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鬼、来たる。

 せっかく立ち上げた暗殺者ギルドだが、開店閉業状態だった。

 メンバーとその理由を考えてみて、皆から一同に突っ込まれたのが、ギルド名を漢字にしてしまったことだろうか。

 異世界の人々は現実世界と違い、文盲が多いらしい。

 日常会話は行えても、『その会話を文章化してください』となると困る人が出てくるそうな。字を知る人がそれだけ少ないのだ。そのことを踏まえた上で、この世界の国々のトップの識者でもあまりいやほとんどなじみのない『漢字』を用いたギルド名である。


 殺しの依頼をしたい人は、現在、本部あての手紙にこう記載している。

 『元暗黒街のボスが根城にしていた建物の組織』と。

 これを異世界の言葉で表現するので、手紙のあて先はペンで真っ黒である。


「デスゲイズ辺りにでもしとけば良かったか?」

「アントンがそれで納得するんだったら、私は止めないよ」

「なわけないわな。このギルド名を思いついた時、脳裏に北斗七星が輝いたからな」

「了解しました。引き続き、『死兆星』で頑張りましょう」


 アイシャが、気合を入れるポーズで鼓舞してきた。何か可愛かったので見惚れてしまった。


「でも、そろそろ開店資金が尽きそうだよ?」


 マーラ様が、自分が以前盗んだ財布を逆さまにして、ピンチを煽ってくる。


「栞くん、この辺で悪徳で有名な金持ちを知らないかな」

「そうですね……」


 と、わがギルドの真のブレイン担当が眼鏡に小指を当てて、考え込んだ。

 眼鏡がキラッと光る。自分はそこに、彼女のさり気ない知性の輝きを見た。



 その日の晩、自分・ハルカ・アイシャの3人は、強欲豪商で知られるラドン家に侵入した。

 狙いは、豪邸のどこかに眠っているであろう金銀財宝の隠し場所だ。


「お金がないのなら、衛兵に陳情を言われないようなところからかっぱらうまでであります」

「あ、それ自分が言おうとしたのに……」

「諸行無常であります」

「いや、意味わからん」

「意味なんてどうでもいいわよ。それよりも、アントン」

「何だろうか?」

「泥棒をするのに、私たちがレオタード姿になる必要、あったのかしら?」

「まぁ、様式美だな」

「アントンまでレオタード姿になる必要あったのかしら?」

「ああ、アレだよ。『恥知らず』だったっけ、バッステの血が疼きやがるんだ」


 ハルカの笑顔がこわばっている。まぁ、そういう態度になるのも分からなくはないが、不思議とレオタードを着た瞬間、その疼きが止まったのだ。ああ、コレはもう、着ていくしかなかろう。


「上手くいけば、子供が真似するまでに流行るかも」

「それは絶対にないから」


 欲を言えば、あのお馴染のBGMをバックに華麗に登場したかったが、スポットライトがなかったのでことさら派手なアピールはできず、更にやたらと因縁をつけてくる優秀な刑事が出てくるわけでもない。

 少しばかり時間を無駄にした気がしたので、出発前の打ち合わせで決めておいたハンドサインを合図に行動を開始した。


 招待客たちと夜な夜なパーティーを催すためか、部屋数が無駄に多いのがラドンの豪邸だった。そういう場合、別宅がプライベートエリアで、こんな大きな建物の中に住むとか考えにくいのだが、ドクター(栞のニックネーム)の個人的情報網によると、色々とあくどいことをやらかしている自覚からか、万が一、襲撃されても膨大な部屋数が本人の特定を困難にしており、かつそこから主人とその親しき人物以外は知らない裏道や抜け道があるとか。


「見つけました(よ)」


 じゃあ、こういう発想をすればいい。

 確かに部屋数が多くて本人の特定が困難なのなら、本人と数人しか知らない秘密の移動手段を暴いて、そこを移動しつつ、鉢合わせたら本人確保。ダメでも、金目のある場所にも通じているだろうから、どっちにしても困らない。

 うちのヒロインにその考えを述べてみたら、魔力的な引っ掛かりをハルカが感知し、アイシャに至ってはスペックオーバーテクノロジーもいいところの透視を用い、普通の建築のやり方ではまずありえない無駄なスペースを探知した。

