突然の帰還と……。
人の銭で商売を始める輩は意外と多い。
大抵が組織の追跡部隊を振り逃げられず、ひどい末路をたどるが、まれに幸運が重なって、悪党の大金が自分のモノになることがある。
自分の場合、ラドンの用心棒だった鬼谷ジェノサイドがこちらの組織に加入したのと、かなりの気分屋だったという噂を後で聞いたジェノの、自分に対しての絶対服従っぷりが幸いした。
あの一夜以降、ジェノの自分に対する変心ぶりは、逆に怪しかった。
憎まれ口とケンカ腰だったのが、一転して謙虚な振る舞いと優等生発言である。これを良い方向に考えられるほど、お気楽ではないつもりだ。
それと、ついつい忘れてしまうが、ジェノを動かす際には言葉遣いに気をつけなくてはならない。
この前、ジェノ向けの皆殺しミッションがあり、依頼用紙片手に「(ミッションを)やらないか」と聞いてみたら、全身の毛という毛を総立ちさせて、絶叫した挙句、約3日ほど、寝泊まりしている宿屋の部屋から一歩も出てこなかった。宿屋の主人の様子見報告によると、布団に丸まってガタガタガタと身体全体を小刻みに震わせていたらしい。
あの一夜の件については、ウチのレディたちは一切口を割らない。
割らせるつもりはないが、ずいぶんと酷いことをしたのだろう。
ああ、そうそう。
ビールの話もマズかった。ノンアルコール飲料に話が及び、「俺はノンアでも飲んじまうんだぜ」みたいなことを言ってみたら、同様の反応が来た。
屋台のフランクフルトを見て、「すごく……大きいじゃないか」もダメだったな。
若いころのジェノは、ガラスの少年だったようだ。
ラドンでの一件が落ち着いてから、自分は冒険者ギルドへと足を運んだ。
ちょっとした不穏な空気が流れたものの、この頃には暗殺者ギルドの名もそこそこには知れ渡り、ギルドマスターとしての存在感も漂っていたので、不用意に絡まれることはなかった。
まぁ、レベルが8でカンストしていることもあり、全く襲撃がゼロではなかったが、返り討ちにして、さっさと殺すのではなく、その場で指紋を押させて構成員契約を結ばせて、働かせている。
その中にはチート転生者もいて、華のハーレム生活で人生ウハウハだったのが、奴隷契約に用いるらしい数々の制約を施した首輪をつけられて、絶叫していた。自業自得だよ、お前さん。
それはともかく、チート転生者ご自慢のステータスを、自分の銃攻撃がまるでリアルのように普通に身体を貫通させて、尋常じゃない痛みを与えたのを思い出すたびに、目元が下がってしまうのはココだけの秘密である。
まぁ、それはさておき、何しに冒険者ギルドへと足を運んだのかを語ろう。
ズバリ、人探し&モノ探しである。
こういう地道な仕事は冒険者向きだ。
人探しに必要な情報は、リアルにもある『この人を見かけたら、110番!!』を冒険者ギルドに任せてみた。
有力な情報に金貨100枚。情報が本当だったらさらに100枚。生け捕りに成功したらさらに300枚。合計500枚を弾む、と大盤振る舞いしておいた。
早速、お金目当ての嘘情報が多数寄せられてきたので、一つ一つしらみつぶしに真贋判定して、クロと分かるや構成員契約させて、人生を大いに後悔させてやると、今度はなかなか集まらない。
だが、それもまた想定内なので、この急に膨れ上がったろくでなしどもに、自由という名の報酬をちらつかせて、今度こそきちんと仕事するよう命令したら、ここ2年でカタパルト所属の構成員を3名あぶり出し、スマホを確保した。追い詰められた人間の、火事場の優秀ぶりには驚かされた。
―
さらに数年経過。
ハルカのライバルである、カタパルト所属のフミカを除き、ライバル陣営のヒットマンを確保し、スマホも押さえた。
