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第01章

物語の始まりをどこに置くかと聞かれたら、迷わずあの日だと答えるだろう。サヴォアリーの南端、山深くにある小さな村——フランクランド南東部の静かな辺境地で、虫だらけのチーズと石のように硬いパンで名を馳せる地域だ。つまり、物語は“ど田舎”から始まったのだ。


「画質、大丈夫そう?」


「う…うん、多分」と彼は言いながら、あまり信頼できない表情でカメラを覗き込む。


「多分?」俺は呆れて彼の隣へ歩み寄った。「それ、答えになってないからな」カメラを覗き込みながら言った。「昼の太陽の下で撮ってんのに、なんでこんな暗い映像になるわけ?こういうのはね、こうして、ほら、もういい、俺がやる」


イライラしながら、カメラの設定を自分でいじる。


「コントラスト調整しろよ。太陽が真上にあるってのにさ」


ムカつくのは事実だったが、正直、こういうのは自分でやった方が気が楽だ。とはいえ、人生にはどうしても人と組まなきゃならない時がある。


「これを見る人たちのために、せめて見れるレベルの画質にしたいの。はい、見てみて」俺は横にどいて、彼に画面を見せる。


「お、確かに今の方がキレイに見えるな」相棒は素直に感心したように言った。


「でしょ?」


「うん」背の高い彼は、頷きながら俺を見下ろす。


「よし、あとは『録画』ボタン押すだけ。準備完了だな」俺は録画を開始しながら言った。「完璧。じゃあ、いよいよ本番だ」


「ハッサンって、機械系ほんと得意だよな」突然、彼が褒めてきた。


一応、褒め言葉ではあった。違う状況なら、嬉しく思ったかもしれない。でも今日じゃない。今じゃない。そして、回ってるカメラの前では絶対に違う。


バラクラバの目の穴越しに、俺は鋭い視線で睨む。「バカかお前?」そう吐き捨てながら、バラクラバを外す。「録画始まってるっつってんだろ。なんで本名使うんだよ!」


その瞬間、バラクラバ越しでもわかる表情で、やっと自分のミスに気づいたようだった。「はぁ…マジかよ。やり直しじゃねぇか」そう呟き、俺はカメラに近づいて録画を削除した。


「ごめん、マジでごめん」本気で反省している様子で謝ってくる。毎度のことだけど、時々ほんとにこの仕事向いてんのか疑問に思うわ。


「謝らなくていいよ。でもな、“兄弟”じゃねぇから」


「え?」


「15分前の打ち合わせ、全部忘れたのか? 今回の任務中、俺は“ペドシ”。お前は“コーラ・ココ”だろ」


「あ、そうだった。悪い、ペドシ」ようやく思い出したように、彼はしどろもどろになりながら言った。


俺は小さくため息をつきながら目を逸らす。「はいはい、今度はちゃんとやれよ」


「了解。でもさ、一つだけ聞いていい?」


「何だよ」


「なんで俺がコーラ・ココで、ペドシがお前なの?俺コーラ・ココ好きじゃないし、たしかお前もペドシとか缶ジュース全般ダメだろ?」


「いや、その言い回しの違いはどうでもいい。ってか、何で今さらそんなこと聞くんだよ。ただの思いつきでつけたコードネームだ」


無視して彼は、いつになく真面目な口調で続けた。「ずっと考えてたんだけど…もしかして、“コーラ・ココ”は俺が黒人だからで、“ペドシ”はお前が白人だから…って意味?」


「違う」即答した。……実際は、“赤いパーマの黒人”って見た瞬間に思いついた名前なんだけど。


「ほんとに?」


「ほんと。神に誓ってな」


コーラ・ココは疑わしそうな目で俺を見た後、「じゃあ、俺がペドシで、ペドシがお前ってことにしても問題ないよな?」と提案してきた。


「バラクラバつけろ」俺は自分のを装着しながら言った。「俺がペドシで、お前がコーラ・ココ。それ以外の選択肢は“変態仮面”だ」


「なんでいつも飲み物の名前じゃなきゃいけないんだよ?」


「それがルールだからだ」


「誰のルールだよ……」そう言いながらも、彼はフードを被った。


「俺のルールだ。無意味に変えられると気持ち悪いんだよ。——それより、さっき話したこと、覚えてるな?声、ちょっと変えて。編集が楽になるから。いいな?じゃあ、録画始めるぞ。ミスるなよ……3、2、1、スタート」喉を鳴らして声を低くする。


