二十三駅目 マーガレット帰宅
「なるほどね……」
静かなツリーハウスの中でマーガレットの声はやけに大きく響いた。
誠斗はそんな彼女の表情をうかがおうとするが、彼女は誠斗に背を向けて座っているためそれはかなわない。
つい数十分前に帰宅したマーガレットは誠斗から修理記録にあった日本語の部分について話を聞いたのだが、それからずっとこの調子だ。
何を考えているのかと聞きたくなるが、イスに座ってジッと窓の外を見続ける彼女からは何とも声のかけがたい雰囲気が広がっている。
「マーガレット」
意を決して声をかけてみるが、彼女はこちらを見ることはない。
「しばらく、一人にさせてもらってもいいかしら? 少し考えたいことがあるの」
「わかった」
マーガレットの要望を受け入れて誠斗は家の外に出る。
家のすぐ外にある梯子を降りると、すぐ横に彼女がかなりの日数をかけて採取してきたと思われる薬草が積まれていた。
それをしばらく眺めていた誠斗であったが、その足は自然とミニSLが停まっている場所へと向かっていた。
「あははははははっ久しぶりだね。マコト」
ミニSLの傍らに立っていたマノンは誠斗の姿を見かけるなり笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。
「そうだね。しばらくこれなかったから……」
「まぁそのあたりは分かっていたから。アイリスのところ言って修理記録借りてきたんでしょ?」
「見ていたの?」
「もちろん!」
当然だといわんばかりに胸を張る彼女を見て、怒ればいいのかあきれればいいのかよくわからない感情の間にはさまれる。
そうしている間にマノンは誠斗から離れて客車に乗り誠斗の方に手招きする。
「家から出てきたってことは何かわかったんでしょ? せっかくだから、これに乗りながら話さない?」
「まぁそうしようか」
どちらにしてもしばらく家には戻れそうにないし、数日間外に出ていなかっためいい気分転換になるだろうと思い、誠斗もマノンのすぐ後ろに乗る。
「それじゃ出発進行!」
マノンのそんな声とともにミニSLはゆっくりと走り始めた。
*
ミニSLに乗りながら、修理記録の中にあった情報から日本語に関するものなどを除き話をしていると
、やがてミニSLは池の周辺に差し掛かる。
ちょうど、そのころ転車台についての話が終わったそのタイミングでマノンが唐突に口を開いた。
「マコト。何か悩んでるの?」
「えっ?」
「だってさ、いつもと違ってどこか上の空というか……顔がちゃんと見えないから何とも言えないけれど、変だよ?」
「そう?」
「そうだよ。何かあったの?」
悩んでいるといえば悩んでいるのかもしれない。
誠斗は家を出る直前のマーガレットの様子が気になって仕方ないのだ。
窓際に置いたイスから空を眺めて抑揚のない声で一人にさせてほしいといった彼女は人を遠ざけるような雰囲気を持つ一方で寂しげな雰囲気を持っていた。
自然と誠斗の視線は家の向こうにあるツリーハウスへと向かっていた。
「マーガレットのこと?」
「いや、それは……」
「はぁ隠すのが下手なのね……これだからニンゲンは……まぁニンゲンに限った話でもないか」
マノンは大きくため息をつく。
彼女が意図しているかどうかはわからないが、ミニSLは徐々に速度を落としている。
「あのね。マーガレットと何があったのか知らないけれど、彼女だったら何があっても大丈夫よ。それとも彼女のことを知ろうとしているのならやめた方がいいかもね。何を考えているかわからないことが多いし、何百年も生きているせいか普通のニンゲンとは価値観がずれているというかなんというか……よくわからないけれど、そうらしいの。ニンゲンじゃない私が言うのもなんだけど」
「……価値観がずれているね……」
