はじめての依頼と思わぬ真実の一端
※本日初の連投です。ノリにのってる時はこんなもんです。中身が進んでいるかどうかとかはともかくw
ギルドと云えば、クエストであるが、設立したばかりのギルドにクエストを提示するだけの人員はおろか、クエストの提示そのものを行うほどにまで組織化された覚えはない。
ましてや我々は暗殺者ギルド。
冒険者ギルドと違い、薬草の収集や特定モンスターの討伐はお門違いである。
本分は暗殺依頼がメインだが、情報収集は金を生む。しかし、何にせよ我々のギルドはまだ生まれたばかりのヒナである。
いろいろと御託はならべたが、結局のところ、ギルド名を世間一般に対して売り込むのが近道である。
――中規模都市タルワール、庶民区の酒場にて。
掲示板の中から、討伐依頼を乗せた文面の下にやたらと空白が余った紙があったので、『暗殺依頼承ります。ご希望の方は××××の私書箱へ』とだけ記した。紙の質が想像していた以上に悪く、ボールペンでも悪戦苦闘し、必要最小限の情報になった。
あとは興味を引いた人物が現れるのを待つしかない。そうそううまくいくとは限らないが、異世界の割には私設私書箱が存在するので、やましいことを考えている人は相当多いのではないか、と踏んでいる。
実際に、3日後、仕事の依頼が来た。
指定場所は、小便小僧が目印の公園のベンチだった。晴れた日の正午過ぎに依頼人が来るそうだ。雨の日は翌日持ち越しと書かれていた。
約束日当日。
正午過ぎということなので、アクアから用意してもらったサンドイッチの詰まった弁当箱をベンチの上に広げ、もしゃもしゃと味わいながら、依頼人が来るのを待った。
「ぐ~~きゅるきゅる」
ツナサンドを味わっていたところ、腹の虫を盛大に鳴らした、栗毛のおさげの少女と目が合った。顔が真っ赤だったので恥ずかしがっているのは分かるが、目を細目にして人の顔を覗き見ている風にも取れたので、視力が弱いのかもしれない。
「依頼人かね?」
「ハ、ハイ」
モノは試しとばかりに聞いてみたら、ビンゴだった。しかし、元はそれなりの身分のあるところの服装だったのが、長い間の着用でところどころボロボロなのを見て、カネを持っている風ではなかった。
依頼人のかわりの連絡係なら、納得できるところもある。だから、もう一度訊ねた。
「どうやって、この依頼を頼もうとしたのかな」
視力の弱い自称依頼人曰く、初めは冒険者ギルドで、両親を殺し、少女の住んでいた住処を乗っ取った同じ研究仲間の研究員を逮捕して欲しいと願い出たそうだ。しかし、冒険者ギルドは警察ではないので、“研究員が実はモンスターでした”といった証明になるような根拠がなければ、討伐依頼を作成できない。つまり、お門違いを理由に断られ、途方に暮れたそうだ。
まぁ、捨てる神あれば拾う神あり。
ヒマそうなエルフが少女に口伝てをしたらしい。曰く『お金をためて有効に使い、その研究員の不正を暴くための様々な情報を得られたら、望みはかなうと思うよ』と。
ヒマそうなエルフに心当たりがなくもないが、まぁ、今は関係ないか。
少女は冒険者ギルドに登録し、その日のうちに少女の得意な分野でお金稼ぎに勤しんだそうだ。ちなみに少女の得意分野は調合。彼女に調合を教えた両親の顔を思い出したのか、はらりはらりと涙が頬を伝っている。
ハンカチを貸してあげた。
ほこりまみれの顔がハンカチに触れ、素顔を少しあらわにした。きちんとした身なりを整えたら、きっと真面目そうな文学少女の姿になるのだろう。あ、調合が得意だったな。だったらリケ女か。
準備が整った日のことだった。
彼女が冒険者ギルドから貸し与えられていた仮住まいに火が放たれ、研究机でうたた寝をしていた彼女は命からがら家から逃げ延びた。だが、せっかくため込んでいた所持金、所持金を集める過程で少女の知識の資産になるはずだった研究ノートもろもろが灰になった。
