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彼女と彼とある男  作者: ミノマ
くらひと
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5.知り合いってあいまいすぎる

 男が望む通り、二人は「知り合い」になったが、そう会う頻度は高くなかった。最後の期末試験が迫っていたし、センター試験は彼女には関係ないとはいえ、どうせ受けるものならそれなりの点数をとらなければ彼女自身が納得できない。アルバイトも忙しく、友人のケーキ屋通いも断りがちになっていた。

 男の方も、「いつでもいる」とは言っていたものの、彼自身アルバイトの身で確実に公園にいない時間はあるわけで、なんとなく時間があわないことが多かった。

 (まあ、無理に会うこともないんだよね。カレカノじゃあるまいし)

 と、彼女は思って、男はどうしたいのかという疑問が急に浮かんだ。

 まさか、恋人関係になりたいとか、そういうことだったんだろうか。それに彼女は、いわゆる「お友達から…」と答えてしまったということ?

 (ものすごく今さらだけど、「知り合い」ってあいまいすぎる)

 「いらっしゃいませえ」

 思考とは別に彼女の表面は正常に接客をはじめる。

 バーコードを読み取りながら、カウンターに並べられた食品の組み合わせに既視感を覚える。

 駄菓子とバタピーとまんじゅうとキャラメル風味のコーヒー。

 「こんにちは、ひいろ」

 男は小声で彼女にあいさつをした。

 「くらひと」

 ちょうど彼のことを考えていたので、彼女の内面は少なからず動揺して、それをごますために慌てて男に話しかけた。ちょうど他に客がおらず、店員も何かの用で奥へ引っ込んでいる。

 「あのさ、なんなの、この変な組み合わせは」

 「よくわからないから、いろいろ試そうと思っている」新しい組み合わせを考えようとしている、ということだろうか。

 「悪趣味」

 あきれかえって、彼女は会計した金額を男に告げた。

 男はちょうどの金額をはらって、店を出て行った。たわいない会話以外に、男は何も言わなかったけれど、この時間にここに来るということは、今日はこのあとずっと公園にいるということだろう。

 (帰りに寄ってやろうかな)そう思ってから、男のホームレス疑惑がにわかに思い出された。今日はこれを追及してやろう。

 「また彼氏さん来たの」

 森下が奥から出てきた。どうやらシフト交代で奥へ行っていたらしい。「彼氏」と言ったが、単なるからかいだということはわかっている。

 「彼氏面して、来たよ」彼女も冗談で答えた。

 「でも本当に、悪くないと思うけど、あの人」

 森下が言うので、思わず顔をしかめた。どこがだ。

 「緋呂だって、ストーカーみたいに近づいてきたのに、ああやって仲良く話す程度には打ち解けたんでしょ」

 満更でもないんじゃない、と知った顔で言う。

 「宮丘さん、あがりだよ」奥から交代の店員が顔を出した。彼女のシフトも終わりの時間だった。

 「お疲れさまでした」

 すました顔でレジに立つ森下を横目でにらみながら、彼女は帰り支度をするべく奥のスペースへ引っ込んだ。


 彼女が顔を見せると男はわかりやすく嬉しそうな顔をするので、柄にもなく照れてしまう。

 「そんなわかりやすくて、大丈夫なの?あんた」

 「どういう意味?」

 「騙されたりしないかってこと」こうして心配してしまうくらいには、絆されている。

 「ひいろのほうこそ、ころっと騙されそうだよね」

 男はにやりと笑った。今の男の態度は偽りで、自分はそれを見抜けていないとでも言いたげだった。いい気はしない。

 彼女は男を無視して、かばんから菓子を取り出した。大袋のチョコアソートだ。バイトの休憩時間につまむのが小さな楽しみになっている。

 「そういやあんた、あたしの名字知ってるの」友人や森下が話すのを聞いて彼女の名前を「ひろ」だと思っていたのだから、フルネームなんて知らないだろうとふと思った。

 「みやおか」

 しかし男は即答した。

 「コンビニの名札に書いてあるから。漢字は知らない」

 「さすがストーカー」

 「俺の名字、知らないでしょ」言われて、そういえば本当に知らないなと思った。

 「何ていうの」

 「ひみつ」

 そういう態度がいらつくんだってわかっているんだろうか。

 「今日は、あたしがあんたを質問攻めにする。決めた」

 男は呆けた顔をして頷いた。


 「年齢は?」

 「20くらい?」

 「出身地は?」

 「しゅっしん…?」

 「どこから来たの」

 男はにっこり笑った。

 「ここじゃないとこ」

 「ふざけんな」一文字ずつくっきり発音してやった。

 「じゃあ、ひいろの知らないところ」

 「…好きな食べ物は」埒があかないので、無視して質問を続ける。

 男はなぜか一瞬彼女の手に目をやった。

 「…おいしいもの」

 なんじゃそりゃと思ったが、いかにも食べ物に興味がなさそうな男ではある。

 「全然はっきりした情報がない」彼女はいらだってチョコレートを口に入れた。

 「俺にもよくわかってないってのが本当」

 何事もないように笑う男をにらみつけて、個包装されたチョコレートをひとつ差し出した。 

 「ん」

 「…え?」

 「人と話してるのに自分だけ食ってばっかりなんて非道な真似はしないって」

 チョコレートを持つ彼女の手を見ていたので、てっきり欲しいのかと思って差し出したのに、男はなぜか呆然と見つめるだけで手を伸ばそうとしない。

 「…嫌いならさっさと言え」

 「いや、バレンタインなら良かったなあと思って」

 「没収」

 「待って待って冗談」

 チョコレートを取り上げかけた彼女の手から慌ててチョコレートを奪い取って、彼は押さえきれないというように笑みを漏らした。その笑みに思わず彼女の手も止まる。

 「今、もらえたことが最高に嬉しい。バレンタインより断然嬉しい」

 正直、彼女は戸惑っていた。こんな小さなチョコレート一個でこれほど大げさに喜ばれるとは思っていなかった。男にとってチョコレートにはなにか特別な意味があるというのだろうか。そういえばチョコレートが好きかと尋ねられたことがあったなと彼女は思い出した。

 「って大事そうに受け取ったわりにはすぐ食べる」

 がさがさと包みを開けて、迷わず口に放り込んだ。

 「…そんなに食べたかったの?」

 言えばいいのに。そんな遠慮するキャラでもないだろうに。

 「『ひいろからもらったチョコ』が欲しかったの」

 「そういうのが気持ち悪いんだって、わかってる?」今度は彼女は口に出して指摘した。


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