八駅目 シャルロッテ家の屋根裏
アイリスの家の屋根裏で蒸気機関車を見てからちょうど三日後。
誠斗はマーガレットともに再びアイリスの家を訪れていた。
「これは……」
「どうだ? 庭に持っていくだけでも結構重労働だったんだが、本当に大変なのはこれからだな」
庭の中央に造られた巨大な広場に蒸気機関車が鎮座していて、その横に立つアイリスは自慢げに胸を張っている。
あまりの光景に誠斗があっけにとられていいる横でマーガレットはまじまじと機関車を見つめていた。
「しかし、こう改めてみると立派なものなのね……これが大地を走るなんてとてもじゃなけれど信じられないわ」
「そうだな。ただ、修理さえちゃんとすれば動くんだろうな。これが……そうじゃないと困るし」
「そうだね。ただ……いいえ、なんでもないわ」
そのあと、穴が開くほど機関車を見て何やらぶつぶつと言い出したマーガレットはしばらくそうした後、誠斗の方を向いた。
「確かマコトがいた世界では魔法なんて存在しなかったのよね?」
「まぁそうだね」
「なぜかは、よくわからないけれどこの蒸気機関車だったかしら? から魔力痕を感じるのよ」
「魔力痕?」
聞きなれない言葉に誠斗は首をかしげた。
ど直球な名称からして魔法に関係あることは間違いないのだろう。しかしながら悲しいことに魔法の知識が皆無な誠斗がそのことを理解するのは困難だ。
そのことに気が付いたのか、マーガレットは少々空を仰いで思案した後再び口を開いた。
「要はあれよ。なんていうのかしら、そうね。この蒸気機関車に対して魔法が使われた形跡があるって言いたいのよ」
「はい?」
「……どうせ教えたところで魔法は使えないんでしょうから、それに関する知識は教えてなかったわけだし、その反応も仕方ないわね……とにかく、出来る限り簡単に説明するように心がけるからとりあえず黙って聞いていて頂戴。まず、前提条件として魔法を使うためには各々が身に宿している魔力を消費する必要があるの。この保有量は人それぞれ違っていて、時間が経つか回復薬を飲めば回復するわ。それを踏まえたうえで聞いてほしいんだけど、魔力を消費した場合、その対象物と周辺に魔力の痕跡が残るのよ。もっとも私みたく専門の魔法使いじゃないとわからないけれどね。して、ここまでのことに質問はあるかしら?」
「いや、なんとなく理解できた」
魔法を使った痕跡……マーガレットの話を聞いたうえで改めて機関車を見上げるが、そこにあるのは間違いなく誠斗が知る機関車だ。当然ながら日本には魔法など存在していないし、現状を見る限り誰かが蒸気機関車を開発したというのも考えづらい。
なのに魔力を感じるというのはどういうことなのだろうか? 誠斗の中で新たな疑問が生まれる。
「あぁそれ? それだったら、私がこれを外に出すために使った転移魔法のせいじゃないの?」
しかし、アイリスの横槍によって一気に問題が解決してしまい誠斗は思わずずっこけそうになってしまった。
「なに? あなたそんな魔法つかえたの?」
「まぁそりゃ一応領主だからね。もっとも、移動できるのは物だけで人間は転移させられないけれど……」
「アンタみたいなやつが人間をあっさりと転移させたら専門職の今日までの苦労が水泡に帰すわよ。仮にあったとしても万人に使えたら蒸気機関車も馬車も無用の長物よ?」
「そりゃそうだ。いや、魔法で自分自身が移動で来たらどれだけ楽なことか」
アイリスが頭をかきながら笑い始める。
それにつられたのか、マーガレットの口角が少し上がっている。
「まぁいいわ。それで? これをどうやって修理する気なの?」
「……それに関して話があるのついてきてくれるか? ちょっと開けるからちゃんと見ておきなよ」
いつの間にかあらわれていた執事にこの場を任せてアイリスは屋敷の方へ歩き出す。
「ちょっと、修理の方法ならここで話しても問題ないでしょ?」
マーガレットが呼び止めるが、アイリスは歩みをとめないで答えた。
「この場で説明できれば苦労しないよ。いいから、さっさと来てくれよ」
その言葉を聞き届けたマーガレットはあきれたようにため息をつきアイリスの背中を追い、さらにその後に誠斗がついていくという形で三人はその場を離れた。
*
屋敷の中に入ると、三人はアイリスの案内でさっそく三日前に機関車を発見した屋根裏へと向かった。
前とは違う点をあげるとすれば、三日前はいちいち出し入れしていたはしごがおりっぱなしになっていたことだろうか?
