昼行燈の歩み
やあ、憶えているかい?
冒険者ギルド、タルワール支部のギルドマスターのシュナイダーだよ。
このたび、失われていた記憶を取り戻して、ついさっきばかり談笑していた親父を見送って、今、日記をつけている。
この喜びをいつまでも胸に宿しておきたいところだけれど、日常は無常さ。いろんなことが起きて、こんなにおいしい酒の味をすぐに忘れてしまうような出来事でかき消されてしまうのは予想できてしまう。だから、僕は今日という楽しい思い出を日記に記しておくことにした。
そして、それを実現させてくれたアントンに敬意を表して、賞金を懸けられた今の状態を解除しようと心に決めた。
一度、賞金がかかった状態をなかったことにするにはよほどの理由がなくてはならない。正直、僕の立場からの発言にどれほどの影響力があるかだなんて、会議を開く以前からわかりきっている。それでも僕は、やってみせる。
親父に教えてもらったんだけど、どうやら僕とアントンは種族こそ違うけれど同じ血筋の末裔なんだそうな。どちらが兄か弟かって序列はアントンの性格上、あまり気にしていそうにないけれど、僕はエルフだ。
アントンよりもこれから先長く生きる立場だから、兄の立場としては、弟の名誉を回復しないで見過ごすなんてできない。人間の世界には『自分のケツは自分で拭け』という諺がある。
やってみせるさ。
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中継都市タルワール。
この都市の先にいくつもの大都市へと分岐する道筋があるため、そう呼ばれるそうな。
具体的には魔法国家とか軍事国家とか神聖国家とかなんやかんやである。いい加減な記憶なのは、正直、どうでもいいからだ。
今、大事なことはハルカの出産が無事に切り抜けられるか否か、である。
ここは現実世界ではない。死産が普通に起こり得る。
いかに、死にかけの人々を救ってきたハルカと云えど、出産のときは例外だ。
本来ならば、神に祈るのがごく自然だが、あいにくと自分の血筋は神殺しだ。なので、ご先祖様にお祈りと報告を捧げておいた。
「アントン様、お子様が生まれましたよ。あと、ハルカさんは無事です」
報告のついでにわが子の将来プラン等をいろいろと頭を悩ませていたら、そこそこの時間が経っていたらしい、アイシャからの報告があり、思わずアイシャを抱き寄せた。
「アントン様、うれしさは良く伝わりますが、まずはハルカさんとそういうことはしてください」
「ん。コイツはうっかりだ。じゃ、アイシャ行ってくる。それと、何か感知したときは忌憚なく言ってくれ」
「はい。承知しました」
アイシャの笑顔に見送られて、ハルカの部屋に入る。
産婆さんがちょうど自分の子供を持ち上げているところだった。
正直、顔を見たぐらいで性別なんかわからねぇ。だが、おちんちんが見えたら、自分でもよくわかる。
「おー、こりゃぶっとい男の子だなー」
「アントン、せめてかわいいとかヤンチャな、とか赤ちゃんにも気を遣いなさい」
「そうだな。しかし、それは置いといて、コイツは「ご立派ですね」……
おい、マーラ、生まれてきた赤子にそれはねーだろ」
「何よアントン、アンタが思っていたことをそのまま口に出してみただけじゃない」
正直、生まれてきて早々立ち上がる前にあのレベルでは負けた気がしたが、気を取り直して、赤子を持ち上げてみた。
中々豪胆な奴で持ち上げられたのがうれしいのかキャッキャッと騒いでいたが、そのうち、じっとハルカの方を見るようになったので、ハルカに返してあげた。
ハルカの胸の中で赤子は眠りにつき、自分はあまり実感の湧かない父親というモノに思いを巡らせる。
やはり、さっき自分が赤子にして上げたように、父親が声をかけたり、持ち上げたり、母親に赤子を返してやったりした記憶のかけらが見当たらない。
夢から醒めたかのように目覚めたときのスタートラインが孤児院だ。
