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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第二章
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十二駅目 日記

 マーガレットから十六翼議会の話を聞いた次の日。

 誠斗とマーガレットは何事もなかったかのように本の山に向かっていた。


「これは、探しているモノではないな。Z-3だ。して、こっちは、扉の解除方関連だ。A-1に入れてくれ」


 マーガレットが青い本と赤い本を差し出す。


「えっと、これがA-1でこっちがZ-3」

「違う逆だ!」


 本の整理を効率化するためにという誠斗の提案で本棚にはそれぞれ英数字の組み合わせで番号を振り、マーガレットが手元のメモで読み方を確認、誠斗に指示を出すという形で作業が進められている。

 一見、効率が悪いように見えるかもしれないが、誠斗が字が読めないということを考慮すれば、誠斗がすぐに理解できる言語で本棚に番号を振り、マーガレットがしまう場所を指示するという方法が最もいいというマーガレットの判断による行動だ。


「えっ?」

「青いのがZ-3。赤いのがA-1だ」

「あぁそういうことか」


 誠斗はそれぞれ指示された場所に本を持っていく。

 書棚は入り口から向かって左側が扉の解除術式を始めとするこの部屋の魔法について書かれているのがA、右側が蒸気機関車関連のB、奥がマミの手記などその他の書物。そして、上に浮いている書棚が十六翼議会関連のCという区分になっている。

 書斎中の本という本を引っ張り出して(魔法陣が描かれていて、動かすのは賢明ではないと判断したものは除く)それを書斎机周辺に積み上げて順々に整理していくという作業が永遠と続いていた。


 現状としては日記や手記、歴史書などZに分類される書物が多く出ていて、その次に扉やこの部屋にかけられた魔法について書かれたAに分類される本だ。蒸気機関車関連の本もちらほらと出てくるが、十六翼議会関連はさっぱりである。


「えっと、これは修理記録の二巻ね。B-1へ入れておいて」


 マーガレットから蒸気機関車の絵が描かれた本を受け取り、それをB-1書棚へ持っていく。


「それにしても、これっていつになったら終わるんだろうな」

「そんなこと知らないわ。私たちはただ仕事をこなせばいいの。それにこの本の山にはあなたが知りたい情報が山ほどあると思うけれど?」

「いや、確かにそれには同意するけどさ……」


 時々、こんな調子の会話を挟みつつも二人はせっせと本を片付けていく。


「しかし、マミの奴もよくこれだけの本を執筆する時間があったわね。今度、暇になったらじっくり読んでみようかしら。その辺のからくりについても書いてある可能性もあるし」

「いやいや、他人の日記とかをあさるのはよくないと思うけど?」

「いいのよ。ほら、仮に彼女の日記が遺跡から発見されてみなさい。それはたちまち歴史上重要な資料として研究者がせっせとその内容を解読し始めるのよ。それと同じでしょ?」


 あまりにもあっさりとそんなことを言い切るマーガレットを前に少したじろいでしまうが、どう考えても正論なので返す言葉はない。

 誠斗は反論の代わりに小さくため息をついて本の整理を再開する。


「あなたも日記つけたら? あと、この本はZ-3に埋まっていたら4でもいいわ」


 赤い本を差し出すと同時にマーガレットが唐突にそんなことを言い出した。


「えっ?」

「いえ、単純に提案しただけ。こんなふうに大量に書けとは言わないけれど、一日の出来事を少しずつでも書けばいいんじゃないかってそう思ったの。何か変な提案をしているかしら?」