がっくりうなだれているところを、野次馬の与太話が耳に入った。
新興の暗殺者ギルドの話と、暗殺依頼承りの話を。
噂を確かめるべく、庶民区のすべての酒場を巡り、ほぼ殴り書きの自分の字を見つけたときは神さまに思わず祈ったそうだ。
あとは私書箱に投函する分の手紙を冒険者ギルドの職員さんから融通してもらい、今に至るという。
「サンドイッチ、食べるかね」
「よろしいのですか」
「一人で食べるには多すぎだからね」
少女は貸したハンカチでしっかりと手を拭いた後、ほとんど無我夢中の勢いでサンドイッチを食べた。2個目が欲しそうだったので、「遠慮せずにどうぞ」と許可すると、そこから先の勢いは、ホットドッグを飲み物のように口に入れるチャンプを彷彿させるような食べっぷりだった。
結局のところ、自分はひとつめのツナサンド以外、食べる機会を失った。
「さて、報酬の話なんだがね」
「依頼を引き受けてくれるのですかっ!」
「報酬次第かなぁ。暗殺者は人を殺してナンボが基本だからね」
「私、あなたに身体を売ります」
「年齢いくつ」
「13です」
あ、こりゃイカン、犯罪か。どっちみち持病の腰痛がワイルドにバイオレンスな大暴れを展開するので、できないけれどさ。
まぁ、頭は良さそうだ。なんてったって薬の調合ができるぐらいだ。
「組織のために、その知識を活かしてくれるならOKかな」
「おーけい、ですか?」
少女の、見知らぬ言語への戸惑いっぷりを見て、ここが異世界だというのを忘れていた。だが、自分はこの『OK』という言葉が好きだ。牧場はともかく。
「OK?」
「OKします」
念を押すと、少女が自分の発音をまねて、同意してくれた。
―
連れて帰る途中、裁縫3姉妹の仕立屋に出向いた。
軽く事情を話すと、長女アクアは、ススだらけの彼女を別室へと連れて行った。その間、ヒマだったので、ルビーとレミの様子を見に行った。
目的が出来たからか、2人とも真面目に裁縫の練習をしていた。
邪魔にならないよう、そっと裁縫部屋を立ち去り、何の気なしに資材置き場へと足を運んだ。
よく見かける裁縫の糸たちに加え、異世界のモンスターの表皮が机の上に無造作に置かれていたかと思えば、壁のインテリアみたく飾られていた。
興味本位から触りたくなるが、一見ただの飾りのようでいて、その場にこうやって置いてあることに意味があることがある。無知だが、あえて意見するならば、特定の方向に傾けると商品価値を失う――とかだろうか。自分に最も近いところにある、毛並みのいい狐の毛皮が逆さのまま干してあるように見えるその資材はそんな気がした。
急に仕立屋の命の次に大切なエリアに気軽に入室するのは気が引けた。なので、美味しい匂いに誘われるがまま、食堂へと足を運んだ。
スープが作られていた。コーンスープのようだ。
内緒で一杯だけ、ご馳走になった。
「あ」
「お」
まさか男がやってくるとは思っていなかったのだろう。風呂場から上がりたての少女がバスタオルも身につけず、鉢合わせた。
加えて、彼女は視力が弱い。状況を把握するのに時間がかかり、自分は自分でこのラッキースケベをガン見である。現実世界ではまずないシチュエーションだけに野獣の眼差しだった。
「奥義・瞬間裁縫仮縫い」
なんかカッチョイイ技名をアクアが発動させた後、自分のまぶたが強制的に閉じられた。ご丁寧にも、開かないように縫い目をつけている。仮縫いだから、まぶたを失うのと引き換えに力を入れれば目は開くだろうが、むき出しの瞳とかサングラスのなさそうな異世界では厳しい。第一、空気乾燥にどう抗うべきか。いや、難しいな。
ハルカの回復魔法?
