第7話「執事の所有権を巡る協定」
舞い散る紙吹雪――元・辞表を背景に、俺は三人の王子に詰め寄られていた。
この状況で「はいそうですか」と引き下がる彼らではないことは分かっていたが、その反応は俺の予想を遥かに超えていた。
「役に立たないだと? 誰がそんな戯言を言った?」
テオドールが俺の両肩を掴み、揺さぶる。目が血走っていた。
「貴様がいなければ、私は一日中頭痛で寝込むことになる。国の政務が停滞するぞ。それは国家への反逆と同じだ」
すごい理屈を持ってきた。俺の退職が国家反逆罪になるとは。
「俺もだ!」
レオナルドが背後から俺を抱きすくめる。拘束具のように力強い。
「お前がいねぇと、俺は訓練場のカカシを全部ぶっ壊しちまう。修理費がもったいないだろ?」
それはあんたが自制すればいい話だ。
「合理的ではありませんね」
ウィリアムが壊れた眼鏡を直すような仕草(実際には壊れていない)で冷静を装いながら、俺の手を両手で包み込んだ。手汗がすごい。
「ルシアン、君は自分を過小評価しています。君はこの王城という精密機械の潤滑油であり、我々の……精神的な支柱なのです。辞めるなどという選択肢は、物理的にあり得ません」
三者三様の言い分だが、要約すれば「お前がいないと無理」ということだ。
俺は深いため息をついた。
「ですが殿下、私はただのベータの執事です。皆様のような高貴な方々に、これほど構われるのは分不相応です。それに、周囲の目も……」
「誰だ」
テオドールが低い声で遮った。
「貴様を白い目で見る馬鹿は誰だ。今すぐ処刑してやる」
「いえ、そういう物理的な排除の話ではなく」
話が通じない。
彼らはもう、理性的な判断ができなくなっている。フェロモン過多とストレス、そして俺という「鎮静剤」への依存が、彼らのタガを外してしまったのだ。
「ルシアン」
テオドールが、今まで見せたことのないような真剣な表情で俺を見つめた。
「貴様が辞めたい理由は、我々の『奪い合い』が迷惑だからか?」
図星だ。
俺が少しだけ眉を動かしたのを、彼らは見逃さなかった。
「……そうか。やはりそうか」
ウィリアムが納得したように頷く。
「我々が個別に君を独占しようとするから、君に負担がかかる。ならば、答えは一つですね」
三人が顔を見合わせた。
嫌な予感がする。兄弟間で何か、恐ろしい合意が形成されようとしている。
「協定を結ぶ」
テオドールが宣言した。
「ルシアンを誰か一人の専属にはしない。だが、手放しもしない」
「一週間のスケジュールを三等分する」
レオナルドがニヤリと笑う。
「月曜と木曜は兄貴、火曜と金曜は俺、水曜と土曜はウィリアムだ」
「日曜は休息日……といきたいところですが、緊急時対応としてローテーションを組みましょう」
ウィリアムが補足する。
「ま、待ってください。私の意見は?」
「却下だ」
三人の声が重なった。
「貴様には拒否権はない。その代わり、給金は三倍……いや、十倍にする。王族の特権も一部与えよう。住居も城内の特別室に移れ」
外堀も内堀も、一瞬で埋められた。
俺は呆然と立ち尽くす。
辞表を出して逃げるはずが、逆に彼らの「共有財産」として厳重に管理されることになってしまったのだ。
「さあ、ルシアン。今日の当番は私だ。執務室へ行くぞ」
テオドールが俺の手を引く。
レオナルドとウィリアムは不満そうだが、協定に従って道を譲った。その目は「明日は俺の番だ」とギラギラ輝いている。
俺は天を仰いだ。
ベータとして平穏に暮らす夢は、今日、完全に潰えた。
ここから始まるのは、最強のアルファ兄弟による、甘く激しい監禁(管理)生活だ。
俺の明日はどっちだ。




