二十一駅目 誠斗と鉄道
ミニSLを動かした次の日。
誠斗は昨日同様、マノンの運転でミニSLに乗っていた。
「そういえば気になっていたんだけどさ」
「何?」
「機関車って先頭の方向が決まっているでしょ? 実際にあちこちに線路を引くと必ずしもこういう円形の線路にならないと思うけれどそれはどうするの?」
「えっと、どうするんだっけ?」
あまりそのあたりのことを考えていなかった。
電車は基本的に両方に運転席がついているから運転士が移動すれば方向転換は可能だ。
しかし、このミニSLはともかくとして通常サイズのSLを転回させるにはそれなりの設備が必要なのだろう。
誠斗は必死に記憶の中を探っていく。
しかし、これといった案は思いつかないし、思い当たる節もない。
こう改めて考えてみると、自分はこの世界に鉄道を持ち込もうとしている割には知識というほどの知識など持ち合わせていない。
「はぁダメだなこのままだと……」
「んっ? どうしたの?」
「いや、こっちの話……機関車の向きを変える方法だけと、結論はちょっと待ってもらってもいい?」
「まぁいいけれど……どうしたの?」
「まぁちょっとね」
そんな風にお茶を濁しながら誠斗は視線をちょうど見えてきた池に送る。
「昨日と同じ風景だな……」
「そう? 私にはそうは見えないけれど?」
「えっ?」
誠斗からすればそうには見えない。
昨日と同様に池があって、マーガレットの家があって周りは深い森に囲まれている……昨日とまったく変わらない風景だ。
「あははははっわからないの? これだから人間っていうのはさ……ほら、よく見て思い出して」
「思い出してって言われても……」
「ほーら! 昨日は雲が多かったけれど今日は快晴だから昨日よりも明るいじゃない」
「……あぁそういうことか……」
昨日と違うというのだから、もっと決定的な違いがあるかと思えばその程度のことか……
それはバカにされても仕方ないと誠斗は力なく笑う。
「そうか……いつも見ているからってそれがいつも同一なんて限らないってことか……」
「そういうこと。本当に人間っていうのは大きな変化にばかり目が行っちゃうみたいね……ほんと、それを見ているとなんだか面白くなってきちゃう!」
「そう?」
「うん。そう」
なんだかわかるようなよくわからないような……
微妙な心情のまま誠斗は池に視線を送る。
恐らく、彼女があげたもの以外にもそれなりに変化はあるのだろう。
誠斗はジッと池の方を見つめてみるが、変化は見つからず結局、答えは昨日と変化なしに行きつく。
どうせそんなものかと誠斗は大きくため息をついた。
「あはははははっもしかして難しいこと考えちゃってる? 考えちゃった? おっと、カノン様に喋り方が似ちゃった……危ない危ない……」
「難しいことね……まぁそりゃ考えるよ……この世界に新しい技術を持ち込もうとしているのにボクは大した知識を持ち合わせていない。それで本当にまかり通るのかな……」
誠斗は自嘲気味に笑みを浮かべる。
そのころには列車は池を半周し、進路をマーガレットの家へと向けて走り続ける。
「……まかり通るんじゃない?」
しばらくの沈黙を置いてからマノンが口を開いた。
「えっ?」
「いや、別にまかり通るでしょ? だって、この世界には蒸気機関車はないでしょ? 別に機関車自体は何とかなるんだし、線路だって造れないわけじゃない。だったら、それを動かす仕組みは誠斗が作っても誰も間違っているなんて言わないでしょ? もちろん一人で何とかしてっていうわけじゃなくてい……なんていうか、みんなに頼ってもいいわけだし……だから、そんなにしょい込まないでみんなでゆっくりとルールを作っていけばいいと思うな」
マノンの後ろにすわっている誠斗は彼女の表情をうかがい知ることはできない。
しかし、彼女はいつも通り笑顔を浮かべながらこの言葉を紡いでいるのだろうと勝手に納得する。
「あのさ……」
誠斗が口を開こうとしたとき、まるでタイミングを計ったかのようにゴトンという大きな音が鳴って線路が切り替わる。
「そろそろマーガレットの家の前ね」
