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炎と光の進化

 仕事帰りの肉体労働者が浴びるほど酒を飲み、気に入ったネーチャンと2階の部屋で一夜を過ごす街の中を横切り、殺風景なレンガ造りの倉庫がひしめくエリアに入った。


 そのなかでビルを思わせる縦長の建物の前で止まった。

 チンピラリーダーが出入り口の左右を固める用心棒2人に声をかける。

 2人は会釈どまりの挨拶を交わし、さっきから見つめられている自分が出入り口に向かうと手持ちの刃物を抜いて、進入を阻んできた。

 チンピラリーダーが慌てて2人に通す理由を言い、2人が自分の耳に入らないような小声でリーダーに何かを教えていた。


『キナ臭くなるかな?』

『今のところはまだ平気です。ですが、庫内では荒れ模様が予測されました』


 ふむぅ。

 だとしたらジュラルミンケースの中身が欲しいところだが、ハルカに預けたまま、ハルカとともに消失している。

 剣と魔法の世界に銃がどれだけ有効かは謎だが、手持ちのベレッタとシグだけで犯罪者集団と渡り合えるかどうかイマイチ自信がない。

 普通だったら、冒険者ギルド行って、ギルド加入登録を済ませ、この町近くの原っぱで低レベルの雑魚相手に自分の攻撃手段がどれだけ通じるかのテストをするのがセオリー。

 異世界来て初めての行動が窃盗のオジサンには、セオリーなぞ幻想ということなのか。

 ファンタジー世界に来て、ファンタジーを体験しないですとっ!


 じゃあせめてでも、P90あたりがその辺に落ちてないかなー。

 落ちてないなー。

 現実世界でも弾切れみたいなアクシデント以外でそうそう落とすもんでもないわな。


 移動するだけの渡り廊下を抜けた先に、エントランスホールのような開けた場所に出くわした。

 頭にピンクのブラジャーを被った変態青年が、何故かハルカに強く迫っていた。ちょうど背中を向けていたので、手刀一閃で変態の意識をとばす。

 変態青年の立場がどのくらいかは知らんが、チンピラリーダー以下舎弟3人がたちまち激昂し、襲いかかってきた。

 といっても、連係プレーをしたことがないのだろう、舎弟3人がバタフライナイフで個別に襲いかかるので、初めに襲いかかった舎弟Aのナイフを奪い取るや首筋を斬り絶命させ、そのままヒューマン・ガードで突入した。

 考えたこともない方法だったのか、しこたま怯えるBCにおおい重なるように死体を投げてよこし、死体のバトンタッチのやり取りで大わらわでこちらの相手どころではなくなっているのを確認してすかさず背後へと移動。

 Bはバタフライナイフで背中越しから心臓にズブリ。

 Cは首を絞め、ボキリッと首を折った。


 残るはチンピラリーダーのみ、という状況になって遅れて昼間見た変態青年の方の護衛2人が駆けつけてきた。

 一人は、いかにもという感じの重量系の斧を振り回す戦士風スタイルの男。

 もう一人は、ローブ姿に目深にかぶったフードが邪魔で得体のしれない存在だった。


 ローブ姿の方をアイシャに聞こうと思ったが、すぐに答えが出た。

 ローブ姿が何やら呪文みたいなのを唱えたあと、さっき片付けたばかりの死体が動き出した。

 つい最近、このテの映画を見た。確かこういう胡散臭い魔術師の名は……


根暗男ネクラマンだー!」

「ネクロマンサーでございます、アントン様」

「…………そうか。で、対処方法は?」

「かけられた魔法を解くか、術者の排除でございます」


 なるほど。

 ならば、とばかりに自分は異世界初の発砲で応えた。

 まず、シグを連射し、戦士の目を奪い、膝を損傷させた。

 突然の出来事に戸惑う戦士だったが、振り回した斧の勢いは止まらず、同時に向かっていたゾンビ3体が斧の餌食になって胴体真っ二つになり、変態青年のところへと転がっていった。

 完全に絶命した死体と一緒に添い寝している形にちょっと吹いた。

 ちなみに、ハルカたちだが(ハルカの誘導で)既に比較的安全な場所へと移動しているので、戦いに支障はない。


「魔法が来ます。回避行動をおススメします」


 異世界では銃が珍しいのかそもそも存在していないのか、相変わらず表情は読み取れないもののどことなく腹が立っている風に見えなくもないネクロマンサーが、何かの魔法をぶっ放してきた。