「わざわざこんな埃っぽいところに連れてきてどういうつもり?」
燭台を持って歩くアイリスにマーガレットが話しかける。
「まぁまぁそう焦るなよ。あんたとは違ってマコトはおとなしくついてきてるみたいだし」
「そういえばそうね……じゃなくて、マコトも不満があるなら言った方がいいわよ。こいつの言いなりで動いたら碌なことにならないんだから」
「いや別にいやとかはないけれど……」
「はぁまぁいいわ。恐らくは無駄なことじゃないんでしょうし」
マーガレットがそういったのを最後に三人は無言で歩き続ける。
それにしてもだ。三日前は機関車が置かれていたので気づかなかったが、屋根裏の空間は広大でその広さは機関車の大きさを優に超えている。
これほどの広さがあれば、機関車はおろか後ろに客車を三両ほどつなげても問題なく収めることができるだろう。
「やっと着いた……ここだよ。目的地は」
アイリスが壁の前で立ち止まる。
「なにもないように見えるけど?」
「そう思うでしょ? 私もそうだったし……でも、あるんだよね。これが……“開け”」
アイリスがそういったとたん、梯子を下ろした時と同様に大きな音とともに壁がうごき小さな扉が現れた。
「なるほど……隠し戸か」
「そう。もっともこの家の設計図を含むシャルロッテ家の公式文章にここに関する記述が一切ないことを考えるとこの屋根裏自体ほとんどの人がその存在を知らなかったみたいだったからな。発見した時に何か他に仕掛けはないかと探し回ったんだ。その時に見つけたのがこの隠し戸っていうわけ」
「なるほどね……」
アイリスは燭台をわきに置き扉をあちらこちらさわりながら話を続ける。
「開かないの?」
その様子を見て誠斗は彼女同様に扉を覗き込みながら聞いた。
「ちょっと待てっての。開くのが少々面倒なもんだから集中させてくれ。あと、危ないから少し離れて」
しかし、アイリスが強い口調でそういうと、邪魔してはいけないと誠斗はあっさり引き下がる。
「……割と複雑な仕掛けみたいね」
唐突にマーガレットが口を開いた。
ちょうど、その時カコンという小さな音が鳴る。
誠斗が改めて扉の方を見ると右下の方の板がアイリスの手によって取り外れていた。
板があった場所には小さな魔法陣が描かれていて、アイリスは懐からナイフを取り出し指を切った。
「これはまた、大がかりな仕掛けね……」
マーガレットの言葉を背にアイリスが魔法陣に数滴の血液を垂らすと魔法陣が白い光を発し始めた。
「“我はシャルロッテの正式なる後継者なり。我はこの先に進まんと願う”」
アイリスの言葉に反応して光がより強くなる。
やがて、一時は暗さゆえに見えなかった天井が見えるようになるほど強くなり、次第におさまって行った。
光が魔法陣の大きさまで収まるとカチャリという音が鳴り扉が開く。
「はぁ……いちいち血を出さないといけないうえに魔力の消費が激しいから疲れるのよねこれ……さ、さっさと入って頂戴」
アイリスに促され二人は部屋の中に入っていく。
中は真っ暗で何があるのか見えなかったが、アイリスが中に入り扉を閉めた途端に一気に灯りがつき、部屋が明るくなる。
「マミの奴いつの間にこんな部屋を……」
誠斗の背中からマーガレットの声が聞こえるが、それすらも耳に入らないほど、目の前の風景は誠斗にとって衝撃的なものだった。
「なんだこれ……」
部屋に入ってから数十秒後、ようやく発することのできた誠斗の一言は恐ろしく震えたものだった。
読んでいただきありがとうございます。
今日の午前中にこの話の外伝にあたる「異世界鉄道株式会社 外伝 妖精たちの讃美歌」を投稿いたしました。
そちらでは妖精たちの日常の話をいくつか書いていく予定です。
これからもよろしくお願いします。