自己紹介とお買い物。そして、暗黒街へ
ちわー、アントンです。ちなみに、アントン・H・大石ってのが、本名ね。
ミドルネームのHですか? やっぱりそこ気になりますか。
そうっすねー、少しだけ身の上話をしましょうか。
前回、少し話したけれど、身寄りのない子供たちが生活する施設に幼なじみのハルカと一緒に住んでいました。で、ある日、ハルカに暗殺者としての筋の良さを見出したウチの名付け親がハルカを貰いに来て、ハルカが自分と離ればなれになるのを嫌がったため、おまけで『拾われました』つまり『HIROWARETA』という意味合いのHです。エロエロとは何の関係もありません。
期待してたそこのアナタ、残念でしたね。ニヤニヤ。
じゃあ、『アントン』って名前から、何人かと?
やー、これも実は当て字なんすよ。
本当の真の名は、大石暗鈍でした。赤ん坊のころから親が自分にあまり気にかけてないのがよく分かるDQNネームですねー。
それで、名付け親の娘で当時Sランクだった人が思い付きで改名してくれました。
『いい、アンタのこれからの名前はアントン。
今までの自分とおさらばして、性格も何もかも変えて一生懸命頑張るの』
『でも、どうやったらいいの?』
『そうねー。だったらあたしの口調を真似することから始めなさい。バカにされたって気にしない。アントンは、器の大きい男の子になるの。約束よ』
と指きりげんまんが来た時、いつもの癖で尻込みしてたら、平手打ちを浴びましたねー。
泣きわめくのをやめ、彼女の笑顔を真似して『ニッ』と笑い、元気よく握手をするまでの工程がきちんとできるまで平手打ちが止まらなかった――とか今にして思えば教育的にどうかとは思いますが、まぁ、この後、初めて年上の女の子の抱擁をしてもらって、うれし恥ずかしのドキドキに包まれたのと、隣のハルカの猛烈な嫉妬からくる全体重ののった足踏み攻撃に思わず呻いた懐かしの記憶が、いま蘇りました。
意外と重たい話でしょ~~。真実ってのは、時に残酷でっせ。
蛇足ですが、親も親なら娘も娘のネーミングセンスだなぁ、とは何かの拍子でサインをするたびに思い返しますね。でもまぁ、彼らのおかげで今の自分がいるわけで、贅沢は言えませんが。
えっ、ほかの情報ですか。
そーですねぇ~。あんまりペラペラしゃべっていいもんじゃないんですが、異世界ですし、情報収集能力が格段に落ちているでしょうから、少しぐらいバラしてもいいかな?
というわけで、現実世界では、そこそこ名の通った暗殺組織に所属してまして、万年Dランクに甘んじてましたが、高ランクに出世した途端死んだ人たちと比べれば、30ン年も生存しており、ヘボなのかスゴイのか自分でもよくわかりません。一方、ハルカは名付け親にして組織の長が目を見張っただけはあって、入所5年目でAランク入りしまして、今まで殺しの最前線で頑張ってました。
その分かり易い才能の差から、『ダイヤと消し炭』という喩えをされることもありましたねー。
ちなみに、バカにされてもあんまり気にはならなかったですよ。ハルカを目指して頑張った奴らのうち、どのぐらいの人数がハルカの地位に追いついたかBランクにまで上りつめたのかを思えば。
大抵の奴ですか? あっさりと死にましたね。
殺し屋稼業で一番のライバルって、実は同業者の足の引っ張り合いです。
Aランクで長いこと頑張ってきたハルカには悪いんだけれども、万年Dランクで一番よかったのは『ライバルがいなかった』という点でしょうね、やっぱり。
―
トンッ!
