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俺はこの国の王になる

 今日、俺はこの国の王になる。

 俺の父親である王が病気で亡くなったため、長男である俺が次期王に選ばれたのだった。

 急な出来事だったため、即位式は予定より早く執り行われることになった。多くの観衆に見守られ、国民全員が俺を祝福した。

 若い王というのは甘やかされやすい。年老いた王とは違って、皆が俺を可愛がった。もう誰も俺の行動に対して口を出す者はいない。

 あとは、待ち人が来るのを待つだけだった。


「お呼びでしょうか」


 扉の外で、か細い女の声がした。


「入れ」


 そう指示すると、女は遠慮がちに姿を現した。

 波打つ赤く長い髪に、透き通るような白い肌。頬を赤く染まらせながら長い睫毛を伏せて、おとなしく立っているその姿は、女神そのものだ。

 彼女は間違いなく、この国で一番の美女だった。年はこの俺とそう違わないが、その若さに似合わず、何年も生きてきたような神々しさを彼女からは感じられた。

 ――ふと、彼女の瞼が赤く腫れていることに気づいた。よく見ると肩も細かく震えている。


「どうした。怯えているのか」


 俺は目の前に立つ、今にも泣きだしそうな彼女に努めて優しく声をかけてやった。そうしないと消えてしまいそうだったからだ。

 すると彼女は顔を上げ、初めて目の前に座る俺の顔を見た。そして悲しそうに眉を顰めながら、静かに口を開いた。


「あなたが殺したのでしょう?」


 彼女の唐突な発言に、俺の顔が歪んだ。


「なんのことだ?」

「とぼけないで。私は知っているの。あなたが……あなたが王を、マディユ様を殺したことを――」

「その名を口にするなっ!!」


 怒鳴りながら、俺は立ち上がり、彼女を押し倒した。

 我慢ができなかった。彼女があいつの名を愛おしそうに口にするなど、許せなかった。


「あなただけは信じていたのに……マルクス。あなただけは私を傷つけないと」


 押し倒されて震えながらも、彼女は真っ直ぐに俺の目を見て言った。その強い眼差しに、目を逸らしそうになるのを堪えながら、俺は彼女に言い聞かせるように言う。


「黙れ! 今は俺が王だ。お前はただ俺の言うことを聞いていればいいんだ!」


 彼女の大きな瞳から、とうとう我慢できなくなったのか、大粒の涙が零れ落ちた。泣いていてもやはり彼女は美しかった。

 その美しさに最初に目を付けたのは、他でもない父だった。

 父は強欲で女しか眼中に入れず、自分の子どもさえごみ屑のように扱う非情な男だった。子どもの頃の父との思い出といえば、見せつけるようにわざと俺の目の前で母親を抱く父の姿。それくらいだ。

 そんな子どもの頃の慰めといえば、当時の伯爵の娘である彼女と遊ぶことだった。

 城に頻繁に遊びに来ていた彼女は、独りぼっちでいる俺を哀れに思ったのか、よく遊びに誘ってくれた。城中を探検し、一緒に本を読んだり、時には庭を散歩したりした。

 俺は彼女が好きだった。愛していた。優しく明るい、彼女のことが。


 しかし、幸せな時間はそう長くは続かなかった。

 彼女が成長していく度、その美しさが浮き彫りになっていくのは、ずっと一緒にいた俺から見ていても明らかだった。そして、彼女が十五歳になったとき、不運が訪れた。父が彼女を自分の妾にすると言い出したのだ。

 そのとき、既に父の妾は数えきれないほどいたから、俺は当然、誰もが反対すると思った。しかし、王の命令は絶対だった。彼女は妾たちが住まう汚らわしい部屋へと連れられて行ったのだった。

 まだ十五である彼女が、無理矢理父に犯されているのだと思うと、吐き気がした。俺と彼女との美しく純粋な思い出でさえも、汚されていくような気がしたのだ。


 だから父が体調不良で倒れたとき、良い機会だと思った。俺は薬の代わりに闇市で手に入れた毒を盛った。敵の多い父だったから、暗殺するのは簡単なものだった。

 慰めるように、彼女の涙を指で掬い取る。


「小さい頃はよく遊んだよな。きっと、あまり憶えていないと思うけど」


「いいえ」と彼女はやけにはっきりと言った。


「憶えていないわけないじゃない。あなたったらとても泣き虫で困ったものだわ。次期王候補だというのに、全然らしくないんですもの。……ああ、あの頃は毎日がとても楽しかったわ」


 彼女は何かを思い出すように目を閉じ、息を大きく吸い込んだ。


「だったら、もう一度、最初から始めよう」


 そう言って、俺は彼女の身体を起こし、強く抱きしめた。

 返事はなかったけれど、彼女に咎められても、嫌われても、拒絶されてもいい。有無は言わせない。

 彼女を生かすも殺すもすべてが俺次第。なぜなら、今日から俺はこの国の王になるのだから。





- 2011.10.13 完 -


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