図らずもノゾキ魔になった自分にかけてくれるだろうか。まさか。
そんなわけで、アクアが赦してくれるまで、自分はそのまま立ち尽くしていた。
反省の意をキスで示され、目隠しキスのまま応じた。
きっちりとアクアの満足するキスで応えたので、奥義は唇が離れたと同時に自動的に解除された。
「…………何故、君たちがそこに」
解除されたまぶたから開かれた景色は、人様のキスを興味津々な眼差しで見ていたルビー&レミに注がれた。
興味があったから――との返答に年頃の女の子だなぁ、と思うところはあったが、キスをせがまれたときは思いっきり拒否しておいた。
自分、40前の中年よ。君たちのような年頃の子が夢見る白馬の王子様とどんだけ歳が離れているのか考えたことある? とやや説教めいた言い方に対し、
「お父さんとのキスを思い出したかったんだもん」
とルビーがぐずり始めた。そういえば、さっきの少女といい、この家庭といい両親がすでに他界しているな。エロゲみたいだな、どうでもいいが。
ルビー曰く、彼女が2歳の時にはどっちもいなくなったとのこと。
それならば、と自分は条件を付けた。
ここで少女の涙にほだされてキスをしてもいいが、どうせなら裁縫スキルの腕前を確かめたい。
自分はルビーに、何を握っても滑らない手袋の作成を要求した。
レミにも頼もうと思ったが、アクア曰く、ようやくランクが2になったばかりで作成は難しいとの意見が出たので、ルビー&レミの合作を条件に手袋の作成を依頼した。
依頼人の少女からかなり睨まれた。元々視力が弱いのを差し引いても、やはりノゾキはノゾキで印象が良くなるわけはない。
まず、頭を下げて謝罪の言葉を口にした後、眼鏡を買うことを提案した。もちろん、眼鏡代は自分の財布から支払うのが筋を通すことになるので、請求なんぞしない。
少女の顔が途端にパアアッ! と明るくなった。やはり、眼鏡は必須だったようだ。
少女の知り合いの眼鏡屋に行くという話になり、手を引っ張られる形でその店を訪れることになった。
お店の感想。
異世界の眼鏡は高かった。作り手の技術力がヘボなのか、ガラス瓶の底のような眼鏡だけでも金貨40枚も吹っかけられた。
自分は修理屋ではあるが、物つくりが出来ないわけではない。何といっても、物の声が聴こえるので、モノが指定する通りに動けば、モノが出来上がるのだ。
そんなわけで、付かず離れずの位置で自分をストーキングしているアイシャを、まるで偶然を装って、ばったり出会ったことにして、眼鏡づくりに必要な材料と作り方を、動画サイトを参考にしたのち、少女の知恵も借りて、材料調達に向かった。そして、ギルド本部地下にある、自分の趣味全開の作成部屋で一心不乱にのめりこんだ。
3日後。
現実世界でも通用するような薄型のオシャレ眼鏡のフレームが完成した。
次にレンズの作成である。作業手順は省くが、念入りに行った度数調整のあと、さらに3日かけて、ようやく眼鏡一式が完成した。
早速、眼鏡をかけてもらった。
想像通りの文学少女がそこにいた。失礼、リケ女か。まぁ、可愛けりゃどっちでもいいな。
達成感から、ひとり感動していると、少女がほっぺにキスしてくれた。
今ので、ノゾキの件はチャラにしてくれるらしい。
ここのギルドでの一般常識は『ギルドマスターはキスが好きな人』で大正解らしい。それで、報酬をキスにしたそうだ。ただ、好きではないのでほっぺということだ。
なんかまともな意見だったので、納得した。
さて、思わぬ道草を食った気がしないでもないが、眼鏡を入手して、作業効率が格段に上がった少女を見ていると、道草も悪くなく思えた。
おっと。大切なことを忘れていた。
「君の名は?」
「栞です。茜沢栞」
ん? 茜沢?
名字に引っかかりを感じたので、ハルカを呼んで、茜沢について尋ねてみた。
「バリスタ創設メンバーの一人、茜沢英雄博士の子孫かしら?」
「子孫?」
「バリスタが創設されて数年後、まるで神隠しにでもあったかのように行方が分からなくなったの」
アイシャの検索機能で調べてみると、今から100年ぐらい前の新聞の見出しにこう書かれていた。
『ノーベル化学賞候補、茜沢博士、行方不明』と。
バリスタの歴史を知るのは、組織に入った者たちの必修科目だったが、100年も前から異世界トリップがあったとは驚きである。ひょっとすると知らないだけで、まだまだバリスタの闇とまでは言わないが、隠された真実がありそうな気がした。
「ねぇ、アントン」
「何だ?」
「私たちがここへ来たのはたまたま? それとも……」
ハルカは話を振っておきながら、その続きを口に出さなかった。
言いたいことをあえて自分が表現するなら、こういうことだ。
“自分とハルカは組織にとって、邪魔になったのか?”