と、自分に対して、子供の身体がほんの一瞬だけ触れました。と同時にズボンの重みが少し減る感覚のあと、ガシッと小型の鎖が伸び切って、子供が命がけで掠め盗ったであろう財布が脇の隙間から逃げていくように宙を舞い、受け止める形で伸ばした自分の片手の中へ戻ってきました。
「ハルカ、スリだよスリ。異世界来たって感じがするなぁ」
「アントン、普通の人はそういう感覚で異世界感じないから」
「そうなのか?」
「ええ、アントン様。普通の子供たちは、エルフや獣人・魔法とめぐり出会うことで『異世界』を実感されることが多数です。100人に聞いた結果がそうでした」
「マジっすか、アイシャさん」
「いいえ。モノのたとえもといジョークですよ、アントン様」
「だよなー。日曜日の朝のメイン司会者さん、いつの間に異世界で番組したのか、本気で驚いたわ」
「私は異世界でもスマホが普通に動くことが驚きなんだけどね、アントン」
そう言われれば、アイシャ、いつの間にかに普通に起動したな。
「い、いいいつからだ。アイシャ」
「ハルカさんが震えているのを見て、勇気づけるところからですわ、アントン様」
あちゃ~、それ、全部見てる知っている、ただ言わないだけというやつですね。
見ざる聞かざる言わざるを実行するスマホ。おお、なんて素敵んぐなセキュリティ。
でも、オレ等の顔が真っ赤っかだから、分かる人にはわかる情報ダダ漏れザル状態。
んー。ここは要改善点。
「アイシャ、今回の舞台は異世界だが、引き続きよろしく頼むよ」
「お任せくださいませ、アントン様」
「ちーがーうーでーしょ! 何でそこで普通に会話が成り立つの? 百歩譲ってアントンのスマホだけ特別に電源が入る仕様だとするわ」
「ふむ」
「スマホの電池が切れたら、今度こそ終わりじゃない。アンタのことだから、その辺考えてないでしょ」
「おお、そう言われれば」
「ご安心ください、アントン様。アイシャ製スマホのコンセプトは”愛者”です。ヒトとモノの区別なく惜しみない愛情をそそげる殿方であれば、アイシャのバッテリーはほぼ無限ですから」
ハルカが得体のしれないダメージを負い、石畳の上で膝をついた。
「な、何かしらさり気なく『恋人宣言カミングアウト』のようにも聞こえるのだけど」
「ハルカさん、私、負けませんから」
当事者をほっぽって、勝手に火花を散らすスマホと外側美女(中身は男)。
まー、こういう状態のときって、下手に介入するとロクなことがないので、空を仰ぎ見ることにした。
空は青く透き通っていて、風は美味かった。
今まで、よくもまぁ、排気ガスで僅かに濁っていた空気ばかり吸っていたもんだなー。
味わうようにしばらくスーハー、スーハ―。
さて、現実逃避もここまでにして、いい加減、話を進めるか。
2人の争いはそのままに、自分はようやく駆けつけてきた先程の兵士によって、どこかへ連行されそうになっていた、子供のスリを引き取ることにした。
「おい、まさか情けでもかけるつもりか?」
引き取るということに少し驚いた風の兵士がそう聞いてきたので「違う」と初めに拒否しておいて、勝手に期待していた子供のすがる気持ちを粉砕しておいた。
「スリには個人的な罰を与えて、2度とスリ行為ができないよう教えてやるのだよ」
そう言いつつ、自分は背中からグルカナイフを取り出し、軽く振り回した。
グルカナイフは鉈のような形状ながら、丸みを帯びた先端の刃先は『斬る』というよりは振り下ろす際の重みを加えて『叩き斬る』というのが正しい使い方である。
今、腹這いに寝かせた子供の両手を片足で逃げないようキッチリと体重を乗せた自分が、子供スリに対して優しく微笑む。
子供スリには自分がどのように見えているかは不明だが、声にならない嗚咽とともに激しく震える全身が何もかもを物語っていた。
子供相手に一切容赦しない姿勢に、怖気づいた兵士は「ほどほどにしとけよ」とだけ言うと、関わり合いになるのを避けるかのように一目散に視界外へと消えていった。
「これに懲りたら、スリなんてするなよ」
子供の両手に載せていた体重を外し、自分は、子供スリに声をかけてみた。
返事がない。だが、子供の身体の震えは止まっている。
その代わり、子供の下半身は突如噴き出した黄色い水たまりでずぶ濡れになっていた。
気絶した子供を起こそうと両肩を握ろうとする自分をハルカが止めた。
「アントン、土下座謝罪はあとでもできるから、まずはこの子の服装をキレイにして上げましょう」
確かに子供スリはみすぼらしい服装で靴も履いていない。何よりも、ションベン臭い。
ハルカが言いたいのは、新しい衣服を買って、どこかで着替えさせろ! ということだ。だが、異世界に来たばかりの自分たちに、ここで通用する貨幣は持ち合わせていない。
となると。
子供スリをとっちめた早々、自分が窃盗を働いてどうにかするしか考えが浮かばなかった。
「ハルカ、見張りは任せた」
「わかったわ」
「アイシャ、手頃な衣服店をサーチしてくれ」
「了解しました」
おっさんの初めての異世界体験は、物盗りでした。
子供たちの異世界体験と比べるとどうにも世知辛いし、夢がない。
