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光景

「え?」

 合流したクルマのヨコに立っていたニンゲンが、じぶんのことを呼んでいる。しかも「さん」づけで。

 その瞬間、徳吉のアタマは、ようやく回転しだした。そもそも、今のじぶんは、囚人という状況・たちばであり、たにんから、「さん」づけで呼ばれるということなど、フダンないのだ。

 まして、監視員から拘束着と手錠をつけられて、ムリヤリ、強制労働施設からつれだされたところである。

 そして、その施設のニンゲンが、じぶんを引きわたしたのが、今げんざい、じぶんの目のまえにいるニンゲンである。

 ということであれば、じぶんの目のまえにいるのは、施設のかんけい者のはずである。つまり、体制・権力側のニンゲンのはずである。

 ならば、強制労働施設にいる囚人である徳吉のことを、「さん」づけで呼ぶということは、まずありえない。

 人権というものが、カンゼンにはく奪されており、いわば、虫ケラのようなあつかいをされている囚人にたいして、体制・権力側のニンゲンが、そういうコトバをつかうとはおもえない。

(妙だ。なんでオレのことを、「さん」づけで呼ぶ?)

 これらのことは、とても些細であり、ちいさな違和感・不自然さなのだが、アタマのなかで、どうにもこびりついて離れない。ここまで、一瞬のうちにかんがえてから、あらためて徳吉は、その覆面のオトコたちのスガタを見た。

 あいてのオトコたちは、徳吉にたいして、ボウリョクを振るったり、カラダをムリヤリ抑えこもうともしてこない。また、銃を突きつけてくることもしない。

(ん?オカシイ。オレにたいして、危害をくわえようとする気配がない)

「どうです?落ちついてきましたか?ムリヤリつれだされたので、パニックになるのもとうぜんですが。われわれは、徳吉さんにたいして、危害をくわえるつもりは、一切ありませんよ」

 徳吉は、あいてのコトバにたいして、なんと返したら良いのかわからなかった。まだ今の状況について、把握ができていない。それでも、当初にくらべれば、ダンダンと、キモチが落ちついてきた。

 あいてのオトコたちは、徳吉の様子を見ていた。そして、落ちついてきたと判断したのか、そのひとりが覆面を取って、話しかけてきた。

「おひさしぶりですね。徳吉さん、ワタシのことをおぼえてますか?」

「君はたしか、藤柴君だよね?」

「そうですよ、おぼえててくれましたか。じゃあ、のこりふたりも覆面を取りますね」

 そういわれ、その場にいたのこりのふたりも、覆面をとってカオをだした。

「高井君と、桂さんじゃないですか」

「そうです、高井です。おひさしぶりです」

 すこしおくれて、桂も口をひらいた。

「オレのばあいは、先日に会ったから、ひさしぶりとはいえないけどね」

(おどろいた。3人とも、オレの知りあいだった)

 目のまえにいるのが、じぶんの知りあいであることを知り、徳吉は、ようやく落ちついてきた。そして、その様子を見たのであろうか、藤柴が、状況をつたえてきた。

「徳吉さん、今のところ、なにがおきてるのか、サッパリ状況がわからないとおもいますが、コトバでイロイロとつたえるまえに、百聞は一見にしかず。といいますし、コレで、あの方角を見てほしいんですが」

 こういうと、藤柴は、拘束着のウデの部分だけをハズシて、双眼鏡を渡してきた。

(双眼鏡?なにを見ろっていうんだ)

 いわれたとおり、双眼鏡を持って、その方角を見てみると、先ほどまでじぶんがいた、強制労働施設があった。

「見えるのは、さっきまでオレがいた、施設なんだけど」

「ええ、そうです」

「ソレで、コレをみて、一体なにがあるんだい?」

「もうすぐ、はじまるとおもいますよ。施設の門のまえに、たくさんのクルマが停まってるのが見えませんか?」

 藤柴にいわれたとおり、施設の門のまえには、たくさんのクルマが停まっていた。そして、そのクルマから、たくさんのヒトがおりて、施設のなかにはいっていく。

(なんだ、アイツらは?)

 よく見てみると、その全員が、銃を持って武装していた。そして、施設のなかから、たくさんの囚人がつれだされて、そのクルマに乗せられている。

「アイツらは、もしかして、特殊ケイサツなのか?」

 と、つい声にだしてしまった。

「そうなんですよ。あの連中は、徳吉さんのおっしゃるとおり、特殊ケイサツたちです。ご存じとはおもいますが、この国の反乱分子の摘発や処刑、それだけでなく、情報収集、諜報等のかつどうをおこなってます」

(それにしても、連中が一体、なんの用なのか?)

