二百六駅目 ツリームでの拠点探し(前編)
サムと出会ってから約一時間。
事務所に関する話し合いは順調に進んでいた。
「……あなた方の要望を聞く限りでは私に思い当たる場所が三か所ございます。もしよろしければ、今からご案内させていただきますが、いかがいたしましょうか?」
サムは机の上に物件の情報が書かれた羊皮紙を並べてから尋ねる。
「そうだね。案内してもらってもいいかな?」
「はい。かしこまりました。それでは準備をしてまいりますので少々お待ちください」
サムは小さく一礼をした後、席を立ち部屋の外へと出ていく。
「まさかこんなにすんなりいくとは思わなかったわ。私たち、その事務所を何に使うのかも言っていないのに」
「まぁーそれぐらいにはーこの町で新規開業という話がないんでしょうねーなんというかー飲食店とかをやるのならともかくー事務所ぐらいならーなんでもいいと思っているんじゃないですかー?」
「まぁそうだとしても、目的ぐらいは聞くでしょう。普通……忘れているのかしら?」
この部屋で話す中で探している事務所の条件やら余さんやらの話はしたのだが、肝心の事務所で何をするのかという点については全く質問を受けていないのだ。マーガレットの言う通り、彼が本当に忘れているのか、はたまたテナントとして貸すのならともかく、建物を丸々売ってしまうのなら気にしないだとかそういった感情があるのかもしれないが、住居を探しているのならともかく、拠点となる事務所を探しているというのに何も聞かれないというのはある種不自然に感じてしまうところもある。
もっとも、誠斗としては聞かれないなら聞かれないで鉄道についての説明を長々とする必要がなくなるのだから、楽といえば楽なのだが……
「まぁいいんじゃないの? 聞かれないなら聞かれないで……やっちゃダメなことがあれば、建物の説明の時にしてくれるだろうし……」
こちらの世界においても元の世界においても建物を買う時にどのような説明を受けるのかという知識は皆無なのだが、相手はその道のプロだ。とりあえず、任せておけば問題はないだろう。
「失礼します」
そんな会話の中、サムの声とともに部屋の扉が開かれる。
「外出の準備ができましたのでご案内いたします」
部屋の入り口で彼がそう告げると、誠斗たちは立ち上がり外へ出る準備を始める。
「それでは、私は入り口で待っていますので準備ができたらお越しください」
その様子を見たサムは準備に時間がかかりそうだと判断したのか、そう言い残して扉を閉めた。
*
「こちらが一件目の物件です」
商業組合から徒歩で約15分。
市街地から少し外れた場所にある白い石とレンガで作られた建物の前でサムは立ち止まる。
「こちらは一階が事務所、二階が住居スペースとなっています。今回ご紹介する三件の中では一番規模が大きく、その分お値段も少し高くなっています。入り口は二か所で右が事務所、左が居住スペースの入り口となっています。残念ながら中には階段はありませんのでお好みで中に階段をつける改造をしてもいいかもしれませんね」
そういいながらサムは二つ並ぶ木製の扉のうち右の扉を開ける。
「それではどうぞ」
彼はそのまま誠斗たちを中に招き入れる。
サムに続くような形で中に入っていくと、がらんとした広い空間が視界に入る。正面から見たときはそこまで大きいという印象は受けなかったのだが、実際に中に入ってみると十分な奥行きがあることがわかる。
「結構広いんだね」
「えぇ。この物件は奥行きがあるのが特徴ですね。事務所スペースの設備としてはこちらの部屋を含めて部屋が二つ。あとはトイレがあります。もう一つの部屋は小さめの部屋でして応接室として使うことを想定しております。どうぞ、ゆっくりとご覧ください」
サムの言葉を聞きながら周りを見回してみる。
確かに広い空間の中には二つの扉があり、そのうち一方は四角く出っぱていて、そこが一つの部屋であることがうかがえる。そうなると、入り口から見て右手側にあるもう一つの扉がトイレの入り口なのだろう。
この世界においてはトイレが男女共用なのは割りと一般的なことのようなので入り口が一つであることに関しては特に変だとは思わない。
「私たちだけで使うにはずいぶんと広いわね」
「まぁまぁー上の居住スペースも同じ大きさと考えればー少し手狭とも言えそうですねー」
誠斗からすれば、まだ一軒目なので狭いとも広いとも言いがたいところなのだが、マーガレットやオリーブはすでにこの空間で十分かという議論を始めている。
その会話を聞く限り、二人の間ではこの空間に対する感覚が違うということが伺える。
元々の住居が小さなツリーハウスであるマーガレットはこの空間が広すぎると主張し、見たことはないが立場上大きな屋敷に住んでいたであろうオリーブはこの空間では手狭だと主張している。非常に分かりやすい構図だ。その一方で自分の住居というものを持たないノノンはそのあたりについて意見を述べかねている様子だ。
「まぁ広いかどうかは上の住居を見てからでもいいんじゃない? 確かに事務所にしては広いかもしれないけれど、人が増える可能性があると考えればいいだろうし、四人が一緒に住むと考えた上で住居のスペースも見てみないと」
「……それもそうね。でも、今見ているこの場所が予算の上限ギリギリなのよね……そのあたりも考慮しないと」
住居スペースを気にする誠斗に対して、マーガレットは予算の方を気にしているようだ。
確かにこの物件はこちらが提示した予算の条件より少し値段が低いぐらいであり、後からもらうにしてもきついといえばきついのかもしれない。
しかし、誠斗としては完全なプライベート空間が欲しいといったわがままを言うつもりはないのだが、せめて就寝をする部屋ぐらいは男女別にしたうえで皆が集まれる部屋が一つあればいいと考えている。そういった条件を満たしているかどうかは上の階を見てみないとわからないが、それだけのスペースを作るためにはある程度の広さも必要だろう。
「とりあえず、上の階も見てもらっていいですか?」
「こちらの階は十分ですか?」
「あぁいや、上も見て考えたいなって……上を見た後、下も見るかもしれないけれど……」
まるでこのフロアを出たらまたここを見せることはないとでも言いたげだが、何かあるのだろうか? はたまた、カギの開け閉めが面倒なだけだろうか?
ニコニコと営業スマイルを浮かべているサムからは中々感情が読み取れないのだが、もしかしたら久しぶりの仕事に対して、面倒だとかそういう感想を抱いているのではないだろうか?
「まぁ上と下と両方を見て考えてもらわないといけないですからね。上の階に行きましょうか」
そんな誠斗を置いて、サムは出口に向けて歩き始める。
その後姿を追いかけるような形で誠斗たちも出口へと向かう。
「上の居住スペースには確か部屋が三つと台所があるっていう話よね」
「はい。どのようにお使いいただいても結構ですが、男女別室の寝室とだんらんの部屋、台所と使い方がよいかと思います」
まるで誠斗の要望を見透かしたかのようなサムの言葉に少なからず驚くが、よくよく考えてみれば自分たちはどう見ても仕事仲間であり、家族には見えない。だからこそ、サムはそういった使い方をするという発想に至ったのだろう。
「それでは、二階へご案内いたします」
いったん建物から出たところで、サムは先ほど入った扉の横にある扉の鍵を開けた。