 教えられてなるほどと思ったのが、どの部屋も暖炉を壁にする均一的な造りだった。


「じゃ、暖炉から裏道に繋がるのか?」

「いいえ。暖炉は普通に暖炉として使用されています」

「ここに魔術的なサインがあるわ。少し待っててね」


 と、ここへきて急速に魔法慣れしたハルカが、壁が求めるサインと合致したサインを魔法で創り出し、壁に造り込まれた魔法術式がサインを合図に、暖炉のそばに存在していた隠し扉を視認化させた。

 もっとも、隠し扉と言っても壁にドアノブが刺さったままの、一見すると『これがドア?』と頭をひねるような見た目だった。

 とりあえず、ドアノブに触れ、扉を引いてみた。普通に開いた。

 裏道は、やや薄暗かったが、定期的な距離ごとに魔法を用いた光のカンテラが周囲を照らしていた。また、意外と広かった。人間ぐらいなら、3人、横に並んでも小回りが利いた。

 護衛を連れて歩き回ることでも想定しているのだろうか。

 違った。

 裏道ルートは、逆に罠だった。


「異世界生物、来ます」


 向こう側から3体の石像の悪魔が、ゆっくりと羽ばたきながら接近してきた。

 アイシャ情報によると、この悪魔はガーゴイルというそうな。

 普段は悪魔を象った石像として存在し、テリトリーに侵入者がやってくると襲いかかる性格があるらしい。多少の知性もあり、魔法が使え、ときどき攻撃してくる単純物理攻撃という名のひっかき攻撃には、相手の体力を奪い自分のモノにする効果があるらしく、何から何までいやらしい。

 いやらしい挙動はベッドの上で充分だ。


 ……てなわけで、今回は先手を打とうとするアイシャを制止し、つい最近手に入れたばかりの指方向性クレイモア地雷をガーゴイルに対して用いてみた。

 裏道のスペース上、一つでも充分すぎる気がしたが、相手は石像なので火力不足を懸念して、念のため、RPG-7を構えて待機しておいた。


 テリトリー侵入者排除のために動いた石像が、同じテリトリー侵入待ちの地雷によって爆破された。人間ならば木っ端ミジンコで凄惨な光景にしかならないが、石像相手だと人間の柔肌相手には効果抜群な破砕片でもやや火力不足だった。

 石像自慢の爪の部分こそは火力で吹き飛ばされていたが、身体全域にヒビを入れるだけにとどまった。

 仕方ない。

 本来は裏道のような狭いエリアでの使用はあり得ない、ロケットランチャーの出番だ。

 逃げ場の少ないエリアでの爆発が禁止されているのは爆風がこちらにも向かってくることを考慮してのことである。だが、ここは異世界。ウチには魔法防壁とか言う防御力に特化した魔法を使えるヒロインがいる。

 彼女を信じて、自分は石像にとどめを刺した。





 結論から言うと、見えない壁に阻まれた行き場のない爆風は思わぬ反発にうねりを伴って、来た道を戻った。そしてそちら側は拒むものがいなかったため、大いに暴れていった。

 その際、奥にも控えていた幾多の生物が声にならない断末魔をあげて、消えていったそうな。


「アントン、レベルが一気に3も上がったわ」


 どんだけの数が奥に潜んでいたかは不明だが、このメンバーで唯一、ギルドカードの効果のあるハルカがその顛末てんまつを教えてくれた。

 蛇足だが、現在のメンバーでレベルアップが可能なのは、ハルカとドクターだけである。

 自分はカンスト。アイシャは特殊タイプ。マーラ様は神様なので成長のスタイルが当てはまらないため、ギルドカードが反応しない。

 ドクターは基本ギルド内部に引きこもっているため、レベル上げの機会がない。たまに外に出るときもあるが、気分転換と新規作成した研究成果の実験を兼ねている。研究成果はとりあえずその辺の弱い生物が実験体になるため、レベル上げにはつながらない。但し、スキルランクの向上はすさまじい。