 こういうギモンが、アタマにうかんできた。

(イヤイヤ、あの連中がくるっていうことは、ギモンにおもうまでもないか)

「いいたくないけど、あの連中がやってきたっていうことは、あの囚人たちは、これから、処刑されるっていうことなのか?」

 徳吉は、「ダレかにたいして言った」というよりは、じぶん自身にたいして、かくにんをするようにして、つぶやいていた。

「そのとおりです」

 徳吉のひとりごとにたいして、藤柴はあいづちを打った。

「チョット待ってくれよ。囚人たちが、これから処刑されるっていうことは、今からオレも、処刑されるってことなのか?」

 徳吉は、その光景を見ているうちに、イヤな予感を感じてしまった。まさか、むかしの知りあいが、じぶんを処刑するために、こうして、クルマにムリヤリ乗せて、ソトにつれだしたのかと。

「イエイエ、その逆ですよ。オレたち3人は、あの施設から、徳吉さんを脱出させるために、今日こうしてやってきたんです」

 藤柴のそのコトバを聞いて、徳吉はすこしだけ、あんしんをしたのであるが、ソレでも、アタマのなかでは、イロイロなギモン・疑念が渦まいている。

「われわれが、徳吉さんにたいして、まったく危害をくわえる気がないっていうことを、今から証明しますよ」

 こういうと、藤柴は、徳吉の手錠と拘束着を、すべてハズシた。そして、3人とも、所持していた銃をクルマにいれて、丸腰であることを見せた。

「コレで、われわれが危害をくわえる気は一切ないと、納得してもらえませんか?」

(たしかに、コレでオレは、危害をくわえられそうになったなら、すぐにげだせるか)

 このようにおもい、あんしんしたのであった。いくら知りあいとはいえ、この国の政治体制のなかでは、ウカツにたにんのことを、信用することはできない。なにせ、それほどまでに、個人の自由・権利というものが、はく奪されているのだから。

 つまり、「個人が、じぶんの身のあんぜんや、資産をまもる権利」というものが、ほとんどないのである。そのために、「個人の自由」というものもまた、ほとんどそんざいしていない。

 コレは、アタリマエのことだが、じぶんの身のあんぜんや、資産・財産がまもられず、ソレを持つことができる、権利を持っていないのであれば、「じぶんが、なにかを自由に選択し、うごいたり、おこなう」ということなど、できるワケがない。

「どうですか?コレでわれわれのことを、多少は信じてもらえませんか?」

 徳吉が、内心において、コチラにたいする疑念を持たなくなったことを、カンづいたのであろうか、藤柴が、こういってきた。

(あいかわらず、ヒトの心理やキモチを読むヤツだ)

「たしかに、藤柴君のいうとおり、オレは、危害をくわえられそうにないか」

「そのとおりです。信じてもらえてなによりです」

「もうしワケないけど、今の今まで、オレは一体、どういう目に遭わされるのかと、正直なところ、カナリ不安なキモチだった。

 君たちのことを、疑うワケじゃないけど。さすがに、11年近くも強制労働施設にいて、『いつじぶんが処刑されるのか、まったくわからない』っていう状況にいると、たにんを信じることが、できなくなってね。ニンゲン不信になってしまった。疑ってしまったことは、あやまるよ」

「ソレは仕方ないですよ。徳吉さんじゃなくても、ダレだってそうなります。オレがもし、そのたちばや状況におちいったら、多分、おなじことをかんがえるはずですし」

「アリガトウ」

 徳吉と藤柴が、会話をしているあいだ、桂と高井は、施設の様子というものを、ジッと見ていたのだが、どうやら、うごきがあった。

「ふたりとも、施設のほうが、あわただしくなってますよ。どうやら、はこばれる囚人たちが、アバレだしたようです」

 高井がこういうと、徳吉と藤柴もまた、施設の様子をジッと見だした。

 じぶんたちが、これから処刑されることを予感したのであろうか。囚人たちが、武装した警官たちにたいして、襲いかかっていた。

 だがしかし、かれらは拘束着をつけられ、手錠をかけられている。その上、アタリマエのことだが、武器などまったく持っていない。そのために、勝てるワケがないし、まして、にげきることも不可能であった。

 かれら囚人たちは、処刑場にはこばれるまでもなく、まさにその場で、つぎつぎと、射殺されだした。

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