第13話「最強執事の幸福な籠」
季節は巡り、春が来た。
王城の庭園には花が咲き乱れ、風には穏やかな香りが乗っている。
相変わらずアルファのフェロモン濃度は高いが、以前のような殺伐とした空気はない。
なぜなら、その発生源である三人の王子が、極めて精神的に安定しているからだ。
「ルシアン、午後のお茶にしよう」
庭園のガゼボで、テオドールが手招きする。
「はい、ただいま」
俺はワゴンを押して彼らの元へ向かう。
テオドールの膝には、なぜかレオナルドが寝転んでおり、ウィリアムはその横で読書をしている。
奇妙な兄弟仲の良さだ。その中心には、常に俺がいる。
「今日の茶葉はダージリンです。レオナルド様にはクッキーを多めに」
「おう、サンキュ」
レオナルドが起き上がり、クッキーを齧る。
「ルシアン、座れ。私の隣だ」
テオドールが当然のように自分の隣の席を指す。
「ウィリアム様、資料の整理は終わりましたよ」
「ありがとうございます。では、この後の時間は私にいただけますね?」
彼らは俺を共有するためのスケジュールを、驚くほど緻密に守っていた。
「ルシアン協定」と呼ばれるそのルールブックは、今や王国の法律よりも厳格に運用されている。
俺は彼らの間を行き来し、頭痛を癒やし、興奮を鎮め、安眠を提供する。
そして彼らは、俺に有り余るほどの寵愛と、物理的な富と、そして権力を与えてくれる。
「最近、他国の王族から縁談が来ているのだが」
テオドールが紅茶を飲みながら言った。
「全て断った。『私にはすでに心に決めた相手がいる』とな」
「俺もだ。剣の試合に勝ったら考えてやるって言ったら、誰も寄り付かねぇ」
「私は『私の伴侶になるには、古代魔術語の解読が必要です』と言っておきました」
彼らは顔を見合わせて笑う。
その視線は、一点に――俺に向けられている。
俺は呆れたように首を振った。
「皆様、王位継承はどうされるおつもりですか」
「誰がなってもいい。ただし、ルシアンを執務室に置くことが条件だ」
「城のどこにいても、俺たちの部屋に通じる隠し通路を作ろうぜ」
馬鹿げた会話。
でも、それが心地よい。
俺はベータとして生まれ変わった。
特別な力などない、ただの執事だと思っていた。
けれど今、俺はこの国で最も強く、美しく、そして厄介な三人の男たちを手のひらで転がしている。
これを「最強」と呼ばずして何と呼ぶだろう。
風が吹き、俺の前髪を揺らす。
三人が同時に手を伸ばし、俺の髪を直そうとする。手がぶつかり合い、また小さな小競り合いが始まる。
俺はその様子を眺めながら、淹れたての紅茶の香りを深く吸い込んだ。
ここはフェロモンの吹き荒れる王城。
そして、俺にとっての、騒がしくも愛おしい「幸福な籠」だ。
俺の平穏は訪れなかったが、それ以上に退屈しない日々が、これからも続いていくのだろう。
「さあ、お仕事の時間ですよ、殿下たち」
俺の声に、三人が同時に振り返り、満面の笑みを向けた。




