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ハチ公前でワンワンしてニャンニャン

『ハチ公前に全員集合。戦闘態勢を整えておけ』


 早朝、組織からのメールが入り、しっかり準備した後、目的地へと向かった。

 東京の地理に明るくない自分は、スマホの道案内アプリに誘われるまま、歩を進めた。

 また、このスマホには人工知能が付いているようで、いろいろとしゃべることができる。

 移動中、何度か道に迷いそうになるものの、そのたびに『彼女』はいい仕事をした。

 そして、自分が『彼女』に礼を述べる。


「ありがとうございます。それと、前方に不審人物接近中。3人です」


 どういう仕組みなのかは知らないが、彼女は時々、予測を立ててくる。

 そしてそれがよく当たる。

 今回は、ガラの悪い若者が3人、自分をニヤニヤ見つめながら距離を詰めてきた。


「なぁ、おっさんよぉ、どこかに行きてえんだったらオレ等が案内してやってもいいぜ」

「近頃の若者にしては親切な申し出だな。だが、目上の人間に対する言葉遣いがなっていない」

「ああ゛、うるせえよ。オレ等より少し早く生まれただけのクセに偉そうなのがムカつく」

「なぁ、リーダー。さっさとやっちまおう。俺、さっきからあのジュラルミンケースの中身が気になって仕方がないんだ」


 若者には申し訳ないが、これを奪ったら破滅の末路しか想像できない。

 自分には戦闘態勢の指令が出ているのだ。主な中身は、様々な銃器がメインだ。

 もっとも、そう簡単に奪われるような職業でもないが。


「まぁ、待て」


 と自分は彼らを片手で制し、懐に手を伸ばした。


「有り金寄こしな」


 どうやら命乞いをしているように見えたようだ。若者特有のポジティブ脳には恐れ入る。

 だが、自分が取り出したのは、サプレッサー付きのハンドガンだった。

 突然の非現実的な得物の存在に、3人が固まっていた。

 ここは日本だ。気持ちは分かる。だからと言って、相手がいつも丸腰という想定は大甘だろう。

 自分は、射的の的になりはてた3人に遠慮せず、発砲した。


 プシュ、プシュ、プシュ。


 気の抜けた音のあと、眉間に睡眠弾を撃たれた若者たちが重なるように倒れていった。

 そして、すかさず自分は眉間に刺さった睡眠弾の針を引き抜いた。

 証拠隠滅のためだ。


「アントン様、提案があるのですが」


 川の字のように仲良く寝そべる3人を見たとき、彼女からアイディア提供があった。

 面白そうだったので、ついでに実行しておいた。

 何のことはない。

 周囲に散れていたワンカップと缶ビールの空を3人の前に無造作にまき散らし、彼らのズボンとパンツをズリおろし、そのまま放置した。

 あとは時々行き交うであろう通行人の興味本位に任せる。

 スマホで撮った何気ない1枚が世界中で様々な反応を持たれる時代である。

 きっとロクでもなかろう。


「この提案だが、いつもの『予測』かい?」

「はい。5分後にやってくる通行人が映像を撮り、動画サイトに投稿するようです」


 写真よりもひどい結末だ。だが、情けはかけない。

 それと、数分後に誰かが来るのであれば、自分のような者があまり第3者に姿を見られるのは好ましくない。

 証拠隠滅のチェックだけは念を入れて、立ち去った。





 目的地に集合時間は記載されていなかったが、組織の実行部隊が軒並み集合していた。

 その数、ざっと12人。皆、ケースの中身は物騒だ。

 今回のターゲットは大物なんだろうか。それとも敵対組織の壊滅だろうか。

 そう思いつつ、集団の輪の中に入ろうとしたら、同期と目が合った。


「もうっ、5分遅刻だよ、大石くん」

「アントンと呼べ」


