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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第二章
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九駅目 領主の秘密書斎

 シャルロッテ家の隠された屋根裏部屋の一番奥。

 小さな隠し扉の向こうには簡単には信じられないような光景が広がっていた。


 まず一番最初に視界を覆ったのは目の前に広がるのは大量の本棚だ。

 開かれた天窓から取り込まれた光とたくさんのランタンで照らされた部屋の中には壁一面が本棚となっていて、天井近くの場所には多数の本棚がフワフワと“浮いている”。

 それらの本棚は落ちることなく一定の速度で動き続けており、それらがぶつかったり止まったりという様子は見受けられない。

 そんな異様な風景が広がる部屋の中央には机がぽつんと置かれていて、そこにも大量の本が積まれていた。


 アイリスが掃除をしたのか、はたまた何かしらの魔法でこの状況が保たれているのかわからないが。部屋の中はきれいに掃除をされている様子が見受けられた。


「これが、シャルロッテ家を単なる鍛冶屋から貴族に押し上げたシャルロ地方初代領主マミ・シャルロッテが残した秘密書斎。にしても、これだけの量の魔法が使われているんだから、さすがにマーガレットの協力はあったと思ったけれど、存外そうじゃなかったみたいだな」

「まぁね。この屋敷ができた頃にはすでにマミとの交流はなかったし、蒸気機関車のこともまったく知らなかったわ。私が知っているマミは当時の王都のはずれで農具を打っているお人よしの鍛冶職人っていうだけだしね」


 何を思い出したのか知らないが、マーガレットが複雑な表情で深くため息をつく。

 一方で予想を外したアイリスはどこかバツが悪そうだ。


「そういうことか……すっかり予想が外れたな。でも、これほどのレベルの魔法が使えるやつなんてそうそういないだろ?」

「そんなことはないわ」


 マーガレットが強い口調で否定する。

 その言葉にアイリスが少し意外そうな表情を浮かべた。


「そうか? これまでアイリスカードをいくつも発行してきたが、お前レベルの魔法が使える人間の数はあまりない。そうそうゴロゴロいるわけでもないだろう?」

「えぇ。今となってはね。昔はこの程度の魔法が使える人間なんんて沢山いたわ。恐らく、私がみた限りの実力だとマミ一人の力でもこのレベルの魔法を行使できるわ。それに彼女のくせがちょこちょこ出ているはずよ」

「そうなのか?」

「そう。たとえばこのあたりかしらね」


 マーガレットが書斎机の上に置いてある本に軽く触れて裏返す。

 その本自体は見た限り何の変哲もなく、裏側には桜の花とみられる文様が描かれている。


「それがどうしたんだ?」

「……こういう風に五つの花びらを火・水・木・金・土の五行と見立てた魔法陣を書くっていうのが彼女の魔法の特徴なの。もっとも、隠し戸の時みたいに普通の魔法陣を書くことの方が多いけれどね」

「えっ? なんで?」

「仕組みはよくわからないけれど、この花びらの魔法陣と扉に書いてあるような五芒星をもとにした魔法陣とでは若干効能が違うみたいね。もっとも、この魔法陣自体が彼女のオリジナルの可能性が高いから詳しいことはわからないけど……」


 そういいながら、マーガレットが書斎机の上の本をひっくり返していくと次々と花びらの魔法陣が現れる。


「おそらく、ここにある魔法陣はこの部屋の維持管理用が主でしょうね。ただ、本の裏に書いてあるということはこの部屋から出さない限り問題ないといったところかしら? そういった意味では本を含めてこの場にとどめているアイリスの判断は正しいわ。私の予想だと、蒸気機関車(あれ)を外に出すための転移魔法の術式もありそうね」

「ははっさすがにばれたか。確かにあったよ。書斎机の中央にな。ご丁寧に普通の魔法陣で解説つきだったよ」


 アイリスは懐から魔法陣が描かれた羊皮紙を取り出してひらひらと振った。


「やっぱり。大した魔法も使えないはずのあなたにどうこうできるとは思えなかったもの」

「そりゃな。しっかし、維持するために多少の魔法を使っていることは予想していたけれど、まさかこれほどとは……」

「むしろ、これでもぎりぎりでしょうね。私だったら保険をかけて二倍は魔法陣を設置するわ」

「この部屋の維持にはそれほどの魔法が必要なのか?」

「そうよ。まぁ術者にもよるけど」


 書斎机の上に置いてあった魔法陣は三十個ほどだ。

 そのうち一つがアイリスが発見した転移魔法用の魔法陣で残りがすべて部屋の維持に回されているということだろうか?

