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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第二章
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十一駅目 マミ・シャルロッテという人物

 マーガレットの口からマミ・シャルロッテという名前が出てから数分後。


 重苦しい沈黙が二人の間に流れていた。


 ときどきティーカップを置くカチャという音以外ほぼ無音のその空間ではたったの数分が何時間にも感じられる。


 そして、数分が経ったとき、ようやく話の内容を理解し始めた誠斗がゆっくりと口を開いた。


「要するにあの部屋から亜人追放令または十六翼議会に関する資料が出る可能性があるって言いたいの?」

「えぇ。だって、彼女の秘密の書斎なのよ? その可能性は頭に入れておくべきだわ。もっとも、文字が読めないあなたがそれに気づくという可能性は低いでしょうけれど」


 彼女はさも当然のようにそう告げる。

 そんな彼女に対して誠斗は、直接マミに会ったことがない分、彼女のイメージをつかめいないでいた。


 単なる鍛冶屋を貴族に押し上げた。蒸気機関車を最初に修理した人物。亜人追放令を出した十六翼議会の一員。これまでに飛び出した情報はどれも衝撃的なものだ。


「して、これを踏まえたうえで私が知るマミ・シャルロッテ個人の人となりについて話をしましょうか」


 机の上に置いてあった別の本を手に取ってマーガレットが語りだす。


「私が彼女と出会ったのは今から数百年前。場所は統一国の首都の一角にある小さな工房だった」


 マーガレットが手に持った本が光を抱く。


「当時、とある事情から住む家をなくしていた私は彼女に拾われたの」


 彼女の言葉とともに部屋全体が強い光に包まれ、視界が真っ白になった。




 *




「ここは……」


 誠斗がゆっくりを目を開けると、そこは小さな工房だった。

 古びた机の上にはいくつもの設計図が折り重なるようにおいてあり、部屋の奥には窯を始めとして鍛冶の道具がきれいに整理されて置いてある。


「ここはマミの工房を公式記録と私の記憶をもとに再現したものよ。彼女の話をするのならあそこよりここの方がいいでしょうから」


 マーガレットはいつの間にか入り口付近に置いてあるイスに座っていた。


「亜人追放令が出される一年前。とある魔族の元で専属魔法使いをやっていた私は魔族領の統一国編入とともに家を失ったの」


 工房の入り口からマーガレットと瓜二つの少女が入ってきた。


「いくら不老不死の魔法使いと言えども睡眠は必要だし、おなかも減るの。それで当時一文無しになっていた私はこの工房に盗みに入ったのよ。狙いは主に食べ物と金目のモノ」


 マーガレットの話に合わせて少女がうごく。

 少女は棚やなんかを一通りあさってため息をつく。


 そこへ、扉を開けて黒髪の少女が部屋に入ってきた。


「今、入ってきた彼女がマミよ」

「えっ? 彼女が?」


 マーガレットの言葉に促されるように誠斗は彼女の姿を確認する。

 黒くて長い髪を水色の髪留めで止めている彼女は、作業着と思われる服に身を包んでいる。ただ、その中で目を引いたのは彼女の左腕にはめられている片翼の翼が描かれた腕輪だ。


「あの腕輪ってもしかして……」

「そう。あの片翼の翼こそ十六翼議会の議員であることを示すモノよ。もっとも、当時の私は十六翼議会の存在なんて知らなかったからただの腕輪だというぐらいにしか思わなかったけれど」


 マミの姿を認めた少女が脱出を試みるが、入り口が一か所しかないうえに窓が小さくて抜けられないこの工房から脱出することはできない。

 そんな彼女にマミが歩みより、話しかける。


 会話を聞き取ることはできないが、二人の様子からしてマミが事情を聴き少女が反発しながらも答えているといったところだろう。


「……この時、私はその時名乗っていた名前を捨てて新しい名を名乗ることに決めたの。まぁその時の名前も一時的でマーガレットと名乗ったのは今の家に住み始めたころなんだけど」