 同期でAランクのハルカが気さくに手を振って呼び寄せる。


 要石ハルカ。

 名前と中性的な顔立ちで初見のほとんどが彼を女だと見間違える。だが、実際は女装と暗器の達人で、ターゲットを無音で暗殺することに長けたスペシャリストである。

 前述したが、同期で順調に出世していったAランクの割には、下位ランクの自分に対して途端に見下して接するとか、偉そうにふるまうことがない不思議生命体だ。


「不思議生命体とか、何気にひどくない?」

「何だ、心が読めるのか?」

「当たり前じゃない。私たち、何年付き合ってると思っているの?」

「幾星霜」

「もー、リアルにそんなに長生きできないでしょ、私たち」


と、笑いをこらえつつも、背中をバンバン叩いてくるハルカ。

これでも同い年で同性だというのに、不思議と若々しく、下品ないやらしさを感じない。


「それは、彼らと要石さんの心の距離感からくるものだと思います」


 自分の疑問に、彼女もまた心を読んだかのように返答してきた。


「おっはー。アイシャちゃん、アントン、キチンと連れてきてくれてありがとネ」

「いえいえ、とんでもない。ハルカ様もアントン様を気遣ってくれ――――」


 スマホの彼女ことアイシャのマイクを押さえるハルカは、チッチッチと指を軽く振りながら、


「もー。私とアイシャちゃんとの仲でしょ。ハルカ様だなんて、背筋がこそばゆいわー」


 などと言いながら、背中をかきはじめた。

 作り物の大きな胸がブルンブルンと自己主張していたが、欲情なんて無理だ。

 だが、彼が男だと知らない周囲の一般人はそうもいかない。

 隣の彼女の嫉妬の洗礼を浴びつつも、モデル並みのプロポーションに釘付けになっている。

 ハルカが視線に対して、往年の名女優を彷彿させるようなフェロモンアピールをワザとらしくやり始めると、ところどころ平手打ちの合唱が始まり、男たちの破局のすすり声が津波のように輪唱してきた。

 その威力や、場の雰囲気のやるせなさがこちらにも漂ってくる。

 出発前にこういう気持ちをもらいたくない(=縁起が悪い)ので、ノリノリのハルカに質問をして、気を反らすことにした。


「というかお前、またサイズを変えたのか?」

「まー。アントンにしてはよく見てるわねー。でも、おっぱいだけ? 他には?」


 他があるのかよ! と一人ツッコミをしながら軽く見まわしてみるが、分からない。

 答えを聞いてみると、


「そのへんに気付くようになれたら、モテるわよ。精進しなさい♪」


 などとはぐらかされた。茶目っ気たっぷりにウィンクなんかして。


「♪」


 自分含めて13人のスマホに、一斉に様々な音楽が鳴り始めた。


「メールの内容は何だろうか、アイシャ」

「はい。ハチ公の目の前で左回りを3周して、ワンと鳴くよう指示がありました」

「…………えっ?」


「♪」


 またも各自のスマホにメールが届く。


「残された時間は30秒――――との警告が付きました」


 周囲を見回していると、自分よりもはるかに優秀なランクの人たちほど、このふざけた内容に警戒心ばかりが高まっているようで、そのうちの一人、グラサンにスキンヘッドの黒服が組織に電話をかけた。

 と。

 どこからかスナイパーによる狙撃を受け、スキンヘッドの頭が吹き飛んだ。

 自分とハルカ以外の暗殺者たちが蜘蛛の子を散らすような見事な散開を展開し、襲撃者からの次なる一手に備えている。彼らの中では、すでにメールの内容など興味の範囲外だ。


「20秒切りました。カウントダウンを始めます」


何となくだが、バカバカしくてもワンと咆えなきゃ話が先に進まない気がした。

なので、(高ランクの人たちからすれば)突然その場から動き始めた自分など、奇怪でしかなく、幾多の罵声を浴びせられる中、メールの指示通りに左回りを3周して、ワンと咆えた。

