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召喚した勇者がクズでした。魔王を討伐して欲しいのに、勇者が魔王に見えてきた。助けて  作者: 自ら(Youtubeで朗読ver投稿中‼️)
第3部:駆除の決断期

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第14話「密約」

森を抜けると、廃教会が見えてきた。


古い石造りの建物は、長い年月の中で風化し、蔦に覆われていた。屋根の一部は崩れ落ち、壁には亀裂が走っている。それでも、かつての荘厳さを感じさせる佇まいだった。


ここは国境の中立地帯――人間と魔族、どちらの領土でもない場所だ。遠い昔、両種族が共存を夢見た時代に建てられた教会。今では誰も訪れることのない、忘れられた場所となっている。


「陛下、警戒を」


ベルナールが馬から降りながら言った。騎士たちも周囲に散らばり、森の中に異変がないか確認している。


レオニス王は馬を降り、教会を見上げた。朽ちかけた扉、割れたステンドグラスの跡、崩れかけた鐘楼。しかし、その全てが――かつてここに希望があったことを物語っていた。


「まだ誰も来ていないようです」


ヴァルクが周囲を見回しながら報告する。空は白み始めているが、太陽はまだ地平線の下だ。


「待つしかない」


レオニスは教会の扉に手をかけた。古い木材がきしむ音を立てて、扉がゆっくりと開く。


内部は薄暗く、埃が舞っている。床には落ち葉が積もり、壁には苔が生えていた。しかし、奥にある祭壇だけは――不思議なことに、まだ原形を保っている。


レオニスは祭壇に向かって歩いた。足音が静かに響く。ヴァルクが後に続き、ベルナールは入口付近で警戒を続けている。


「ここで、人間と魔族が...」


レオニスは祭壇の前に立ち、呟いた。


「はい」


ヴァルクが答える。


「共存を夢見た時代の遺産です」


「しかし、夢は叶わなかった」


「ええ。戦争が始まり、この教会は放棄されました」


レオニスは祭壇に触れた。冷たい石の感触。何百年も前の人々が、ここで祈りを捧げていたのだろう。人間も、魔族も。共に。


その時――。


「陛下!来ました!」


入口にいた騎士の一人が叫んだ。レオニスとヴァルクは振り向き、外に出る。


森の向こうから、影が近づいてきていた。


最初は黒い塊のように見えたが、やがて形が明確になる。数名の人影――いや、人ではない。魔族だ。


しかし、予想していたような大軍勢ではなかった。わずか五、六名。その中心に、一人の若い男が歩いている。


黒髪、整った顔立ち、額には小さな角。漆黒のローブを纏い、背筋を伸ばして歩く姿には、威圧感よりも――知性の雰囲気があった。


魔王ゼファル。


レオニスは直感的に理解した。あれが、この世界の均衡を保つと自称する存在だ。


魔王が教会の前で立ち止まった。護衛の魔族たちも動きを止める。両者の間に、数十メートルの距離。


緊張した沈黙が流れる。


やがて、魔王が単身で前に出た。護衛たちは驚いたようだったが、魔王は手で制止する。


レオニス側も、王とヴァルクだけが教会の前に残り、ベルナールたちは少し離れた場所で待機した。


魔王ゼファルが教会の入口まで来る。レオニスと向き合った。


数秒間、二人は無言で見つめ合った。


そして――魔王が口を開いた。


「よく来てくれた、人間の王よ」


その声は、予想していたものとは違っていた。低く、しかし落ち着いている。敵意は感じられない。


「...お前が魔王か」


レオニスは相手を値踏みするように見つめた。予想していた残虐な暴君とは、あまりにも違う。むしろ、宮廷の学者を思わせる雰囲気だ。


「私はゼファル」


魔王は軽く頭を下げた。


「この世界の均衡を保つ者だ」


「均衡...?」


レオニスは眉をひそめる。魔王が、自らをそう呼ぶとは。


「座ろう」


ゼファルは教会の中を示した。


「話は長くなる」


レオニスは一瞬躊躇したが、頷いた。三人は教会の中に入り、崩れかけたベンチに腰を下ろす。


薄暗い教会の中、朝日が割れたステンドグラスの隙間から差し込んでいる。その光が、三人の顔を照らしていた。