「そうだね……」
さっき言おうとした言葉を飲み込んで誠斗は森の中へ消えて行く池へ視線を送る。
その瞳にはかすかに決意の色が見て取れた。
*
ミニSLの運転開始から三日目。
誠斗の姿はアイリスの家にあった。
「修理記録を見せてほしい?」
「はい」
誠斗の用件を聞いたアイリスは意外そうな表情を浮かべる。
「でも、文字が読めるわけじゃないんだろ?」
「はい。それでも自分の目で一度確認してみたいので……それに字もある程度なら読めるようになってきています」
「そうか……まぁそうだよな……そういえば、マーガレットのやつまだ帰っていないのか?」
「えっ? まぁはい」
あまりに唐突な話題転換に戸惑いつつも誠斗はアイリスの顔色をうかがう。
しかし、手を組み口元を隠して目を伏せている彼女の表情をうかがい知ることはできない。
「珍しいな……」
「珍しい?」
「そうだ。数日所じゃない日数で家を空けて薬草を採るっていうのは今までなかった……いや、私が知らなかっただけかもしれないけれど……もしかしたら、あっちの方から依頼があってそのまま滞在しているのかもね」
「なるほどね……」
確かに彼女が当初行っていた予定よりも伸びているのだから、その可能性はあるかもしれない。
どれだけの期間がかかるかわからないが、気長に彼女のことを待つしなかいのだろうが、このまま帰ってこないなんてことはないのだろうから、そこまで心配する必要はないのだろう。
どうやらアイリスにしても考えているのは似たようなことのようで彼女もまた、そこまで気に留める様子もなく誠斗に視線を移す。
「そうだ。修理記録だったな……少し待っていてくれ……とりあえず、持ってきてやるよ」
そういうと、アイリスは机上の書類を軽く整理して立ち上がる。
「そうそう。今、機関車は修理中だからな……不必要だと思われる分だけ渡すことにするよ。一部、古代語かなんかだと思われる難解な文字も含まれているからそこには印をつけておく。そこは読み飛ばして構わないよ。実際、読めないんだからそこにどんな意味があるのかわからないけどな」
そう言い残して、アイリスは退室していった。
*
アイリスから何冊かの修理記録を受け取った誠斗はマーガレットの家につくなり、本を机の上に置き大の字になって自分の布団に寝転がる。
「はぁ疲れた……」
誠斗は馬車の乗り方を知らなかったのでアイリスの家まで歩いて行ったのだ。
馬車に乗ればあっさりとつくことができたのだが歩きだと予想外に時間がかかってしまったのだ。
森までたどり着くと、まるで誠斗の行動を呼んでいたかのように表れたマノンの案内でかなりのショートカットができたが、それでも疲れるモノは疲れる。
しばらく、布団で寝ころがっていた誠斗はゆっくりと起き上る。
「あれ? 寝てなかったの?」
それと同時に自分の足元に座っているマノンが視線に入った。
「なにしてるの?」
「まぁちょっとね……いろいろと。変なことはしていないから安心して。そうそう。カノン様から言伝があるんだった」
「えっ? カノンから?」
これまた意外な名前が出てきたことに驚く誠斗をしり目にマノンはスカートのポケットからなにやら紙を取り出した。
それと同時にマノンの表情が笑顔から若干しまったものへと変化する。
「えっと……“今度ミニSLにのせてほしいかな。そう。乗せて!” だそうです」
「はい?」
マノンが議会などで見せていた真面目な雰囲気を持っていたのでもっと重大なことなのかと思ったが存外そうではなかったようだ。
「今度ね……“わかりました”って伝えてもらってもいい?」
「はい。それじゃ、またあとで」
誠斗の言葉をメモしたマノンはいつも通りの笑顔を浮かべて窓から飛び立っていく。
誠斗はその背中をしばらく眺めていたが、それが見えなくなると誠斗は机に向かい修理記録を読み始めた。
修理記録を開くとさっそくこの世界の言葉がずらりと並んでいた。
誠斗葉必死に言葉を読み解きながらゆっくりと読み進めていく。
その日の夜まで誠斗は修理記録を読みあさっていた。