まるで走馬灯のようにいろいろな思い出がよみがえる。ところどころ一部ぽっかりと穴が開くが、不思議と全く気にはならない。
「アントン様、勇者の団体が来ました」
すこし物思いにふけっていたところ、空気を読まない連中がやって来たことをアイシャが告げる。それはそれは申し訳なさそうだった。
アイシャの頭をくしゃりと撫でて、心配を和らげ、カナタお姉ちゃんとマーラに声をかける。
不安のあまり立ち上がろうとするハルカをキスで安堵させ、眠らせる。アイシャにはハルカの護衛を頼んだ。栞には戦闘後の医療体制を整えておくよう指示した。
現在、生まれつきの美貌で世界を取ろうとした自称神に代わり、現実世界で不幸な死に遭ったブサメンをイケメンに替え、勇者だとたたえつつも、自らの思想の道具にしている神の子と闘争中である。
奴らは、現実世界の知識がなまじある分、異世界にて『チート』と呼ばれる特殊能力を神の子に求め、神の子はそれに応じつつもチート能力をコピーし、自分のモノにして力を蓄えている。
ゆくゆくは、ご先祖様が葬った全知全能の神の地位に返り咲くためだと思われる。
生前ブサメンのイケメン勇者様はどうにも美人が好きで好きでたまらない性格をしている。自分も美人は好きだが、勇者様の好きは「顔」と「身体」であり、やり捨てたらそれで終わりである。正直、こいつらを見て、自分は豚鬼とどこが違うのかわからなかった。だから、自分は勇者のことをオークと呼ぶことにした。
とはいえ、神の子から人外領域の不可思議パワーを得たオークである。
ひと昔まではレベル差による一定の安全とそれに伴う棲み分けが出来ていたが、こいつらは違う。チート能力がレベル差を平気でひっくり返す。
ダンベルの一つも持ち上げたことのないような華奢な細腕で、分厚い鎧を着た重戦士の防御力を軽々と突破するようなクソ卑怯なパンチを放つことなど朝飯前である。
いつしか冒険者の間にも、レベル差で自慢できた時代は終わった……という認識が出来ている。
正直言って、勇者の連中は強い。
時代は、いつしかの歴史を繰り返すかのように見通しは明るくない。
最強勇者ケマレックは、ご先祖様に敗れたため、歴史上の記録は残っていないが、ご先祖様が教えてくれた数々の悪行を彷彿させる出来事が、ここ最近、チラホラと噂に入る。
だが、自分はあきらめない。
ご先祖様と約束したことを簡単に放棄しては、いけない。
あがいてあがいて少しでも多くの勇者を狩らなくてはならない。
今日、生まれてきた未来への希望とともに歩むためにも。
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その後、遠い遠い将来のこと、ある日、一組の冒険者によって魔法陣で厳重に保管された一冊の本が見つかった。
その本に書かれている文字は、すでに失われた文明のもので、解読に難航するも学者たちは不眠不休の努力を続け、そして涙を流したという。
それは、解読が完了したという努力に対してではなく、解読の過程で彼らのご先祖に当たる人々がいかに困難な状況に身を置きつつも、愛をはぐくみ、子孫を残し、現在の彼らが常識として持っている心を宿させるかまでの様子が克明に記されていた。
以下、ささやかではあるが、彼等の顛末を軽く記す。
シュナイダー
この本の著者。冒険者ギルド、タルワール支部ギルドマスター。エルフ。
2代目神殺しかつ勇者殺しの人間の弟を持つ。弟の遺志を継ぎ、勇者狩りに尽力し、束の間の平穏のときにこの本に当時の様子を記していた。
勇者狩りは200年かけてしらみつぶしに行われ、遺志の完了を示すひと言のあとの記述がないことから没したのではないかと見られている。
茜沢 栞
本人にその気があれば、賢者と評されてもおかしくない様々な功績を残すが、研究者としての人生を全うする。子孫は総じて知識とモラルが高いと評されているので、アリザリン家の祖である可能性が高い。
剣岳 刀