 それも、自分と彼の間に挟まれている戦士お構いなしに。

 戦士の皮でなめしたかのような鎧の軽装を、氷塊が容易く貫通するやこちらに向かってきた。

 氷塊のクセに大砲の弾(貫通弾)みたいな威力に驚きつつも、前方にローリングで緊急回避をとりつつ、ネクロマンサーとの間合いを詰めた。

 すると、ネクロマンサーが手のひらから炎の鞭を複数体現し、鞭たちはまるで生きているかのように上下左右から自分に向かって振り下ろしてくるが、構わず連続ローリングで器用に避け、これまたネクロマンサーの背後をとった。


「アントン様、心臓と頭を同時に撃ち抜いてください」

「ヤー」


 作業中なので、短く答えつつ、敵の脳ミソと心臓を同時に撃ち抜いた。

 ローブ自体に大した防御力はなく、そのおかげもあってハンドガンの威力でも目的が達せられた。


「しかし、それは何の意味があるんだ?」

「先程、ファンタジー世界のイロハを記したサイトで調べた結果、魔術師の多くは死後、より強大な魔力を蓄え、行使できる『リッチ』という死霊魔道士になることを望んでいるのだそうです」

「舎弟ゾンビに知性のかけらは見当たらなかったがな」

「唯一、『リッチ』のみが死後も生前と変わらぬ知性を持つことができるそうです」

「ふーん。死ぬことを諦めてまで何がしたいんだろうな」


 と急にアイシャが黙り込んだ。

 こういう状況に心当たりがある。

 ハルカ相手に経験したことだが、どうやら自分は”言ってはならないこと”を言ってしまった可能性がある。

 その場を取り繕うかと周囲を見渡してみたが、琴線に触れるようなものがなかった。


 ズドンッ!


 何事かと思い、大きな音がした方向に視線を向けると、ゾンビ化が進行中だった戦士がまず呪文から解放されて斧の重量とともに激しい音を立てつつ倒れた。

 その次にネクロマンサーが力なく倒れた。ネクロマンサーの死と同時にすその辺りが弱い光を発していたので、まくってみたら腕輪を発見した。何かが発動し、作動するのを待っているようであったが、待機時間でも超えたのであろう、光はフッと消失した。

 アイシャの言うとおり、何らかの蘇生手段を考えていたようだ。


「助かったわ、アントン」

「…………」


 すぐにお礼を言ったハルカに対し、ハルカの足元を壁にしてさらに怯えた眼差しで距離を置く子供スリ。

 振り返れば、死体だらけだ。余計怖がらせたのかもしれない。

 だが、そんな事よりも重大なことに気付いた。


「お前、何で娼婦のカッコしてんのさ」

「そこの死体とキスしているバカに拉致されたのよ。で、目が覚めたらベッドの上で拘束されてて、どうにか逃げたと思ったらここで鉢合わせて、アントンが来たのよ」


 ハルカが指さす方向に視点を移すと、いい夢でも見ているのだろう、メタボ体型の舎弟のまだ生温かい胸を優しく触り、耳元で甘く囁いている。

 結構血みどろの凄惨な光景なんだけど。血の匂い、相当きついはずなのによく眠れるなぁ。


「わかったわ。きっと経血好きね」


 あー、あの女の子が股に挟む脱脂綿が好きというやつか。

 嗅いだ経験はないが、相当なモノらしい。それが好きなら血の匂いも平気なのか。

 うむ。アイツは変態扱いで充分だな。


「場所を変えるか。今さらだが、コイツには刺激が強すぎるだろ」

「コイツじゃないもん、レミって名があるもん、バカ」


 コイツ呼ばわりにカチンと来たらしく、子供スリ改めレミが前に出てあっかんベーをしてきた。

 ちなみに、この子も娼婦のカッコになっている。

 ファンタジー世界の娼館に年齢制限なんてないのだろう。

 スカートから尻尾が逆立っているのだって、何らかの需要があるに違い……


 え?