まぁ、仕方ないな。
……おっと、訂正。
道中、貴族っぽいボンボンとすれ違ったので、財布をスッておいた。
さすがボンボン。持ってますね。
そのまま直線状に移動しているとすぐ気付かれるので、少し裏道をはさみ、表通りに出てくるまでには財布の中身だけ巾着袋に移し替えて、ボンボンの財布を通らない通路の奥へとなるべく遠くの方へと投げておいた。
「目的地にたどり着きました」
アイシャの的確なナビにより、表通りに出た途端、店についたようだ。
早速、玄関の扉を開けて、手頃な服装を物色することにした。
と何やら外の道路が騒がしい。
曇りガラスの窓から外を眺めていると、ボンボンが屈強そうな護衛を引き連れて、何かをしらみつぶしに探しているように見えた。
おお、怖い。関わりたくないね。
「オイ、おっさん。コレ女もののパンツだぞ」
ヒマそうに店番を務めている少年の前に立ち、いくつかの商品を置くや否やそう言われた。
少年が恥ずかしさを誇張するかのように、商品を広げてひらひらさせる。
「大丈夫だ。女もののパンツは買い慣れている。問題ない」
現実世界にて、ハルカの数少ない休暇は自分とのお忍びデートだった。
デートでは、決まってハルカの好きな店に立ち寄ってあれこれ言いながら時間をつぶし、最後に会計を自分がするのがクセになっている。
ハルカはデートのたびにいろんな下着や水着をねだる。
きわどい肌着にたじろいだりすると、簡単な説明が入る。
考えようによっては、Aランクからのありがたいお勉強にもなるわけで、いろいろと学習した。
そう云うわけで一切動じない自分の姿に、少年は気圧された。
「まさか、こんな庶民の衣服店に凄腕の変態紳士がやってくるとは……」
急にうずくまり始めたかと思えば、失礼なことを言い始めた。
「ホントはセット価格なんてしちゃあ、姉ちゃんに怒られるけれど、特別だ。
3枚1組価格の銅貨400枚で手を打っちゃるよ」
『アントン様、この少年の言い値はボッタクリです。後方玄関入口に立てかけてある値段表によりますと、かぼちゃパンツは1枚銅貨50枚の価値です』
「お姉さんを呼んでやろう。こってりと怒られるがいい」
「え、ななななんだよ、いきなり」
白を切る少年に対し、自分は、少年を見据えながら値段表の方角へ指をさした。
少年の口元から「あっ」と驚きの声が漏れた。
「今回の場合、3枚1組の適正価格は銅貨135枚あたりが妥当だろう。それでいいか?」
少年は途端にヤル気のなさそうな表情に戻って、「それでいいよ」と投げやりな回答をよこす。
本部の近くにあるコンビニ店員でも、あそこまではふてくされてはいない。
「おい」
「なんだよ、おっさん」
「そんな態度でよく店が潰れんな」
「うっせーよ、おっさんが店の商品全部買い取ってでもくれるのかよ」
「それはない」
「だったら、とっとと金出して帰れ。帰れってんだよ!!」
ボッタクリ未遂がよほど悔しかったのかいきり立つ少年。
そばにある商品のハズの毛糸の毛玉を手に取った瞬間、「パス、何をしているのですっ!」と凛とした声が店内に響き渡る。
声の出所を探ると、カウンター奥の渡り廊下から痩せこけた少女が壁にもたれつつ現れた。
「姉ちゃん、寝てなくちゃダメだ。おい、おっさん、手伝ってくれよ」
その場に居合わせただけの自分、何やらきな臭くなる雰囲気に回れ右を検討していたが、この姉が死んだ後の弟のことを思ってしまったら、身体が勝手に動き、姉を抱いて、ベッドに寝かしつけていた。
「すみません。見ず知らずの方ゴホッゴホゴホゴホッ」
姉は先程の無理がたたったようで、返事の途中から激しくせき込み始めた。
弟がすかさず姉の背中を懸命にさすり、大丈夫かどうかを聞いている。
姉は弟を気遣い、気丈にふるまっているが、自分には素人判断ながら大丈夫そうには見えない。
『お姉さんは性病を患っておいでです、アントン様』
ふむ。
となると、この衣服店、多大な借金があって、姉弟2人で経営するも上手くいかず、膨らむ借金に対し、債権者側からの指示で、姉は泡風呂で仕事する身分へと落とされた、と。
囁かれてその気になったはずの給金は結構な率のピンハネが発生していてほんの雀の涙、むろん借金はなかなか減らず、そのうち病気にかかり、仕事を止めさせられ、にっちもさっちも……といったところか。どこの世界でも似たようなことは共通か。
やれやれ、だ。
「おっさんに頼みがあるんだ。今までのことはあやまる。だから、お願いを聞いてくれ」
少年はこちらの返答も待たずに、この店の身の上話を始めた。
自分の考えとなぞりながら黙って聞いてやった。
姉の病気だけは正直に話さなかった。まぁ、働き過ぎで身体を壊した点はあっている。
「だから、オレたちのかわりに弱い者いじめをしているフンバを殺してほしい」
お涙ちょうだい物の話の最後は物騒な依頼だった。
殺し屋が何を言うかという話ではあるが。
ダメもとで一応常識をぶつけておいた。殺したところで後釜がいれば、首がすげ変わるだけで根本の解決にはなっていない。その点を正すと、少年がかなりブチ切れた。青いな。
ドンドンドン!
