表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

減損 —— 輝きの君の講義(佐伯視点)

前書き(佐伯視点)


会計の仕事をしていると、

ときどき誤解されることがあります。


「減損」という言葉です。


多くの人は、この言葉を

失敗の宣告のように感じるようです。


しかし、本来の意味は少し違います。


減損とは、

価値が下がった現実を認めること。


そして、そこから

次の判断を誤らないための仕組みです。


企業でも、人でも、

現実を見ないまま進めば、

いずれもっと大きな損失になります。


ですから今日は、

少しだけ「減損」の話をしてみようと思います。


もっとも――


会議室に入ったとき、

私は思いました。


どうやら今日は

少し特殊なケーススタディになりそうだ、と。


会議室のドアを開けた瞬間、

佐伯は空気の違和感に気づいた。


ホワイトボード。


そこに描かれているのは、


毛根特性要因図。


しかも、かなり本気のやつだ。


「……なるほど」


品質保証課らしいと言えば、らしい。


だが、今日の会議室は

経理研修のために予約してある。


佐伯は軽く息を整えた。


講義を始める前は、いつも少しだけ緊張する。


それでも、扉を開けると

自然と笑顔が出る。


小さい頃からそうだった。


人と話すときは、

相手が安心できる顔をする。


それが習慣になっていた。



「すみません」


「少しだけ、講義を始めてもよろしいでしょうか」


声を出すと、

女子社員たちの視線が集まる。


その視線には、

いつも少しだけ熱がある。


慣れている。


でも、

慣れないふりをする。


それが一番、場の空気が穏やかになる。



佐伯はホワイトボードの前に立った。


「今日は減損会計の話をします」


女子社員がメモを取り始める。


「減損というのは、簡単に言えば」


「資産の価値を現実に合わせて見直す作業です」


佐伯はペンを走らせた。


帳簿価額 > 回収可能価額


「この状態になると」


「企業は損失を認識しなければなりません」


彼は振り返った。


「企業の資産は」


「永遠に価値を持つわけではありません」


「設備も、建物も、ブランドも」


「いつかは価値が下がります」


女子社員の一人が小さくつぶやく。


「なんか……人生みたい」


佐伯は少し笑った。


「ええ」


「わりと似ています」


その笑顔は

まるで光を反射するように柔らかかった。



佐伯は続けた。


「減損テストでは」


「将来キャッシュフローを予測します」


ホワイトボードに書く。


将来キャッシュフロー

割引現在価値


「将来の利益を」


「現在価値に割り引く」


「それが帳簿価額より低い場合」


「資産価値は回復不能と判断されます」


女子社員たちは

完全に聞き入っている。


その理由を佐伯は知っている。


会計が分かりやすいからではない。


声の調子だ。


低く、落ち着いて、

少しだけ柔らかい。


この声で話すと、

人は安心する。



佐伯はホワイトボードの端を見た。


そこには


剛田


と書かれていた。


そして


小さく


毛根


と。


佐伯の眉が、ほんのわずか動く。



彼は女子社員に言った。


「例えば」


「価値の回復が見込めない資産を」


「無理に維持すると」


「企業は疲弊します」


「だから」


「会計は」


「現実を早めに認識する仕組みなんです」


女子社員が小さくうなずく。


その目は、完全に佐伯を見ている。



佐伯はペンを置いた。


そして、ふと剛田を見た。


その視線は、

ほんの少しだけ厳しかった。


「資産というものは」


「いつか価値が下がる」


「それを認めるのは」


「簡単ではありません」


彼は静かに笑った。


「でも」


「それを認めるところから」


「経営は始まるんです」


女子社員の一人が小さく言った。


「佐伯さん……」


「講義、すごく分かりやすいです」



佐伯は少し照れたように笑った。


「ありがとうございます」


「でも」


「会計は冷たい学問じゃありません」


「むしろ」


「企業を守るための学問です」


彼はホワイトボードを軽く叩いた。


「現実を見ないと」


「会社は壊れます」



その瞬間だった。


町田が口を開いた。


「なるほど」


「減損ですか」


佐伯

「はい」


町田

「ただ」


「品質保証の世界では」


「少し違います」


佐伯

「違う?」


町田は剛田を指した。


「この人」


「もう減損してるんです」


会議室が一瞬静まり返る。


町田は続けた。


「だから今」


改善してるんですよ



佐伯の笑顔が


ほんの一瞬だけ止まった。



田辺が小声で言った。


「……あれ」


「なんか」


「会計と品質が戦い始めましたよ」


後書き(佐伯視点)


減損の講義は、

普段はもう少し静かなものです。


設備投資や工場設備、

ブランド価値の評価などを扱うのが普通ですから。


しかし今回の会議では、

思いがけず


品質保証課の改善活動


と出会うことになりました。


会計は現実を認識する学問です。


一方で、

品質の世界は現実を変えようとする学問です。


どちらが正しい、という話ではありません。


ただ、その二つが同じ会議室でぶつかると、

なかなか興味深い議論になるものですね。


さて。


今回の講義、

少しでも参考になったでしょうか。


もしよろしければ、

皆さんのご感想も聞かせてください。


講義というものは、

聞いてくれる人がいてこそ完成するものですから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