二百四駅目 ツリームの町長
町長との会談は残念ながらスムーズとは言い難い状況だ。
今は鉄道について説明をしている段階なのだが、彼は興味なさげに聞くだけで、返ってくる返事も空返事ばかりだ。
明らかに興味がないというのがありありと出ている彼を前にして、まともに説明する必要があるのかと思ってしまうが、誠斗の中に説明を放棄するという選択肢はない。少しでも理解を得て、土地取得のための手伝いをしてもらう必要があるからだ。
「……以上が鉄道とその計画についての概要です。それで、ここまで来た理由なのですが……」
「……待ってくれ」
なんとか鉄道について説明しきり、今度は実験線の話に移ろうとするも、ブルーノの一言でそれは阻止される。
「なにかありましたか?」
質問をしたいのだろう。その程度にとらえて、誠斗は話をそこで切ったのだが、ブルーノから発せられた言葉は意外なものだった。
「ここまで鉄道とやらについて説明していたあたり、それに関する用地を取得したいという話を持ってきたのだろう? なら、答えはノーだ。そんなもののために土地を確保することなど出来ない。まぁシャルロッテ家から正式な要請があれば別だがな。事前にいっておくと、マーガレット殿の頼みでもこればかりは引き受けられない」
質問でも疑問でもなく、彼はハッキリとノーという答えを提示してきたのだ。まだ、お願いすらしていないにも関わらずである。
「……そもそも、マーガレット殿はともかく、私はあなたのことを知らないし、マーガレット殿に関しても、大地主の名前として知っているだけで、信頼関係があるわけでもない。街道の敷設ぐらいならともかく、成功するかわからない未知の技術のために動くつもりはない」
それに続けて、ハッキリとその理由を告げる。おそらく、鉄道計画に関して、(今はともかく)シャルロッテ家が背後にあるとは思っていないのだろう。本来であれば、シャルロッテ家が協力していると言ってもいいのかもしれないが、それをしてしまったあとに今のシャルロッテ家に問い合わせをされたら面倒だ。
「……わかりました」
仕方なく、誠斗は退くことにする。誠斗の意図を理解しているのか、周りにいるマーガレットやオリーブ、ノノンがその決定に口を挟むことはない。
「今回は突然の訪問にも関わらず、お話を聞いていただいてありがとうございました。それでは失礼します」
一応、礼だけをのべて誠斗は立ち上がる。
「まぁ気が向いたらまた来てください。内容次第ではまた話を聞きますので」
あちらもまた、形式的なあいさつを返してくる。その言葉を背に誠斗たちは部屋を出た。
*
「まぁそう都合よくは行かないわね」
役場を出るなり、マーガレットはポツリと呟いた。
今考えてみれば、今までがうまく行きすぎていたのかもしれない。
偶然、シャルロッテ家の屋根裏で機関車が見つかり、そのままシャルロッテ家の協力の元に修理を進めてきた。しかし、実際に線路を敷設する段階に行ったらどうだろうか? 実験線の最有力候補地の近くの町の町長には実質的に門前払いをされてしまっている。
今のところ、シャルロッテ家……もっと言えば、サフラン・シャルロッテの力を借りればなんとかなりそうな雰囲気ではあるのだが、結局シャルロッテ家に頼りきる形になってしまう。
誠斗自身に権力がないので、権力のあるシャルロッテ家の協力を仰ぐというのは間違っていないのかもしれないが、今回のように突然シャルロッテ家にそっぽを向かれて決まったときに何もできなくなってしまう。
そうなったときは本格的にメロエッテ家を頼ることになるのかもしれないが、そのあたりもどの程度まで出来るのかという点については今のところ、ハッキリとはしていない。すべてはメルラからの返事次第といったところだろう。
「さて、返事が来るまでの間どうしようか……」
肝心の土地探しはある意味で終わってしまったのでこれ以上調査を続けていても仕方がない。かといって、ただメルラからの手紙を待っているというのももったいない気がする。
「まぁせっかくの機会だし、町の住民と親交を深めてみたらどうかしら?」
そんな誠斗の言葉に対して、マーガレットが意外な提案をする。
「だってこの町の近くに実験線を作るのよ。なら、この町の住民の信頼を勝ち取っていても損はないと思うわ」
「なるほど。確かにそうかもしれないね」
これから、この町の近くで実験を行うとなると、どこかの段階で住民の理解を得るというプロセスを踏む必要が出てくる。となると、マーガレットのいう通り、今のうちから町の住民の信頼を得るというのは大切なことだと言えるだろう。
「……とはいえども何からやれば……」
「別に普通に過ごせばいいのですよーいっそのことー実験線を作ったときの拠点探しでもしてみたらどうですかー? 近いとはいえーあの森にある家とーこの町をー何度も行き来するのは大変ですしー宿に泊まるにしてもー期間が長くなればバカにはできませんからねー」
「……なるほどね」
確かにオリーブのいうことには一理ある。この土地に実験線を作るのなら、簡易なものでもいいから事務所のようなものは必要だろうし、それに住居を兼ねればいちいち帰る必要もない。実験線がその役目を終えて普通の路線となったあともそういったものはあって損ではないだろう。
「よしっまずは空いてる建物を探してみようか。このあたりの建物を扱っているお店ってわかる?」
「そうね。そういったのは大体商業組合に行けばなんとかなるわ」
「商業組合ね……それってどこにあるの?」
「確かこの町だと……このあたりだった気がするわ」
ツリームの町は役場を中心に形成されている。となると、いかにもな名前の商業組合がその近くにあるというのはごくごく自然なことだろう。
「あっあれじゃないですかー?」
そんな会話を交わしている横でオリーブが近くにある建物を指差す。
その先には“商業組合”と書かれた札がかかっている二階建ての建物があった。
「まぁ書いてあるし、あれで間違いなさそうね。行きましょうか」
マーガレットが早速と言わんばかりにその建物へ向けて歩きだし、それから少しばかり遅れるような形で誠斗たちも歩き出す。
「でも、事務所を借りるにしてもどうやって話をすれば……」
「まぁ正直に話せばいいんじゃない? 隠すようなことでもないし……それに長く使うつもりならいっそのこと建物を一つ買ってしまうのもありかもしれないわね」
「建物を一つって……そんなお金ないと思うんだけど」
正直な話、誠斗はこの世界のお金をほとんど持ち合わせていない。基本的に旅費もマーガレットに出してもらっている状態だし、収入源もマーガレットの手伝いをしたときのお駄賃ぐらいしかない。
そんな中で建物を買うとしたらローンを組むなどの手が考えられるが、そういった制度はこちらではどうなっているのだろうか?
「あぁお金なら心配しなくてもいいわよ。とりあえず、私が出して、あとから実験線の設備としてシャルロッテ家に請求するから」
誠斗の不安を感じ取ったのか、マーガレットはある種で予想外の提案をする。
「そんなことできるの?」
「出来るか出来ないかじゃなくてやるの」
マーガレットのその言葉で会話が終わる頃には一行は商業組合の建物の目の前に到着し、マーガレットはなんの躊躇もなく、その扉を開いた。




