その3 僕の存在は、ただ貴女の為に。
■ブライダル学園の贄婿
★その3 僕の存在は、ただ貴女の為に。
未咲様が男性恐怖症に陥る原因になった誘拐未遂事件は、まだ僕たちが、所謂七五三すら満たしていない時に起こってしまった。
その日、大人の使用人たちが出払った隙を狙って賊は未咲様の私室に侵入し、幼い彼女を攫おうとした。
怯えて抵抗しようとする彼女を力でねじ伏せようとして、彼らは必要とあらば未咲様への暴行も視野に入れていたと思う。
大人の使用人たちは、誰も居ない。
だけど僕は、そこに居た。
未咲様と同い年の、まだ幼い僕。
ろくに修行や勉学も積んでいないから、無力で非力な、子どもの僕。
それでも――それでも、当時の僕には、今と変わらず、未咲様への大きな想いが心の深い部分に在り続けていた。
賊に飛び掛かるなんて無謀なことはしなかった。
僕が賊を倒せるわけがない。
ひっぺがされて、そこらの壁か床に叩きつけられて意識を失うのがオチだ。
なら、当時の僕に何ができたか。
それもやっぱり、僕の名前の通り。
例えこの身が壊れようとも、未咲様を最後の最後までお守りすること。
今より小柄な体躯を駆使して、賊と未咲様の間に無理くり割って入って、僕は未咲様を庇うように抱き締めた。
彼女に覆い被さって、彼女の視界を僕の身体全体で遮って。
賊は未咲様を頑なに守り続ける僕に暴行を加え続けた。
殴られた。蹴られた。
刃物や鈍器だって容赦なく使われた。
火の類も使われたから、今も残る背中の傷痕には痛々しい火傷すらも混じっている。
それでも僕は、時間を稼いだ。
僕より優秀な大人が、本来彼女を完璧に守れる存在が駆け付けるまで、ただただこの身一つで未咲様を守り抜いた。
幸い、未咲様の身には怪我一つ残らなかった。
代わりに僕には背中に消えない傷痕が出来てしまったが、彼女の命と身の安全を守れたなら安いものだった。
だけど僕は、未咲様の心までは守れなかった。
次の瞬間どうなるかわからない状況、目の前で僕の命が失われてもおかしくない状況。
そんな状況に暫らく晒され続けたのだ。
僕は苦痛の声はなるべく我慢したが、僕が暴力を振るわれる音はきっと今も未咲様の記憶にこびりついていることだろう。
未咲様の心に変化が生じたのは、その日からだった。
賊という『他人の悪意』にあの日初めて直接触れた未咲様。
彼女はあの日以来、身を挺して未咲様を守った僕以外の男性にひどく怯えるようになってしまった。
重度の男性恐怖症。
それはなんと、未咲様の御父上、遠矢家の旦那様すらも例外ではなかった。
当然旦那様は困り果てた。
実の娘に拒絶されてショックだというのも勿論あったんだろうが、未咲様は遠矢本家の一人娘として、良き縁談を組み家を発展させる役割を生まれながらに課せられている。
しかし未咲のトラウマはなかなか拭えず、縁談という言葉を聞いただけで未咲様は泣きじゃくり引きこもるようになってしまった始末。
だから。
――だから、最後の手段として、僕が未咲様の婚約者として任命されたのだ。
使用人家系の男が本家の一人娘と婚約。
イレギュラー中のイレギュラーに、遠矢家全体はざわついたしごたついた。
それでも僕は、この任を全うしようと誓った。
そして、その理由は――決して、僕が那須島家の人間だから、ではなかった。
◆
「未咲様、今日は日差しが強いですね。歩くのに疲れたなら、いつでもお鞄をお持ち致しますからね」
未咲様と並んで、学園までの道のりを歩く。
最初の頃は彼女の鞄を当たり前のように持ってボディガードよろしく傍に控える形で登校していたのだが、未咲様に涙目で拒まれてしまい、現在はこうして二人並び歩く形で登校している。
でも僕は、途中でどんなトラブルが起きようが未咲様を守り抜く気でいるし、未咲様のどんな不調も見逃さないつもりだ。
「あ、あの……木折くん……」
「はい。どうなされましたか? 未咲様」
おずおずと、遠慮がちに未咲様が口を開く。
未咲様が必要以上におとなしいのは今に始まった話じゃない。
あの誘拐未遂事件以降、未咲様はまるで世界の全てに怯えるようになってしまった。
だけど、それがどうしたと言うのか。
彼女の根底にある、無垢な美しさは欠片も損なわれてはいない。
「ご、ごめんね……わ、私がこんなんだから……木折くんに……苦労ばっかり、かけて……」
何が苦労だと言うのか。
そう首を傾げたい気持ちはあったが、未咲様の心情を推し量ることなら、僕でも少しくらいできる。
僕は立場上、遠矢家に関わる人間、主に分家の人間や遠矢家と親しい家柄の人間に色々言われることが多い。
その色々と言うのは決して良い意味ではなく、不釣り合いだとか、使用人風情が生意気だとか、そのような陰口。
だけど気にしたことはない。
未咲様と婚約してから、これくらいの棘のある言葉が浴びせられるのは覚悟はしていた。
それに僕は、大丈夫だ。
僕を悪く見る目が、悪く思う心が蔓延しているのなら、僕の行動で、能力で、実績で僕の価値を証明すれば良い。
努力は好きだ。
苦痛なんてあるはずが無い。
だって。
「……未咲様、僕は貴女をお慕い申しております」
「っ、へ!?」
「子どもの頃からずっと好きだったんですよ? 貴女様と婚約できている今が、僕にとっては奇跡なんです。だから、厭味なんて気になりません。……貴女と、共に居られるのなら」
そうだ。忘れるな。
この人に恋をした瞬間を、想っていた日々を、想っている今を忘れるな。
この人を陰ながら密かに想うだけで最初は幸せだったんだ。
身分の違いを周りに散々説かれて、自分でも痛感していたから、この人と結ばれようなどとは考えもしなかった。
ただ、貴女が幸せに、健やかに生きてさえくれば僕はそれだけで幸せで。
でも今はそうじゃないから。そんな立場にはもう居ないから。
僕が、貴女を幸せにしたいから。
「――この世界の全てから、お守りします。貴女を」
手を差し伸べるのが正解なのか、傅くのが正解なのかは分からない。
でもこれは僕の、嘘偽りない本音だ。
貴女への想いを口にすることしか、僕には出来ないけど。
顔を一気に赤らめて、視線を泳がせる未咲様はとても可愛らしくて。
色づく花のような彼女が浴びるべき光を、この世から損なわせないようにしよう。
そんな、無駄に大々的な誓いを僕は内心掲げたのだった。




