プロローグ
山間を流れる渓流に沿って一本の鉄路がひかれている。
普段は一両か二両ぐらいの電車がゴトゴトと走っていて、乗客もさほどいないのだが今日は違った。
沿線のあらゆるところにカメラを持った人々が待ち構えていて、あるものの到着を今か今かと待っていたのだ。
そんな中で普通のデジカメを構えている山村誠斗もその一人である。
身長、体重ともに平均的で容姿も平凡な彼はこの付近の高校に通う高校生の彼は友人である海原飛翔と二人で周りの人々同様あるものを撮りに来ていたのだ。
彼もまた、これといった特徴のない男子高校生だ。と言っても見分けがつかないから、誠斗はツンツンと髪の毛がとげのようになっていて、飛翔は栗色の髪の毛が特徴といったところだろうか?
「そろそろかな」
誠斗が尋ねると飛翔はポケットから銀色の懐中時計を出した。
「だな。ダイヤ通りに運行していると考えればすぐに来るはずだ」
「ありがとう」
二人がいる場所は谷間をすり抜ける線路をちょうど見下ろすような位置にある広場だ。
少し高い場所にあるここからは、遠くの方からやってくる列車の姿がよく見えるのでその手の趣味がある人間の間では有名なスポットの一つとなっている。
「それにしてもよくこんなに人が来るよな」
「まぁそうだね。やっぱり、ここだと写真とか撮りやすいのかな?」
大きなカメラを構えている人たちに交じりながらそんな話をしていると、ボーという大きな汽笛とともに黒い蒸気機関車が姿を現した。
機関車には青色の客車三両がつながれていて、たくさんの乗客が乗っていることが遠くからでもわかるほどの混雑具合だ。
機関車はそのまま轟音をたてながら接近してきて、それに合わせるようにカメラのシャッター音がなり始める。
誠斗たち同様に周りの人も一斉にシャッターを切っているのだろう。
鉄道の写真を撮るということだけあって、フラッシュこそないが、まるで記者会見のようにシャッター音が響く。
「すごいな」
写真を撮る誠斗の横で飛翔がつぶやいた。
二人が生まれたときにはすでに蒸気機関車は廃止されていたし、イベントなどで運転されても遠くの地方でのことが多かったので本物の蒸気機関車を見たのは初めてだ。
別に二人は鉄道マニアというわけではないが、地元に蒸気機関車が来るという話を聞きつけて一目見てみようと思いここに来たのだ。
「昔はあれが日本中を走ってたんだよな」
「そうだね。あの機関車は結構大きいから、昔は乗客や貨物を遠くまで届けていたんだろうな」
「まぁそうだろうな」
機関車はあっという間に走り去り、写真を撮っていた人たちが撤退していく中、二人はのんびりと鉄路を眺めていた。
「蒸気機関車か……すごかったな」
「そうだな」
「そろそろ帰るか?」
「おう」
二人は足元に置いていたカバンを持ち、帰路につく。
広場から下へ降りる道は細いけもの道のような道で歩くたびに草がかさかさと足に当たる。
夕暮れでだんだんと薄暗くなっていく中、誠斗を先頭に二人は笑顔でそこを歩く。
「今度、ちょっと足を延ばして静岡に見に行ってもいいかもな」
「静岡か。ちょっと遠いけれどいけないこともないかもね」
「だよな」
カナカナカナとひぐらしの鳴き声が響いている。
あの広場にはたくさんの人がいたのだが、機関車を追いかけるようにして次の撮影スポットへと向かったのか、今この道には二人以外は誰もいない。
「そうだ! 静岡と言えば……」
飛翔がそういった次の瞬間。
「なんだ? あれ?」
目の前からサッカーボールぐらいの大きさの光球がやってきた。
最初は遠くにあるそれをなんとなく眺めていたのだが、やがて勢いをつけて誠斗たちに向かって飛び始めた。
「なっ何なんだあれ!」
「とりあえず逃げるぞ!」
「わかってる!」
二人は元来た道を引き返すような形で走り出した。
普段、大した運動をしないうえに走りにくい道だったために疲れの割にはまったく前に進めない。
ただ、後ろから迫る謎の球体に対する得体のしれない恐怖だけが体を動かしていく。
「まったく! どうなってるんだ!」
飛翔は後ろをちらちらと見ながらも必死に走っている。
「なぁ飛翔。道を外れないか?」
「なんでだ!」
「このままいくとさっきの広場で行き止まりになる。それに右の方に少し行けば茂みの向こうに別の道があるはずだ」
後ろを走る誠斗からは翼の表情をうかがうことはできないが、迷っているのだろう。
昔からこのあたりに住んでいて、このあたりのことをよく知っている誠斗に対して飛翔がこのあたりに引っ越してきたのは一年ほど前のことだ。
さらに付け加えれば飛翔がこの山に入ったのは初めてなので不安になるのは無理ないだろう。
「……どうやって行けばいい」
だが、決断は思ったよりも早かった。
後ろの光球は誠斗のすぐ後ろまで迫っていて、悩んでいる時間はないという判断だろう。
「すぐに右に曲がってくれ」
「信じてるからな! 誠斗!」
「伊達にこの山で遊んでないよ。大丈夫だ」
「わかった!」
飛翔が意を決したように右側の藪に入った。
「ぐっ!」
それを確認したところまではよかったのだが、どうやら飛翔のことばかり見すぎていたらしい。
すぐ後ろまで迫っていた光球が背中に当たり、誠斗は前のめりに倒れこむ。
声も出すことができず、飛翔の姿が藪の中に消えて行くのを見ていると、視界が徐々に真っ白な光によって奪われていく。
「つ……ばさ」
最後に絞り出した声は彼には聞こえず、誠斗の意識は刈り取られてしまった。
*