突然、玄関の扉を激しく叩く音が響いた。
奥へ向かう途中、玄関の鍵をかけておいたので、次に来たやつが扉を叩くのは仕方がない。
「誰だろう」
「普通に考えれば、借金取りだろうな」
「アイツら、一昨日、支払いに来たばかりだぞ」
「だったら、遊ぶ金目当てにせびりにでも来たんだろう。それか――」
と姉の方をちらりと見て、語らずとも理解させた。
「こんのぉ、クズ野郎」
弟が扉の方へと向かう。その前にカウンター裏に隠してあったひのき棒を取り出していた。
扉が舎弟どもの激しい体当たりで壊れたのと、弟の怒りの一撃が繰り出されたのがほぼ同時だった。
扉の奥から現れたチンピラリーダーにひのき棒がクリーンヒット。しかし、少年の体格と青年の体格差に開きがあり、せいぜい鼻血どまりだった。
舎弟が弟に報復を与えるべく、数人がかりで立ちふさがった。
背の高い大人たちに囲まれ、射殺さんばかりの眼光を一身に浴び、少年の身体は小刻みに震えあがる。
展開上、少年は今から少しばかり痛い目に遭うだろう。止めに入り、奴らを追い払うのは簡単だが、それだと少年が増長するだろう。だから、少し放っておく。
その間、少女の介助をしておくことにした。
何のことはない。
抗生物質を取り出して、口移しで無理やり飲ませておいた。
異世界にタブレット錠なんてないから、そのまま渡したところで素直に飲んでくれるかどうかも怪しい。最善の手段を考えたら、やはり口移しだった。
いきなりキスされたのもあるが、姉からの抵抗が激しかった。
確か異世界は貞操観念が強かったんだっけ?
大変申し訳ないことをしたかもしれない。ならば、とお詫びになるのかはわからないが、ハルカに鍛えられたキス経験値をフル動員して、キスの味を教え込ませることにした。
なかなかに苦労したが、そのうち、キスの最中に小刻みに震え、けだるさからくる睡魔に抗うことなく眠りについたので、目的は達したであろう。
と唇を離して、周囲の視線を感じて振り返った時、少年とチンピラリーダー&舎弟が一部始終を固唾をのんで見守っていて、ゴクリと喉を鳴らしていた。
ふむ。夢中になりすぎて周囲が見えなかったようだ。
ゴホンゴホン、とワザとらしい咳払いのあと、自分はチンピラリーダーに語りかけた。
「ボスの馬糞に会いたい。面会機会を設けてくれ」
「お、おう。わかった」
妙にドキマギしている視線が気になるが、リーダーは素直に言うことを聞いた。
そして、舎弟たちと一緒にリーダーの居住地である暗黒街へと出かけることとなった。
「薬を飲ましたから、看病してやれ」
「いつの間に!」
「あのキスのときだ。薬を口移しで飲ませた」
「そうだったのか。オレはてっきり……」
「てっきり?」
「な、何でもねぇよ。それと、薬をくれてありがとよ」
「じゃ、代金代わりにパンツ、貰うぞ」
少年は何も言わず、笑顔で手を振って自分を見送った。
薬を飲ませたが、『治る』とは一言も言っていない。なのに、『姉はもう大丈夫!』みたいな笑顔にちょっとばかり思うことはあったが、次の目的地・馬糞のアジトへと向かうことにした。
『フンバですよ、アントン様』
『ワザとだよ。ジョークというやつだ。暗黒街のボスだけに――』
『臭い、わけですね』
『しょうゆうこと』
とまぁ、アイシャとコミュニケーションをとりながら、歩を進めた。
道中、噴水前を通ったが、ハルカと子供スリの姿が見当たらなかった。
そのへんが少し気がかりだった。