コーラ・ココはまだコードネームに不満がありそうだったが、本題に戻るため、俺の後に続いた。


「お待たせしました、皆さん。カメラはちゃんと回ってます。それでは、始めましょうか」そう宣言しながら、俺は撮影対象の七人に目を向けた。女が二人、男が五人。全員、膝をつき、手足を縛られ、頭には袋をかぶせられていた。


俺の合図で、コーラ・ココが前に出て、一番手の頭から袋を引き剥がす。ザラついた布が音を立てて外れた瞬間、彼は太陽の光に目を細め、まばたきを繰り返した。


しばらくして視界が慣れてくると——恐怖が表情に浮かんだ。周囲を見回し、状況を理解しようとする。そして目の前にいる俺たちを見て、唇の端から漏れた声は、布の猿ぐつわによってかすかに掠れた悲鳴にしかならなかった。拘束されたまま必死に体を捩るが、緊張で強張った顎の筋肉は、ほとんど声を出すことすら許さなかった。


コーラ・ココは淡々と次の人間へ進み、順に袋を外していく。反応は皆、同じだった。まぶしさに一度目を閉じ、徐々に視界が戻ってくるにつれて、現実がゆっくりと襲ってくる。混乱と恐怖が入り混じった視線は、互いに言葉を交わせぬまま交錯し、絶望がじわじわと広がっていく。


言葉がなくても、恐怖は伝わるものだ。焦点を定められない目の動きと、硬直した体。それだけで、十分だった。


「レディーズ&ジェントルマン。改めまして、ボンジュール」俺はわざと声を低くして語りかける。「既に事情を察してる人もいるかもしれませんね。なぜ誘拐され、なぜここに連れてこられたのか。でも、何も分からず混乱してる方もいるでしょう。というわけで、今から説明させてもらいます」


タブレットを手に取り、スライドショーを開く。タイトルは『平和と秩序.pptx』。


「では、最初からいきましょう」一枚目のスライドを表示しながら話し始める。


「今から約二ヶ月前、フェルディナン・ドヌヴォーという若者が、非常に悲劇的な死を遂げました。まあ、“比較的”無垢な青年でしたね。彼はジョアン・ドヌヴォーの次男であり——ジョアンって誰?って思った方、安心してください。彼はブラッククラウンのトップ、南部州で最も影響力のある……まあ、“非合法”組織のボスです」


「で、そのフェルディナン君が何で死んだかというと……派手な“花火大会”でした。原因は“爆発事故”ということになってますが、まあお察しの通り、それは『事故』じゃなくて“計画されたもの”だったんです。主犯は、セルゲイ・グスタフという人物。彼は『エイヴィアン・ヴァイパーズ』のリーダーでして、要するにジョアンの属する世界のもう一つの勢力ってわけです」


「さあ、ここまで来れば、何が起きたか想像つきますよね?細かい誰が誰をどうしたとか、血なまぐさいディテールは飛ばしましょう。大事なのは、この二ヶ月の血と鉄の舞踏の“結果”です」


「一般人、巻き添え:7名死亡。ブラッククラウン側:54名戦死。ヴァイパーズ側:47名戦死。——数字にすれば大したことないように聞こえるかもしれませんが、実際には“死体の山”ができるレベルですよ」


「それをこれ以上積み上げないために、俺たちが呼ばれました。自己紹介します。俺がペドシ、こっちがコーラ・ココ。いろんな顔を持ってますが、基本は裏仕事専門。賞金首を狩ったり、依頼人の“お片付け”をしたり、そんな感じです」


