会い、愛、合い
※今までキスどまりでいたシモの表現を解禁します。
いろいろとぼかすにも疲れました。変態でごめんなさい。
ジェノは腹這いに倒れたまま、いっこうに起き上がる気配がなかった。いつまでもここにいても仕方がないので、生死の判断だけでもしようと自分が手を伸ばそうとしたら、ビクッと身体が震えたかと思うと、急に起き上がりだした。
それでも、寝起きしたばかりの視点が定まっていない状態で、ハルカが喝を入れる意味合いで、ジェノのほっぺたをビンタした。
「イッタいなー、何すんだよ、ねーちゃん」
「ハルカという名前があります」
「アイシャです」
「アントンと呼べ」
「いえ、アントン様はギルドマスターと呼ばれるべきです」
「マジでぇ?」
「ええ、大マジ小マジサジマジバーツという諺もあります。観念してください」
「マジでぇ?」
「なぁ、ねーちゃん。アイツらナニしてんの? 怖いわー」
「…………」
ハルカに続けとばかりに行った、自分とアイシャによる流れるような自己紹介のあと、アイシャの反論から続くコッテコテの漫才モドキだったわけだが、冷静な人たちからすれば、いきなり降ってきた恐怖を感じるのか。晴れた日に急に雹が降ってくるみたいな。違うか。
「ねーねー、ねーちゃん、ヒマやったらオレと飯食べに行かない」
「そんな暇はないのよ」
「えー、それウソだー。ここをこっそり抜けたらヒマになるじゃん。行こうぜ」
「行きません」
それはさておき、ジェノの誘いを振り払ったハルカは、若くなったジェノの変貌ぶりに警戒心をあらわにした。
ハルカの知るジェノに対する自分の印象であるが、仕事のプロであることにこだわりを示している向きがあった。孤高の一匹狼を気取っていた。それが、一転してナンパ野郎になった。
ちなみに、ハルカはナンパ野郎が嫌いだ。遊びの付き合いが嫌いなのだ。
「アントン、ジェノ、どうしちゃったのかな?」
ハルカから質問を寄せられて、自分なりに先程のことと照らし合わせて考えてみた。
男とのキスを心底嫌っていた、鬼谷ジェノサイド。
無理やりキスされたら、大切な何かを失いそうだ~、と最後に叫んでいた。
なるほど。
「好きでもない奴同士がキスをすると、今回はされた側が記憶を失ったな」
「今回は?」
「された側、でありますか」
うむ、と一度頷いた自分は、結論付けた考えを2人に説明した。
「好き合った者同士がキスをしたら、キスは祝福を与えてくれる。イメージが形になる。
だけど、そうでもない今回の場合、ジェノはキスする前にキス後の漠然とした不安を叫んでいた。
これが、きっとその結末なのだろう。というか、ペナルティ。
ペナルティが、された側の不安を形にして、今回は、ジェノの記憶が消えた。
目の前にいる男は、身体こそ若返ったジェノだけれど、中身は別人と考えたほうがいいね」
自分の説明に、ハルカが両手で口元を押さえるようにして隠した。だが、悲しみは抑えられず、瞳から大粒の涙がこぼれ、しばらくやむ気配はない。
「おい、お前、ねーちゃん泣かすなや。今やったら、ワビ入れたら許してやる」
「お前のことを話し合った結果の涙だ。謝るとかそういう話じゃない」
「はぁぁん、少し難しいこと言うとけば、ワシがギブアップすると思ったな。甘いねん、どあほ」
と全盛期のジェノ、『どあほ』の辺りからダッシュで自分との間合いを一気に詰め、何かを言いながら、重量の載った良いパンチを腹部に当ててきた。
当てられた腹部が思わず浮き、遅れて、”わー、これってすごい威力の殺人パンチなんだねー”、と納得させるには充分すぎる衝撃音が、廊下内に響き渡った。そして、そして……。
―
>ハルカ
「アントンっ!」
