴の上をくるくると旋回しながらマノンが大笑いしているという状態は何とも理不尽な怒りを感じてしまう。
「とりあえずさ、ここからだして」
「いやだ」
即答だ。
さて、どうするべきか……
左右の壁を見る。
壁は当然ながら土でできていて、触ればボロボロと簡単に崩れてしまう。
持ち物を確認してもあるのはカゴと薬草と札でとてもじゃないが穴の上まで誠斗を導いてくれるアイテムはない。
「どうしたものか……」
罠成功の余韻に浸っているマノンは当てにできない。
仮に助けてくれるとしても、それはずいぶん後だろう。
こういったときにヒモの代わりになるモノがあればいいのだが、そんなモノは見当たらない。
その時、目の前に太い植物のつるが垂れてきた。
「あーあ。間違って植物のつるを落としちゃった。せっかく落としたのにもったいない」
そんな声が穴の上から聞こえてくる。
その声は、若干棒読み気味でわざと落としたのが見え見えである。
「ありがとう」
「なんでお礼? あぁもしかしてまたいたずらしてほしいとか。だったら、いくらでもしてあげるよ! あはははははははは!」
「そうかい。いたずらは勘弁してほしいかな」
「そう? まぁどっちにしてもいたずらはするけどね!」
植物のつるが切れやすいだとか、上の方に行ったらぷっつりと切られてしまうなんて一瞬、勘ぐったがそんなことはなく無事に地上に上がることができた。
誠斗はマノンに“いたずらはもうしないで”と念を押した後、小脇に抱えてきた札とカゴを持ち直して池の方へと歩みを進める。
「それじゃ、私はこの辺で……ちょっと、今はマーガレットの家にはいかない方がいいでしょうし」
そう言い残して、マノンが姿を消す。
正面を見れば、マーガレットが住むツリーハウスのある大木が空高く伸びていた。
さて、最後のひとつ。採りに行きますか。
誠斗はツリーハウスのベランダの向きを確認して、それが向いている方向へと歩き出す。
その足取りはマーガレットの家を出たときに比べてはるかに軽かった。
読んでいただきありがとうございます。
少し短めですが、区切りがよかったのでこれで投稿させていただきました。
これからもよろしくお願いします。