霧の巨人ポルックス
まるで雲海のような濃霧から這い出て来たのは朱い目を爛々と輝かせた巨人だった。
「あ・・・あの巨人は一体何!?・・・私達の馬車を追ってきているわ!!」
「たぶん霧のポルックスです!普通は高山の奥地に住むと言われる厄災級モンスター
なんですけど・・・何故こんな平地に!?」
「そんな事言っている場合では無いわ!すごい速さで追いかけて来ているのよ!!
このままだとあっという間に追いつかれる」
馬車の後方から見える窓に大地を激しく揺らしながら走ってくる灰色の巨人。
私達の馬車の御者さんが慌てて速度を上げるが、その速度を上回る勢いで迫ってきている。
このままだと直に追いつかれてしまうだろう。
私の心臓は今まで感じた事の無い恐怖にありえない速度で脈打っていてこのまま
心臓が止まってしまうのではないかと思うほどで、息が苦しくなる。
オーヴァンさん達は慌てて陣形を馬車の後方に移し守備陣形を固める。
とは言え人間があんな巨人に対抗できるとは思えない。
だが彼らは一斉に馬上で小型の弓を構え後方にいる巨人目掛け矢を次々に放っていく。
矢はヒュンッヒュンッと風切り音をさせながら大きな的である巨人に命中する。
だが当たったと思った矢は巨人のその体に刺さる事無くそのまま貫通していった。
まるで雲で出来た幻か蜃気楼のようにすり抜けていったのだ。
「あれが霧の巨人と言われる所以です。物理攻撃がほぼ意味を成さないんです」
「じゃあどうすればいいの?あんなの最強じゃない!」
「高火力の氷結魔法であればかなり効果的だと聞いた事がありますが、残念ながら
私達の小隊に氷結魔法が得意な団員がいません」
「打つ手無しって事?」
「大丈夫です!プラーニャ様は私が守りますので!」
グルゥゥオオオオオオオオ!!!
霧の巨人が急に大声で咆哮すると近場にあった樹木をまるで小枝のように掴むと
メキメキメキという音と共になんとその木の根っこごと引き抜き、まるで野球の
ピッチャーのように大きく振りかぶった。
「まさかあれを投げてくる気!?嘘でしょ!?なんていう常識外れの怪力なのよ!!」
オーヴァンさん達が身構えるよりもずっと早く『ブンッ!!』という音と共に
木は土を撒き散らしながら私達の乗る馬車に真っすぐ飛んできた。
まるでスローモーションの様に飛来する巨大な物体をただ茫然と見ていると
咄嗟にシェルビーが私を抱え込み車内の足元に転がり衝撃に備えた。
刹那『ガシャーーーーーン』という凄まじい轟音
回る視界
激しく全身を打ち付けられ、悲鳴と馬達の嘶く声
数舜。。。私は死を覚悟した。
土埃が舞いひしゃげた車内で私はまだ生きている様だった。
「ゴホっ」というシェルビーのか細い声でハッとして私を守るようにして
覆いかぶさっている彼女に慌てて声をかける。
「シェルビーッ!!シェルビー・・・大丈夫?生きているの?」
「は・・・はい。問題ありませんプラーニャ様。貴女こそ大丈夫でしたか?」
「え、ええ・・・私はたぶん大丈夫。でもあなた頭から血が・・・・!!」
「無事で良かったです。それより・・・・早くここから脱出しないと」
「おいっ!!おい無事か?・・待っていろっ!!今引っ張り出してやる!!」
いち早く駆け付けたオーヴァンさんが私達二人を馬車の窓から引きずり出してくれる
ドアはもう半壊していて開く事は出来なかったのだ。
私達が乗っていた馬車は見るとよく無事で生き残れたと思うほどに壊れていて
よく生き残れたものだとぞっと鳥肌がたった。
それでも馬車を引いていた馬達と御者さんがまだ何とか生きているみたいで
胸を撫でおろす。
「シェルビー!!お前はプラーニャ様を連れてここから逃げろっいいなっ!!」
「は・・・はいっ!!」
「オーヴァンさん!シェルビーは怪我をしていて・・・・」
「プラーニャ様、事態は一刻を争います!シェルビー行けるな?」
「勿論です!プラーニャ様行きましょう!!」
彼女は無理やり私の手を引いてオーヴァンさんの愛馬の元に向かい
私をひょいと軽く持ち上げると馬の背に乗せてくれた。
そして自らも馬に跨ると「ハイヨーッ!!」と馬を嗾け勢いよく走り出した。
私は残されたオーヴァンさん達が気になり彼らの方を振り返ると必死に
霧の魔神に向かって剣を振って奮戦している姿を見えなくなるまで見届けた。
私は疫病神だ。
まだ彼らと出会ってから2日しか経っていないと言うのにとんでもない事に
巻き込んでしまった。
自分の嫉妬から聖女と呼ばれている何の罪もない女の子に散々嫌がらせを働き
剰え殺人未遂という重い罪を負った私なんかを助けるために命をかける必要など無いのに。
こんな事ならもっと彼らの人となりを良く聞いておくべきだった。
大怪我をしているだろうシェルビーは自分の責務を全うする為に今も必死に
興奮している馬の手綱を引いてあの巨人から少しでも距離を取ろうと頑張ってくれている。
いつかシェルビーや小隊長さん達にこの恩を返せる日が来るだろうか?
想像したくないが、もしこれで彼らにもしもの事があったら・・・・
私は私の事を一生許せなくなってしまうだろう。
「・・・・シェルビー?シェルビー!貴女大丈夫なの?・・・シェルビーーー!!」
突然馬が街道からはずれ森の奥の方へと向かいはじめ、彼女に声を掛けてみると
思った以上に出血があったのか、青い顔をして気を失っていた。
慌てて彼女の持っていた手綱を引き寄せ、馬を止めようと試みるが気を失っている
彼女の身体がグラリと私に倒れてきて必死に抱き留める。
もう馬を止めるどころではなく彼女を落とさないように馬に必死にしがみ付く
事しか出来なかった私は馬が疲れて自ら足を止めるまで耐えるしかなかった。
気付けば私達と1頭は魔女の森の奥深くへと足を踏み入れてしまっていた。




