旅立ちの日は安息日
「聖バルト神聖国第七騎士団第三大隊所属、コヨーテ隊小隊長のオーヴァンです」
「プラーニャ・フォン・ベントハイムです。この度はユークリッド辺境まで
長旅になるかと思いますがよろしくお願い致しますわ」
早朝ユークリッド辺境に向けて王国からの迎えがきた。もちろん表向きはだが。
補給で立ち寄る予定の町で私そっくりに変身した影武者と入れ替わる予定だ。
疫病の流行っている場所に代わりに行ってもらうのは申し訳なく思っていたが
その人はそういう事を生業にしているプロらしく
(この世界では珍しくないらしい)
お金次第でどんな環境でも請負いしぶとく生き残るらしい。
(それでも気持ち的にはいい気分では無いが割り切るしかないわね)
私は丈夫な革のドレスにお母様からプレゼントして貰った羽と花を誂えた
大きな帽子という旅用の出で立ちで彼らを出迎えた。
「お久しぶりですプラーニャ第三公女殿下、前にお会いしてから10年ぶりでしょうか?
大きくなられましたね。とても立派な淑女になられた」
「オーヴァン小隊長、お久しぶりですね。あの時はまだ幼い子供でしたから。
こんな形で再会したくは無かったのだけど・・これからよろしくお願いします」
私がそう言うとオーヴァンさんはちょっと気まずそうな顔を浮かべる。
オーヴァンさんは小さい頃にお祖父様に連れて行ってもらった武術大会で会った
事がある。確かあの時は惜しくも5位だったはずだ。
5位とは言え2000人規模の武術大会での5位は相当な実力者であるのは
間違いない。私の顔見知りが来たという事はお祖父様が手を回したという事
だろう。
「プラーニャ様先に部下を紹介しておきます。今回の護送を担当する5名です」
話題を変えたかったのかオーヴァンさんの部隊の団員を紹介してくれた。
私の性別に配慮して5人の内2名は女性騎士が選ばれている様子との事。
漫画や小説の世界じゃないので、道中はお手洗い問題や月のものが突然くるとも
限らいないのだ。これはありがたい配慮だった。
さて今回は事情が事情なので屋敷の裏庭からの出発になるので、裏庭の木陰で
オーヴァンさんと出発時間まで装備の確認と旅の道中の補給場所など軽い
打ち合わせをしておく。
最期の細かいチェックをしていると、背後からサクサクっと芝を踏んで
私に近づいてくる気配がしたので振り返えると、意外な人物が立っていた。
「お兄様?どうしたのです?こんな朝早くに?私になにか用事ですか?」
「何か用事ですか・・・・・か。一体俺を何だと思っているのだお前は。
妹が僻地に今日旅立つという時に別れの挨拶に来てくれたとは考えられないのか?」
私の言葉を聞いて少し不機嫌そうになったのは一番上の兄『フェルディナント』
彼と私とは5年前に大喧嘩をしてから今もちょっとアレなのだ・・・
だからつい、いつも通りちょっと突き放した言い方になってしまった。
私が黙っているとお兄様は、気を取り直して隣に立っている秘書の男性に
目配せをすると、秘書さんは持っていた小楯と鞘に入った小剣を取り出して
お兄様に渡した。どういう事だろうか?
「お前に選別だ。北の地は危険な場所と聞く。護衛の騎士は常にいるとは思うが
罪人として発つのだ。それほどの人は割けないだろう。
万一の場合自分の身を自分で守れるよう、お前にも扱えるくらいの取り回しの
し易い軽い素材の武具を用意した。受け取れ」
「え?でも・・・・」と小隊長に目線を送る。
お兄様の気持ちはありがたいけど、私はあくまで罪人なのだ。
武器を携帯してもいいものかどうかと、当然疑問だったのだが意外にも
小隊長は快諾してくれた。
「北の地はフェルディナント様の仰るように少々在危険な土地です。護身用程度の
武器であれば問題御座いません」との事だった。
オーヴァンさんはにこやかにそう言うがきっと小娘一人逃げ出そうとしても、
その程度の武器で撒ける程やわな鍛え方はしていないと暗に言われている気が
する。という事でありがたく受け取る事にした。
「ありがとうございますお兄様、大事に使わせていただきますね」
「ああ、お前には幼き頃より剣術を教えてきた。お前ならそこらの盗賊程度
返り討ちに出来るだろう。それにその剣は軽いだけではない。特別製なのだ。
だから肌身離さず持っているといい」
そう言うとお兄様は颯爽と去っていった。あれでもきっと心配してくれているんだろう
私は彼の去っていく後ろ姿に恭しく一礼した。
朝6時のを告げる教会の鐘が遠くの方から『カーーンカーーン』と聞こえてくる。
時間だ。
小隊長が私に視線を送り頷いて来たので、私も頷き返すと後ろに裏庭のドアが
ガチャリと開かれる音がした。
数人のメイドと執事が見送りに外に出てきてくれたようだった。
裏庭とは言えあまり屋敷の人間がゾロゾロと出てきては、目立ってしまうので
建物の陰で収まる程度の人数だった。
あら?でもアリスの姿が見当たらない?私に何年も仕えてくれたアリスなら見送りに
参列してくれていると思ったのだが、居ないみたいだ。
何かあったのだろうか?ちょっと違和感を覚えながら、建物を見上げると
お父様とお母様、お祖父様までこんな朝早くに関わらず2階の窓から見送って
くれていた。
皆精一杯の笑顔で手を振ってくれていたので、私もスカートの端を持ち上げ
カーテシーで応えることにした。
すっと二階の両親に視線を戻すと、視界の隅に2階の廊下を走るアリスの姿が
見えた。随分忙しそうに走っていたが一体どうしたのだろう?
最期の挨拶したかったなと、少ししょんぼりしていると、オーヴァンさんから
「時間です」と声をかけらたので、気を取り直して「参りましょう」と
彼から差し出された手を取って馬車に乗り込んだ。
馬車の小さな窓から顔を出し、小さく手を振ると皆も泣きながら振り返して
くれた。私は心の中でありがとうと感謝の気持ちを何度も呟やいていた。
やがてゆっくりと動き出した馬車は屋敷の裏口の門を出るとやがて大通りに出た。
早朝だからかほとんど人影は無いが、今日は安息日という事もあってか
教会に向かう人の姿がチラホラと見かけるようになってきた。
私は流れゆく街を歩く人たちを馬車の窓から横目で見ると、ぼんやりと今後の事を
考えていた。もう過去は変えられない。どうせこれから旅は長いんだ。
新天地でどう生きるかしっかり考えておこう。