ジェノを偲ぶあまり、やや呆けていた私だったが、衝撃音のすさまじさに現実に引き寄せられ、かつ瞳に力が戻るまでの最中に、アントンがジェノから腹部にパンチをもらい、片膝をついているところを目撃した。
私はアントンの元へとすかさず駆け寄った。アイシャは、アントンの盾になる覚悟でいつでも射撃できる体勢のまま、ジェノと向かい合っている。
「ハルカさん」
私が治療に入る前に、アイシャに呼び止められた。
「アントン様を頼みます。それと旗色がどう転がるかわからない場面で勝手に意識を逃がさないで下さい。アントン様の現状は、半分はあなたが招いた事故ですよ」
「必ず結果を出すわ」
そう、私がかつてのジェノのことに意識が向かってたばかりに、全盛期のジェノとドンパチするハメになったアントンは、ジェノの一撃で沈んだ。意識を奪われるぐらいならまだいい。でも、さっきの衝撃波はアントンの身体のすみずみを破壊する勢いだった。実際、骨は折れ、五臓六腑はところどころ傷が付いてしまったのだろう、血の流れがおかしい。そして、心臓の動きがかなり緩慢になっている。
ふと、悪い考えが頭をよぎるも、私自身がアントンのために選んだ職業を思い出し、治療に取り組んだ。
回復魔法とは、治癒の神さまに、傷ついた者への癒しを求める許可を、お伺いを立てるためにつぶやく呪文だと、マーラは以前、そう言っていた。
更に才能のあるなしは、回復魔法に限り、建前上はないというのがこの世界のルールだとも言っていたけれど、想いの強さに比例するかのように、治癒の神さまは施術者にすすんで降臨することがあり、奇跡という言葉が回復魔法のときによく使われるのはそのためだとも。
私の回復魔法スキルが足りなかったがために、身体全体がじんわりと弱ってくるアントンを救えずにいた。私は、抱き寄せるアントンが徐々にその身体を冷たくさせていく状態を認められずに手足を必死にさすって、呼びかけて、一縷の望み『アントンの意識の目覚め』を期待していたけれど、上手くいかなかった。
なので、私は最終手段に出ることにした。私の命をアントンに譲ることで生き返らせる魔法を唱えた。自分の命を失う魔法だというのに、不思議とためらいはなかった。
詠唱が全て終わり、キスで発動するという段階になって、私はアントンをまじまじと見つめた。
中肉中背の、特徴のない顔の最愛の人が青ざめた顔つきで震えている。
「おーおー、何か硬い女だと思えば、機械人だったぜ」
そういえば、ジェノとアイシャは戦闘中だったわね。
勝敗の行方は、素手で機械でできたアイシャを殴り倒したジェノに軍配が上がった。
「ワタシハ……マダ、マケテイナイ」
「いいや、ここでおさらばさ」
ジェノの手のひらに囚われたアイシャの頭が、容易く握りつぶされた。
ひしゃげたリンゴに興味を失うかのように、放り捨てるジェノ。
ジェノの記憶はなくなっている、とアントンは結論付けたけれど、今の仕草は間違いなく往年のジェノそのものだった。記憶はなくしても、身体に染みついたとっさの行動までは消えないわけね。
とジェノが私に手を差し伸べた。
私がジェノの行動をいぶかしんでいると、ジェノははっきりとこう告げた。
「そんな死にかけサッサと捨てて、俺のモノになれよ」
「お断りするわ」
ジェノと私はただの話し友達だった。それ以上はなかった。何故ならば、ジェノは以前の私が男だったということを、アントン以外に知る少ない一人で口外しない男らしさがあった。
このジェノもどきはそんな過去を知らない。私が好みで力づくでも奪うために、アントンとアイシャを再起不能にした。こんな男は外に出て、見知らぬ女に目移りしたら、ためらいもなく私を捨てる。
アントンは、人間以外の種族に妙に好かれるけれど、必ず私のところに帰ってくる。
「こんなパッとしない奴よりも、俺のほうが数段イケメンじゃん」
「本当の愛は顔じゃないの、坊や」
