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これはきっと、恋じゃない ーある日、異世界の聖女が召喚されて。ー  作者: はなぶさ
※アルファド視点

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7

「しかし、聖女召喚については神官長も賛成されたはずでは?」


そうでなければ聖女召喚が実行されたはずがない。

殿下はしっかりと根回しをしたはずだ。


「ええ、そうですね。確かに賛成しました。

しかし、それは各地に流行の兆しを見せていた疫病のことがあったからです」

確かにそうだ。それを建前にして聖女召喚はなされたのだから。


「―――――各地の浄化を終わらせたなら聖女様はあちらの世界にお還しするという、そういう話だったのです。それならば召喚もやぶさかではないと、同意しました」


「……は?」

初めて耳にした話に間の抜けた声が漏れる。

少なくとも大神殿ではそういう話になっていたのだと神官長は続けた。


「しかし、聖女召喚がなされたその後は、騎士殿もご存知の通りです。リディアは聖女候補から外され、聖女様はいつの間にかこちらの世界に留まることになっていました。そもそも、聖女様を元の世界に戻す方法があったのかどうかも怪しいですね」

神官長は暗に、殿下に嵌められたのだと、そう言いたいのだろう。

しんと静まり返った廊下に、それぞれの息遣いだけが響いている。

「……さて、私はそろそろ戻りませんと。貴方も聖女様の様子でも見に行ってあげたらどうですか? 体調を崩されているというお話でしたし」

やがて、ぴんと張り詰めた空気を神官長の柔らかな声が破る。

これで終わりだとでも言うように緩やかに背中を向けた。

これ以上は何を言っても無駄なのだろう。ここまで話ができたこと自体、奇跡に等しい。

「ところで騎士殿、」

自分もこんなところで時間を潰しているわけにはいかないと、神殿騎士に目礼し、その場を去ろうとしたところで背後からかかる声。

振り返れば、

「リディアはこれからも、聖女様の代わりとして駆り出されることになると思いますよ」

いつもと同じ、柔和な笑みを浮かべた神官長がそこに居た。


先ほどまでそこにあった冷淡な顔が、まるで幻だったかのように思える。

どちらが、彼の本当の顔なのだろうか。


「……それは、どういう意味ですか?」

「そのままの意味です。人間の本質というのはなかなか変えられないものですからね。聖女様は外見だけでなく、内面も幼い。心のままに振舞うことはある意味では美点でありますけれど、そのことによって被害を受ける人間が居るということです」

「……」

「先ほど貴方も仰っていたでしょう。リディアという代役が居るからこそ聖女様は休息がとれるのだと」

仰る通りです。と微笑を深めた、ような気がした。

「……どうにかできないのですか?貴方にはそれができるのでは」

「私は、ただの神官長です。それほどの権限は持ちません。組織というのはそういうものでしょう?」

一人の力ではどうにもならないのですよ。と続ける。


「それに、リディアがここに居られるのは聖女様の代役を務めることができるのはあの子だけだからです。

聖女様の代わりを果たすことができなければ、あの子はその存在意義を失います」


その言葉を合図に、神殿の奥深くへと戻っていく神官長。

きつい言葉だと思った。だが、反論できるほどのものを持ち合わせていない。

聖女候補から外されて、この大神殿を出されるはずだった彼女をここに留め置いたのは神官長に他ならないのだから。


誰もが、リディアは自分の意思でここに残ったのだと思われているが、果たしてそれが真実なのかどうかは分からない。


神官長は、一体、どこまで知っているのだろうか。


殿下によれば、神官長は聖女候補たちの世話役も兼ねていたのだという。であるならば、幼少期に神殿へ入る彼女たちの育ての親と言っても過言ではないはずだ。

重ねて、この大神殿の中枢を担う人間でもある。


恐らく、禁域まで足を踏み入れることのできる数少ない人間だろう。

大神殿の禁域に隠されていた黒い書物。あの存在も知っていたに違いない。


そんな彼が、聖女候補達が命を落とす、その理由を知らないとは思えない。


*



「……神官長、ね。彼は確かに食えないよねぇ」


祈りを捧げたリディアと少し話しをしたのだと、殿下は大神殿の前の大階段に腰を降ろした。

今現在、殿下の護衛を任されている昔からの顔馴染みが少し離れたところで眉間に皺を寄せている。殿下のような高貴な方が、地べたに座ることを良く思っていないのだろう。その気持ちは俺にも分かる。

「だけど、神官長は聖女候補達を大切にしていたよ。彼が幼い聖女候補を膝に乗せて、絵本を読んでいた姿を見たことがある」

懐かしんでいるのか、少し遠い目をした。

「彼がそうしていると、神話の一説のように何とも幻想的な光景だったよ。神官長は美しいよね……腹の底で何を考えているのかは未だに分からないけど」

殿下は、小さく鼻を鳴らして空を仰いだ。それは、疲労感を伴う仕草だった。


「神官長は、今後もリディアが聖女様の代役を務めることがあるだろうと言っていました」

「……ああ、そうなんだ」


双眸を細めた殿下がたてた膝に肘を載せ、そこに頬を置いた。何か、策を講じている最中だろうか。


「アルファド、君、リディアに何かが起こったらどうする?」

「……何か、とは?」

「不測の事態というやつだよ」

それはつまり、彼女の場合「死」を意味するのだろうか。


「そうならないように彼女をここから連れ出します」

「そうだろうね。君ならそう言うかと思ったけど……もし、間に合わなかったら?」

大神殿の守りは強固だからね。君が彼女を連れ出すことは、きっと叶わないよ、と殿下は笑った。

しかし、愉快そうに笑っているわけではない。どこか苦しそうな、どこか歪んだ笑みだった。


「後を追うかい?」


それが一番楽だよ。ぽつりと落とされた言葉は、実感の篭った声だった。

リディアを失うことなど考えたくもない。

きっと、耐えられないだろう。彼女がこの世界のどこにも存在していないなど、考えることさえ恐ろしい。

身を裂かれるような苦しみを味わい、発狂するほどの悲しみを覚える。


文字通り、死ぬほどの苦しみを味わうことになるだろう。

だから、そうだ。殿下の言う通り、後を追うほうが良いに決まっている。


「―――――それでも、俺は……彼女を追うような真似はしませんよ」

搾り出した声が、はっきりと意思を示すことができたか分からない。

己に課された義務と責任を果たすべく、俺には命を絶つことなど許されないだろう。忠誠を誓った。忠義を果たすのだと胸に刻んだ。

もしも、この命を捧げることでリディアが助かるというのなら喜んでそうする。だが、そうはならないことを知っている。

命の使いどころというのがあるのであれば、それは恐らく、殿下の為だ。

この方に命を捧げると誓ったのだから。


リディアの後を追うということはすなわち、無駄死にと同じなのだ。

そんなことはできない。

だから、心は全てリディアに預けたいと、そう思ったのだ。


つまり、リディアを失うということは、心を失うことだ。


「生きる覚悟を決めているなら、僕には何かを言う権利はないけどね。それは……地獄だね。そんなのは、地獄だよ。でも、君には、地獄を生きる覚悟があるんだね」


そうだ。

本当に恐ろしいのは、彼女を失ったとしても、生きていかなければならないということなのだ。

その暗闇を思うとき、俺は、どうしても正気を保っていられるような気がしない。


それでも、後を追うという選択肢はない。


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