異世界
どこか違和感を感じるただの国。右も左も建物があって、道は石で舗装されていて、たくさんの人が歩いていて……。何もおかしくないのに、何かがおかしい。そんなところに私はいた。
「ここはどこなんだろう?」
私が目を覚ました時の第一声がこれだ。気が付いたら、そこにいた。とりあえず分かったのは、私は、畳ほどの大きさの一枚の布の上に寝かされていた、ということくらいだ。
寝転がっていても仕方ないので、起き上がってみる。
「……っつ」
頭に僅かに痛みが走る。知らない場所に居たことといい、誘拐でもされたのだろうか。それなら、今の痛みも、誘拐時に薬を嗅がされたり、殴られたりしたのだろう、その影響だと納得できる。
だが、だとしたら、新たな疑問が出てくる。『私の記憶』が正しければ、私はただの一般人のはずだ。家は、誘拐されるほどの金持ちではないし、特に恨みを持たれるようなことをした覚えもない。両親も、普通のサラリーマンと主婦のはずである。
いよいよ、流れが怪しくなってきた。考えながら、見回ってみたが、どうやらここは小屋らしい。
私以外、誰もおらず、電話などの通信機器は一つも無かった。
それどころか、私の寝ていた布以外にあったのが、テレビや本でしか見たことが無いような、短剣や長剣等の刃物や、投擲用だと思われる軽めのナイフである。
流石に銃は無いようだが、見知らぬ土地でこんな物騒な物と共に見付かった日には、危険人物として、銃刀法違反で捕まってしまうだろう。
と、ここまで考えて、ふと気付く。
(もしかして……日本じゃない?)
だが、だとしたら、どこだというのか。まさか、アニメみたいに、異世界にでも入ってしまったとでも言うのか?
ありえない……と言いたいが、この刃物群を見た後だと、否定しきれなくなる。いや、まだ外国という可能性がある。真っ先に浮かんだのが異世界で、次にやっと外国の可能性へと至った辺り、私も初めての状況に混乱しているようだ。
どっちにしろ、外に出て、ここが何処か確かめる必要がある。こんなところで、一人、延々と考えていても状況は変わらず、私の貴重な時間が無駄に浪費されていくだけである。
(なんだろう……?)
あの後、小屋から出た私は、予想通り過ぎる外の景色に辟易しつつ、もう一度小屋の中に戻った。
女の身で一人、山下りをするのは不安だったし、なにより、外国にしろ異世界にしろ、平和な国でのほほんと暮らしてきた私では、言葉の通じない危険人物や、野生の動物と出会ったとき対処できないことに思い至ったからだ。
ならば、小屋にあった刃物の中で、私でも使えそうな軽めの物くらいは持っておいた方が良いだろうし、下界に降りるのに何日かかるかも分からないのだから、毛布代わりの布は必要だろう。
布に投擲用と思われるナイフを包み、短剣を腰に差して、小屋の中に他の使えそうな物が無いことを再確認した後、私は小屋を出発した。
そして、その五時間から六時間後くらいに、街……いや、国らしきところに着いた。その間、獣に襲われることもなく、賊が出てくることもなく、とても平和だった。
小屋から三十分くらい歩いたところで矢印の書かれた標識を見つけたのが大きかった。とりあえず、私の覚悟を返せと切実に言いたい。
と、思っていたのが、ついさっき。今は、この違和感と不吉な予感によって、そんな気持ちは消え去ってしまった。
なんにせよ、呆けていても状況は変わらないのだし、情報収集に励むとしよう。と、そう思ったちょうど、こっちに目の前から人のよさそうな青年が歩いてくる。
「あの……ちょっといいですか?」
私は、そう声をかけた。だが、
「…………」
青年は無視して、私の横を素通りしていく。
「ねぇ、ちょっと!」
流石に、無視されたままっていうのはありえない。私は、青年の肩に手をかけ、力を入れた。それに気付いたのだろう。青年は立ち止り、こちらの方を向き口を開く。
「あれ、おっかしいなぁ……。今、確かに誰かに触られた気がしたんだけど……」
「……えっ」
「最近噂の幽霊か? え〜っと、確かこうだったか。幽霊さん、幽霊さん。夜闇に交ざりし光は道標。頼りに集まり、声を待て。これで、幽霊がいなくなるはず……だよな?」