「仮にそうだったとしても、元の世界に帰ってこられれば、それだけでも組織に一泡吹かせられる。そう思わないか?」
「アントン……」
「組織の目的が、邪魔者の排除に異世界トリップを利用したのなら、ハルカは巻き込まれたんだ」
自分は組織のお荷物だった。だからトリップさせるには都合が良かった。あの日のメールは、『選ばれし者たちへ』と大仰なことを述べていたが、実際のところはそんなことだったのではないだろうか。
「お荷物はアントンだけじゃないの」
そう納得しようとしていた自分を、ハルカが、数呼吸のあと、絞り出すように告げた。
「私、もう限界だったの。稼業、難しくなっていたの。引退を考えていたの。
でも、こんな稼業の引退って、退職金貰ってあとはご自由に! ってワケないでしょ。私、現役の頃に引退した先輩たちがその後どうなったのか調べたことがあったの。
みんな、行方が分からなくなっていた。その筋の探偵を用いたりしたけど、ある日、急にパッといなくなっていた、という情報が多かったわ。その時はあまり気にしていなかったけれど、今は分かる。私は消されるために呼ばれたんだって」
とハルカが心境を吐露して、泣き崩れた。
自分はどうなのか? なんて、思い返すまでもない。
「ハルカと一緒にここへ来れたことは幸せなケースだったんじゃないか。
なぁ、栞くん、君は祖先の歴史を知っているかね?」
「はい。とてもひとことでは言い表せない苦労があったそうです。
でもひいおじいさまの才能は、人々に幸せをもたらし、人々から認められた結果、ここを安住の地として落ち着くことを認められ、生涯を終えたそうです」
「君たちの家系は、ここタルワールの発展に寄与していたわけか」
「私たちが、というワケではありませんが、一分野においては、そうです」
医療分野における才能一家か。彼らがいる限り、決して一番になれないことに嫉妬したやつが今回の蛮行を働いたのかもな。
「イヤな質問だが、君の両親を殺し、乗っ取った奴は君から見てどのぐらいの才能がある?」
「どのぐらい、と言いますと?」
「そいつは、君の両親と同じぐらい天才なのか、ということだ」
「いいえ。親に泣きついて学位をカネで買ったという噂の絶えない男でした。勉強はそこそこできたようですが、パパと比べたら月とスッポンです」
あちゃー。終わったな、タルワールの医療分野。
自他ともに認められた天才と自称第1位の学力自慢じゃあ、勝負にもならない。
まぁ、それはともかく、
「ハルカ、ここへ来て真実の一端が知れてよかったと思おう。そして、茜沢博士じゃないが、人々の役に立つことをしよう。何となくで確信はないんだが、親切の積み重ねから、思わぬ手がかりが得られそうな気がする」
「でも、私たち、暗殺者ギルドよ」
「幸い、昔の組織と違い、屠る人間はこちらで選べるじゃないか。時には、儲け度外視で社会のガン細胞を撲滅するのも悪くない」
自分の発言にキョトンとしていたハルカが、理解が追い付き次第、自分の言いたいことを理解したようだ。
「悪党を裁く悪党になりたいのね、アントン」
「少し違うな。悪党を滅する闇の組織だな」
「フフフ、協力するわ、アントン」
「これからもよろしく、ハルカ」
固く握手を交わした自分らを不思議そうに見つめていた栞が、手を差し出した。
アイシャが続き、マーラ様が栞とアイシャの手を重ねて、自分ら2人の握手に挟む。
む、コレは円陣を組むときの誓いの儀式だな。
自分とハルカもこれに倣い、握手を外し、マーラ様の上から手を重ね合わせた。
「今、ここに暗殺者ギルド『死兆星』の活動開始を宣言するっ!
メンバーのアントン、ハルカ、アイシャ、マーラは、法や正義が裁けない非合法の悪を滅することをここに誓うっ!」
「おーーーーっ!」
余談だが、栞の敵対者は、後日、荷車を引いた暴れ牛にひかれて死んだらしい。
現実世界で云うところの、暴走トラックみたいなものだ。
こちらが手を下すまでもなかった。
「茜沢栞です。本日からこちらでお世話になります」
初仕事はミソが付いて、パッとしなかったが、栞は報酬通り、ギルド本部にやって来た。
身の回り品と数冊の本だけという、研究者にしては少なすぎる荷物だったが、栞は笑顔でこう答えた。
「これから増やしていくんです。科学者を舐めんなよ、ってやつですよ」
関係ないが、栞の仮住まいはそれはそれはよく燃えたと聞いている。
あの言い分から、相当数の研究資料が部屋に累積していたのだろう。必死に貯めたお金も溶けて原形をとどめないぐらいなのだから。
「お手柔らかに」
思わず苦笑いしてしまったが、頼れるメンバーの参入には心から喜んだ。