そう、顔じゃない。アントンは私が元男の頃から、私を好きでいてくれた。
「本当は、私の顔目当てでしょう?」と小さい頃の私はアントンを困らせようとした。
「はじめて君と出会ったころから好きだったよ。あの頃は照れ臭かったのといじめに遭っていたのがあったから、キミとマトモに視線を合わせづらかったけれどね」
とアントンは、はにかんでいた。屈託のない笑顔だった。
記憶の薄いお姉さんよりも、傷ついたアントンのために変身した私を喜んで受け入れてくれた。
「おねーさん、コイツ、白目剥いてきたで。そろそろ限界やで」
ジェノが言う通り、最期の呼吸をするかのように、アントンの喉が急に膨らんできた。魂が身体から離れようとしている。時間がない。
私は、行動に移した。
ジェノが、てのひらで顔を押さえる素振りを見せつつも、指と指の隙間から見える私たちのキスシーンに興味しんしんとばかりにワーワー叫んでいたが、気にする余裕はなかった。
―
胸の奥が熱くなるのを感じ、目が覚めた。
床に伏せている自分に対し、ハルカが胸の上でこちらに吐息をかけながら寝ていた。
何が起きたのか少し考えてみた。
ふと唇に手を当てると、ハルカの口紅の色が手のひらに付着した。
(ジェノの攻撃で意識が跳んで、ハルカがキスをして、意識を呼び戻した?)
これ以上考えても答えが出てきそうになかったので、ハルカを起こさないようにして起き上がり、対戦相手のジェノと自分のかわりに闘っているであろうアイシャの様子を見ることにする。
「おっは~」
何故かマーラ様がいて、四つん這い状態のジェノの背中を椅子代わりにして座っていた。それにしても、『おっは~』とか懐かしい。『チョベリバ』と同レベルじゃないかな。
「ところで、いつからここへ?」
「そうそう。事の起こりと顛末を語らないとわからないよね」
とマーラ様。何故か上機嫌だ。
マーラ様の話によると、ハルカは自分との口移しを通して、死にかけの自分を救う代わりに魔法を発動させる本人が死ぬ魔法を使う寸前だったそうだ。そうならなかったのは、唇同士があと僅かで触れ合うというギリギリの瞬間にハルカに憑りついて、とっさに自分に対し、投げキッスで魔法をキャンセルさせたのだそうな。というか、投げキッスで魔法の発動がキャンセルできる、ってのがすごいわ。
まぁ、それはさておき、そのままでは自分が死ぬので、すかさずマーラ様の所持する超級回復魔法をかけて、のどの奥まで出かかっていた魂を胸の奥にまで沈ませることに成功し、自分の身体は外的損傷はおろか、皮膚・筋肉・神経のすべてが時間を巻き戻したかのようにケガのダメージを打ち消したそうだ。
次に、キスを止めて、普通に回復させたハルカに腹を立てて襲いかかってきたジェノに対し、”四つん這い状態にならないと呼吸が停止する”魔法をかけて、今の状況をつくりだし、座り心地を試そうと思って腰かけたと同時に、自分が目覚めたのだと。
「ハルカと自分の命を救っていただき、ありがとうございます」
「いーのよ。日頃、満足すぎるご馳走を食べているんだもの。たまにはお返ししたいじゃない」
神さまに対して、頭を下げるしか思いつかず、実行したわけだが、マーラ様は気にしている風ではなかった。
「でも、こちらの方は大変だと思うわよ~」
とマーラ様、自分の目の前に潰れた機械の塊を手渡してきた。
機械と云えば、ここではアイシャしかおらず、自分はアイシャの顔の変わり果てた姿に人目をはばかることなく号泣した。
「けっ、機械相手に泣くとか、きめぇな、オッサ……
アイシャを潰した本人からの侮辱に自分はとっさにマグナムを抜くや、ジェノの頭をブッ飛ばした。ジェノの頭は木端微塵となって周囲に飛び散るも、幾多のパーツが首の台座を目指して、元の顔へと戻ろうとしていた。ちなみに、ジェノは不死者ではない。