「で、ここまで話せば、もう皆さんお察しでしょう。……でも一応、念のために言っておきます」タブレットを机に置き、ゆっくりと拳銃に手を伸ばす。


「今回の俺たちは、ただの賞金稼ぎでも傭兵でもありません。もっと特別な“役割”を背負ってるんですよ。簡単に言えば、“報いの代行者”ってとこですかね」


「このマフィア戦争、そろそろ誰が得して誰が損したかって話になってきた。でもな、手打ちにはできなかったんですよ。一方が“より多く失った”と思ってるから。だからこそ、俺たちの出番ってわけです」


俺は皮肉げに笑いながら続ける。


「俺たちは、この状況を“均衡”に戻すために召喚された。戦争がこれ以上泥沼化しないように。言うなれば、俺たちは審判。ルール無用の喧嘩に、一応のルールを持ち込む役です」


「つまり……皆さんには、相応の“役割”を演じていただきますよ」


「さて、ここからが面白くなるぞ」俺は唇の端を吊り上げ、狡猾な笑みを浮かべながら続けた。「君たちが、この“舞台”の主役になる時間だ。——どうして自分たちがこの妙な芝居に選ばれたのか、不思議に思ってるだろう?でもね、俺たちはボードにダーツを投げたり、水晶玉を覗いたりして決めたわけじゃない。違う。計算したんだよ。ちゃんと、徹底的にね」


一呼吸おいて、彼らの反応をじっくり観察する。空気がピリつき、視線が泳ぐ。あの時の俺でさえ、少しやりすぎたと自覚していた。完全に“性格の悪い奴”だった。


「で、その計算が何を示したかって言うとね——」言葉を意図的に区切り、焦らす。「君たち七人が、まさにこの状況に必要な“欠けたピース”だったんだよ。両陣営を均衡へ導く、極めて重要な歯車。そう、運命の一部ってやつさ」


彼らの思考が全力で“答え”を避けようとしているのが、見てとれた。その必死な目の動き、張りつめた表情。恐怖が、そのまま顔に描かれている。


俺はため息をつきながら一歩前に出る。拳銃のグリップを握りしめると、冷たい金属の感触が掌に伝わった。


「平和ってのはな、時に、最も残酷な選択の上に成り立つもんなんだよ」


銃を持ち上げる。「カチン」部屋にこだまする金属音は、空気をさらに重くする。


「覚えておいてくれ。これは、復讐でも、栄光のためでもない。ただ——終わらせるためだ」


俺は銃口を一人に向けたが、引き金には指をかけず、もう片方の手を上げて合図を送った。


「……とはいえ、俺にも多少の人間味は残ってる。君たちにも、大切な人がいるだろう。家族、恋人、友人……君たちの行方を案じる誰かがいるはずだ」


ゆっくりと一人一人に視線を送りながら、続ける。「だから、最後の時間をやろう。何か言いたいことがあるなら、今だ。——遺言でも、叫びでも、俺は聞く耳を持ってるつもりだ」


そう言ってから、数歩下がり、静かに三分間を与えた。彼らが何を言うか、何を思うか、その“重み”を受け止めるために。


その任務の中で最も面倒な部分を片付けた後、俺はバンへ向かい、自分用の椅子と小さなテーブルを設置した。ノートPCを開いて、PhotoStallを起動。今回の三段階任務——拉致、処理、そして“編集”の最終フェーズに入る。


「何してんの、ペドシ?」と、コーラ・ココが声をかけてきた。


「映像編集中だよ」俺は答える。「もう本名で呼んでいいよ、アンディ」


別れ際、何人かの頑固な人質が、言わなくていいことを言ってくれた。助命を乞うならまだ理解できる。でも中には「復讐してくれ」とまで言ってきたやつもいて、正直、脳みその構造を疑ったね。