最後のヒットマンがまさかのチート勇者として君臨しており、勇者ならではの国という強大な後ろ盾には、苦汁を飲まされた――――敵対していたので、あわや組織壊滅の寸前まで追い詰められたこともあったが、この頃には、スマホを量産できるまでにもろもろの技術力をあげていたおかげもあって、勇者の住む国のあちこちに仕掛けたスマホによるオンライン監視を、このファンタジー世界にて流通しているテレビの代わりになっている水晶板とリンクさせることにより、勇者のタブー(特に下半身スキャンダル)を暴き、ついでに国と勇者がグルだったことも暴いたら、国が傾いた。
反体制派が国の実権をあらかた握ったころに水面下で粘り強く交渉を進めた結果、カタパルト所属の最後のヒットマンを得るに至った。
あとはいつものように、銃で適当に痛めつけて、ハルカが施した、苛烈な痛みはそのままに傷の修復が通常の約10倍という鬼の自動回復を待ち、蘇生完了次第、痛めつけるの繰り返しを行っておけば、チート勇者と云えど、楽になりたい一心で、それまで誰にも言わなかった最後の言葉をゲロッた。
この瞬間、自分が以前夢で見た『力を持つ9文字の名前』がそろった。
故フンバ曰く、帰還に必要なパスワードでもあるらしい。
現在はアナグラム化されているため、正しい名前がわからないが、それもギルドに戻り次第、優秀なブレイン集団といつものように話し合いながら決定していけば、いずれ解かることである。
フッ、と意識がとんだ。
今までどこかで無理していた分が急に安心しての脱力感なのだろう、とその時は軽く考えていた。
次に目覚めるまでの間が非常に心地良かった。
だから、目が覚めたときの驚きは計り知れなかった。
―
次に目覚めた場所は、病室だった。いや、多分病室だろう。仰向けの状態から見える壁や天井が真っ白だからだ。
人工呼吸器の音で目が覚めた。
ワケも分からぬまま、人工呼吸器を取り外した。すると、途端に息が出来ず、慌てて外した呼吸器をはめ直して、深呼吸を数回したのちに、自分に起きたことをおそるおそる確認してみた。
まず、両手がものすごく皺だらけだった。
次に、目の見える範囲に鏡がないので、手で顔を触ってみる。
これもまた皺だらけである。眠る前の自分の手も老いの初めからくる皺がありはしたが、この手は寿命があと僅かな老人を思わせる皺っぷりである。
次に、声が出るかどうか試してみた。ダメだった。ヒューヒューと呼吸をするので精一杯でしゃべる力がない。更に手元にナースコールがなく、首の僅かに動く範囲内にカレンダーが見えない。
仮定で、自分が植物人間だったとしよう。永い眠りからようやく目が覚めた。老人になっていた――――とする。
ここでドラマや映画なら、ペースメーカーみたいな機器が備えてあり、急な心拍数上昇という変化が起きたりしたら、まず医者と看護師が現れるはずだ。だが、ペースメーカーはなく、医者や看護師の存在すら怪しい。というのも、異世界に数年いたときの名残りだろうか、壁越しに誰かがいるのなら、生体反応のようなものを感じ取れるのだが、その気配がしない。
これはますます嫌な予感しかしない。
ドッドッド……。
心臓の鼓動が激しくなり、思わず胸を押さえた。
何とか冷静さを取り戻し、胸の痛みは奥に引っ込んだが、このご老体は色々と限界である。
あと少しというところで、突然の状況変化。
情報を収集しようにも、目の見える範囲手の届く範囲にきっかけになるようなものが何一つなく、加えて、老人の余命は幾ばくも無い。
自分は思わず寝返りを打ち、息苦しさに耐えつつも、涙をにじませた。
何がどうなってこうなったのか、その情報が今は欲しい。
何もできずに、このままこの世とお別れというのは、あんまりである。
現実世界に戻ったら、ハルカにきちんとした婚約を申し込み、結婚式を挙げる予定まで立てていた。
なのに、なのに、何なんだ、この仕打ちは。
誰か、誰か、自分に情報を。何があって、こんなことが起きた。そして、赦されている?
憤りが心臓に思わぬ負担を与え、胸を締め付けた。
声なき声が室内に虚しく響き、やがてその声はか細くなり、消え入るように……そして、止まった。