狙われた公爵令嬢
屋敷を出てから既に三時間、王都の東のはずれまで馬を走らせていた。
「ねえイングヴェイ、王都からもかなり離れたし人通りも無くなったわ。
そろそろ今朝話していた件、聞かせて貰えないかしら」
イングヴェイは周囲を見渡して人がいないのを入念に確認する。
彼はリンデマンと違い、昔から用心深くあるがこんな田舎でそんなに警戒するほど
人に聞かれたらまずい話なのだろうか?
「大丈夫そうですね・・・・。これはライゼン様の隠密諜報部隊である
『穴もぐら』からの情報なので確かな情報なのですが、どうもお嬢に
追手が掛ったようでしてね」
「プラーニャ様に追手が?一体何故?不本意ではあるけれど、お嬢様は
王による刑が確定し東へ移送中の身でしょう?逃亡している訳でもないのに
追手がかる意味がわからないわ」
「落ち着いて話は最後まで聞いてください。リーレ伯爵とゴドルフィン公爵に
不審な動きがあると言ったと思いますが、追手を放ったのは恐らく
リーレ伯爵です。
しかも地元で悪名高い傭兵集団『ルーフレス』を雇ったらしいのですよ」
ルーフレス・・・。何度か耳にしたことはある。
傭兵とは名ばかりの悪党で要人暗殺を請け負ったり、地上げや用心棒と称した
みかじめ料の徴収、果ては禁止薬物の密輸に人身売買までしている無法者集団。
確か西方の言葉で『冷酷』とか『無慈悲』って意味だったかしら。
「お嬢様を狙う目的は何なの?」
「いえ、そこまでは”穴もぐら”もまだ調査中のようですが、まあ良からぬ事
なのは間違いないでしょうね。いずれにせよ彼らがまだ動き出さない内に我々が
先んじてお嬢の元へ向かい保護せよとのお達しです」
「それならお嬢様が発つ前に止めれなかったの?」
「この情報が齎されたのがお嬢様が発ってからの事でしたので、見事にすれ違いに
なってしまったという訳です。とは言え仮に事前にわかっていたとしてもあまり
表立って動く訳にはいかなかったでしょうけどね」
そうか。王が一度下した裁決に対し事情があるにせよ当のベントイム家で
保護するとなれば王の面子を潰すことになる。
かと言ってゴドルフィン公爵達の件を糾弾しようにも証拠が無ければ、
逆に不敬罪でこちら側の立場が危うくなる。
であれば王都から離れている所で合流した方が、こちらとしては都合がいいのね。
「話はわかったわ。どちらにせよ早くお嬢様に追いついてお護りして
差し上げねばならないわね」
「そういう事です」
そういう事ならこの2人は打って付けだろう。
幼い頃からライゼン様より直々に鬼のように厳しい戦闘訓練を受け
現在ベントハイム家有する天秤騎士団の中でもメキメキ頭角を現している
次代のエースと言われるほど成長したと聞いている。
何より二人は私の幼馴染でもある。いざという時連携もしやすいだろう。
「エボニー村まで後30分って所か。この先の街道の分岐点を左だろ?」
「ええ、エボニー村で影武者と入れ替わり、お嬢たちは北へ進路変更
しているはず。
だったらその手前から北へ向かえばかなりショートカットできますね」
「・・・ねえ待って。・・・あれ何かしら?道の脇にあるあれ」
「おお?確かに何かでかい物があるような・・・?地元の牛車か何かか?」
「ここからじゃ何とも・・近づいてみましょう、みんな警戒は怠らないで下さいね」
路外に転落?しているらしい物体を確認するためさらに進むと
段々と陰影がはっきりしてくるにつれ私の心のざわめきが大きくなっていく。
あれは馬車だ。
路外に転落した影響からか激しく損傷している。事故だろうか?
周辺警戒をイングヴェイに任せて、私とリンデマンで馬車の中を確認して見ると
私は息を呑んだ。
中にいたプラーニャ様そっくりの女性が血塗れになって事切れていたから。
でもプラーニャ様じゃない。残酷だけどお嬢様じゃなくて少しほっとした。
「おいおい・・本気かよ!?こりゃ入れ替わる予定だった影武者じゃねえか!
これも追手の仕業か?」
「プラーニャ様が危ないわ!」
「二人とも落ち着いてください。情報もなく闇雲に動いた方が余計に危険です。
まずは現場検証して何か手がかりがないか調べましょう」
何を悠長な事を!!と言い掛けて言葉を飲み込んだ。
イングヴェイが下唇を噛んでいるのを見てしまったから。
彼がこの仕草をする時は決まって平静装っているけど焦っている証拠。
私も逸る気持ちをグッと堪えて一緒に調べることにした。
「遺体の状態から死後2,3時間というところでしょうか。
死因は胸部への刺し傷。遺体に争った形跡無く一撃で葬られている事から
プロの犯行と見て間違いないでしょうね」
「やはりルーフレスの仕業か?にしても迷いなく殺している当たり、犯人の目的は
お嬢自体には無さそうだな。だとしたら一体なんだ?」
「彼女の持ち物が荒らされているわ。もしかしたらプラーニャ様が持っている
何らかの物を探しているのかしら?」
「いずれにせよ死を厭わない何者かに狙われているのは間違いなさそうです。
一旦エボニー村に行って何か情報が無いか探ってみましょう」
そうか。確かにプラーニャ様が偽物だったと気づけばエボニー村に馬車を襲った
賊が向かっている可能性は高い。
だとしたらエボニー村で今まさに会敵している可能性すらあるのだ。
「まだこの辺に賊が潜伏している可能性もあります。索敵魔法を展開しながら
出来るだけ急いで進みましょう」
イングヴェイが一緒で本当に良かった。
私だけであれば激情に駆られて闇雲にお嬢様を探し回っていたに違いない。
さあ、取り返しのつかない事になる前に急いで向かいましょう。