すると、どこからか竜巻が発生して、自分とハルカ以外の人たちの姿が風の壁に阻まれて、外の様子を知ることができなくなった。


「わたしたち、どうなっちゃうのかしら」


 怯えるハルカをよそに、自分は一つの過程を立てた。


「自分がこの仕事をやる前にのめりこんでいたゲームでは、同じことをやったら『魔界』に飛ばされたな」

「魔界ですって! もう、最近のラノベみたいな展開とか、こりごりよ」

「ラノベが流行る前のゲームだから、むしろ始祖じゃね? そう考えたら、光栄なこと」

「魔界行きに実際になってもそんなこと言えるの?」


 ハルカが肩を震わせて抱き付いてきた。

 本当に女の子じゃないのが残念だ。もっとも、ハルカを女装に目覚めさせた原因を自分が作っているので、本心は複雑だ。



 ハルカとの付き合いは長い。

 身寄りのない子供たちが集められる施設時代からだ。

 当時の自分は、些細なことでも怯えるほど気が弱かった。

 こういう性格だから、いじめっ子グループには早々に目をつけられ、毎日いじめられてばかりの日々を過ごした。


 ある日、ハルカがやってきた。

 当時から、美少女めいた美少年で、瞬く間に人気者になった。

 みんながハルカと一緒に行動したいと思い、一挙一動を観察するかのように付き従うなか、ハルカは全く目を合わせようとしなかった自分に対し、わざわざ目の前に近づいてきてまで友達になろうと誘ってくれた。

 だが、いじめっ子グループと同じ手口で握手を求めてきたので、素直には応じられなかった。

 そして、そのハルカの行動はいじめっ子グループのリーダーの神経を逆なでた。

 リーダーは自分さえいなければハルカをひとり占めできると本気で考えていたらしく、その日の夕方の体育館裏でのリンチは気迫が違った。ガチで殺す気満々だった。

 いつもの打撃だけでは済まさず、意識朦朧としていた自分に対し、どこで覚えたのやらプロレス技をかけて、コンクリートの上に投げ落とした。

 全身の骨という骨がきしみを上げて、声なき声を叫んだ記憶は未だに夢に出てくる。

 かなり危険な技であったにもかかわらず、自分は辛うじて息があった。

 リーダーが自分の首を絞めに入ったところまでは覚えている。

 そこから先は記憶があいまいだ。

 後日談として聞かされた話によると、今度こそ息が止まる寸前のところで大人たちがリーダー一派を取り押さえたそうだ。彼らはすぐさま逮捕され、低年齢ではあるが異例の判断(集団による傷害致死寸前の暴行と強姦未遂に反省の余地なしとのこと)で少年院送致が決まり、以降、どうなったのかは不明だ。知ろうとも思わないが。蛇足だが、強姦未遂の罪は、ハルカが自分の衣服をボロボロに破り、大人たちの前でリーダーたちにいたずらをされたと涙ながらに演じたことによる。女って怖いね。


 次に目を覚ました場所は病院だった。

 朦朧とした意識で、自分はハルカを見て、「お姉ちゃん!」と驚いたのだそうだ。

 とめどもなく涙を流し、狼狽するばかりだったので、ハルカがとっさに子守唄を聞かせるという機転を働かせるまでは泣き止まなかったそうだ。


 その後、再び施設で生活することになるが、自分に問題が起きた。

 いじめっ子グループは既に居ないにもかかわらず、大人や同い年関係なく男と手を触れることができなくなっていた。

 ハルカに対しても拒否反応が起きた。

 翌日、ハルカは女装をした。とても素敵な美少女だった。


「大石くん、おともだちになりましょう」


 頭の中でハルカが男なのはわかっていたが、何故か差し出された手に対して震えが起きなかった。

 こうしてハルカと友達になった。



 あれから約30年が過ぎた。

 お互い40近くのおっさんである。

 自分は年相応に老けていってるが、ハルカは20代後半から時が止まったかのようだ。


「ハルカ」


 未だに震える彼女に呼び掛ける。

 彼女が上目遣いに顔を持ち上げたところを、片手で顎を固定させ、唇を奪うことにした。

 突然のキスに、ハルカが抗議するかのように呻いたが、舌を絡ませはじめると諦めた。

 だが、キス経験値と言うべきか、本来こういうのはハルカの方が上で、あきらめたハルカの態度に油断して、リードを取られた瞬間、今までの態度が一変した。

急に、押せ押せの一点張りで体格差を物ともしないディープキスの突っ張り攻撃に、こちらはあいた手を胸元にすべりこませようとして――――


「ピー―――! そこまでだ。続きは宿をとって充分に楽しむんだな、恋人さん」


 とローマ帝国時代の鎧甲冑姿のような兵士にホイッスルで注意された。

 自分とハルカは思わぬ邪魔に驚いて唇を離し、周囲を見渡した。

 ありがちな中世ヨーロッパのような街並みに石畳。

 ハチ公の姿は既になく、代わりに噴水の真ん中に小便小僧がいた。


「「ここはどこだ?」」


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