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「やっと着いた! 国境の街はなんて大きいんだろう⋯⋯」

 アレクシアは美しい紫色の瞳を見開いて驚いた。

 キョロキョロと左右を見回しながら大通りを歩いていく。

 大きな通りにはひっきりなしに馬車が通っていた。その道に敷き詰めてあるのはツヤツヤと光る宝石のような石畳だ。

 なんてきれいな道だろう⋯⋯。

 こんなに輝く道の上を歩くのははじめてだ。

「汚れた靴で踏んでもいいのかな?」

 そんな心配をしてしまうほど美しい。

 美しい道の両側には三階建ての建物がびっしりと並んでいた。思わず圧倒されるほど重厚なレンガ造りだ。

 ここは、国王が住む首都から遠くはなれた辺境なのに、首都よりもはるかに洗練された都会ではないか⋯⋯。

「すごいなあ⋯⋯。国際都市ってこんなにすごいんだ⋯⋯」

 感心しているアレクシアの横を、南国風の派手な色彩のマントを着た旅人や、毛皮の帽子をかぶった北方人の集団が通りすぎていく。

「だけど、こんなに立派なところで、僕を雇ってくれるかな⋯⋯」

 着ている服はボロボロだし、オメガ襟は擦り切れて今にもやぶれそうなのだ。布製の靴には大きな穴まで開いている。

 どこからどう見てもこの美しい街にふさわしくない姿だ⋯⋯。

「この街で仕事をもらうのはむりかもしれない」

 小さな希望がなくなって、ものすごくがっかりした。

 悲しくて、大きなため息がなん度も出る。

「この薬草とパンを交換してもらえないかだけでも聞いてみようかな⋯⋯」

 ポケットの中から薬草を出してじっと見つめた。

 お腹はぺこぺこだし、今にも座り込んでしまいそうなほど疲れているのだ。

「どこかに井戸がないかな? ——ん?」

 そのとき、ふと、すぐうしろにだれかがいる気配を感じた。道の真ん中に立っているので邪魔になったのだろうか?

「おじゃまでしたか、失礼いたしました」

 丁寧にそうつぶやいて道の端っこへ。

 顔を上げると——。

「あっ! あなたさまは⋯⋯!?」

 そこにいたのは戦場で出会った金髪碧眼の美貌の騎士ではないか!

 見上げるほど背が高い騎士は、黒いマントを肩に跳ね上げていた。

 マントの下の鍛え上げた分厚い胸が、手が届きそうなほどすぐ目の前に⋯⋯。

 ふたりの距離がものすごく近い。

 ——うわーっ!

 いきなりドキドキとしてきた。身体中が熱くなっていく。オメガ襟の下の首元が一番熱い。今にも首が燃えてしまいそうだ。

 ——どうしたんだろう? 病気かな?

 息さえ止まりそうなほど、胸が、苦しい⋯⋯。

「あの⋯⋯、あの⋯⋯」

 騎士のコバルトブルーの美しい瞳とぴたりと視線があってしまった。

 ——ああ、首が熱い⋯⋯。

 頭がぼーっとしてきた。フラフラするし、倒れてしまいそうだ⋯⋯。

 騎士の切れ長の目と引き締まった口元には、おだやかな微笑みが浮かんでいる。

 ブロンドの髪が、冬の太陽に眩しく輝いている。

 その前髪をゆっくりとかきあげながら、低く男らしい声が言った。

「また会えましたね、悪役令息どの——」

 『悪役令息』と言いながら騎士の笑みが大きくなった。まるでこの言葉がとっても面白いとでもいうように⋯⋯。

 意識を失いそうだったアレクシアは、騎士の言葉にハッとして思い出した。

 ——そうだった、僕は騎士さまに、自分は『悪役令息』だと名乗ったんだ! だけど『悪役令息』ってほんとうはどんな人物なんだろう? どういう態度をとったらいいんだろう?

 変な態度を取ればあやしまれてしまうだろう。オメガ聖女だと知られてしまうかもしれない。そうなったら大変だ。

 ——ああ、どうしよう!