青年の言葉に衝撃を受け、手から力を抜いてしまう。それに気付いた青年が、先へと歩いて行ってしまう。
「ちょっと待って! あなた、何を言って……」
あわてたせいで、こけてしまう私。周りに何人かいる人は、誰も助けてはくれない。それどころか、誰ひとりとしてこちらに視線やることすらなかった。
それが決定打で、私は誰とも話せず、誰にも『会えない』ことを悟り、道端で泣いた。
少し経って落ち着いたころ、情報の整理を行う必要があると思い、どこか静かな場所を探すことにした。
その後、見つけたのは、普通の宿所。もう動くのも面倒だったし、どうせ誰にも認知されないのだから、宿の一室を借りるくらいはいいだろうと、無断で侵入。そこで、寝転がりながら、推察することにした。
今分かってることは、
1、ここの人たちに私が触ることができても、何故か声は届かないし、相手から私を触ることもできない。もちろん、見ることも同じく。
2、私の所有している物も、1と同じく。
3、『夜闇に交ざりし光は道標。頼りに集まり、声を待て。』という、『幽霊』に対する呪い(マジナイ)があることから、私と同じような状況の者が他にもいる可能性が高い。
ただの子供用の呪いの可能性も考えたが、いい年した『青年』が言っていたのと、呪いの内容がどう考えても伝言であることから、この可能性は低いと思われる。
4、3の呪いを、予測にはなるが意訳すると、『夜に光の道標ができるので、それを辿って集まり、声を待ちなさい』となる。
そのまんまなわけだけど、それしか浮かばないし……。結論、夜まで待機!!
夜になった。
結局、ずっとこの部屋を借りていたわけだけど、客を見かけたことが無い。無断拝借した私の言えることではないが、この宿の経営、大丈夫だろうか?
窓から外を見てみるが、光などは見えない。仕方がないから、外に出て辺りを見回してみる。
「あった」
光を見つけた。どうやら、動いているらしい。追跡開始。
「ここは……広場?」
噴水、ベンチ、花壇などを見るからに、広場で合っているのだろう。そこには、『人』がたくさんいた。ざっと、百人強はいるのではなかろうか。
私が広場に入ってから五分と経たず、突然広場が騒がしくなった。どうやら、噴水の近くに人がいるらしい。それも、黒のローブを被った、怪しいのが。
私が、警戒してそいつを見ていると、そいつが話し始めた。
「コホン、『幽霊』の皆々様、お集まりいただきありがとうございます。今から、あなたがたの現状について説明を開始……したいのですが、このままここで話していると、私が一人で演説している危ない人みたいになってしまいます。故に、場所を移しますので、皆様ついてきてください」
その言葉とともに歩きだす不審者(確定)。他の『人』たちもついて行っているし、私も後を追う。
三分ほど歩いて着いた場所は、教会と呼ばれるであろう建物だった。中に入った不審者を追い、ついて行く私含む『人』たち。不審者は神像の前で止まり、私達に椅子に座るように言う。
全員座ったのを確認して、不審者が喋りだす。その内容は、簡単に言えば、私達はこの国『サレス』どころか、この世界の人間ですらなく、異世界で死んだ人間であり、輪廻転生から外れてしまった魂でもあるのだという。それを、輪廻転生の輪に戻すために、この世界へと呼び寄せた……らしい。
その証拠に今から、あなたたちが覚えてないであろう、死んだ瞬間の記憶を思い出させてあげよう。そう不審者が告げ、妖しげな呪文を唱え始める。
その呪文が唱え終わり、術式が完成したのだろう瞬間、黒い光が神像から放たれ、私は思い出した。日の光りを反射し、私の胸へと吸い込まれていくナイフ。それが刺さり、驚愕の思いで刺した人を見る私。そして、私を職場から呼び出し殺した、あの白髪赤目の青年の顔を……。
光がおさまるとともに消えていく私の身体。最後に見たのは、狂喜乱舞して神を讃えている、私を殺した青年と、その青年を殺そうと斧を振りかざしている、街で私を無視した青年の姿だった……。
後日、どこかの世界が滅びたらしいが、それは詮無きことであった……。