「アントン、褒めて」


 いきなり、ハルカが自分にかなり接近してきた。いや、考え事をしていたから、突然の行動に驚いた、というべきか。

 とはいえ、すでに子供じゃない相手に対し、どう誉めるべきか。

 すこしの間、対応にまごついていたが、天がこちらに味方した。

 鎖をじゃりじゃりと音を立てて引きずる存在が、こちら側に向かっているのを感じたからだ。

 光源はさっきの爆風に巻き込まれ、向こう側は闇の中である。

 それでもしっかりとした足取りで、向こう側から誰かがやってくるのだけは分かる。


「よお」


 くわえ煙草の不良中年と云った感じの、地面をかき鳴らすほどの鎖を肩に載せたレザーアーマー装備の戦士と目が合った。


「ジェノ? 鬼谷ジェノサイドじゃない?」


 彼を見たハルカが知り合いを確認するかのような素振りを見せた。


「んんん? 俺は嬢ちゃんと知り合ったことがねぇ。だから、名前を知っていることだけは驚いた」


 男は否定しなかった。そして、動じる様子もない。


「ジェノって誰だ? ハルカ」


 自分がハルカに訊ねるや、途端にハルカを注視する男の様子がおかしい。というより、ハルカに対する、男の記憶にあるモノと何かを比較しているようなそんな素振りさえ見受けられる。


「ジェノ、私ね、女の子になったの」


 一転して誰の目からも明らかな男の困惑の瞳に、ハルカが答えを示した。


「しかし、それは、ああ、ここは異世界だったな」


 まだ少し混乱していた感じの男は、『魔法か何かで女の姿を手に入れたのだろう』とでも言いたげな、自己解釈で徐々に冷静さを取り戻していた。

 そのあいだ、少し間があったので、アイシャから『鬼谷ジェノサイド』に関する情報を得た。


 鬼谷ジェノサイド。バリスタ所属。Aランク。

 彼に限らず、孤児院から我々の組織へと引き抜かれた者は、長によるネーミングを今後名乗らなくてはならない。それが、区別だからだ。

 彼の場合、物心ついたころから暴力で物事を解決し、支配するところがあった。逆らおうとする者は大人が相手でも皆殺しにする残虐性も兼ね備えていた。

 長と彼の出会いがどんなところだったのかは不明だが、彼が大人しく組織入りした経緯から、長は彼に勝ち、名前を授け、彼は名前と寝泊まりする場所を手に入れたのだろう。

 仕事は、ターゲットの生死不明が必須前提の大暴れができる依頼のみを受け付けていた。彼が現役バリバリの頃は、バリスタを含む数多の組織による血生臭い抗争が繰り広げられていた暗黒時代で、瞬く間に大出世を果たした。だが、組織に逆らうものが少なくなる安定期に入った途端、忽然と姿を消したらしい。

 ハルカを知っているのは、抗争時代の頃からのよしみというやつらしい。

 基本、孤高の一匹狼だった鬼谷ジェノサイドも、孤児院出身という同じ環境から世間話ぐらいは交わすぐらいの親しみをハルカから得たらしい。

 だからこそ、異世界で再開したハルカが、完全に女になるという急な変化に、古いタイプの脳が柔軟に対応できず、戸惑っているのだろう。

 他には、悪鬼羅刹を思わせる戦いぶりから、『鬼来たる』と伝えられた者たちは恐怖ですくみ上った……等の、こういう組織によくある武勇伝が付いていた。



「で、お前は誰なんだ。変態」


 ジェノサイドは冷静になるや、至極まともな言い分が来た。まぁ、男で敢えてレオタード姿だ。変態呼ばわりも仕方がない。


「アントンだ」


 最近、自分はやたらと長い役職名を得たが、面倒くさいので省略した。

 だが、男には自分のことなどどうでも良く、ハルカの方にやおら近づくや、ハルカの顎に手をかけてさらに驚いていた。


「コイツは驚いた。若返りも同時にやったのか。魔法はなんでもアレだな」


 アレじゃなくて、ござれだろうがっ! と脳内で突っ込んでおこう。だが、顔をそむけるハルカを無視して、胸元に手をねじ込もうとする態度に思わずブチ切れて、発砲してしまった。

 銃の威力と男の手甲の防御力も考えずに。

 下手すれば、男の手を貫通して、ハルカの心臓に当たる可能性があるというのに。

 幸いなことに、銃弾は男の手甲に巻かれた鎖のつなぎ目に入り、大事には至らずに済んだ。


「銃か。お前、英雄殺しのアントンだったのか」


 ん? 自分の知らないところで物騒な称号が付いている。

 英雄を殺した覚えはない。この前倒したフンバがひょっとしてそうだったのだろうか?