2代目神殺しの射撃に宿る力を剣撃に移し替え、握る刀でいくつもの勇者の死の山を築き上げた女傑。身体能力が衰えたあとは、鬼教官として自分の子孫または他のメンバーの子孫の教育に尽力し、本日、我々が常識として身につけていること”人は見た目に非ず”の基礎を作った人と判明。
子孫はオークやドワーフと云った見た目で迫害されそうな種族を好んで娶っていたことが残されているので、チダノ家の祖である可能性が高い。
オートマータ5人嬢
名前はないが、シュナイダーの遺した本を守り抜くために特殊魔法陣を組み込み、その身を捧げた……とメモ書きに遺されていた。死後、あなたたちの魂が2代目神殺しの元へとあらんことを。
アクア三姉妹(順にアクア、ルビー、レミ)
今日、われわれの衣服が、はるか昔のように分厚い金属で固めた鎧なる防御服でなくなったのは、彼女たちの功績による。レベルが8でカンストしてしまった2代目神殺しの命を守るために必死になって考案した数々の研究成果が、後日、襲来した暗黒時代を乗り切る防衛力となった。
なお、彼女たちに子孫はなく、たくさんの技術だけが残されていた。
死後、あなたたちの魂が2代目神殺しの元へとあらんことを。
マーラ
シュナイダー曰く「意外と律儀な神」。2代目神殺しの死後、シュナイダーとともに勇者殲滅を誓い、完遂するまではこの世に存在していたという。神に死後という概念はないので、顔見せに行く気軽さで2代目神殺しに報告しに行った可能性が高い、と記されている。
その後、子孫にたびたび不遇が起きるや、不可思議な力で状況を改善した……という謎のメモが残されていた。
アイシャ
オートマータと呼ばれる機械生命体だが、2代目神殺しの寵愛を最も受けたひとり。
子供を残せない代わりに、その時代を拘束していた様々なルールを撤廃させるシステムを残した。
今日、ドワーフの男がエルフの女に恋しても、大昔なら戦争になりそうな勢いが、娘を持つ親の数々の質問に対し、男が真剣に答えるだけで赦されるのは、アイシャのおかげである。
アイシャ、彼女こそが愛者。愛をする者なり。
要石 ハルカ
アントンの妻。稀代の回復師で治せない種族はいないとまで言わしめた。この名声がのちに、勇者たちによる誘拐事件へとつながり、ハルカの力で完全復活を果たそうと目論見た神の命運を尽きさせた。
その際、無理をした2代目神殺しを延命させるために寿命を半分分け与え、生まれた子供たちが独り立ちできる頃まで2人で育て上げたあと、ともに逝去した。
子供たちの子孫はストーンヒール家の祖だったが、今から約20年前に断絶した。優秀な回復師が多かったが、短命だったのが断絶の原因とされている。
大石 アントン
のちに、2代目神殺しの方が有名になるが、それまでは「紅葉ほっぺの昼行燈」と言われていた。
レベルが今よりも重要視される当時の時代において、たったの8でカンストし、幾多の苦難に見舞われるが、様々な種族の女たちの助力を得て、あれよあれよと神殺しを達成する。
シュナイダー曰く「2代目のご先祖が初代神殺し」らしいがどんな人物かの記載はなかった。
見た目はパッとしないが、愛情を寄せる者の機微をつかむのは上手く、あの手この手の手練手管で数人の妻をめとり、そのたびにハルカの、ほっぺが紅葉色に染まるビンタを浴びていたらしい。
我々の歴史にその名を残す理不尽神との戦いに終止符を打ったことも称えられるべきではあるが、その後の子孫たちに教育を施し、見た目を大して重要視せず、種族間の婚姻を容易にしたのが彼の最大の功績と言えるであろう。
~完~
※もし、ここまで読んでくださった読者様へ
読破、大変ありがとうございます。
初めて10万字を意識した作品なせいか、いろいろと反省すべき点はありますが、挑戦しないと得られない経験値を積んだ気はします。
この様々な思いを糧に、次回作に取り組みたいと思います。と並行して、初代神殺しの作品もボチボチ更新していこうと思います。
次回作も懲りずにファンタジーですが、よろしかったらまたお付き合いくださいませ。
それではまた、いずれかの機会に。 (´∀`*)ノシ バイバイ