「まず、礼を言わせてくれ」


ゼファルが口を開いた。


「私の申し出に応じてくれたこと、感謝する」


「礼を言われる筋合いはない」


レオニスは冷たく答えた。


「我が国のために来たのだ」


「それで良い」


ゼファルは微笑んだ。


「利害が一致している。それが重要だ」


ヴァルクが前に出る。


「では、本題に入りましょう」


「手紙に書かれていた『異界の毒』とは?」


ゼファルの表情が真剣になった。彼は立ち上がり、窓辺に向かう。


「この世界には『理』がある」


「理...とは?」


レオニスが尋ねた。


「全てが均衡の中にあるということだ」


ゼファルは窓の外を見ながら続けた。


「人間、魔族、獣、植物、大地、空――この世界に存在する全てのものは、互いに繋がり、支え合い、均衡を保っている」


ゼファルは手のひらに小さな光を作り出した。それは淡い青色で、まるで生き物のようにゆらめいている。


「魔法も、この世界の理の一部だ」


光が形を変え、小さな鳥のような姿になる。それは空中を飛び回り、やがて消えた。


「我々の力は、世界の法則に従っている。魔力には限界があり、物理法則にも制約がある」


レオニスは真剣な表情で聞いていた。ヴァルクはメモを取ろうとしたが、やめた。この話は、記録するよりも理解することが重要だと感じたからだ。


「では、勇者は?」


ヴァルクが尋ねた。ゼファルの表情が曇る。


「勇者は...異界の存在だ」


ゼファルは振り向いた。その目には、深い憂慮が宿っている。


「彼らの力は、この世界の理を無視する」


「どういう意味だ?」


レオニスが身を乗り出した。


「我々の魔法には限界がある。どれほど強力な魔術師でも、一度に使える魔力には上限がある。物理法則にも逆らえない」


ゼファルは拳を握りしめた。


「しかし勇者の力は...まるで神のようだ。制約がない。法則を無視する。膨大な魔力を持ち、しかもそれが尽きることがない」


レオニスは自分が目撃した光景を思い出した。ハルの魔法が村を吹き飛ばした時。レンの拳が城壁を粉砕した時。あれは――確かに、この世界の法則を超えていた。


「それが、何を意味する?」


「世界が、壊れる」


ゼファルの言葉が、教会に重く響いた。


「どういうことだ」


レオニスは立ち上がった。


「この世界は均衡の上に成り立っている。しかし勇者の力は、その均衡を破壊する」


ゼファルも立ち上がり、レオニスと向き合った。


「彼らが魔法を使うたび、世界の理が歪む。彼らが力を振るうたび、均衡が崩れる」


「それを放置すれば――世界そのものが崩壊する」


沈黙が落ちた。レオニスは、その意味を理解しようとしていた。


「...我々だけの問題ではない、ということか」


「その通りだ」


ゼファルは頷いた。


「勇者は人間にとっても、魔族にとっても、そして世界にとっても――脅威なのだ」


ヴァルクが口を開いた。


「しかし魔王、あなたは我々の敵では?」


ゼファルは微笑んだ。しかし、それは皮肉な笑みではなく、むしろ悲しげな笑みだった。


「敵だ。しかし――」


ゼファルはベンチに座り直した。


「我々は殺し合うが、滅ぼし合わない」


レオニスは理解できない表情でゼファルを見た。ゼファルは続ける。


「人間と魔族の戦争は、数百年続いている。しかし、どちらも滅びていない」


「それは...」


「均衡の一部だからだ」


ゼファルの言葉に、レオニスは驚きを隠せなかった。


「我々が戦うことで、双方の人口が調整される。資源の奪い合いも、必要な競争だ」


ゼファルは窓の外を見た。


「しかし、それは『滅び』ではない。互いに生き続けるための、調整なのだ」


「我々は敵だが、同じ世界に生きる者同士でもある。お互いが存在することで、均衡が保たれている」


レオニスは、その言葉の意味をゆっくりと理解していった。人間と魔族の戦争は、憎悪だけで続いているのではない。それは――この世界の仕組みの一部だったのだ。


「では、勇者は?」


ヴァルクが再び尋ねた。


「彼らは違う」


ゼファルの声が硬くなった。