 ハルカの話を聞く限りでは冒険者であれど、英雄ではなかったはず。

 むー。情報が全く入らないので、よく解からん。


 結果的にだんまりを決め込んだことで、プロらしい姿勢と受け止めたのか、ジェノは目を細めるや警戒心が軟化するという好反応を見せた。もっと歓心を買ったら、頬を赤らめ始めて、腰回りがグニグニ動き始めるのだろうか。ノーサンキューだ。


「プロはいかなるときにも冷静に、て奴か。悪くない態度だ。

 冥土の土産に教えてやろう。お前が関わって、伝説的な衣服を人前で奪われた奴が、数日前、首を吊った。だから正確にはお前が殺したわけじゃない。だが、冒険者ギルドでお前は相当数の若者の未来を奪った。”英雄殺し”の称号は自業自得と思いしれいっ!」


 と鬼谷ジェノサイド、ハルカを突き飛ばすや、手に巻いていた鎖を振り回すごとに伸ばしていき、最後に鉄球に極太のトゲがいっぱいついたのを飛ばしてきた。

 当然、避けた。だが、こちらの回避先を読むかのように襲いかかる鉄球をさらに避けるのが精一杯で、銃の発射に必要な『構え』の予備動作が行えない。


「マスターのピンチは、当然保護するであります」


 と今のところ彼の戦闘対象外になっているアイシャが、援護射撃という名の助け舟をよこす。だが、この男、アイシャの射撃にも怯むことなく、こちらへの攻撃を止めようとしなかった。

 アイシャの射撃弾は鉄をも貫く。それがことごとくチンチンチンと音を立てて、壁なり床に跳ねて突き刺さっている。あれれ? お前さんの出で立ちはレザーアーマー装備だったよね?


「おいおいおい。異世界のシステム舐めんなよ。高レベルの防御力バカにすんなっての」


 いやいやいや。自分にはレベルが上がったら、銃の攻撃すら効かなくなるという不可思議防御力とやらに理不尽を覚えます。


「どうだ! 今まで絶対だと思っていた自慢の攻撃が一切通用しなくなる感触は?」

「いや、まだ自分は撃っていない。だから、自分ので試してからだ。そんな感想は」


 絶対の防御力に対する余裕だろう。鬼屋ジェノサイドは、攻撃を止めて、腹を抱えて笑い出した。

 思いもよらない格好の的が出来たので、手足の動きを封じるべく、シグ&ベレッタの2丁スタイルで撃ってみた。

 普通に銃撃が、自慢の防御力などなかったかのように手足にヒットし、彼は久しく忘れていたらしい痛みに対し、床をゴロゴロと転がることで紛らわせていた。

 先程の鎖のつなぎ目で銃撃の勢いを殺された事象は何だったのだろう。

 あとでマーラ様に質問してみよう。覚えていればだが。


 とりあえず、先を進むのに床にゴロゴロされていても邪魔なので、自分は彼の鼻っ頭に44マグナムをグイッと押し付けた。

 自慢の防御力が頼れない今、急にさっき意気揚々と語った本人の言葉「今まで絶対だと思っていた自慢の防御力が一切通用しなくなる感触は?」をお返ししておく。

 ムッチャクチャ顔をしかめてました。ざまぁ。



「待って、アントン。彼を活かしておきましょう」


 ちなみに『生かす』のではなく、『活かす』である。使い道を与える発言の真意を知るべく、ハルカの考えを聞いてみることにする。


「まず、ジェノはここの豪商に雇われて今までこういった仕事をしているはず。でしょう、ジェノ」

「ああ」

「だったら、どこに金目のモノが置いてあるか、知っているわよね」

「金目? お前ら、ラドンの暗殺じゃないのか?」

「新規ギルドに暗殺依頼なんぞ、失敗が怖いのだろう。まだ、そういった仕事はやっとらん。だが、ギルドの運営は続いている。当然、もろもろの出費がかさむ。我々は今回、悪徳金持ちから金品をせしめて、それを運営資金に充てるためにやって来た」