……いや、マジでさ、もう詰んでるんだから命乞いは分かる。でも「復讐してくれ」って、状況をさらに悪化させる気満々じゃないか。


もうちょっと他人のこと考えろよって話。


とにかく、現場をこれ以上ややこしくしないためにも、映像の編集は必須だった。変なセリフや情報は、クライアントに送る前にしっかり消しておく必要がある。


俺が編集に集中していると、コーラ・ココ——いや、アンディが死体の袋詰めを終え、やや気まずそうな様子で近づいてきた。


「なあ、ハッサン……」と、アンディが口を開いた。「こういう任務って、慣れてるの?」


俺は画面から目を離さず、淡々と答えた。「慣れてない」


意外だったのか、アンディは驚いた顔をして、自分の震える手を見つめたあと、再び俺に問いかけた。


「じゃあ、どうして……あんなに平然としてられるんだ?」


俺はクリック音を鳴らしながら、冷めた声で答えた。「どうだろ……いつもやってる“人狩り”や“賞金稼ぎ”と、大差ないだろ?」


記憶を辿るように、過去の任務を思い出しながら言った。


「全然違うよ」アンディは、声を強めて否定した。その顔には、はっきりと嫌悪がにじんでいた。


俺はようやくノートPCから目を上げ、彼を見た。「違うって、どう違うんだ?」


「……同じじゃない、全然違う」アンディは言葉を探すように、言い淀んだ。


椅子に軽く背を預けながら、俺は興味深げに尋ねた。「だからこそ聞いてるんだよ。どう違うって?どっちも“人を追って殺す”って意味じゃ同じだろ?」


アンディはしばらく黙っていたが、代わりに俺が代弁してやった。「……ま、どうせこう言うんだろ?“向こうは反撃してくるから、まだマシ”とか、“名誉がある”とかさ」


アンディは視線を落としながら、こくりと小さく頷いた。


「お前ってほんと、繊細なんだな。可愛い奴め」からかうように口にしたが、冗談は彼の胸に届かず、そのまま黙り込んでしまった。


気を取り直して、少し真面目に声をかける。「でもまあ、少しでも気が楽になるなら教えてやるよ。今日やったことは、俺たちに大金をもたらすだけじゃなくて、長く続いたくだらねぇ戦争を終わらせるって意味でも意味がある。……悪いことばかり考えるんじゃなくて、得られる結果に目を向けろよ。それが、コツだ」


アンディは黙ったままだったが、やがてぽつりと呟いた。「……君、本当にこういうのに向いてるのかもね」


俺は眉をひとつ上げた。「で、君は違うって?“向いてない”とでも?」


彼は力強く首を横に振った。「うん。僕は……そんな冷血な完璧主義者じゃないから」


俺は肩をすくめて、特に反応を見せなかった。「ひどい言い方だな。それじゃ聞くけど、サイコじゃないなら、なんで俺と一緒にこんなことやってんだ?」


「それは……お金が必要だからさ」


「家族のためか?」俺が尋ねると、


「そうだよ」アンディは頷いた。「僕は、家族に一番良いものを与えたい。それが理由なんだ。……君には、きっと分からないだろうけど」


俺は再び椅子にもたれながら、彼の言葉をかみ締めるように呟いた。「いや、意外と分かるもんだぞ。俺も、家族のためにやってる」


「君に家族がいるの?」アンディは怪訝そうに眉をひそめた。


俺はくすっと笑った。「まだいない。でもいつか、金が十分に貯まったら、身長175センチのブロンド美女と結婚して、子どもを四人作るつもりなんだ。男一人、女三人が理想。まあ、男二人と女二人でもいいけど、それ以上はいらないな」