「そう。私から見れば、ごちゃごちゃと考えても仕方ないようなことを悩んでただでさえない時間を無駄にしているあなたの方がよっぽどかニンゲンらしく見えるわ。まぁそれが正しいとは限らないけどね。たぶん、一周して家に戻ればいつも通りのマーガレットが待っているわよ。彼女はそういう人だもの」
「そういうもの」
「そういうものなの」
彼女は念押しするようにはっきりとした口調でもう一度、“そういう人なんだから”と口にする。
誠斗は彼女の言葉に小さくうなづく。
「だったら、家の前に戻ったら素直に帰るよ」
「存外、家の前で待っていてミニSLについていろいろ聞かれるかもしれないわね」
「なんだかそう言われるとありえそう」
そんな話をしていると、どちらからともなく笑い始める。
二人の笑い声は徐々に大きくなり森の中へと響き渡って行った。
*
ミニSLがマーガレットの家の前に停まると、ツリーハウスに登る階段に体を預けて腕を組むマーガレットの姿があった。
「それがミニSL……ちゃんと完成したのね」
「まぁね。この通り順調に動いているよ」
「そう。それはよかったわね」
マーガレットはさほど興味ない様子でミニSLを見つめていた。
「ところでそこに妖精が乗っている意味はあるの?」
ただ、マノンに向けている視線には明らかな悪意が含まれていた。
しかし、その視線を向けられた当の本人は特にそれを気にする気配はない。
「このミニSLは魔力がないと動かせない。だから、私が動かす必要があるの」
「なるほどね。だったら、私でも動かせるの?」
「そうね。マコト以外ならよっぽどか動かせるでしょうね。このぐらいの大きさならという条件を付ければだけど」
「なるほどね……まぁいいわ。どちらにしても私にも動かせるのね」
「まぁそうなるわね」
マノンの返事を聞いたマーガレットはミニSLの方へと歩いていく。
「マーガレット?」
「いや、せっかくだから私も動かしてみたいと思ったの。いろいろと教えてもらってもいいかしら?」
その様子をみてマノンは客車から降りて森の中へと帰ろうとする。
「待ちなさい」
しかし、マーガレットは静かな口調でマノンに制止を促した。
その声を聴いたマノンは素直に立ち止まり、マーガレットの方を向いた。
「何か用事?」
「なにって操作法を教えてくれないと動かせないでしょ。一度、やってくれれば魔力の流れなんかから大体のあたりはつけられるから私を乗せて動かせてくれない? せっかくだから、乗るのが二人から三人に増えても正常に動くかも試したいでしょう?」
「……はい?」
あまりにも唐突な彼女の発言にマノンはポカンと口を開けて固まってしまい誠斗もまた、事態を飲み込めずにいた。
そうしている間にマーガレットは誠斗のすぐ後ろに座り、マノンの方へと手招きをする。
「別にミニSLの動かし方ならアイリスからの手紙に書いてあるわよ」
「いわなきゃわからない? 文章で見るよりも実際に動かしているのを見た方が早いでしょ? 早くして頂戴。それとも、何かあるの?」
彼女の声色は冷たく、その視線はマノンをまっすぐと射抜いていた。
それをあてられているマノンは仕方ないといわんばかりに首を振り、客車に乗る。
「まったく、ほんとにマーガレットが考えていることはわかないわね」
「あら、逆に考えていることが全部他人に伝わる人間がいるの?」
「わかりやすい人はいても全部わかる人は見たことないかな」
「でしょ?」
そんな会話ののちにミニSLはゆっくりと走り始めた。
「へーこういう感じなのね……」
マーガレットはもの珍しそうにマノンの背中を見ている。
おそらく、魔力の流れ(前に言っていた魔力痕というやつだろうか?)を見ているのだろう。
景色にはほとんど目を向けず、誠斗の肩越しにひたすらマノンの姿を見つめていた。
その間、マーガレットの体が誠斗の背中に密着し続けていたわけなのだが、対応に困っていた誠斗のことなどつゆ知らず、マーガレットはミニSLが停止するまでマノンの背中を見つめていた。