自分の呪いの効果により、死ぬことを赦されないのだ。もっと詳しく説明するならば、自分が手にかけた相手は、”いかなる状態に姿が変貌しようとも必ず元の姿に戻る”という不可思議な呪いの力により、死ぬことができず、死ぬ前の状態に戻らされる。その際、最悪なことに”死ぬ寸前の記憶と完全復活するまでの身体の痛みを憶えている”ため、今までこの呪い効果で生き返った者は、皆、廃人になっている。
「クッソ。やりやがったな、テメェ、おぼ……
ジェノは初めてのまともな復活者だった。だが、アイシャの件により、もう一度、頭を吹き飛ばした。今度はショットガンを使用し、弾には火炎弾を用いたので、肉体が吹き飛ばされるだけではなく、焼けてしまったり、炭になったりするので、復活が長引くであろう。
「マーラ様、アイシャを甦らせることは出来ませんか?」
「神さまの私でも、機械人を回復魔法で甦らせるような奇跡は持ち合わせていないわ。でも……」
「でも?」
「ハルカの回復スキルのランクになかったかしら? ”機械への回復を適用させる”ってのが。それなら、ひょっとしたらうまくいくかも」
マーラ様は神妙な面持ちで応えつつも、ウィンクしながらヒントを差し出した。
自分は未だ寝ぼけているハルカを起こすことにした。
ハルカは、盛大に身体を揺すっても起きる気配がなかった。とっさの焦りから、ハルカの肌に自分の指が食い込んでいるにも関わらず。
「あー、これはアレね。スキルランクの限界を超えた魔法の強制発動による反動ね。今回は、痛覚がマヒするペナルティのようね」
「ハルカはそんな魔法を使ったのですか」
「すべてはあなたを救いたい一心よ。だから、私が降臨できるほどの力が一時的にだけど高まったの」
「起こす方法はありますか?」
「あるわよ」
とここでマーラ様は、コホンとわざとらしく咳払いして、チャーミングな笑顔をつくり、人差し指を軽く立てつつ「もちろん、王子さまの目覚めのキス♪」などとのたまっていらっしゃる。
いや、何かやけにわざとらしいから自分でも答えは解かりましたけれどね。
でも、キスひとつで意識が戻るのなら、安い話だ。
自分は早速、行動に移した。しかし、目覚める気配がない。幾通りかのキスの仕方があるので、ダメもとでそれら全部を試してみたが、それでも変化なしである。
「マーラ様……」
「ええっ、おっかしいなー。ごめん、真面目に頑張るからその蔑むような視線は止めて」
とマーラ様、宣言通り、ハルカをまじまじと見つめ、原因を探っている。
そして、心臓に耳を当て、まるで心の声を聴くかのようにうんうんと唸っている。
マジなのか、ワザとなのか。判別は難しい。
「わかったわ」
「訊きましょう」
「第2ステージに入るときが来たのよ」
「は?」
「恋のイロハの第2ステップよ。ABCのCに突入よ」
「いや、第2ステップなら、びー「そんな小さなことを気にしていたら、漢じゃないわ」
「第一、身体触るのと大事なところにP―! するのって、一緒じゃない。セットじゃない」
「いやまぁ、そりゃそうですが、せっかくここまで築いてきたモノを一言でぶち壊すとか、ないなー、と」
「見つめ合うだけで満足だなんて、少年誌だけよ。青年誌はどう?」
「アフンアフンですね」
「わかってるじゃない。愛と死の女神マーラの名において、信者アントン・H・大石に命じます。要石ハルカとのつながりを許可します。カムヒア、あなたたち」
とマーラ様、指をパチリと鳴らすや、どこからともなくいつぞやの5台のスマホが人型になって登場し、高級ホテルにありそうなふかふかのベッドを魔法陣で召喚するや、すかさずベッドメイキングを施し、お香をたき、雰囲気づくりの音楽を奏で始めた。
「どうぞ、アントン様」