「彼ならば、絞り出す勢いでがめつく搾取しても訴えられませんから、安心であります」

「仮に再び悪徳業に専念して、大金を得た情報が入れば、その都度せびりに来るつもりよ」

「その前に冒険者ギルドあたりで討伐依頼が付きそうだがな」

「ついでに新規の暗殺者ギルドにダメもとで暗殺依頼がきたら、万々歳」

「万々歳というより、マッチポンプじゃねぇか」

「大人になろうぜ、鬼谷ジェノサイド」


 こちらの目的は運営資金の確保と安定した調達である。

 それが満たせればいいのであって、モラル云々に頭と心を悩ます必要はない。

 その結果、搾取先が心の底からの憎しみのあまり、何の実績もない新規暗殺ギルドに依頼が来ることがあっても、悩む必要はない。

 こちらに殺しの生殺与奪権があるのだ。

 その場合、元から黒い噂の絶えない商人がいつの間にか一人減ったところで誰も泣きはしない。


「で、だ。鬼谷ジェノサイド」

「何だ」

「ハルカの頼みもある。アンタをウチの組織に招待したい。来てくれるだろう?」

「それが人にモノを頼む態度かよ」


 言われてみれば、怪我をして倒れている男の顔にマグナムで威圧しつつの勧誘である。

 品格を問われそうな対応なのは確かだ。


「まぁ、相手はあの鬼谷ジェノサイドだ。このぐらいがむしろ対等な条件じゃないか」

「お前の考えるこれ以下の対応をむしろ聞かせろ」

「手足の自由を奪ってから、行儀よく椅子に座らせて、交渉?」

「ゴミの発想だな」

「おいおいおい。情報が正しければ、お前だって、相手を戦闘不能にしてから有利な会話をするんだろ。ゴミ呼ばわりされるとは思わなかった」


 鬼谷ジェノサイド、途端に沈黙を貫いた。図星だったようで何より。

 アイシャの情報収集力には頭が下がる。


「いいだろう。のってやる」


 鬼谷ジェノサイドが説得に応じた。だが、アイシャがストップをかけた。


「どうした、アイシャ」

「先程のスキャン結果が出たので報告します。彼、鬼谷ジェノサイドには往年の暴力性が鳴りを潜めており、現在の『圧倒的防御力を壁に鉄球振り回す』戦い方は本来の彼の戦闘スタイルではないことを忠告します」

「あーあー、この嬢ちゃんもおしゃべりで敵わねぇなぁ。これだから、機械人オートマータは大っ嫌いなんだよ」

「鬼谷ジェノサイド」

「何だ。つーか、お前にフルネームで何度も呼ばれるとムカついて性がねぇ。ジェノと呼ばせてやる」

「よし、改めジェノ。お前の本来の戦闘スタイルは何だ?」


 ジェノは、自分に対し、腕をまくるや力こぶを見せた。そして、寝たままの状態ながら軽くファイティングポーズを示した。要は、殴り屋である。


「ああ、あれか。要は若返ればいいんだな」

「おっ、ハルカを若返らせたよな。お前んトコ、そういう魔法使いがいるんだな」

「ああ、魔法かどうかは分からんが、ここにな」


 と、自分で自分を指さすと、ジェノがポカンと硬直した。

 全然、理解していないという表情だ。


「アントン、もっとわかりやすく表現しなさい」


 ハルカがそう諭すので、自分の頭の学力の範囲で、ジェノに指さすや、言ってみた。


「俺の魔法の唇で、お前の失った力を取り戻してやろう」

「うわ、バカやめろ。俺が今、この瞬間、大切な何かを失いそうなんだ」


 ジェノを指さしてのキス宣言に対し、『目の前の男がお前にキスするぜ』と言っていることをようやく理解したジェノが激しく抵抗した。

 自分はハルカとアイシャに命じて、彼の両脇を抑え、身動きを封じた。


「初めまして、鬼谷ジェノサイド。ハルカの彼氏、アントン・H・大石がキミを救ってあげよう」

「く、来るな、や、やめろ。このおに、オニ、鬼ーーッ!」


 『鬼、来たる』という合言葉で、数々の他者を震わせた鬼谷ジェノサイド。

 そんな彼も、息が出来なくなるほどの濃密なキスとはいよる舌遣いの前にあえなく沈黙した。

 というより、理性がとんだのかな? 泡吹いてうなだれるほどだったのかな?


 それはさておき、程なくして、光の球体が彼を包み、収束したころには白髪交じりの中年の姿は消え、黒々としたふさふさの髪の毛と歴戦の傷跡はそのままに隆々とした筋肉の若者が寝転がっていた。

 とりあえず、若返りは成功したようだ。

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