旅の支度と家族の会話
「ちょっとアリス!ドレスはいらないわ。王都のお茶会に行くわけじゃないのよ?」
「ですがお嬢様、淑女の嗜みとしてドレスの1着くらいは必要かと」
お祖父様とのお話しが終わって部屋から退出した後、私は大急ぎで旅支度を始めた。
なんせ明日の早朝には王宮より随伴の騎士が迎えに来るのだ。
長旅用の頑丈で大きめの革製のトランクを広げて、準備していると幼い頃から
私に仕えている専属メイドのアリスが手伝いを買って出てくれたのだが・・・
この子意外と頑固なのよね。
アリスは白髪碧眼で、銀縁眼鏡をクイっと上げる姿が良く似合うサバサバ系美女なのだが
こんないかにも私仕事できますっていう見た目の癖に、昔から私の事となると
周りの事が見えなくなり、たまにこうやって私を困らせることがある。
私としては寒冷地に向かうのだから防寒着を準備して欲しい所よね。
これには先程顔を出してくれたメイド長のローズも頭を抱えている。
「プラーニャ様、申し訳ございません。ですがアリスの言っている事も一理あります。
仮にも公爵家の御令嬢ともあろう御方が、ドレスの一着も無ければ貴族の名折れ。
ここはひとつ荷物にならない程度のシンプルなドレスに、寒冷地ですから
カーディガンも一着ご一緒にお入れするのはいかがでしょう?」
メイド長のローズが妥協案を提示してくると、我が意を得たりとばかりに
アリスが食い気味に直立不動で首を縦に振っている。
まったくこの子は・・・・
でもまぁ確かに実質的には罪人として赴くとは言え、体裁上は領主として
着任するのだから、必要な場面は出てくるかも知れないか・・・
まぁシンプルなものなら一着くらいはあってもそれほど荷物にならなわね。
とか考えてる間に2人とも既に服を綺麗に畳んでトランクに詰めている。
「ふー・・・まあいいわ。あとはそうね、寒冷地用の厚手の防寒服を用意して
ちょうだい。あとはブーツとかも欲しいわね」
「はい、大至急朝までに準備するように衣装係に言い付けておきます」
私達は手分けして次々と必要そうな物を準備しては、梱包し明日乗り込むことに
なる馬車に運び込んでいく。
これからは公爵家の力の及ばない地にいくのだ。物資はいくらあってもいい。
やっとの思いで準備が一通り終わると、日はすっかり暮れていて私の私室の窓から
外を見れば真っ赤に染まる夕暮れが公爵邸を優しく照らしていた。
「ああ、この窓から見る景色も今日で最後なのね・・・」と思わず呟くと
後ろでグスグスっと鼻をすする音が聞こえてきた。
驚いて後ろを振り返るといつの間にか集まったのか、私を慕ってくれていた
メイド達がいつの間にか集まっており、皆顔をくしゃくしゃにして
泣きべそをかいていた。
「ど、どうしたの皆集まって・・・・・」
「「お嬢様」」「「プラーニャ様!」」「「私達」」
「「「お嬢様にお仕え出来てとっても幸せでした!!」」」
正直驚いた。
みんな私との別れを惜しんで泣いてくれている。
そうか。確かに私は人として一度道を踏み外してしまったけれど、屋敷で
働く皆には、少なくとも泣いてくれるほどには好かれていたらしい。
その事実に不覚にもぐっと来てしまい、気づけば駆け出していた。
私はその場にいた全員とハグ交わし、溢れそうになる涙をぐっと堪え
出来るだけ精一杯の笑顔で一人一人にお礼を言った。
きっとその姿は貴族にふさわしくない、はしたない姿に見えた事だろう。
でも貴族だって人間だ。
別れの日くらい、こんな日があったって罰は当たらないだろう。
そうやってしばらく皆で別れの挨拶をしていると、開け放っていた部屋の
ドアの向こうに誰かが立っているのに気づいて目をやれば、いつからいたのか
お父様がお母様の肩を抱きながら遠慮がちに見守ってくれていた。
2人は私の視線に気づくとおずおずと私達に近づいてくる。
メイド達も2人の存在に気づくと、皆伏し目でスカートをつまむと
まるで干潮時の波の様にサーっと人波が引いて行きそのまま静かに
ドアに向かい1人ずつ丁寧にカーテシーで挨拶してから退出していった。
さすが長年訓練されたメイドは空気をキチンと読んでくれる。
部屋に私達家族だけになると、すっと駆け寄り三人でぎゅっと抱き合った。
こうやって抱き合うなんて何年ぶりだろう?
2人の温もりに包まれ私は絶対的な安心感に包まれる。
お母様のふくよかなで大きな胸に安らぎを、お父様のがっしりとした
胸板から力強さをしっかりと全身で感じる。
言いたい事はたくさんあった。
「生んでくれてありがとう」とか「今まで育ててくれて感謝してます」とか
「迷惑をかけてごめんなさい」とか「もう会えなくて寂しいです」とか
私の胸に様々な言葉が去来するが、こうやって抱き合ってしまえば
全て言葉にせずとも不思議と2人に全部全部伝わっていると確信できる。
両親もそう思っているのか、何も言わないでしばらく抱き合っていた。
「さっプラーニャ、お腹が空いたでしょう?今日はシェフにとっておきの
料理を用意させたわ。一緒に食べましょう?」
「はいっお母様!」
「ふふっ実はね、私もさっきまで貴女の大好きなアップルパイを焼いていたのよ。
食後にみんなで頂きましょうね?」
「まあ!お母様の作ったアップルパイ!とっても楽しみです。
ふふっ今日はちょっと食べ過ぎてしまいそう」
「いいさ。今日くらい。みんなでお腹いっぱい食べよう」
そうやって皆真っ赤な目をしながら3人で仲良くダイニングルームに向かった。
これがもしかしたら最後の晩餐になるかも知れない。
今日の事を絶対に忘れないようにしっかりと胸に刻もう。