 大量の本に向かっているマーガレットの表情を確かめることはできない。


「いや、別に」


 そんな彼女の問いに誠斗は笑顔で答える。


「紙とペンさえ用意してくれれば、日記の一つや二つぐらい書くと思うよ」

「そう。だったら、今日にでも市場で紙とペンを買ってこようかしら。昨日からずっとここにこもりっぱなしだから外の空気もほしいころだわ」


 マーガレットは山の中から引っ張り出した本を開く。


「そうね。この際だし、私も日記をつけてみようかしら……」


 彼女はそうつぶやくと本をパタンと閉じて誠斗に渡した。


「これはZ-4ね」

「Z-4か……わかったよ」


 その後、二人はアイリスが食事を持ってくるまで黙々と作業を続けた。


 昼過ぎに昼食を持ってきたアイリスに外出したいという旨を伝えると、彼女は“しょうがないな”など言いながら苦笑いを浮かべていたのはまた別の話。




 *




 アイリスの屋敷から比較的近い場所にある町の市場は活気にあふれていた。

 海から遠いせいか、海産物はあまり見当たらないが、代わりに鉄製品や農作物がたくさん売られている。


「シャルロ地方というのは比較的温暖な地方で農作業が活発だ。それにくわえてこの地方は昔から交通の要所となっているから行商を通じて多くのものを手に入れることができる。だから、原材料をどこかから買い付けてそれを加工して売るっていう商売も加工なんだ。中でもシャルロ家がもともと鍛冶屋の出ということもあってか、シャルロ地方は帝国の食料庫と呼ばれている一方で鍛冶屋が多く住んでいる地域としても有名だ」


 誠斗の横で長々とマーガレットが解説しているが、今それは重要なことではない。

 それよりも普通に考えて大切なことがある。


「それで? 紙とペンはどこなの?」

「そっそれは……とりあえず、気にしないで頂戴。ちゃんと向かっているわ」


 マーガレットはひょじょうひとつ崩すことなく歩いていく。

 自分たちは紙とペンを買いに来たというのにそれらはまったくと言っていいほど見つからない。


 さっきから売られているものと言えば、農作物、農作物、農具や刀等の鉄製品をはさんでまた農作物。いい加減見飽きてきた。


「そういうな。残念ながらここはそういう町よ。まぁもっとも、シャルロ家の力が影響が強い町の一つであるっていうのも十分すぎる理由な気がするけれど」

「なるほどね……」


 つまり、領主が鍛冶屋だから影響が強いというのは、いつぞやの代の領主が鍛冶屋を優遇するような政策をとったのかもしれない。


 絶対にそうだとは限らないが、可能性としては大いにありえる話だ。


 そんなことを考えながらマーガレットの背中を追いかけているうちにいつの間にか二人は市場を抜け、路地にでていた。


「どこへ向かっているの?」

「紙とペンが買える場所よ」


 マーガレットはそういうが、左右にあるのはどう見ても商店ではなく住居だ。

 こんな場所のどこで紙とペンを売っているのだろうか?


