第06章
時が経つにつれ、私はこの〈システム〉に徐々に慣れていき、やがてこの見知らぬ世界の深層を垣間見ることとなった。そのインターフェースは、案内役であり、そしてこの現実への扉でもあった。そして私は、いくつかの重大な「真実」に辿り着いたのだ。
——第一に。この世界、つまり今私が存在しているこの場所は、かつて私が時折プレイしていたビデオゲームと酷似した〈レベル制〉によって運営されている。〈神格潜在値(G.P)〉は、このシステム内における通貨のようなものであり、領域の改造や〈眷属〉の取得・カスタマイズに使用可能だった。クラスの選択やレベルの強化も可能だが、それらには基本価格に加えて追加のコストが発生するようだった。
——第二に。モンスター関連のインターフェースは、実に膨大なクリーチャーのカタログを提示してきた。一見すると普通の動物のような存在から、まるでクトゥルフ神話から飛び出してきたような、正視に堪えない異形の存在まで。その多様性は異常とも言えるほどで、「この世界の住人たちはどうやって今まで生き延びてきたんだ?」と疑問を抱かずにはいられなかった。――しかし、記載された説明を見る限り、これらの存在が本当にこの世界に「いる」のだとしたら……。
学べば学ぶほど、ここがどこかのゲーム世界のような場所だという現実が、容赦なく私の前に突きつけられた。馴染み深い用語やシステムが次々に現れる中で、一つの不気味な可能性が頭をよぎる。
――私は本当に死んだのか?それとも、どこかのシミュレーション世界に閉じ込められているだけなのか?
だが――ほんの一瞬、心を深く沈めただけで、その疑念は霧のように消えた。
……あの場所を、私は覚えている。痛みの中で、確かに感じた。あの空間では、肉体など存在しないにもかかわらず、「痛み」が魂の奥底まで突き刺さっていた。まるで永遠の苦痛に閉じ込められたかのようだった。
私は呟いた。虚無に染まった空間に、か細い声を響かせながら。
「許しを……A42675、腐敗の外なる神よ」「私は、疑ってしまった。愚かな罪人である私を……どうか、お赦しください……」
すると、不思議なほどの静寂が、私の中に降りてきた。
「A42675よ、外なる腐敗の神よ。許しを。そして、偉大なるK.R.U.Lよ。私はもう疑いません。あなた方が実在するのは当然だ……私は死んだのだ。誰よりも、それを理解しているはずの存在が、私なのだから。私は見た。忘れてはならない。あの目的を――まだその全貌は掴めていなくとも、私はそのために全存在を捧げます」
そう誓った私は、再び決意を燃やす。〈ダンジョンマスター〉として、そして〈ダンジョンコア〉として、この世界を歩み始める覚悟を。
さて、本題に戻ろう。私がさらに理解を深めるうちに明らかになった三つ目の事実――
それは、〈神格潜在値〉が通貨ならば、私という存在は「非常に貧しいダンジョンマスター」だということだった。
手持ちのG.Pは、たったの90。レベル18の〈ヴァーデンカインドの戦士〉か、レベル13の〈ハイブリードの神官〉をようやく雇える程度だった。
この世界の細かいシステム――MP、SP、攻撃力、防御力といった数値的な要素については、まだ何も分かっていない。だが、直感的に理解できることもある。レベルが高いほど強い。これはもはや常識だ。それなのに、レベル13のハイブリードや、レベル18のヴァーデンカインドを見ても、「圧倒的な力」などという印象は受けなかった。
他の種族・存在の基礎ステータスを見てしまったがゆえに、彼らのスペックはどうしても見劣りしてしまう。これで何か大きな目的を果たせるとは、とても思えなかった。
だが、選択肢は人間だけではない。エルフ、ドワーフ、天使、悪魔……そして、〈モンスター〉カテゴリに目を向ければ、さらに多種多様な存在が並んでいた。
その中でも私の心を強く惹きつけた存在――ドラゴン、そしてフェニックス。しかし、それらはとても90G.Pで手に入るようなものではなかった。神の代理人にふさわしい、威厳と力を兼ね備えた存在たちは、あまりに高価だった。
だが私は、理解していた。限られた資源で、やりくりしなければならないという現実を。
かつて貧しき日々を乗り越えるため、わずかな金を必死に節約していたように――今、私はこの「90G.P」を最大限に活かすため、知恵を尽くさねばならない。なにせ、〈眷属〉がどのように私に仕えるのか、そして神の目的にどう関わってくるのか、その全てはまだ未知なのだから。
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【???のインターフェース】
〈眷属カタログ〉
▼モンスター
・獣性モンスター・異界存在・天界種・深海モンスター・エレメンタル・使い魔系・森林種・神話級存在・影の眷属・アンデッド
『展開▼』