アンディは呆れたように俺を見たが、返答する前に携帯が鳴り、会話は中断された。


画面に表示された番号は見覚えのないものだったが、相手が誰かはすぐに分かった。俺はアンディと目を交わし、通話に出る。


「終わったか?」電話の向こうから、低くて年季の入った、聞き慣れた声が響いた。


「はい、任務完了です」俺は即座に答える。


「問題はなかったか?」


「何一つありませんでした、サー」


「ふむ、さすがだな、ハッサン……いや、今は“ペドシ”だったか?」軽く笑う声が返ってきた。


「どっちでも構いませんよ、サー」


「そう言うが、お前が名前を間違えられるのを嫌うこと、俺は知ってるぞ」


「お見通しですね」


「当然だ。育てたのは俺だ。……ま、お前も忙しいだろうし、ここで切るとしよう。映像、楽しみにしてるぞ」


「後処理が終わり次第、送ります」


「期待している」


通話が切れた瞬間、俺の脳裏にアンディの言葉がふと蘇る。“生まれつき向いてる人なんていない”——たぶん、それが真実だ。


人は、気がついたらこういう場所にいて、選択肢のない状況でただ、飲み込まれる。それを受け入れるしかないんだ。受け入れられなきゃ、いずれ壊れる。


……そう、俺は、間違いなく“最低な人間”だ。でも、それでいい。クソみたいな仕事の中にも、時折、意味はある。そして、何よりこの生き方は快適だ。


俺は再び画面に向き直り、不要な部分を動画からカットして、任務用の映像を完成させた。それを“マスター”に送信する。彼はそれをクライアントに届ける手はずになっている。これで、二つの陣営の衝突にも、俺たちの任務にも終止符が打たれる。


ノートパソコンを閉じ、やりきった満足感を胸に微笑む。それをバンの中へと仕舞い、次に備えてスコップを取りに行こうとした瞬間、違和感に気づいた。


「……アンディ、もう一つのスコップ、どこだ?」


「スコップ?えっと……後ろにあるはずだよ。バズーカの横に置いたけど」


「一つしかないけど」そう言ってバンから降り、彼を中へと誘導する。


「おかしいな……確かに置いたはずだけど」アンディは呟きながら荷台を探り始めた。


「俺には一つしか見えないんだよなぁ……」


アンディがスコップを探しているその時——俺の耳に、妙な音が飛び込んできた。


……エンジン音?


このクソ田舎で、そんな音が聞こえるはずがない。眉をひそめ、周囲に目を凝らすと——砂埃を巻き上げながら、黒塗りのキャデラックが山道の先から姿を現した。


スモークガラスの車体は、俺たちの数十メートル先でピタリと停止する。


まるで、膠着する前の“にらみ合い”のような、緊張が辺りを支配した。


「……アンディ」俺は低く呼びかけながら、腰に差していた拳銃へと手を伸ばした。嵐の予感に備えるように、彼に向けて静かに合図を送る——


「ん?」アンディはバンの中でシャベルを探していて、こちらの呼びかけに気づいていないようだった。


「ちょっとマズいかもな……」小声でそう呟いた、その瞬間だった。


黒塗りのキャデラックから数人の男たちが現れ、銃を構えた。


「なんだと――」


「パパパパッ!」と連続する銃声が空気を裂き、思わず身を伏せた。


「伏せろ! 襲撃だ!」状況を把握しつつ、生き延びるための策を頭の中で必死に巡らせる。


銃弾が飛び交い、キャデラックの男たちも遮蔽物に身を隠す中、最初の銃撃をなんとかやり過ごすことができた。隙を見てアンディに声をかけた。


「生きてるか?」


「無事……じゃねえけど、生きてる」アンディはバンから這い出てきたが、耳から血が垂れていた。どうやら掠ったらしい。彼は荷台の奥からアサルトライフルを取り出し、それを俺に放ると、自分用のを手に取った。


「なんだこれは……いったい何が起きてる?」


俺たちはキャデラックの方向に反撃を開始し、相手を車体の裏に追い込んだ。


「こっちが聞きたいくらいだ」俺も撃ちながら返す。だが、驚くのはまだ早かった。二台目、そして三台目のキャデラックが現れ、隣に横付けされたのだ。


「チッ……」


「なんだよ、これ……」アンディが呆れたように呟いた。


重装備の男たちが次々と車から降りてくる。俺とアンディは、再び遮蔽物へと逃げ込んだ。


「くそっ、こんなの聞いてねぇぞ!」


「……こんな展開、想定してなかった」俺としても、ここまでの混乱は初めてだった。


「お前の計画、完璧じゃなかったみたいだな」


「今それ言うか!? この状況で!?」


「いや、ただの事実を言っただけだ」アンディは平然とした表情で、バンの中から何かを取り出した。その瞬間、俺は言葉を失った。


「このでっかい奴、使っていいか?」狂気じみた笑みを浮かべながら、アンディが聞いてきた。


「……今日使う予定じゃなかったが……くっ、やれ」


「イエッサー」アンディはアサルトライフルを捨て、バズーカを肩に担いだ。


もはや想定を遥かに超えた事態だった。生き残るには、やるしかない。


「派手に行くぞ」アンディが笑い、カバーから飛び出す。


――ドォンッ!!


