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鬼教官の夢

作者: 第三者臨海
掲載日:2026/07/07



 最近、俺をしごいていた鬼教官の様子がおかしい。


 俺は騎士になるために、約5年間とある女性の元で鍛えていた。


 それは、ファニカ・グランデールという人物だ。


 騎士になることを志す者達を、徹底的に鍛え上げる立場についているーー教官である。


 実戦で使い物になる騎士を作り上げるためにと、彼女はいつも血も涙もない訓練をかしてきた。


 彼女の手によって、どれだけ痛めつけられたか分からない。


 甘い態度を見せたものには、問答無用で罰が下ったな。


 俺の記憶の中にある教官はいつも鬼のように怖い顔をしているか、冷静冷徹な無表情かのどちらかだ。


 なのに、最近の教官はそうではない。


 何か悩んでいるようだ。


 一体どうしてなのだろう。


 声をかけた方がいいだろうか。





 私の名前はファニカ。


 それなりに名前のあるグランデール家の長女だ。


 上に兄が一人いて、彼は当主として家の事をこなしている。


 兄はとても優秀で素晴らしい人間だ。


 幼い頃から兄と比べられてきた私は、何物にもなれない凡人であるという事実に、いうも苦悩してきた。


 そのため、どうにかして兄と並びたてる存在になりたいと思っていた。


 そんな私は一つの答えを出す。


 せめて何物にもなれなくとも、特別な人間を育てられる人間でありたいと思ったのだ。


 だから、人材育成の道を歩いている。


 それは、剣をふるって騎士の真似事をするのが好きだったから、騎士の養成に力を入れようと考えたのが理由だ。






 幸いにも私には人にものを教える才能があったらしい。


 私が育てた人間は何人も名のある騎士になった。


 その結果、私は兄と比べられ普通だと言われる事もなくなったのだ。


 だから、私は鬼教官として恐れられながらも、過酷な訓練を行い続けた。


 容赦のない訓練は人を育てるのに効果が出やすい。


 甘さのある人間を切り捨て、見込みのある人間はさらに訓練をかして、徹底的にしごいた。


 けれど、本当は騎士として特別な人間になりたかった。


 夢をあきらめきれなかったのだ。


 夢を叶えていく者達を見ているうちに、私は自分の将来について考えるようになった。


 本当にこのままでいいのかと。


 けれど、私は何も行動を起こさなかった。


 多くの者達から尊敬され、畏怖される今の立場が大切だった。


 以前のように比べられて惨めな毎日に戻るくらいならと、そう思ってしまうのだ。


 そんな私の考えを変えたのが、とある生徒の存在だ。







 騎士を目指して、私の生徒になり、結果をつかみ取ったその人間。


 ロラン・リヒテッド。


 彼は騎士の才能がないまったく平凡な人間だった。


 力もないし、体力も並。


 剣を使いこなす技量もあまりない。


 当初は、すぐに脱落するだろうと考えていた。


 しかし彼は、知恵や機転でそれらの欠点をカバーし、辛い訓練を乗り越えて騎士になった。


 今は、小さな部隊で細々と地道に功績を積み上げているという。


 彼の事を考えていると、胸の奥深くに普段押し込めている夢が、顔を出してこようとする。


 自分の人生、これでいいのか。


 このままで本当に良いのだろうか。


 後悔しないのだろうかと。





 悩みに悩んだ末、私は彼と話をすることにした。


 彼が声をかけてきたから、今まで押し込めていた気持ちが湧き出てしまったのだ。


 一度湧き出たものにふたをするのは難しく、築けば1時間以上も話し込んでいた。


 私はロランに、騎士になりたかったという自分の夢を聞かせた。


 けれど、兄の事があり、今の立場に甘んじているという事も。


 そして、夢をかなえたいけれど、踏み出せないという恥ずかしい事柄まで。


 すると彼は笑う事なく、私の背を押してくれた。


 私ならなれると言った。


「恩返しができる機会があってよかった」とそう言いながら。


「俺だってなれたんですから、教官だってなれますよ」


 お世辞などは要らないといったのに、彼は本気でそう思っているようだった。


 彼はそれからも何度も、私に「夢を目指すべきだ」と言ってきた。


 私はそのたびに悩み、苦しんだ。


 人生の中でこれほど葛藤した事があっただろうか、というくらいに。


 ロランがいなければ、これほど悩むことはなかっただろう。


 けれど、彼という前例がいるのだ。


 誰かから聞いたわけでもない、私自身の目で彼の成長を見守ってきたのだから。


 それらの事実は、私の夢に対する希望を刺激してやまなかった。


 




 さんざん悩んだ結果、私は騎士になる夢を目指す事にした。


 鬼教官だった私が、生徒の一人として訓練を行うなんて、はたから見れば意味不明だろう。


 どう扱っていいのか分からないと大勢困らせてしまうだろう。


 けれど、自分の人生に後悔したくなかった。


 一度決めてしまえば、心は清々しかった。





 それからの私は、何度も剣を振り、体を鍛え、戦い抜くすべを学んでいった。


 私とは別の、鬼教官と呼ばれている先生の元で修業して、自分の至らなさを痛感する日はいくらでもあった。


 けれど、私自身も鬼教官と呼ばれていたから、逃げ出すなんて事はできなかった。


 今まで育ててきた生徒達に顔向けできないからだ。


 他人に向けてきた厳しさが跳ね返ってくるのを重荷に思う日もあったが、前を向く力に変えて頑張った。


 そうして何年も月日がたったある日、私はとうとう騎士になる事ができた。


 一般的な場合よりも、はるかに時間がかかってしまったけれど。






 今私はかつてしごいていた生徒のロランと共に、任務を受けて戦っている。


 大規模な野盗集団を相手にとって、人質を救出しなければならないという難易度の高いものだ。


 けれど、先輩になったロランは適格な指示で、任務をこなしていく。


 私も後輩としてそれをサポートしながら、人質を助けたり、盗賊たちと切りむすんだりした。


 人に厳しくしたぶんだけ、自分に厳しくしてきた。


 そうやって長い間鍛えてきた。


 だから最後まで油断する事などなかった。


 結果、任務は成功し、人質たちも全員無事に救出できたのだった。







 なるのが遅かったため、他の者達より騎士でいられる時間は限られている。


 老いというものにはどうしてもすぐに追いつかれてしまうだろう。


 それでも私は、夢を叶えるためにあの時決断出来てよかったと思っている。




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