元上司
「いやいや、テストなんていうのは大げさですよ」
「そうかなあ。徳吉君のハナシを聞いてると、この書類は、不用心で、慎重さに欠けるバカをあぶりだすための、テストにおもえてしまうよ」
「たにんをテストするために、こういう書類をつくったワケじゃないですよ。でもまあ、桂さんのいうとおり、この書類を読んだときに、どういうカタチで理解して、対処・対応をするのか。
そのことで、そのニンゲンが、用心ぶかく慎重で、ものごとを、深くかんがえるタイプなのか。 それとも、不用心で慎重さに欠けていて、ものごとを、深くかんがえないバカなのか。と、こういうことは、たしかに、わかるかもしれません」
「なるほど、徳吉さんは、この書類をつかって、不用心で慎重さに欠ける、ものごとを深くかんがえないバカを判別して、あぶりだして、ソイツと深くかかわらないように、注意してたんですね?」
と、徳吉にたいして、高井がこのようにいった。この発言を聞いた瞬間、徳吉のカオが、一瞬だけ真顔になった。
「おどろいた。ホントウに君は、カンがするどい。オレのアタマのなかを、のぞき見たんじゃないかっておもえる。
じつは、高井君のいったことも、狙いや動機というか、もくてきのひとつとして、かんがえてたんだよね。
なんせ、キホン的に、キケン・もんだい・トラブルっていうのは、じぶんがどれほど用心ぶかく慎重にしても、まわりに不用心で慎重さに欠けるバカがいたら、つぎつぎにやってきて、ソレに巻きこまれて、ヒドイ目に遭いかねないから。
こういう時代だから、じぶんにたくさんのキケン・もんだい・トラブルがあると、なにかの拍子で、粛清されかねない。
たとえば、『コイツは、意図的にキケン・もんだい・トラブルをおこして、秩序をみだし、反体制的なことをしてる』とかなんとか、イチャモンをつけられかねない、リスクやキケン性をかんがえたら、いち早く、不用心で慎重さに欠けるバカが、どこに、どれだけいるのかを、知っておきたいし」
「なるほど、ヤッパリ徳吉さんは、深謀遠慮ですね。性格がワルイともいえますよ」
ニヤニヤとわらいながら、高井はいった。
「いやいや、こういうことを、すぐに気がつく君のほうこそ、どうかとおもうよ。オレ以上に、君は性格がワルイかもしれん」
徳吉も、このようにコトバを返した。
「でも、そこまで用心ぶかく、慎重にしていた徳吉さんでも、反体制的なニンゲンっていうレッテルを貼られて、強制労働施設に送られたんですよね。そうかんがえると、ヤッパリ今の時代というか、体制っていうのは、どうしようもないですね。
一個人が、どれだけ用心ぶかく慎重にして、あんぜんを期したとしても、まわりの状況だとか、環境次第で、あっとう間に、じぶんの地位というか、シゴトやたちばを失ってしまうんだから」
高井と徳吉の会話を聞いていた藤柴が、このように発言した。そして、その発言を聞いた徳吉は、唸るようにいった。
「そのとおりなんだよ。藤柴君のいうとおりだ。オレ自身が、つまり、一個人がどれだけガンバって、努力して、用心ぶかく慎重にしたとしても、まわりの状況や環境次第で、それこそ、一瞬のうちに、身のあんぜんだとか、あんてい性が失われたんだよ」
「ちなみに、徳吉さんて、なんで強制労働施設に送られたんですか?一体どういう容疑をかけられんです?
オレが知ってる徳吉さんの性格をかんがえると、じぶんからキケンを招くような、つまり、身のハメツを招くような、アブナイことをするとはおもえないんですよ。
ですから、コレはカンゼンに想像になるんですが、なにかのキケン・もんだい・トラブル・モメごとに、不本意に巻きこまれたんじゃないかって、オレはおもってるんですけど」
この藤柴の指摘にたいして、徳吉は、カオをゆがませながら答えた。おそらく彼にとって、とても不ユカイで、不快なできごとであり、おもいだしたくなかったことなのであろう。
「そうなんだよ、そのとおりなんだ。藤柴君のいうとおりで、オレは巻きこまれたんだ。しかも、オレがまったく知らないところで、オレのせいにされた。
当時のオレの上司だったニンゲンが、不正行為をおこなったんだけど。ソレを、オレのせいにしやがった。
その当時、オレは、ほかの部署から異動してきたばかりで、その部署のシゴト内容を、なにもわかっていなかった。
ソレで、その上司にいわれるがまま、書類にハンコを押したり、サインをしたんだけど。どうもソレが、不正行為を示す内容だった。
その結果として、『オレが不正行為に手を染めてた』っていうことにされた。もちろん、オレとしては、そんなことはやってないと、必死になって主張はしたんだけどね。
でもいかんせん、オレのナマエで、不正行為をしめす書類がつくられてる。つまり、証拠があったから、いくら違うといったところで、どうしようもなかった。
その結果として、体制にたいして不利益をあたえた。反体制的なおこないをしたされて、無実の罪をかぶせられて、今にいたるってワケだよ。
そもそも、今のこの国では、独立した司法機関っていうものが、まったくそんざいしていない。知ってのとおり、一党独裁国家だからね。
だから、すべての機関や組織に、党のニンゲンがはいりこんでて、党のかんがえや思想・価値観と、すこしでも違うことがあれば、ソレを強制的に直し、指導するようになってる。
だから、もんだい・トラブルを裁き、犯罪者かどうかを判断し、キメるはずの司法機関ですらも、党の意向やかんがえを、無視することができない。
こういう状況の体制だから、無実のニンゲンが、いつの間にか、犯罪者にされることだってある。
当時のオレの上司っていうのが、党員だったんだけど、ソイツは、支所のなかにいる党員の幹部だった。
だから、ソイツの意見や主張というものが、なによりも優先されて、ただしいとされた。オレの意見や主張なんていうのは、まったくあいてにされなかった」
「ソレはまた、なんとも不ユカイなハナシですね」
ここでふと、徳吉のアタマにギモンが湧いてきた。こんかい、強制労働施設にいた徳吉を、この場所にいる3人が、たすけだしたのだが、「徳吉にたいして無実の罪をかぶせ、強制労働施設に送りだした元上司は、このことを、知っているのかどうか」ということを。
もしも知っているのならば、今の支所長である桂が、徳吉と会うことで、じぶんが徳吉にたいしておこなったことを、桂が知ってしまう可能性が、カナリたかい。
ということであれば、アタリマエのことだが、じぶんの身にたいして、キケンが降りかかってくるかもしれない。
となれば、支所長である桂が、徳吉にたいして会うのを、なんとしてもジャマし、妨害し、止めようとするはずである。
なにせ、支所にいる党員の幹部なのだ。いくら支所長である桂といっても、党の幹部の意向やかんがえを、カンゼンに無視することはできない。
もっといえば、支所長のうごきや訪問先などを、党の幹部であれば、知ることができる。
そのために、もしも桂が、徳吉のいる強制労働施設を訪れることを知れば、おそらく、桂にたいして、「なぜこの施設にいくのか」ということを、根ほり葉ほり、問いただすかとおもわれる。
そういう状態になれば、支所長である桂といえども、党の幹部にたいしては、ウソをつくワケにはいかないであろう。つまり、「徳吉にたいして会いにいく」ということを、いわざるをえない。
そして、コレを知ったのであれば、桂が、徳吉にたいして会いにいくのを、なんとしてもジャマし、妨害し、止めるかとおもわれるのだ。