いつの間にか、マーラ様の部下になったスマホ5人嬢の一人が、お姫様抱っこのまま呆然としている自分に対して、ハルカをベッドの上に置く準備ができたから、という意味合いで「どうぞ」と勧めてくるが、一つ、問題があった。
「仕切り、無いの?」
「こまけぇこたぁ、気にすんな」
「気にするよっ! 第一、今からすることはプライベートの塊やんけ」
「神さまから一つ言わしてもらうわ」
「はぁ……」
「私、今までいろんな男と女のアレコレ観てるけれど、神の力を以てすれば、どんなに厚い壁の向こうでキャッキャウフフしようとね、丸見えなんだからね」
「あー、つまり、『無駄なことはあきらめて、はよせいや』と」
「修正よ、『はよ性夜』の方がしっくりくるわね」
「日本のクリスマス事情みたいなことをここで云われるとわっ!」
プライバシーもプライベートも望めないとあらば、腹をくくるしかない……と真面目に答申したところで、そこは眠り姫のところへ駆けつけた凡人王子。魅力的な身体が無邪気に横たわっているのをみて、奮い立たないほうが異常っ!
思わず合掌をして、「いただきます」と云っちゃった。
そう云わせてしまうほどの魅力が、自分にとってはハルカから伝わってきた。
あとの出来事? 割愛させて。
―
「そいやっ!」
耳元でそんな掛け声が聞こえてきたあと、筆舌尽くし難い痛みが脳にまで達し、思わず目が覚めた。
何事だろうと上半身を起き上がらせようとして、アントンが素っ裸で、私も裸だったことにまず気付いた。
「な、何してるの」
未だに続く痛みに耐えつつ、アントンに答えを求めるが、私とは裏腹にどことなく惚けていて、耳に届かず、かえって刺激を強めただけで、痛みに慣れるまでの間、抜き差しの前後運動が止まなかった。
その後、不思議と私も冷静さを取り戻し、今、私が何をされているのかをようやく理解した。
正直、すっごく腹が立った。
寝ているところに襲いかかる卑劣漢だったとは思わなかった。だから、自然と涙がこぼれた。
「ごめん」
アントンが涙を見て冷静さを取り戻したのか、動きをようやく止めてくれた。
「遅いよ。ひどいよ」
泣きじゃくる私に対し、アントンは顔を近付けてくる。何をしようとしているのかがわかったから、顔をそむけて抵抗した。本当は背中を向けたい気分だった。
アントンはひたすら「ごめん」を繰り返すだけだった。
イラついた私は、理由を求めた。そうしたら、考えもしない返答が返ってきた。
まず私の意識が落ちていたこと。そして、強力な魔法の反動で痛覚がマヒし、普段体験しないような強力な痛みでないと目覚める可能性がなかったこと。その方法は、私の命までも救ってくれた女神マーラ曰く、命の危険性のない安全な痛みをあたえるにはアレしかなかったこと。
肝心のあの行為に対して、わたしとアントンとの間に問題がなかったので、アントンをけしかけたことを女神マーラは謝ってきた。
「それで、マーラ様は何故なにゆえにここでみんなと見学されているのですか」
「私は愛と死の女神。愛しい者同士が深い愛を育む様子をその眼で見届けるのは、生者を生きたまま喰らう行為にも勝る上質のご馳走。ささ、何の気兼ねもなく励むがよい」
「出来るかっ!」
「おお、まさに相思相愛。同じようなことを言う。ならば、私もアントンに言うたことをもう一度言おう」
と、仕切りなど無意味無意味ッ! 的なことを力説されては、返す言葉もありません。
私は思わずため息を漏らしていました。
すると、アントンが私の中で小さくなっていきます。
「もう。せっかく願いが通じたのに、人の気持ちも知らないで縮まないのっ!」
私は起き上がるやアントンの口を封じ、それ以上の謝罪の言葉を言わせませんでした。その代わり、いつも通り、こちらが積極的に攻めて攻めて、今回はアレの真っ最中ということもあり、いつも以上に盛り上がり、アントンを強く抱きしめるカタチで収縮を受け止めました。