 しかし、マーガレットは誠斗の疑問には答えない。


「ここよ。少し待っていて頂戴」


 マーガレットが立ち止まったのは何の変哲もない住居の前だ。

 戸惑う誠斗をよそにマーガレットはその家の扉を開ける。


「いらっしゃい……ってなんだ。マーガレットか……ちゃんと出迎えて存した気分」


 その声が聞こえてきたのは、扉が開けられるのとほぼ同時だった。


「お得意さまに向かってなんだはないだろう。それに今日は新しい客を連れてきてあげたんだから、むしろ感謝してほしいぐらいね」


 そういいながらマーガレットが扉をくぐる。


「新しい客? そいつは信頼に足る人物なの?」

「えぇ。私が保証するわ」


 扉越しでは会話しか聞き取ることができないが、穏やかな雰囲気ではないことは十二分に伝わって来る。


 しばらく、そんな調子の会話が続いた後、マーガレットが店の外に出てきた。


「待たせたわね。中に入ってもいいそうよ」


 そんなマーガレットの言葉に促され、誠斗も店の中に入る。


「いらっしゃい」


 マーガレットが最初に入ったとき同様に店の奥から声がかかる。

 店の中はこじんまりとしていて、棚には所狭しと様々な種類の紙が並ぶ。


「あなたがマーガレットが連れてきた客よね」


 店の奥にあるカウンターの向こうに座る店主は品定めをするような瞳を向ける。

 店主は黒のローブをかぶっているため見た目だけで性別を見極めることは難しいが、声の調子からして女性であることが推測できた。


「紙とペンを買いに来たんだろう? 紙はそこにたくさん積んであるが、ペンをお求めならこっちまで来てもらわないと見せられない」

「えっはい」


 誠斗はゆっくりと店内を見回しながらカウンターのほうへと歩いていく。


「ほら、紙なんてペンを買った後に見ればいいだろ。私はせっかちなんだ。早く来てくれ」


 気づけば、誠斗の後ろを歩いていたマーガレットはカウンターの前まで来ていて、カウンターの上にはすでにいくつかのペンが用意されていた。

 誠斗は歩調を速めてカウンターへ向かう。


「やっと来た。私を待たせているという自覚はなかったの?」


 店主はカウンターを中指でせわしなくたたきながら誠斗をにらみつける。


「いや……その……」

「まぁいいわ。とりあえず、ペンよね。まずはどんなのがいいの?」

「どんなのって……どんな種類があるの?」


 誠斗の言葉に店主が大きくため息をつく。


「バカなの? 大体の種類ぐらいあるでしょうが……まぁいいわ。うちじゃ万年筆とか羽ペン、ガラスペンを中心に扱っているわ」

「なるほど……だったら、ガラスペン見てみたいんだけどいい?」

「ガラスペンね。この中でどれがいいか選びなさい」


 店主がカウンターの左。マーガレットが立っている場所のちょうど反対側を店主が指差す。

 そこに置いてある箱にはいくつかのガラスペンが丁寧に固定されておさめられていた。


「きれいだな……」

「だろ。ガラスペンには壊れやすいが、ほかのペンにはない美しさがある。まっ決まったら声をかけてくれ。私は奥で適当にくつろいでいるよ」

「はい。わかりました」


 店主が手をひらひらと振りながら奥にある扉の向こうに消えて行くのを見送ると、誠斗は箱の中に入っているガラスペンを見つめる。

 一口にガラスペンと言っても形状も色も様々でどれも共通してガラス製品独特の輝きを持っている。


「しかし、ガラスペンに目をつけるとはさすがというべきかしら……これほどのレベルのガラスペンは他では手に入らないわ」

「そうなの?」

「えぇ。だから、ここに連れてきたわけだし。あなたがほかのペンを選ぼうとしたら私は間違いなくガラスペンを勧めていたでしょうね」

「そうなんだ……」


 マーガレットと話しながら、箱の中を念入りに見つめ、誠斗は緑のガラスペンを手に取る。


「それが気になるのかい?」


 まるでタイミングを見計らったように現れた店主が声をかける。


「そうですね……」

「なるほど……確かにそれはいいペンだ。品質も保証するよ。今なら黒のインクと紙もつけてあげようか?」


 店主が笑顔でそういうと、マーガレットが意外そうな表情を浮かべた。


「あなたがそういうこと言うなんて珍しいわね」

「いやいや、これからも来てもらうための初回限定特典ってやつさ。書き物するにはインクと紙は必須だろ? それに字を読み書きできる奴は少ないからな。なかなか売れないんだよ」

「そうなの?」


 誠斗が尋ねるとマーガレットがうなづいた。


「ほらほら。買いなよ。そいつの値段は……」


 その隙をつくように店主が誠斗の方へと寄ってくる。


「いや、金は払う。だから、請求はこっちにしてくれ」

「えっ?」


 マーガレットの発言に誠斗も店主も固まってしまった。


「ちょっ! マーガレットが払うって! まさか、今日で世界が滅ぶんじゃ!」

「私がそういうことするのってそんなに意外?」

「うん。さすがに」


 店主は拍子抜けような表情を浮かべたままだ。

 一方のマーガレットはそんなことなど気にする様子もなく、話を続ける。


「はぁまぁいいわ。とにかく、私が払うから……マコトもそれでいい?」

「えっまぁこれで……」

「わかったわ」


 そういうと彼女は早々に支払いを済ませ、ガラスペンと紙、インクを持って店の外に出る。

 誠斗は店主に頭を下げた後に急いでその背中を追い始めた。


「まぁ今後ともごひいきに」


 店主のそんな言葉を背に誠斗たちは店を出て行った。

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