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私は延々と続く存在のリストを、インターフェース内でスクロールし続けた。その分類は膨大で、カテゴリもサブカテゴリも数え切れないほどあった。
元素属性を持つ者、死者から蘇った者、森に棲む者、深海の主――いずれも、現実感を疑いたくなるほど異様で、だが美しく、恐ろしく、そして魅力的だった。
閲覧すればするほど、私は気付いた。
この世界には、想像を超えるほどの存在が溢れている。そして、彼らは一つとして同じではない。それぞれが独自の特性と力を持ち、この〈神の世界〉を構成していたのだ。
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【???のインターフェース】
〈眷属カタログ〉
▼モンスター ┗ アンデッド ┣ 骸骨系アンデッド ┣ 実体系アンデッド ┣ リヴァナント ┣ 霊体系アンデッド ┣ 呪詛構造体 ┣ 疫病アンデッド ┣ エレメンタルアンデッド ┣ 群体アンデッド ┗ 変異体アンデッド
『展開▼』
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選択肢は膨大だった。だが、私はその中でも今の状況に合った、最適な存在を探し出さねばならなかった。まずは安価なものから始めようと思った。――できるだけ低コストで、システムの仕組みを学ぶためにも。
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【???のインターフェース】
〈眷属カタログ〉
▼モンスター ┗ アンデッド ┗ 霊体系アンデッド ┣ ゴースト ┣ レイス ┣ スペクター ┣ ポルターガイスト ┗ バンシー
『展開▼』
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しばらくの検討の末、ようやく一体の眷属に目星をつけた。アンデッド系統の中でも、比較的安価で、かつスペックの割にコスパが良い霊体系――中でも「半実体型」と分類されているカテゴリに目を引かれた。
特に〈ヴァーデンカインド〉や〈ハイブリード〉――人間種に属するサブカテゴリと比べたとき、その攻撃力と防御力のバランスが際立って優れているように感じられた。
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【???のインターフェース】
〈眷属カタログ〉
カテゴリ:スペクター系
▶ スペクトラル・リーヴァー
【説明】中程度の力を持つ霊体型モンスター。生者にとっては十分な脅威となり得る存在。圧倒的な強さではないものの、一定の攻撃性能と、いくつかの特異スキルを備えている。
【カスタマイズ】・レベル:〈 1 〉・消費G.P:0.35 G.P
【ステータス】・HP:5・MP:10・SP:10・防御力:3・攻撃力:8
【スキル・アビリティ】
◉回避行動(Evasion)霊体特有の俊敏さを活かし、高い回避性能を持つ。熟練の戦士でも攻撃を当てるのは困難。
◉吸命の接触(Draining Touch)対象に触れることで、微量の生命力を吸収し、疲労状態を引き起こす。
◉霊装顕現(Incorporeal Strikes)自身の霊体を具現化し、幽幻の武器(剣、鉤爪など)として攻撃に転用可能。実体の武器ほどの殺傷力はないが、生者に傷を与える力は持つ。
◉非実体化(Intangibility)他のスペクターと同様、固体をすり抜けることが可能。これにより、閉じ込められるリスクが極端に低い。
【選択肢】▶ 取得する【0.35 G.P】▶ クラスをカスタマイズ▶ レベルをカスタマイズ▶ 終了する
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「レベル1のヴァーデンカインドより安くて、レベル1のハイブリードより強い……」
私は呟いた。
「ドラゴンじゃないけど、初期運用には十分だろうな。実験用としては悪くない」
そして、意識で「取得する」を選択した。
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【???のインターフェース】
▶ 取得する【0.35 G.P】
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「──取得」
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【???のインターフェース】
▶ スペクトラル・リーヴァー(Lv.1)を取得しました。
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【???のインターフェース】
■名称:???■存在種別:ダンジョンコア■称号:ダンジョンマスター