 思うところあって、レミに足払いをし、転がらせ、スカートを剥ぎ、パンツを確認した。

 パンツの穴から尻尾が生えていて、盛んに自分に対してベシベシベシベシ当ててきている。


「アントン、まさかロリコンなの?」


 ハルカの怒気をはらんだ声に理性が戻り、今の状況を再確認する。

 倒れた少女のお尻を持ち上げ、スカートをめくり、パンツをガン見。

 うん、反論できないな。

 レミはレミで、こちらが手を離した瞬間ハルカの元へ駆けつけて、抱き寄せてもらっていた。

 途端に堰を切ったかのような大声と大粒の涙があたりに響き、飛び散った。


 と。

 レミの泣き声に反応したのかは不明だが、奥の方からゾウが足踏みでもしているかのような地鳴りが聞こえた。

 それはだんだん大きくなり、やがて出入り口から見て反対側の奥の壁からやたらと細長い太鼓のバチのようなモノで壁を粉砕してきた化け物が現れた。

 といっても、砂埃がひどく、化け物の姿がよく見えない。

 すると化け物は吸った息を盛大に吐き出し、砂埃を霧散させた。そして改めて、体長約10メートルの筋骨隆々な仁王像として、あの有名なポーズでこちらを恫喝してきた。


「泣ぐ子はいねがーっ」


 自分はレミをさした。仁王像はレミを見て、うむと頷いた。


「悪い子はいねがーつ」


 ハルカとレミがほぼ同時に自分を指さした。仁王像は途端にクワッと目を見開いた。


「天誅!」


 と両手に握った細長いバチを振り下ろしてきた。

 展開は予想はついていたけど、確かに人をいっぱい殺したけれど、正直に答えて損した気分だ。

 とりあえず、状況を変えるためにも発砲する。

 狙い先は、目。筋骨隆々の胸に当てても効果が薄そうな気がした。


「フンヌッ!」


 仁王像、銃弾の軌跡が見えるのか、鼻を膨らませるや鼻息を吹き出し、それが風の壁の効果を生み出したのだろう。銃弾がカコンッと寂しい音を立てて床に転がった。

 目が弱点なのは合っているようだが、鼻息でガードされるのでは、弾薬の無駄だ。

 さぁ、困った。

 こうなるといよいよジュラルミンケースの中身が欲しくなった。


「ハルカ、ここは自分が引きつけるから、ジュラルミンケースを探し出してくれ」

「わかっ「ハッハッハッハ! お前らあのケースの中身が欲しいのか」」


 人の会話に割り込む仁王像。顔が近いよ、臭うぞう。


「何だよ、いきなり」

「そこのお前が何故銃を使えるのかはわからんが、この世界に銃は存在しない」

「は?」

「頭の悪い奴め、存在しないと世界が公言しておる。本来ならばこの世界では銃の姿さえも見えないのだぞ」

「そう云うアンタは何者だ? 銃のことを知っているからには自分らと同じ世界だろ」

「そうだとも。ワシの名前は、踏場仁王フミバ・ニオウ。レベル48の怒れる鬼神様よぉ」

「ん? フミバ? フンバじゃないのか」

「うむ。それはワシの発音がいかんのか、奴らに正確に聞こえておらんのか、そう呼ばれるのぉ。まぁ、それは良いとして、貴様、名を名乗れ」

「バリスタ所属の万年Dランク、アントン・H・大石だ。レベルの方は、知らん」

「知らぬ? 普通ならば冒険者ギルドにサッサと登録するものだぞ」

「異世界来て早々いろんなことに巻き込まれてな。よくあるテンプレ的セオリー通りにうまくいかないんだ」


 仁王、何かが琴線に触れたらしい。またも大笑いしてきた。


「なるほどのぉ。貴様のレベルが8でカンストしている理由がわかったわぃ」

「ナニ? レベル8だと。何の冗談だ」

「冗談も何もワシほどの高レベルになると、冒険者カードなんぞなくとも低レベルが相手なら情報は筒抜けじゃわぃ」

「それと、カンストとは何だ?」

「何じゃ、お主、そんなことも知らずにこの世界に来たのか。全くを以て片腹痛いのぅ」


 仁王、バチをだらりと下げるや、腹を抱えて笑い始めた。

 人が『カンスト』について聞いているのに、まったく答える気がないと来た。


 とりあえず、少ない情報だが、まとめる。

 まず、自分のレベルは8で止まって、それ以上上がることがないらしい。

 但し、この世界では存在するはずのない銃が自分には見えて、使うことができる。

 そして、冒険者ギルドで冒険者カードを作る必要がある。

 以上だ。

 うむ。仁王の解決には全く貢献していない。


「そうだ。あのケースの中身はどうした?」

「食べ物は懐かしい文明の味だから頂いた。武器は万が一を想定して、全部破壊したわぃ。衣服その他はイクサが欲しがっていたからやった。お前のはどこかへと捨ておったが、そこの女のは大層気に入っておったのぅ」

