婚約破棄と犯した罪
「すまぬな、プラーニャ公女。だが子供のかわいい悪戯と呼ぶには少々やり過ぎた」
「其方には心底失望したよ。プラーニャ。こんな結果になって残念だ」
私は2人の告発と叱責の言葉に、脳が焼き切れるような衝撃を受けていた。
そのせいなのだろうか?私の前世の記憶が走馬灯のように色鮮やかに甦り
絶望した。
(まさか私が異世界転生なるものを実際にするとはね。・・・でもまずいわ
この記憶、そしてこの状況・・・もしかして。もしかしなくても詰んでる?)
そうだ。今の私の名前はプラーニャ・フォン・ベントハイム
由緒正しいベントハイム公爵家の四女であり、この国の第三王子と婚約し
16歳の誕生日に晴れて王家の仲間入りを果たすはずだったのだが・・・・
突如現れたまるで萌えるようなエメラルド色の眼をした金髪の美少女。
サンシモン枢機卿の娘である『マリエッタ・エスカドーラ・サンシモン』
彼女はあっという間に私の婚約者である第三王子の心を奪っていった。
彼女に激しく嫉妬した私は意地悪と嫌がらせを繰り返し、
徐々にその行為はエスカレート。
遂には彼女を殺しかけ、その悪行が露見してしまった今、この国の王と
三人の優秀な息子達によって私は断罪されている際中なのである。
本当に異世界転生なるものが現実に起こる訳がない・・・。
そう思っていたけれどこの私の中に息づくプラーニャとして歩んできた
記憶とゲームの中のキャラクターの名前が全員完全一致しているこの状況。
偶然にしては出来過ぎている。信じがたいが紛れもない現実なのだろう。
「終末の円舞曲」
前世でやり込んでいた恋愛要素ありの本格戦略シュミレーションゲーム
確かに大好きなゲームだったけど、よりによって乙女ゲーとかじゃなく
戦略シュミレーションの世界に転生してしまうとは・・・。
そのゲームの中で何回も何回も見たキャラクター達が目の前にいる。
その中でもひと際異彩を放っている可憐な女性がいた。
今第三王子アルスラーン殿下の横に並び立ち憐みの眼差しを向けている彼女。
(マリエッタ。実物で見ると本当にぞっとするくらいの美貌ね)
聖女と呼ばれたマリエッタは、ゲームでは癒しの力を持った希少な存在で
その身に特別な力、魔物を退ける覇者の聖印をもつ主人公の仲間であり重要人物。
そしてプラーニャである私から大切な人を奪った人。
前世の記憶が戻った今でもプラーニャとしての心の奥の深い場所で
ジクジクとした真っ黒い感情の渦に飲み込まれそうになる。
(落ち着くのよ私。)
ここで選択を誤ればあのゲームのように最悪な末路が待っている。
周りにチラリと視線をやれば国の重鎮や親交のあった貴族諸侯までもが
私に冷ややかな視線を向けている。
背中にじっとりと纏わりつくような嫌な汗がつーっと一筋流れていくのが解る。
まるで世界中が敵になったかのような感覚に足が震える。
手が白くなるまでぎゅっと拳を握り込み逃げ出しくなる自分を必死に抑えた。
確かゲームではここで開き直ったプラーニャが隠し持っていた短剣を
抜いてマリエッタに向けて差し違える覚悟で突撃するんだったか。
でも王を取り囲む優秀な息子たち、シメノン第一王子とレンスター第二王子
によってあっという間に捕縛され牢獄送りになるはずだ。
前世の記憶を取り戻した私はもちろんそんなつもりは無いが
かといってこの最悪な状況を打開する案も思い浮かばない。
何も出来ない情けない自分に腹が立って涙が出そうになる。
そんなピリピリとした肌を刺すような空気をバーン!と勢いよく
謁見の間の扉が開かれた音で皆の視線がそちらに映る。
衛兵の必死の制止を振り切って、ずんずんと王の前にその男は進み出て
着崩れた仕立ての良さそうな服を直しもせずに跪き懇願した。
「王よ!不出来な娘のこの不始末、私がいかようにも処罰を受けましょう。
ですからどうか!どうかこの私に免じて娘には寛大な処分を!!」
「お父様!?」
思わずそう言うと心底驚いた私は言葉が出なくなってしまった。
いつもは公爵として自信に満ちた威厳のあるお顔が、今は汗まみれで
泣きそうな顔で必死に王に頭を垂れている。
その姿は周囲から見れば無様に映るかも知れない。
ラーズ・フォン・ベントハイム
王の右腕とも言われる大諸侯ベントハイム公爵。それが私の父だ。
ゲームではこの場面で登場しなかったはずだが、私が短剣を抜かなかった事に
よって歴史が変わったのだろうか?
偉大で尊敬している立派な父が、周囲の眼も気にせずなりふり構わない姿で
懇願する姿に私は泣きながら駆け寄ろうとするが
一斉に衛兵たちの長い槍が滲んだ私の視界を遮った。
「ラーズ公よ、確かにお前はこの30年の長きに渡り我が国に
尽くしてくれた。その功績は私も認めよう。
だがお前の娘が犯した罪は重い。聖女はこの国にとって希少な存在だ。
それはお前もよく知っておるだろう?ましてや枢機卿の娘。
世間では神への反逆。異端だ!と思われても仕方のない事だろう」
「・・・・・・・・」
「とは言え死罪としてしまえば禍根を残すか・・・。かの帝国と戦うには
貴公の保有する大規模な兵力と莫大な資金が必要になるのもまた事実」
王はそう小声で呟くと眉間に皺を寄せ、長く蓄えた髭をジョリジョリと
触りながら目を閉じてしばし思案する。
その様子にざわざわとしていた重鎮たちも黙して王の裁決を待った。
王はゆっくりと目を開けると小さく咳ばらいをしてから告げる。
「では沙汰を下す!プラーニャ・フォン・ベントハイム!
貴公は第三王子アルスラーンとの婚約を破棄!僻地追放処分とする!
これよりは東の最果て『ユークリッド辺境』ラハス教会にて20年間の出家処分とする!
護送は明朝我が第七騎士団より派遣する!以上だ!」
「ユークリッド辺境!?お・・・王よ!それはあまりに・・・・」
「下がってよいぞ」
そう王にすげなく言われるとお父様は項垂れ、引き下がるしかなかった。
やはりこの流れはどうあがいても止められそうに無い。
こうして私はこれから私の身に起こる過酷な運命を想像し絶望の中、
父に肩を抱かれ城を後にしたのだった。