【リソース】
・〈未加工マナ鉱石塊(R.M.C)〉:1▲ / 1▲・〈利用可能マナ量(M.A)〉:403.7▲・〈獲得G.P〉:89.65
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「さよなら、俺の0.35 G.P……。お前のことは、きっと忘れない」
最初のうちは、「スペクトラル・リーヴァー」に0.35G.Pを使ったことに何の後悔もなかった。神格潜在値(G.P)の総量から見れば、ほんの僅かだ。誤差みたいなもの。
だが──その取得が完了した瞬間、妙な違和感に襲われた。……何も、起きなかったのだ。
新たなメニューも、ステータス画面も出てこない。表示されるのは「終了」ボタンと、もう一体の取得オプションのみ。まるで、何も購入していないかのような感覚だった。
一気に冷や汗が噴き出し、胸の奥がざわついた。だが、幸いなことに、あるインターフェースのタブの存在を思い出す。
すぐに〈眷属カタログ〉を閉じ、〈召喚可能存在〉のタブ内にある〈召喚済み一覧〉へと切り替えた。──そして、そこにいた。
「……ああ、いた。心臓止まるかと思った……」
肩の力を抜きながら、ようやく安堵の息を漏らす。なるほど、どうやらカタログから取得した眷属は、自動的にこのセクションに登録される仕様のようだ。
ようやく仕様が理解できた私は、〈スペクトラル・リーヴァー〉に関する操作を色々と試してみることにした。
最初に目を引いたのは、「M.P割り当て」という項目だった。
そこを選択すると、私が現在保有しているマナ資源(M.A)の一部を、この眷属に配分する設定画面が開いた。どうやら、このユニットに割り当てられる最大M.Pは25。これはおそらく、〈スペクトラル・リーヴァー〉の基礎ステータス──SPやMPとの関係から導かれた数値なのだろう。
……たぶん。
明確な式は分からないが、今の私にとって25のマナを出し渋る理由はなかった。
M.Aの初期値は323.7だったはずだが、すでに400を超えていて、今もなお伸び続けている。上昇傾向に衰えは見えない。
つまり、総保有量の6.25%を使ったところで、大した痛手ではない。
私は迷わず、その数値を割り当てた。
割り当てが完了し、〈召喚進行度〉が100%に達した瞬間、妙な達成感が込み上げてきた。まるで、ただの数値だった存在に「意味」を吹き込んだような感覚。
小さな勝利かもしれない。だが、その小さな一歩が、今の私には何よりも心強かった。
さて――次だ。
そのセクションで他にできることは、ステータスの強化くらいだった。だが、それにはG.Pが必要となる。今の私には余裕がない。
……いや、やろうと思えば多少は捻出できた。だが、なぜかそれを止める“何か”があった。
「今はまだ、それじゃない」と、本能が告げている気がした。
そうして、私は次のオプションへとスクロールを進めた。そこに表示されていたのは──「行動パターンの割り当て」だった。
意識で選択すると、システムは静かにその情報を開示してきた。
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【???のインターフェース】
■スペクトラル・リーヴァー
〈行動パターンを割り当てる〉
▼防衛行動(Guard Behavior)指定エリアを守護する役割を担う。防衛対象に侵入者や脅威が接近した際、迅速に対応し、それらから価値ある領域を守るために存在する。この行動を取る眷属は、ダンジョンマスターの“宝”を護る番人となる。
▶ この行動を採用する
▼狩猟行動(Hunt Behavior)侵入者を積極的に探知し、迎撃する行動パターン。追跡者としての性能が重視され、指定領域内に侵入した敵を優先的に討伐する。
▶ この行動を採用する
▼巡回行動(Patrol Behavior)指定されたルートを巡回するパターン。予め設定されたルートを反復移動し、セキュリティの維持と領域状況の確認を行う。侵入者への威圧効果も兼ね備える。
▶ この行動を採用する
▼待機・召喚行動(Rest and Spawn Behavior)資源の効率的運用を目的とした待機型パターン。一定数の眷属が姿を隠し、敵の侵入時にのみ現れることで奇襲効果を発揮する。
▶ この行動を採用する
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最初の頃、私はただひたすらにG.Pを稼ごうとする衝動に突き動かされていた。だが、この不可解な“システム”を探索するうちに、徐々に一つの仮説が浮かび上がってくる。
それは――「ダンジョンコアである自分は、侵入者を処理する責任を持つ」というものだ。
もっとも、それは私一人で行うのではなく、〈眷属〉たちを通じて実行される。
そう考えると、この行動選択画面は、極めて重要なセクションだった。