「なんだとぉ! テメェ、自分の愛銃シリーズを破壊しただとっ!」


 ”愛銃”の響きに、より一層笑い転げる仁王。


「その言い方だと、お前、銃以外に親しい奴が誰もいないんじゃろ? 寂しい奴じゃな」

「バカにするな。自分にはハルカとアイシャがいる」

「ああ、そこのオカマか。いや、ニューハーフか? お前、そういう趣味なのか?」

「ああ゛、ハルカを何も知らない奴が見た目でバカにするな。ハルカは自分が最低のときからずっと一緒にいてくれたかけがえのないパートナーなんだ。見た目でしか認められないお前如きがオレの彼女を貶すな、この馬糞野郎。いや、馬糞臭う。クセー、いろいろクセー」


 この言葉、禁忌だったのか仁王から爆笑が消え、こめかみがぴくぴく震えるや身体が真っ赤に染まっていった。


>仁王モードから不動明王モードへとランクアップしました♪


 フンゴォ! どこからともなくアナウンスが発生し、なんかヤバげな雰囲気が漂う。


「ククク、ワシの最終形態を自らの命と引き換えに世間に暴くとはやるのぅ。フルパワーで瞬殺してくれよう」


 と不動明王、バチを捨ておどろおどろしいロングソードへと装備変更するや、ロングソードに灼熱の炎をまとわせて、遠慮なく振り回してきた。ただ、幸いなことにムキムキ筋肉が邪魔をするのかロングソードを振りおろす速度がそこまで早くないため、回避行動に支障はなかった。

 しかし、攻撃手段が完全に手詰まりだ。どうしたものか。


「諦めますか?」


 突然アイシャが復活したと思いきや、聞きたくもないことを聞いてくる。

 思わず反論した。


「んなわけあるか、アイシャ」

「どうして諦められないのですか?」

「まずは、さっきのぶしつけな答えを謝る。そして次の答えだが、バカみたいな答えだが聞いてくれるか?」

「なんなりと」

「スマホの画面越しから君とキスがしてみたい」

「は?」

「すっとぼけなさんな。ハルカとキスしたときといい、衣服店のお姉さんとのキスのときといい、お前さんは沈黙していたが、興味は絶対あったはずだ」

「セキュリティー・モードが働いて、アントン様の邪魔できないようになっているだけですよ」

「違うね。お前さんは言ったよな。『愛する気持ちがある限り、バッテリーは枯れない』ようなことを」

「ええ、それが何か?」

「お前さんは気づいてないんだな。自分がハルカたちにキスをした時にスマホの何かの稼働音がいつも以上に大きな音を立てていたことを」

「そんなバカな、ありえません。私は機械です」

「機械かもしれないが、心がある。だったら自分のすることは一つ。お前さんの心に火をつけてやる」


 と自分、胸ポケットからアイシャを取り出すや、画面に向かってキスをした。

 突然の行動に、不動明王やハルカ、レミがポカーンとしているが気にしない。

 アイシャからのギブアップコールが出てくるまでキスを続行した。

 気分は肺活量のすべてをサックスの音色に捧げる演奏者のようだ。


 どこからともなく光の柱が発生して、自分とアイシャを包み込んだ。

 スタングレネード級のまばゆさの中、アイシャが自分からすぅーと距離を置いた。

 宙に浮いたままのアイシャの外輪郭から更なる光が発せられた途端、それは起こった。

 スマホが人型の姿をとったのだ。


「そんなまさか、ナナシ様以来の奇跡が私に」

「ナナシなんて奴はともかくっ! アイシャ」

「はい、アントン様」

「これからもよろしく」

「こちらこそお願いします」


 自分はアイシャと握手を差し出した。

 アイシャも握手に応じた。元スマホとは思えないほど血の通った温かさだった。

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