発射されたロケット弾が火と煙を引いて、一直線にキャデラックの一台へと飛ぶ。次の瞬間――


ドカアァン!!!


爆音と共に車体が吹き飛び、他の車も爆風で横転、燃え上がる。周囲にいた男たちの多くは即死。生き残った者たちも、悲鳴と呻き声を上げるばかりで戦意を失っていた。


俺はその隙を逃さず、再び銃を構えて残党を撃ち抜く。


「運転席に乗れ! 出るぞ!」


アンディは即座に運転席へと向かい、バンを発進させる。


「で、あの死体……どうする? 埋める予定だったやつら」


俺は銃を撃ちながら叫ぶ。「今それどころじゃねえ! 一旦ここを離れるぞ! 後のことは後だ!」


言いたいことは山ほどあったが、今は生き延びるのが先だった。


バンが走り出し、俺は荷台から乗り込んだ。キャデラックの脇を通過すると、何発かの銃弾が飛んできたが、幸いかすりもしなかった。


走り去る中、アンディがようやく声を発した。


「……何が、何だったんだよ、今の……!」


俺は窓の外を睨みながら答える。


「……俺が知りたいよ」


「やつら、なんか……普通じゃなかったよな?」


「やっぱり気づいたか」


アンディは黙って頷く。互いに理解していた。奴らはただのチンピラじゃない――


「ブラッククラウンズ……」この仕事を最初に依頼してきた組織の名を口にする。


俺は携帯を取り出して連絡を取ろうとした。だが、その瞬間――前方からさらに二台のキャデラックがこちらへと突っ込んできた。


「チッ……!」


「うおっ、マジかよ!」アンディが急ハンドルを切り、寸前で衝突を回避。バンは山道をジグザグに滑走し、俺は必死で車内にしがみつく。


ようやく安定したかと思えば、後方にはまだ一台のキャデラックが迫っていた。


「クソが……!」


逃げ切れないと判断した俺は、荷台のライフルを手に取り、バンの後部ドアを開けた。


風が吹き込み、銃声が山道に響く――俺は追跡車に向けて引き金を引いた。


銃弾が命中し、キャデラックの一台が岩に衝突して停止。爆発はしなかったが、妙な達成感に満たされた。


「よっしゃあ! 地獄へ落ちろ、クソども!!」


だが、もう一台はまだ生きていた。中の奴らが車窓から顔を出し、こちらへ銃撃を浴びせてくる。撃ち返そうとしたが――弾切れだった。


「チッ……」俺はもう片方のドアの陰に隠れ、再装填しようとする。その時、ふと頭上の収納ボックスが目に入った。


「あれが……ある!」


急いでボックスを開け、中から手榴弾を取り出す。姿を晒すのは危険だ。ピンを抜いてから、適当なタイミングで放り出す。


6個目を投げた後――そのうちの1つが強烈な爆発を起こし、キャデラックが炎上しながら停止した。


ようやく追跡者を撒いた俺は、ほっと息をついた。が、その安堵も一瞬で消える。


前方の道に、巨大なトラックが道路を塞ぎ、その周囲には複数のキャデラックと重武装の男たちが待ち構えていた。


「……嘘だろ」


一斉に銃撃が始まり、バンの車体が音を立てて破壊されていく。


「うわっ! クソッ!」


アンディと俺は身を低くし、ガラスや鉄の破片を避けながら互いに目を合わせた。


タイヤがバーストし、ハンドル操作が効かなくなる。舗装の甘い道路でバンが横滑りし――


重力が一瞬だけ失われたような感覚の後、俺たちは崖下へと転落していった――

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