 頭がはっきりしたら、つぎは処刑されるかもしれないという恐怖がおそってきた。

 ——走って逃げようか? そうだ、そうしよう!

 右に逃げようかそれとも左か、と考えていると、騎士は笑みを浮かべたまま話しをつづけた。

「肩の治療をしていただいて深く感謝をしている、そなたは俺の命の恩人だ。どうか我が家に客人として招かせてほしい——」

 ——客人!?

 走ろうと思って出した足がぴたりと止まった。

「客人ですか? 僕をですか? い、⋯⋯いえ、あの、そんな大層なことをしていただかなくとも⋯⋯、ぼ、僕は⋯⋯」

 背の高い騎士を見上げながらおろおろしていると、騎士はクスッと笑った。

「そなたは、『悪役令息』なのだろう?」

「え? あ、はい⋯⋯、そうですが⋯⋯」

「『悪役令息』とは、つまり、わがまま放題の結果、領地を追放された貴族の令息のこと——」

「え?」

 ——そうだったのか! 悪役令息というのは、わがまますぎて領地から追放された貴族の令息だったのか! ああ、そういうことなんだ、わがままだから『悪役』なんだ。追放された身分だから、『令息』なのにボロボロの服を着ていたんだ!

 芝居小屋の看板の絵姿と、騎士の言葉がつながった。

「ええっと⋯⋯、そうですよね? 僕は悪役令息なのでこんな姿をしているんですよね⋯⋯? だから、つまり、その⋯⋯、僕は、追放されたわがままな令息ですよ⋯⋯、ね⋯⋯?」

「そのとおりだ」

 騎士は面白くてしょうがないといった顔でクスクスと笑う。だけどすぐに真面目な顔に戻って、「失礼した」と咳払いをした。

「もしもそなたがほんとうに『悪役令息』ならば、俺の招待を断るはずがない——ということだと思うのだが、いかがだろう? わがままで自分勝手な令息ならば、俺の招待を断らないだろう。あたたかい食事を得られるのだから」

「あたたかい食事ですか?」

 想像しただけでお腹がグーッと鳴りそうだ。

 ——僕が悪役令息ならば、騎士さまのお誘いを断ったりはぜったいにしない? そうかもしれない、だって、『わがままで自分勝手な令息』なんだから⋯⋯。

 とまどいながらも、申し出を受けることにした。

「は、はい⋯⋯。では、あの、僕は悪役令息なので、お受けしたいと思います⋯⋯」

「それはよかった」

 騎士はまたクスクスと笑う。今度はその笑いを抑えきれないようで、だんだんと苦しげにさえなってきた。

 ——いったい、騎士さまはなにがそんなにおかしいのだろう?

 ものすごく不思議だ。

 ——もしかしたら、僕の服がおかしいのかな? こんなにみすぼらしい姿をしている人はこの街にはひとりもいないし⋯⋯。

 恥ずかしさにドキドキしながら、小声で聞いてみた。

「あの⋯⋯、僕、変ですよね⋯⋯」

 騎士はサッと真面目な顔に戻った。

「いや、そうではない。ほんとうに失礼した⋯⋯。戦いがうまくいったので、気持ちが明るいだけだ」

「ああ、そうだったのですね! では、さっきの戦いでお勝ちになったのですね、ご無事でよかったです!」

 ほっとして、アレクシアはにっこりと笑った。

 アレクシアの銀色の髪は長旅でホコリだらけ。それでも冬の明るい日差しにキラキラと光って眩しいほどだ。神秘的な紫色の瞳も、騎士の無事に心から安堵して明るく輝く。

 美貌の騎士は、そんなアレクシアをじっと見つめた⋯⋯。

「そなたは⋯⋯」

 騎士が再び口を開いたとき、アレクシアたちのそばに黒い馬車が静かに止まった。

 四頭立てのとても豪華な馬車だ。すぐに御者が下りてきて頭を下げた。

「お待たせいたしました⋯⋯」

「丁寧にお送りしてくれ、大事な客だ」

「はい、閣下——」

 ——閣下?