こういう色事の経験値はお姉さんの方が上なんだから。まだまだ、この辺では負けたくありません。
若返った私に対し、中年のままのアントンは精も根も尽き果てたとばかりにピクついていました。
ですが、こういったイベントで何よりも一番力が出せるのは、女神マーラでしょう。
「愛と死の女神マーラが汝に加護を与えよう。アントン、夜は長い。キミはまだまだ戦える」
私の唱える魔法とは別系統の、恐らくスタミナ関連の魔法をかけ、発破をかけます。
アントンの死に絶えた顔に赤みが戻り、下り坂だったマンモスの鼻が上に伸びました。ですが、アントンはこの誘惑に耐えて、当初の目的を私に告げます。
「回復魔法を、アイシャにも。お願いだ」
アントンは、私の目の前にスクラップ同然に潰された、変わり果てたアイシャを運んできました。
アントンの目は真剣そのものでした。私を全面的に信じているのがヒシヒシと伝わりました。
私は手持ちの杖を掲げると、アイシャに対して回復魔法を唱えました。
アントンのアイシャに対する気持ちを汲んで、ただ機械の身体の欠損部分を修復するだけでなく、アントンが好きで好きでたまらない眼を向けるアイシャの姿をイメージして、回復魔法を実行しました。
「ハルカさん、先程の暴言をお許しください。あなたは私の命の恩人です」
回復魔法は、神様の魔法ですら治らないとされている機械の身体をも適用可能にし、普通に人間の怪我人が完全に身体を治すような感じで、アイシャの変わり果てた姿は時を戻すかのように元に戻りました。
「そして、あの……不躾な……要求があるであります」
「えっち?」
「ハ、ハイ。幸い、目の神経は生きていまして、お二人が楽しそうにされているのを見てました。
わたしにも……お情けを……い、頂けないでしょうか?」
アントンが一応の確認のために、女神マーラへと向き合っていたけれど、私は見逃さなかった。
あの野獣のようなまなざしを。
「愛は幾重にも広がる方が、私の力を底上げします。つまり、アイシャとの関係も認めます」
思わずガッツポーズを決めて、ジャンプするという子供じみた反応をとるアントン。
そのまま、ドキドキしているアイシャの元に顔を近付けるや、アントンは願い事を唱えました。
集束した光が消え入った時、私は今まで以上にアイシャに対して、目を見張りました。
完全に人間ではないかと思うほどの精巧な作りのアイシャが、無垢な姿でアントンに身体を預けていました。
予想通り、アントンはアイシャもいただき……、今まで見学に甘んじていた女神マーラと5人嬢が、鼻息荒々しくなだれ込み、頭の中がぐちゃぐちゃになるかのような気持ちのまま、夜は更けていきました。
翌朝、「アーーーーッ!」という大音響で私たちは目覚めました。
音のした方へと寝ぼけまなこを向けると、四つん這い状態から動けないでいるジェノに、後ろから不意打ち気味に『エイッ』とチャレンジしているアントンを目撃しました。
そう云えば、今のジェノはアントンよりも数段イケメンであることを自慢してたっけ。だから、見た角度によっては、ジェノが女の子に見えたのかも。ふさふさの黒髪が大切な所を隠しているのも今回はマイナスに働いているわね。
眠たそうなのに、打ち損じてもなおやめる気配のないアントンのことだから、きっと「やり忘れた最後のコ」だと思っているはず。
これにはみんなで阻止し、ハリセンでシバいときました。
モーホーはダメ、ゼッタイ!!
※スランプの原因は、倫理観との葛藤でした。
結局、オブラートに包んだ表現方法を見いだせず、べろんっ、と。
第一、男と女がキスだけで満足できるかぁ!(逆切れ)




