二百五駅目 ツリーム商業組合へ
商業組合の扉を開けると、真っ先に受付の女性がこちらに視線を送る。
「ツリーム商業組合へようこそ」
受付の女性はにっこりと笑みを浮かべて誠斗たちに声をかける。
「こんにちわ。私たち、この土地で新しい商売を始めようと思っていまして……まぁ商業を始めるのはまだ先なんですけれどね、建物だけ確保したいななんて思っているんですよ。担当の人は今お手すきですか?」
マーガレットはその受付の女性に対して、すらすらと用件を述べる。
「はい。新規の事業ですね。担当の者を呼びますのであちらでかけて少々お待ちください」
マーガレットから用件を聞き出した女性は誠斗たちに近くの椅子に掛けるように促してから奥へと入っていく。
誠斗たちはその背中を見送ってから、椅子に座った。
「ねぇマーガレット。本当に大丈夫なの?」
「大丈夫よ。こんなことで怖気づいていたら新しい事業なんて始められないわよ。ちゃんとした事務所を用意してサフランを驚かすぐらいにしておかないと……まぁ費用はそのあとで彼女に請求するのだけど」
「そっそうだね……」
マーガレットの言葉に誠斗はなんとも言えない表情で返事をする。
事務所の開設費用というのもまた、実験線のための必要経費だといってしまえば確かにそうなのだが、そのあたりをちゃんと請求するということに思い至るマーガレットはかなりちゃっかりしているといえるかもしれない。いや、それともその発想に至れない誠斗の思考力が足りていないのだろうか? いずれにしても、何事においてもマーガレットの方が誠斗を上回っている。何事においてもマーガレットに頼ってしまっているこの状況に関してはいつか何とかしなければならないと考えているのだが、今の誠斗には一人で物事を同行できるほどの力や知識は残念ながらない。それは、これから身に着けていかなければならないものの一つといえるだろう。
「それにしてもー事務所はどんなところを探すとか考えているのですかー?」
「そうね。事務所兼住宅。規模は小さめ、はずれで古くてもいいから安い方がいいわね。マコトもそれでいいかしら?」
「えっ? あぁうん。そうだね」
しばらく考え事にふけっていた誠斗であるが、オリーブとマーガレットの会話で現実に引き戻される。
「えっ? 町の中心部の方が便利じゃないの? そこぐらいはこだわった方が……」
その流れに対して、異を唱えたのはノノンだ。
彼女としては多少高くても町の中心部に近い方が便利だと考えているのだろう。
「それに関しては必ずしもそうとは言えないわね。そもそも、私たちは事務所で商売をするわけではないし、実験線が作られるのは街はずれよ。だったら、実験線と事務所が近い方がいいじゃない。もっとも、実験線が事務所の近くに作れるっていう保証は今のところないのだけど……まぁあとは、あとからサフランに請求するのだから、なるべく安くした方がいいでしょう」
「あーそういわれると……そうね」
しかし、ノノンはあっさりとマーガレットに完封されてしまう。誠斗としてはマーガレットの意見がなくても郊外がいい理由はなんとなくわかっていたのだが、改めてマーガレットに説明をされると改めてそちらの意見の方がいいと感じる。
ここで誠斗も何かしらの意見を出して議論をしたいなどとも思うのだが、このことに関してはマーガレットの意見に異を唱える理由はないし、彼女と議論をできるほどの材料は持ち合わせていないため、おとなしく経緯を見守ることに徹する。
「……マコトはなにか意見はある?」
しかし、そんな誠斗に対してマーガレットは質問を飛ばす。
誠斗としては、先ほどマーガレットの意見に賛成した立場なのでこれ以上なにを言えばいいのかと困惑してしまうのだが、とりあえず口を開いて改めて賛成の意を示す。
「特には。マーガレットの意見に賛成するよ」
「そう。わかったわ」
誠斗の意見を聞き届けたマーガレットは特に表情を変えるということもなく、オリーブの方へと視線を向ける。
「オリーブは?」
「私もー特に意見はないのですよーまぁー強いていうのならー古くてもーきれいなところがいいですねー」
「なるほど。確かにそれは重要ね。いくら安くても掃除や改築にお金をかけたら意味がないし」
そんな誠斗に対して、オリーブは比較的建設的な意見をのべる。確かに彼女のいう通りだ。いくら安い方がいいとは言っても、安すぎて悪い物件だったら意味がない。
「お待たせいたしました。新規事業立ち上げの方でお間違いないですか?」
そんな話をしていると、ハ……もとい、天井の光が反射するぐらいのスキンヘッドと口元に蓄えた白い髭が目を引く背の高齢の男性から声がかかる。
「えぇ。間違いないわ」
その男性に対して、マーガレットは椅子から立ち上がって応対する。
それに続くような形で、誠斗、オリーブ、ノノンが立ち上がる。
「そうでございますか。私は新規事業手続きの担当をしておりますサムと申します。以後お見知りおきを」
「私はマーガレットよ。そして、こっちが事業主のヤマムラマコト、続いてオリーブ、最後にノノンよ」
「マコト様、マーガレット様、オリーブ様、ノノン様ですね。よろしくお願いいたします」
サムと名乗った男性は誠斗たちの姿を順番に確認し、一人一人に対して頭を下げる。
「さてさて、この場では何ですし、奥へどうぞ」
「はい。ありがとうございます」
そのあと、誠斗たちはサムに案内されて奥の方へと入っていく。
「それにしても、この町でこういった申し込みがあるのは久しいのでうれしい限りですな」
「そうなんですか?」
「えぇえぇ。この町自体はあまり大きくないですし、大街道からも少し外れているので……新しく商売をしようという若者はシャルロシティへ出てしまうんですよ」
「なるほどね……」
確かに新しく商売をしようという話になれば、小さな町よりも活気のある大きな町に行こうというのは、ある意味自然なことなのかもしれない。
「さぁさ、こちらでございます」
しばらく廊下を歩くと、応接室と見られる部屋の前に到達し、サムはそこの扉を開けて、部屋の中に招き入れる。
「どうぞお掛けください。私は資料をもって参りますので」
彼は扉を押さえながらそう言うと、誠斗たちに椅子に座って待つようにと促す。誠斗たちがそれに従って、応接室の椅子に座ったのを確認すると、サムは部屋の扉を閉めてどこかに立ち去っていく。
「なんかベテランって感じの人だね」
「どうかしら? 単純に新規開業が少なくて、引退間際の人ばかりになってるだけかもしれないわよ」
「まぁまぁーちゃんと対応してくれそうな雰囲気でーすーしーいいじゃないですかー」
ベテラン風の人を相手にして安堵を覚えた誠斗に対して、マーガレットは先ほどの新規事業が久しぶりだという言葉が引っ掛かっているのか、不信感を覚えているらしい。その一方で役所での出来事が脳裏にあるのか、オリーブはちゃんと対応してくれそうだという時点で満足している。もっとも、その横で沈黙を保っているノノンはどこか不満げなのが気になると言えば気になるのだが……
「さて、あの人が資料を持ってくるまでの間に改めて要点を整理しておきましょうか」
そう言うと、マーガレットはどこからともなく紙を取り出して机の上に置く。
「まずは……」
そこからは誠斗とマーガレット、オリーブ、ノノンの四人で探している建物の要件について話を進めていった。