 『閣下』とは、高位の人物に呼びかける呼称だ。

 ——騎士さまはきっと高い地位のお方なんだろうな。

 考えていると、御者が馬車の扉を開けて、「どうぞ、お乗りください」とうながす。

 馬車の内部もとても豪華だった。

 ——わあ! まるでお姫さまのお部屋のようだ⋯⋯。

 白い内装に金色の縁飾り、足元は真っ赤な絨毯だ。座席にはふかふかのクッションが並んでいる。

 ホコリに汚れた自分が座るのがもうしわけないほどの美しさだ。

「あの⋯⋯、僕は歩いて行きますから⋯⋯」

「ほお? とても『悪役令息』とは思えぬ遠慮をなさる——」

 騎士はまたくすりと笑った。

 ——そうだ、僕は悪役令息のふりをしているんだ!

「えっと、そうですよね。僕が遠慮なんかするわけがありませんよね⋯⋯」

 馬車に乗り込むと、美しいクッションにホコリをつけないように気をつけながら座席に座った。

 騎士が、「では、のちほど」とにっこりと笑って扉を閉めた。

 切れ長の目に形のいい唇——、その完璧な顔が、笑うとますますハンサムで、まるで伝説の太陽神のようだ。

 思わずぼーっと見惚れてしまった。

 馬車が走り出しても頭の中から騎士の姿が消えない。

 ——なんて素敵な方なんだろう。それにとてもお優しい⋯⋯。

 馬車はガタゴトと揺れながら進んでいく。

 しばらくすると街を抜け森の中に入った。たくさんの馬車が走る賑やかな街中の大通りから、木々が立ち並ぶ静かな郊外の砂利道になっていく。

 馬車に揺られていると、心の中に不安の芽がどんどん浮かんできた。

「騎士さまがご無事でほんとうによかったけど⋯⋯、客として招いてくださるなんて、お優しい方だけど⋯⋯、ご厚意に甘えていいのかな? 僕はほんとうは悪役令息じゃなくて逃亡の身なのに大丈夫かな? 僕が首都から逃げてきた聖女だと知られたら大変なことになるだろうし⋯⋯。ご迷惑をおかけしてしまうだろうし⋯⋯。そうだ、お茶をいただいたらすぐにおいとましよう! ⋯⋯あっ、あれは?」 

 ふと窓の外に顔を向けると、そこに見えたのは巨大な黒い城。

 空に届くほど高い塔がなん本も並んでいる。見張り台には黒光りする大砲もある。

 塔は富の、そして大砲は軍力の象徴だ。

「こんなに大きくて立派だということは、この地方を収める辺境伯さまのお城じゃないかな?」

 辺境伯は、この国境の地を納める領主だ。空に届くかと思えるほど大きな城を作れるのは領主の辺境伯以外に考えられない。

「すごいお城だなあ⋯⋯。首都の王様のお住まいよりも大きいかもしれない」

 馬車の窓から黒い城を見上げると、首が痛くなってくるほどの大きさだ。ものすごく頑丈な造りに見える。

 馬車は城門を通り抜けた。中庭に入っていく。中庭には鎧を着た兵たちがたくさんいた。

「もしかして騎士さまはこのお城の辺境伯さまにお仕えしていらっしゃるのかな?」

 馬車が静かに止まり、御者が馬車の扉を開けてくれた。

 扉が開いたちょうどそのとき、美貌の騎士を乗せた白馬が風のような速さで城門から走り込んできた。

 騎士が白馬から飛び降りる。漆黒のマントがふわりと大きく広がった。うっとりと見とれずにはいられないほど優雅な動きだ。

「ようこそ、我が城へ——」

「あ、⋯⋯はい、お邪魔いたします。⋯⋯え? 我が城?」

 我が城とは、どういう意味だろう?

「名乗り遅れたが、我が名はルードヴィッヒ・フォン・シュタイン」

「シュタインさま? ⋯⋯ということは?」

 ということは、このめったにいないほど美貌の騎士こそが、巨大な国際都市を治め、絶大な権力をも持つ辺境伯ということだ!


続く

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