専属メイド アリス・ベイカーは揺るがない
「本当にいいのかい?君の選んだ道はきっと棘の道だ。後悔はしないか?」
私アリス・ベイカーは本日付で長年仕えてきたラーズ公に暇を頂いた。
理由は至ってシンプル。
「はい。私は一生をお嬢様に捧げお仕えすると誓いましたので」
私がお仕えすべきお人はプラーニャ様を置いて他にいない。
私は前々からいつかこんな日が来るのではないかと危惧していた。
ある時を境にお嬢様はお変わりになられてしまった。
使用人達がいる前では普段と変わらない笑顔で接しておられたけど
ふとした瞬間に思いつめた顔をされるようになっていった。
ある晩ではトイレに起きてお嬢様の部屋の前を通った時には
押し殺したようなくぐもった泣き声が中から聞こえてくることもあった。
私はあの御方のそんな姿を見る度聞く度、心が締め付けられるようだった。
お嬢様が苦しんでいる時になんのお力にもなれない。
それが何より苦しかった。
お嬢様に出会ったきっかけは今から6年程前
私はあの日の事を生涯忘れないだろう。
今でも鮮明に思い出せる。
年の終わり、その年は例年よりすごく寒くて毎日雪が降っていた。
身よりの無い私は粗末な服を着てガタガタと震えながら、
楽しそうに手を繋いで家路に着く親子を見ては羨ましそうに眺めていた。
毎日のようにギャンブルに明け暮れ、物乞いをして何とか得た私のお金を
奪い取っていく父に嫌気がさしてある日家を飛び出した。
最初はパンを盗んだり、道端に落ちているお金を拾ったりして
何とか生きてこられたけど、連日続く寒波で風邪を拗らせてしまった
私は道端に倒れ込んでしまった。
こんな汚らしい恰好をしたガキを誰が助けてくれるだろう。
当然のように行き交う人々は見て見ぬふりをして通り過ぎていく。
段々と眠くなってきた私は幼いながらに死ぬんだと悟った。
どんどん視界が雪で埋め尽くされ、指先の感覚がなくなってきた
その時。
遠くの方で馬車のドアをバンっと閉じる音が聞こえた。
遠くから人影がザッザッザッザと足音を立てて近寄ってくると
その人は私をひょいと抱き上げた。
私はいよいよ天使様がお迎えに来てくれたのだと思った。
だってその人は彫刻の様な整ったお顔にキラキラ光る金色の髪、
そしてガラス細工のように透き通ったコバルトブルーの瞳はまさに
絵本で読んだ天使様そっくりだったから。
「プラーニャ様⁉一体何を!」
「この子をヘルマン先生の所に連れて行くわ」
「貧民街の孤児ですよ⁉わかっているのですか?」
「知ってるわ。だから何?」
朦朧とする意識の中で、そんな会話を聞いていた覚えがある。
次に目を醒ましたときは病院のベッドの上で、
その横にはベッドに寄りかかりながら寝ている彼女の姿があった。
後で御付きのメイドの女性と護衛の騎士さんが教えてくれた。
彼女はずっと一晩中私の看病をしてくれていたのだそうだ。
その後もプラーニャ様は元気になった私を孤児院に入れて下さったり
定期的に見に来てくれて、服やお菓子のプレゼントを孤児院のみんなに
持ってきてくれたり何かと世話を焼いてくれた。
ある時何故こんなに良くしてくださるのか聞いてみたら
「私は出来るだけ目の前で苦しんでいる人がいるなら助けて上げたいと思って
いるわ。偽善と他人はいうかも知れないけれどそれで助かる命が
あるのなら私は迷わない。
だってそのお陰でアリス、貴女がこうして生きていてくれているのだもの。
偽善と他人から罵られようと構わないわ。そう思えるのよ。」
と仰っていた。
この時から私の信仰する神様はプラーニャ様になった。
あの日あの時あの御方に救って貰わねば私の命は潰えていた。
ならばこの命、プラーニャ様の為に使おう。
そう人知れず誓った日から、孤児院の神父様にお願いして
プラーニャ様のメイドになる為毎日猛勉強した。
そして16歳の春にはプラーニャ様の口利きもあり晴れて
公爵家にメイドとしてお仕えできることが出来た。
それから2年の下積みを経てお嬢様の専属メイドに指名された時は
嬉しすぎて泣き崩れてしまった。
お嬢様は・・・プラーニャ様は私に全てをお与えくださった大切な方。
だからお嬢様が北の地へ赴くというのなら当然付いていくし
例え世界があの方の敵となるのなら、私はあの方の盾となり戦おう。
そこに一切の迷いは無い。
今日、プラーニャ様は北の地への旅立たれた。
無礼だとは思ったがあえてお見送りはしなかった。
何故なら私はお嬢様に付いていくともう決断していたから。
二階からお嬢様の姿が見えた時は駆け出したくなる気持ちをぐっと抑えた。
さぞ心細い思いをされているかと思う。
でもお待ちくださいプラーニャ様。
すぐに支度をして合流致しますのでそれまでしばしご辛抱を。
私はラーズ公に辞職の意を伝えると、荷物を持って厩に駆け込んだ。
事前に退職の御給金を当てて公爵家の馬を買い上げていた私は馬に跨る。
乗馬はお嬢様に付きあわされていたので心得がある。
「お、アリスじゃないか。馬なんかに乗ってどこに行くんだ?」
「イングヴェイ⁉それにリンデマンも!何故あなた方がここに?」
裏門から出発しようとした時に道すがら懐かしい2人に出会った。