 彼女がそう言っている間にも二人の動きは止まらない。

 まるで早送りでもするかのように様々な情景が現れては消えて行った。


「……あの時、私はマミを姉のように思って慕っていた。マミから見てどうだったかは知らないけれど、少なくとも彼女の愛情を感じ取ることはできたわ。まぁ魔法使いって名乗ったわけじゃないから見た目通り同年代の少女だとでも思っていたんでしょうね。世間が魔王討伐に沸く中、私はマミの家でひっそりと暮らしていた。当時は魔族だけじゃなくて、魔族にかかわった人間も捕まえていたから、私の身も危なかった。そういった意味じゃ、マミの工房に来た時にバカ正直に名乗っていたら今の私はなかったかもしれないわね。ともかく、彼女が当時から十六翼議会にかかわっていたことは間違いない。そして、亜人追放令の概要についてもこの時期に協議していたことはほぼ間違いないはずよ」


 仕事のない日は一日どこかへ出かけるマミとその帰りを待つ少女の絵が繰り返し流れる。


「仕事があるときは手伝っていてそれなりに充実していた気がするけれど、そうじゃないとき工房からむやみに出るわけにもいかない私は、窓の外を見たり道具をいじってみたりと暇で無駄な時間を過ごしていたのをよく覚えているわ。特殊な魔力痕が検知されて、居場所が突き止められるといけないから魔法の研究もできなかったしね」


 誠斗の視線の先では少女がせわしく動いていた。


「して、そんな長い前置きは置いておくとして、マミ・シャルロッテという人物の特徴はとにかく新しいもの好きでどこまでもお人よし。それが当時の私が持っていた印象よ。実際、その本質はどうだったかわからないけれど、少なくとも表向きはそうだった。だから、私はマミの工房に住むことができたし、蒸気機関車の修理なんてものに手を出したんでしょうね」


 そこで工房の光景が徐々に淡くなり、元の図書館のような空間へと戻ってきた。


「私は所在が割れて衛兵に追われるまでの一年ちょっとしかマミと一緒にいなかったけれど、彼女のことはかなり信頼していたわ。その分、十六翼議会の存在を知って、彼女がそこにかかわっていると聞いたときには衝撃を隠せなかった。残念ながら彼女のその後を知ることはなかったけれど、なにをしていたかは容易に想像できる」


 マーガレットは立ち上がり、誠斗の横に立った。


「して、これまでの話を踏まえた上で私たちが優先して探すものべきは三つある。一つは扉の魔法を解除するための術式。二つ目は十六翼議会関連の資料。そして、蒸気機関車関連の資料。一つ目と三つ目は言わずもがな今回の依頼の主な目的になるわけだけど、二つ目の十六議会関連資料に関しては、この書斎に長い時間こもることができる今回の依頼中に発見しない限り、二度と私たちが拝めることはないだろう。それにアイリスが見つけて面倒なことになっても困る」


 そう語るマーガレットの顔は真剣そのものだ。

 誠斗は静かに彼女の話をしっかりと頭に入れていく。


「それで? 肝心の十六翼議会関連資料が見つかる可能性はあるの?」

「わからないわ。ない可能性も高いしね。それはあくまでおまけで蒸気機関車関連資料を探し出す方に重点を置いておくのが現実的ね」

「なるほど」


 言われてみれば、もともと書斎の整理というのは蒸気機関車関連のものを探すためにやっているようなものだ。

 そもそも、アイリスが持っていた修理記録にどの程度の情報が載っていたか知らないが、あれ一冊だけで完全版という可能性はあまり高くない。

 そうなると、あの書斎にはほかの修理記録がどこかに置いてある可能性が高いのだ。


「話が長くなったわ。さっそく、戻って作業をしましょうか」


 マーガレットは最初に取り出した本を手に取って本をパタンと閉じる。

 すると、風景は徐々に淡くなって図書館風の部屋から秘密の書斎へと姿を変える。


「今の私たちの目標は蒸気機関車を再び動く状態にすること。いろいろと気になるでしょうけれど、それ以外の要素はおまけ程度に考えるのが身のためよ」


 そう言い残して、彼女は書棚の方へと歩いていく。

 しばらく、その場にとどまっていた誠斗も数分後には彼女の手伝いをし始める。


 この世界の文字が読めない誠斗はそれぞれの本にどんな題名がつけられているかわからないため、直接本の整理を行うことはできないが、せめてできることをと懸命に働く。


 まるで図書館風の部屋で話したことなどなかったかのように二人の一日はそうして過ぎて行った。

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