「調整ではなく、破壊だ。無自覚に、世界そのものを壊している」


ゼファルは立ち上がり、祭壇に向かった。


「私の領土でも、三つの村が壊滅した」


その背中には、深い悲しみがあった。


「死者三十名。すべて民間人だ。戦士ではない、ただの村人たちだ」


レオニスは息を飲んだ。


「...我が国も同じだ」


「知っている」


ゼファルは振り向いた。


「だから、お前に手紙を送った」


二人は向き合った。そこには――共通の敵を理解する者同士の、奇妙な連帯感があった。


長い沈黙の後、レオニスが口を開いた。


「では、どうすれば良い」


ゼファルは深く息を吐いた。


「還送の儀」


「還送...?」


ヴァルクが尋ねる。ゼファルは頷いた。


「古代魔法の一つだ。異界から来た者を、強制的に送り返す」


レオニスは身を乗り出した。


「そんな魔法が存在するのか」


「ああ」


ゼファルはベンチに座り、話を続けた。


「かつて、同じような事態があった。数百年前、別の世界から魔物が侵入したことがある」


「その時、我々の先祖が使った魔法だ。還送の儀――異界の存在を、元の世界へ送り返す儀式」


「それで、勇者を...」


「そうだ。しかし――」


ゼファルの表情が険しくなった。レオニスは、悪い予感を覚えた。


「条件が厳しい」


ヴァルクが前に出る。


「どのような?」


ゼファルは指を折りながら説明し始めた。


「第一、膨大な魔力が必要だ」


「私の配下の魔術師、全員の力が要る。数十名の魔術師が同時に魔力を注ぎ込まねばならない」


レオニスは眉をひそめた。それだけでも、相当な準備が必要だろう。


「第二、貴国の魔道士も協力が必要だ」


「なぜだ?」


「人間と魔族、双方の魔力でなければ発動しない。これは世界の理を操る魔法だ。片方の種族だけでは不可能だ」


ヴァルクは頷いた。


「我が国の魔道士を動員します」


「第三」


ゼファルは続けた。


「勇者たち全員を一箇所に集める必要がある。四人が別々の場所にいては、儀式は成立しない」


「それは...」


レオニスは考え込んだ。勇者たちを一箇所に集めるだけなら、難しくはない。しかし――。


「第四」


ゼファルの声が、さらに深刻になった。


「儀式中、彼らの暴走を抑えなければならない」


「儀式には時間がかかる。その間、勇者たちは自分が送り返されると気づくだろう。そして――抵抗する」


レオニスは想像した。儀式の最中、勇者たちが暴れ出したら――。


「どれくらいの時間だ?」


「最低でも十分」


「十分...」


それは短いようで、長い時間だ。勇者たちが本気で暴れれば、十分もあれば城ごと破壊できるだろう。


レオニスは深く息を吐いた。そして――尋ねた。


「...成功率は?」


ゼファルは長い沈黙の後、答えた。


「六割だ」


レオニスとヴァルクは、同時に息を飲んだ。


「六割...低い」


「ああ」


ゼファルは頷いた。


「しかし、他に方法はない」


「失敗すれば?」


レオニスの問いに、ゼファルは真っ直ぐに答えた。


「世界が壊れる」


その言葉が、教会に重く響いた。


外では、鳥のさえずりが聞こえる。朝日が昇り、新しい一日が始まろうとしている。しかし、この教会の中では――世界の運命を決める話し合いが続いていた。


レオニスは立ち上がり、窓辺に向かった。外を見ると、森の向こうに自分の国が広がっている。あの国を、民を、そして――娘を守るために。


長い沈黙の後、レオニスは振り向いた。


「...やろう」


その言葉に、ヴァルクが驚いて顔を上げた。


「陛下...」


「他に道はない」


レオニスはゼファルを見た。


「やろう、ゼファル」


二人は、初めて互いを名前で呼び合った。ゼファルは立ち上がり、頷いた。


「良い決断だ、レオニス」


二人は祭壇の前に立った。ヴァルクも立ち上がり、メモを取る準備をする。


「具体的な計画を立てよう」


ゼファルが言った。レオニスは頷く。


「儀式の場所は?」


「王都の地下だ」


レオニスは答えた。


「かつての神殿跡がある。古い時代、そこで多くの儀式が行われていた。魔力が集まりやすい場所だ」