選べる行動パターンは四つ。
最初の「防衛行動」は、特定の拠点を守るためのもの。領域における重要な拠点を護る役割としては有効だろう。……仮に、そんな拠点があれば、の話だが。
次に気になったのは「狩猟行動」だ。これは〈スペクトラル・リーヴァー〉が侵入者を能動的に追跡・排除する設定で、いわば迎撃型。
ダンジョンの“牙”として機能させたいなら、選択肢としては悪くない。候補として、しっかり記憶に留めておこう。
そして、「巡回行動」。これは一定のルートを辿り、領域の状況を監視・報告する役割を担う。全体の安定と警戒を同時に担える、バランス型と言えるだろう。
最後の選択肢、「休息・待機行動」は、他のどれよりも強く興味を引かれた。この行動は、召喚体が姿を隠し、資源やエネルギーを温存したまま侵入者に応じて召喚されるというもの。奇襲性と予測不能さを演出できる――考えれば考えるほど、魅力的な選択肢だった。
しばらく考え込んだものの、どの行動パターンも一長一短で決定打に欠けていた。けれど最終的には、この「休息・待機行動」を選ぶことにした。「まあ……あとで後悔しても、変更できるなら問題ないよな?」
そんな希望的観測を胸に、意識でその選択肢をクリック。その瞬間、選択は確定され、動かせないものとなった。
他に操作できそうなこともなかったので、「行動指定」の項目から退出し、次の項目へと進んだ。次の選択肢は――《ドメイン守護者への昇格》。意識を集中し、そのボタンをクリック。
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【???のインターフェース】
スペクトラル・リーヴァー
▼ドメイン守護者へ昇格
〈環境適応変化〉ドメイン守護者への昇格を選ぶと、その召喚体の「自然な生息環境」を模倣する形でドメインの地形・環境が変化します。これにより、対象の能力が強化され、より高い適性と戦闘力を発揮するようになります。
〈H.P/M.P/S.P の強化〉ドメイン守護者は、体力・魔力・持久力のいずれか、もしくは複数のステータスに大幅な上昇補正を受けます。これにより、生存性が飛躍的に向上し、ドメインを守る守護者としての役割を遂行しやすくなります。
〈攻撃力/防御力の向上(召喚体により変化)〉昇格されたドメイン守護者は、その召喚体の特性に応じて攻撃面・防御面の能力が強化されます。どの能力に特化されるかは、個体ごとの特性によって異なります。
――ドメイン守護者へ昇格(消費:0.5 GP)
【終了】
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「……強い。間違いなく強くなる」
この選択肢は、明らかにスペクトラル・リーヴァーをワンランク上の存在へ引き上げるものだった。だが――問題はそこじゃない。
「0.5 GPか……いや、今の自分には、ちと高いな」
確かに魅力的ではあったが、今の所持G.P.で無理して使うのは早計だと判断した。まずはダンジョンの全体像や資源状況を見極めてからでも遅くはない。
「今はやめとこう。うん、戻ってこよう、いずれ」
そう呟きつつ、「ドメイン守護者への昇格」から退出。次に向かったのは、残された二つの項目のうちのひとつ。目に入った「強化」オプションは、なんとなく前にスペクトラル・リーヴァーを獲得した時の処理に近いと感じてスルー。
代わりに「召喚」オプションを選んだ。すると――瞬間、目の前にホログラムマップが展開される。どこかで見覚えのある光景。「ドメイン可視化」のインターフェースで見たものと同じような、青白く輝くマップだった。
マップの中央には、ひとつの通知が表示されていた。
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【???のインターフェース】
[ スペクトラル・リーヴァー Lv1 ]出現ゾーンを選択してください。
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少し迷った末、拠点としていた洞窟の入口付近に配置することにした。侵入者への最前線となるべき場所として、もっとも合理的な選択に思えたからだ。
意識を集中して、その位置を出現ゾーンとして指定する。
即座に通知は消え、マップにはなんの変化も起きなかった。あまりに地味な反応に、ちょっとだけ拍子抜けした。
「え……出てない? いや、ちゃんと指定したはず……」
だが、直後に見つけたズーム機能を使うことで、ようやくその存在を確認できた。拡大表示されたマップの中に、ようやく見つけた――米粒ほどの、小さな点。
それが、Lv1のスペクトラル・リーヴァーだった。
広大なテーブルの上に置かれた米粒――そんな比喩が自然に浮かぶ。それはつまり、このダンジョンがどれほど巨大かという現実を、改めて突きつけてくるものだった。