上には真っ青な空と綿あめのような真っ白な雲。下を見れば、彩り豊かな大地とその上に浮かぶ真っ白な雲。
山村誠斗は現在、はるか上空からパラシュートなしのスカイダイビングをしているところである。
どうしてこうなったのか? 答えは至極単純で光に包まれて目が覚めたら上空から落下している途中だったといった具合だ。
何を言っているか理解されないだろうが、事実である。
状況はよくわからない。というか考える余裕がない。
とりあえず、今大切なことは……
「ヘールプミーーーーー!! アーイキャーンノットフラーーーイ!!!」
救助要請だ。いや、こんな上空からの救助要請なんて受け取ってくれる人いないだろうけど。
「ガオッー!」
大きな獣のうなり声に驚いて横を見ると、真っ赤なドラゴンが飛行していた。
とりあえず、それの脚に掴まれた地上に降りられるかもしれない。
真上を通過しようとするドラゴンに手を伸ばすが、思ったよりも速度が速くはじかれてしまった。
ダメだな。これは……
小説の登場人物なんかだと少しでも衝撃を吸収するために森に落ちようとか考えるかもしれないが。そんな余裕は全くない。
気が付けば豆粒ほどの大きさだった家々もだんだんと大きくなってきている。
幸か不幸か森に向かって落ちているようだが、枝がどれほど勢いを殺してくれるかわからない。
どこだかよくわからないけれど、本気でダメかもしれない。
どうあがいても重力に逆らえるわけなどなく、誠斗は力なく森へと落下していった。
*
森の中にある一軒のツリーハウス。
そこに暮らす魔法使いのマーガレットは鏡を見ながらリボンを選んでいた。
右手には青色のリボン。左手には赤色のリボンがあり、それらを交互に水色の髪とあわせながら唸り声をあげる。
「せっかくもらったのだからつけないという選択肢はないわよね……それにつけないといろいろとめんどそうだし……しかし、二つのうちどちらが良いか……」
これから人と会う約束をしているというのにこのままでは時間が無くなってしまう。
そんな焦りもある中、マーガレットの耳にガサガサガサという木々がこすれる音の後にドンッという大きな音が聴こえてきた。
驚いたマーガレットが何事かとベランダへ飛び出すと、10代とみられる少年がベランダのふちに引っかかっていた。
「えっ! なんで!」
なぜ、こんなところに人が引っ掛かるのか?
そんな疑問を持ったが、今は彼を助ける方が優先だ。
マーガレットはやっとの思いで少年をベランダへ引っ張り上げて床に寝かした。
「うーん……息はしているみたいね。脈拍も特に異常はなさそうだし……まぁ仕方ないか……これは寝かしてさっさと用事を済ませてしまうか……」
奥の部屋から客用の掛布団を引っ張り出し、少年にかぶせる。
その布団の色が偶然にも水色だったため、マーガレットは水色のリボンをつけようと決断し、鏡の前に戻った。
「まったく、このままでは完全に遅刻じゃないの……あいつって意外と時間にうるさいのよね……急がないとまずいわね」
少年がいつ起きてもいいように机の上に書置きを置いたマーガレットはあわただしく持ち物を準備して家を飛び出した。
*
落下してからどれほどの時間が経っただろうか。
もしかしたら、大した時間など経っていないのかもしれないが、誠斗はゆっくりと目を覚ました。
「……知らない天井だ」
目を覚まして真っ先に視界に入ってきたのは、太い木の枝だ。
それを囲むように木の板で天井が造られているのがわかる。
体をゆっくりと起こすと、周りには化粧台や机、イスなどが置かれていて壁や窓もあるためここは誰かの家の中なのだろうと推測できた。
「助かった……のか?」
立ち上がって家の中を見てみるが、家主の姿は見当たらない。
「手紙?」
机の上に何やら文字の書いた紙が置いてあった。
「でもな……これなんて読むんだ?」
そもそも自分あてのものとは限らないのだから、勝手に読むのもどうかと思ったが、見たことのない奇妙な文字に興味をそそられた。
一瞬、英語に見えるのだが、ちょこちょこギリシャ文字なども混じっているように見えた。
「にしても、さっき見たドラゴンといい、この珍妙な文字といいなんなんだか……」
自分の身に何が起こっているのか理解できない。
さっきの真紅のドラゴンは何かの見間違いかもしれない。この文字は自分が知らないどこかの国の言語なのだろう。
そういう風に結論付けたいが、それを様々な思考が阻害する。
そもそも自分は地元の山の中にいたはずだ。
それがなぜ、このような場所へ来なければならないのか? そして、なぜ上空から放り出されたのか?
“異世界トリップ”というラノベなんかでよく出てきそうな単語が頭の中をよぎるが、まさかとすぐに打ち消す。
さすがにこれはシャレにならない。
主人公が異世界で様々な壁にあたりながら成長していく作品を読むのは確かに楽しい。楽しいが、自分がそれをやるのはごめんだ。
魔物を退治とかできる気がしない。血とか見たら絶対に吐く。
だが、情報がない以上その結論を出すことはできない。
そういった中で誠斗がとった方法は……
「まぁ家主が帰ってくるまで待たせてもらいますか」
何もせずに待つというものだった。
読んでいただきありがとうございます。
普段は一話あたりの文字数を少なめ、更新頻度を高めという形にしていますが、今回は一話あたりの文字数を多め、更新頻度を少なめという形で行きたいと思っております。
今のところは週一回ぐらいの更新を目標にしていきます。
これからよろしくお願いします。