偉大な祖父
「プラーニャか?入りなさい」
ノックをすると扉越しにお祖父様の少ししゃがれた威厳のあるお声が聞こえてくる。
あの子供の頃から馴染みのある大好きなお声も今はちょっと怖い。
深呼吸をひとつして書斎の重厚な扉を思い切って開け放った。
「遅くなりました。プラーニャ参りました」
「ふむ、ちょっとそこに掛けて待っていなさい」
お祖父様は執務机に腰をかけ何か書簡を書いていた様で、私をチラリと見てから
すぐにまた目線を落とし筆を走らせた。
静かな書斎にサラサラと万年筆の音だけが静かな室内に響く。
邪魔にならないよう、言われた通り応接用の革製のソファにそっと腰をかけた。
静かな室内にザーザーと振っている雨が窓を叩き遠くで雷鳴が聞こえる。
夏の終わりとは言えまだまだ暑いこの季節、室内は少し蒸していて
私は少し汗ばむほどだったがじっと堪えて待っていた。
5分程たっただろうか?筆の音がピタリと止まると、お祖父様は流れるような
動作でその書簡を折り蝋封を押すと傍に控えていた侍女に無言で手紙を渡す。
侍女頭のアリエッタも黙って手紙を受け取ると、そそくさと退室していった。
お祖父様は眼鏡を外し白いお髭を一撫でしてから執務机からイスから立ち上がり
私の座っているソファの真向かいに座るとすっと優しそうな眼差しに変わる。
「呼びつけておいて待たせてしまったね。すまない」
「いえ・・・」
「さてプラーニャ、今回の件ラーズより聞き及んでいるぞ。マリエッタ嬢を罠に嵌め
危険に晒したとか?」
「は・・・はい。言い分け次第も御座いません。このプラーニャ如何様にも処分を
受け入れる覚悟で御座います」
お祖父様のいつもより少し硬い声色に委縮してしまい、呼吸が浅くなり
視界も少し暗くなる。くっ情けないわねプラーニャ。
間違いなく自分が仕出かしたことなんだ。せめて現実と向き合わなくては。
前を向け。それが今私に出来る唯一の誠意なのだから。
「落ち着きなさいプラーニャ。別にお前を叱責しようという訳ではない。
むしろお前が罪を犯してしまうほどに自分を追い込んできた事に気づけなかった
私達家族にも責任があるのだ」
「そんなこと・・・!!」
私の強がりを知ってか知らずか、お祖父様はそんな優しい言葉を掛けてくれた。
いつもお優しいお祖父様とは言え青い血を持つ貴族なのだ。
きっと罵倒され排斥され断罪されるのものと覚悟を持っていたのに、予想に反して
心の中が温まるような、今心から欲していた言葉を貰えて目に涙が溜まっていく
のがわかってギリギリの所で踏みとどまった。
前世の記憶を思い出したとはいえ、これまでこの世界で生きてきた記憶はしっかりと
生々しくある訳で・・・・。
ゲームの世界だからとかもっと早く思い出していればとか割り切れない気持ちがあった
私は事実、恋をしていたのだ。
あの日、アルスラーン様に会った忘れもしないあの日。
お父様からの御引き合わせの機会を頂き、お茶会に招かれた日から
私の人生に色が生まれた。
政略結婚の為とかお家の為とかそんな事を考えていたはずなのに、
一目見てそんな事はどうでも良くなってしまうほどに、私は魅了されてしまった。
陽の光を浴びてキラキラと黄金色に輝くまるで絹の様に滑らかな髪。
宝石のように美しい琥珀色の瞳は、まっすぐに信念をもった眼差しで
自信に溢れるその笑顔は人々を引き付けるカリスマ性を感じる。
会えば会うほど、話せば話すほどにその誠実な性格と、細やかな気遣い
私に注がれる穏やかな瞳は、この人になら私の人生預けても惜しくない。
一生を掛けて尽そうと本気でそう思った。
なのにあの日あの子に会ってからすべてが変わってしまった。
あの人の横に立っている時の彼の、私には見せない横顔の表情、笑顔、仕草。
その一つ一つに心底嫉妬し、妬み、恨み、身を焦がした。
日が経てば経つほどに、あの人と彼が会っている日が増える程に
躰の奥から湧き上がる醜くドス黒い感情は徐々に抑えられなくなっていた。
自分自身が怖くなるほどに!!
ああ・・・・今日あの場で切り殺されてしまえばどんなに楽だったろうか?
愛しの君、アルスラーン様にあのような軽蔑の眼で見られるくらいなら
いっそ・・・・!!
気付けば私は赤裸々にお祖父様に事の顛末を洗いざらい話していた。
私は顔を覆い抑えきれなくなった感情を涙で溢れさせると、ポタリポタリと
涙が指の隙間から伝って太ももに落ちていく。
そんな血の気が引いて冷たくなった肩を、お祖父様が暖かい手で抱いてくれる。
過呼吸で周りが見えなくっていて気づかなかったが、お祖父様が
いつの間にか隣に来て黙って寄り添ってくれていた。
「プラーニャ、そこまで自分を追い詰めるまで気づいてやれなくてすまなんだ。
儂は戦争に明け暮れ、孫の大事な時に傍にいてやれなかった。
全部儂のせいだ。許しておくれ・・・」
「お祖父様・・・・・!!」
私は小さい子供がイヤイヤをするように小さく首を振る事しか出来なかった。
情けない。
私にはこんなにも暖かい家族がいるというのに、私は受け止めてくれるなんて
露ほども思っていなかった。
そうだ。泣いている場合では無い。
私は私を大事に思っている家族に報いることができるよう、どんな場所だろうと
逞しく生きよう。
でも今は・・・今この時だけはお祖父様の優しい胸で泣かせて欲しい。