「良い」


ゼファルは頷いた。


「では準備期間は?」


レオニスは考えた。魔道士たちを集め、訓練し、魔法陣を準備する。それには――。


「一週間」


「短いが...やむを得ん」


ゼファルも同意した。


「私も準備を急ぐ」


ヴァルクが尋ねる。


「民衆には?」


レオニスは即答した。


「秘密だ」


「知れば、暴動になる。勇者を崇拝する者たちが、決して許さないだろう」


ゼファルも頷いた。


「私の民にも、秘密にする」


「魔族の中にも、人間との協力を良しとしない者がいる」


二人は互いを見た。この決断の重さを、共に理解している。


「一週間後」


レオニスが言った。


「王都の地下で、儀式を行う」


「了解した」


ゼファルが答えた。


「私は魔術師たちを連れて、その日に王都へ向かう」


「夜に来てくれ」


レオニスが付け加えた。


「昼間では、目立ちすぎる」


「分かった」


二人は立ち上がった。向き合う。


ゼファルが右手を差し出した。レオニスは、一瞬躊躇した。魔王と握手する――それは、考えられないことだった。


しかし――。


レオニスは、ゼファルの手を握った。


二人の手が、固く結ばれる。


教会の外では、ベルナールたちと魔王軍の護衛たちが、驚愕の表情で見ていた。人間の王と魔王が――握手している。


歴史的瞬間だった。


「世界を守るために、共に戦おう」


ゼファルが言った。レオニスは頷く。


「ああ」


二人は手を離した。しかし、その目には――同じ決意が宿っていた。


「では、一週間後に」


ゼファルは教会を出ていった。護衛たちが彼を迎える。ゼファルは一度だけ振り返り、レオニスに頷いた。


レオニスも頷き返した。


魔王軍が森の中に消えていく。その姿が見えなくなるまで、レオニスは見送った。


「陛下」


ヴァルクが傍らに立った。


「本当に、これで良かったのでしょうか」


レオニスは答えなかった。ただ、空を見上げる。


太陽が昇り、世界を照らしている。この世界を――守るために。


「帰るぞ」


レオニスは馬に乗った。一行は、城へ向かって出発した。


帰路は、行きとは違う重さがあった。


ベルナールが馬を並べる。


「宰相閣下、本当に...魔王と...」


その声には、信じられないという響きがあった。ヴァルクは答えた。


「他に道はない」


「しかし、フィリア王女は――」


ベルナールの言葉に、ヴァルクは表情を曇らせた。


「...秘密にせねばならぬ」


レオニスは黙って馬を進めている。その背中には、重い決断の重みが見えた。


ヴァルクは、心の中で考えていた。


娘を裏切る決断。


民衆を欺く決断。


しかし――国を守る決断。


王の苦悩は、計り知れないだろう。


森を抜けると、遠くに城が見えてきた。神殿の光が、朝日に照らされて輝いている。


「あの光が消える日が、近づいている」


レオニスが呟いた。ヴァルクは頷く。


「はい」


城が近づいてくる。いつもと変わらない光景。しかし、一週間後――全てが変わる。


城門が見えてきた。レオニスは一行に指示を出す。


「準備を始めろ。時間がない」


「一週間後――全てが決まる」


一行は静かに城に入っていった。誰にも気づかれることなく。


しかし――。


城の塔の一つから、一人の侍女が彼らの帰還を見ていた。フィリアの側近だった。


「王様が...どこへ行っていらしたのだろう」


侍女は不審そうに呟いた。そして――フィリアに報告するために、塔を降りていった。


城下では、相変わらず民衆が神殿に集まり、勇者への祈りを捧げている。


誰も知らない。


一週間後、全てが終わることを。


勇者信仰の時代が、終わりを迎えることを。


そして――新しい時代が、始まることを。


朝日が、王国を照らしている。


しかしその光は――希望の光なのか、それとも最後の輝きなのか。


誰にも分からなかった。


読んで下さりありがとうございました!

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