 これにはアイリスも予想外だったらしく、頭をかきながら部屋の中を見回した。


「まぁでも、そうでもなけりゃこんな部屋作れないか……」

「そうよ。まぁこれはあくまで本人の趣味なんでしょうけれど……探せばもっといろいろ出てくるんじゃない? 彼女結構面白い趣味をしてたから、そのあたりの物の隠し場所になっている可能性も高いし……そうなると、彼女が後世にこの部屋の存在を伝えなかったことについても納得できるわ」


 マーガレットはどこかあきれた様子で部屋の中を歩き回る。


「要するに蒸気機関車が置かれていた部屋を含めて単なる趣味の部屋が高いといいたいわけか」


 すごいと言うべきかマーガレット同様にあきれればいいのか、自分の趣味のためだけにこれだけの部屋を作ってしまうマミと言う人物は単なる鍛冶屋を貴族に押し上げたとだけあって相当の大物かも知れない。


「おっと、大切なことを忘れるところだった」


 深く考え込んでいる誠斗の横をアイリスが歩いていく。


「大切なこと?」

「そうだよ」


 いぶかしげな表情を浮かべるマーガレットに対してアイリスは不敵な笑みを浮かべる。


「まさか、これを見せるためだけにここに連れてくると思うのか? そもそもここが初代の秘密書斎だとして、どうして私が入れる? 普通だったら、本人以外に入れない仕様にするはずだ。仮に誰かの手によって手入れされることを望んでいるなら、この場所の記録に残すはずだ。そのいずれでもないってことはここは単なる趣味の部屋でありながら、それ以外の意味も持ち合わせているっていうことになる。たとえば、こういう風にな」


 アイリスが奥の書棚から一冊の本をとりだしてその表紙を得意げにかざす。

 そこに書いてある文字を誠斗は読むことができなかったが、題名の下に書いてある絵で何の本か理解することができた。


「修理記録……なるほど、そういうことね」

「そっこれこそ初代様が残した蒸気機関車の修理記録だ。ほとんど読んじゃいないけど、これに従っていじっていけば、あれはうごくはずさ」


 アイリスが得意げにその本をかざす。


「でも、それとこの部屋が単なる趣味の部屋じゃないっていうのにどんな関係があるんだ?」


 誠斗の問いにアイリスは動じることもなく答えた。


「呪文だよ。ほら、部屋に入るときの……あの言葉だけはシャルロッテ家が貴族になってからずっと受け継がれてきたものだ。もちろん意味なんて分からなかったが、あの扉を見つけてまさかと思ってな。それで言ってみたら継承者であることを証明しろっていわれたもんだから、血液を垂らしたら開いたってわけさ」

「よくやるわね……血筋かしら?」


 あきれを通り越してしまったのか、マーガレットは頭に手を当てながらため息をつく。


「まぁ気になったから調べた結果だ。それに屋敷の中に私たちに害のある仕掛けがあるとは思えないからな。少し脱線したが私が言いたいのは初代様は趣味の部屋としてこの書斎や屋根裏を作りつつも技術が後世へ伝わってほしいっていう願いも同時にあったと思うんだ。だから、こういう形にしたのかもしれないな」

「……まぁあなたがそういうなら、そういうことにしておくわ。とりあえず、それをもとに修理するとしてどれくらいかかりそうかしら?」

「残念ながら何とも言えないな……これ自体古い文章でいろいろと解読が必要だし、修理するのにどんな材料がいるのかわからない。ただ、今日言えるのはこれのおかげで修理ができるようになったということ。それと、マーガレットに頼みがあってここに来てもらったんだ」

「私に?」


 マーガレットが眉をひそめるが、アイリスは全く気にすることなく書斎机の横のイスに座る。


「そう。報酬はそれなりに払うよ」

「あなたが報酬を払わないわけないのは分かっているわ。それで内容は? この書斎に関することかしら?」

「あたりだ。私の依頼はこの書斎の中にある魔法および本の解析だ。依頼を受けた場合はここに泊まり込みになるだろうが、食事はちゃんと二人分用意するし、報酬は成功払いで日数に応じて出す。これでどうだ?」


 アイリスは不敵な笑みを浮かべてまっすぐマーガレットを見据える。

 それに対してマーガレットは特に表情を崩すことなく即答した。


「えぇいいわよ」


 その声は、小さな声だったが静かな書斎の中では十二分に響くものだった。

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