夏祭り
「大野さ〜ん、今年の夏祭りなんだけどさ、こちらのお店でも出店してくれないかな」
駅前商店街の会長さんが汗をフキフキお店にやってきました。
「夏祭りでは駅商店街の面々でそれぞれ屋台出してるだろ?だけど年々商店街のお店が廃業するいっぽうだからさ〜。屋台も減っちゃって見栄えが悪いんだよね〜。
だからこうやっていろんなとこに声かけてるんだけど、いろはさんも何か屋台出してくれるとありがたいんだよ。もちろん場所代なんて取らないよ」
「あらまあ。そうね…うちは…どうなのかしら」
突然の話に紗代子が戸惑いますと
「うーん…うちはおばあちゃんと2人のお店だからなあ」
夏実は眉をひそめて言います。
「ま!考えておいてください!また顔出すから!」
言うだけ言って会長さんはサッサと出て行ってしまいました。
夏実と紗代子が長年住んでいるこの地域では、夏祭りの日には『おおるり駅』の前の道から『おおるり駅前商店街』を通り、そして『大瑠璃神社』までの一本道にズラリとお祭り屋台が並びます。
もちろん外部からそれを生業とするプロの屋台もやってきますが駅前商店街のみなさんもそれぞれのお店の前に屋台を出して大にぎわいとなるのです。
「どうしよう、おばあちゃん。」
「地元のお祭りだから協力はしたいわね。でも屋台となると私達2人だけでは手一杯よ。いくら七生が手伝ってくれるとしても」
「そうだよねえ。おにぎりだと温度管理難しそうだしなぁ」
あら、夏実はやる気なのかしら?
紗代子は考えこみだした夏実を見て思いました。
◇◇◇
「いらっしゃいませ」
昼の喧騒が落ち着いたころ、珍しく吉見さんがひとりでご来店です。
吉見さんって覚えてますか?
やすらぎのおばちゃんこと小出さんと毎朝一緒に来る3人組のひとりですよ。
「大野さん。会長に聞いたんだけど夏祭りに出店すんだって?」
は〜どっこいしょ、と椅子に腰掛ける吉見さん。
「いえまだ返事はしていないんですよ」
「そうなの?もし出店するなら、うちの店前を貸すって言いに来たの。あ、夏実ちゃん、アイスティちょうだい」
席に着くなり矢継ぎ早に話し出す吉見さんです。
「うちは廃業はしたけどもね、店はまだそのままなのよ。電気も水道もトイレも使えるよ。毎年夏祭りに使ってた屋台に使えるような台とか椅子もそのまま残ってるから、知らない店の前を借りるよりは楽だろうと思ってね」
「吉見さんは毎年どんな屋台出してたんですか?」
夏実が吉見さんご注文のアイスティにパウンドケーキの端っこを細長く切ったものを添えて持ってきながら聞きました。
ケーキには片方だけチョコがコーティングされて、端切れなんて思わせない一品となっています。
「お客様には出さない部分なんですけど、この端っこも美味しいから味見してみてください」
「まあ、嬉しいねえ。ありがとう。えぇっと、うちが何を出店してたって話だね?うちは手芸屋だったから食べ物じゃなくて浴衣に合うような巾着袋や髪飾りを並べてたね。店にある材料でチョチョッと作ってさ」
吉見さんは「どれどれ…?」と言いながらケーキをつまみます。
「美味しいねぇ。この干しぶどうが風味良いよ!」
「ラム酒につけてあるんです」
「ラム酒ってお酒?私、お酒にはうといけどこれは美味しいね〜」
「あ、お酒ダメでした?」
「いや普段飲まないだけで飲めないことはないよ」
そっか。
お酒が体に合わない人や車で来る人もいるからこのパウンドケーキはお店で出せないな。
気がつかなかった…と夏実は思いました。
「祭りの話だけど、酒屋は店の前に大きなタライに氷はってビールやジュース冷やして売ってたし、その隣の佃煮屋は酒のアテになるようなもの売って共同でテーブルと椅子置いてたよ」
「酒屋でお酒買って、佃煮屋でおつまみ買うってわけね」
紗代子が言います。
「肉屋はコロッケとかの揚げ物。靴屋は祭りとかそういうこと好きなたちだから水風船とかスーパーボールとか毎年いろんなことやってたねえ。喫茶店はカキ氷だしてたし…ヒモを引っ張るくじ引きやってるとこもあったね。あれはどこの店だったか」
「みんないろいろ考えてるのねえ」
紗代子が思わず、ほう、とため息をつきます。
「お祭り好きな商店街なんだよ」
「うちはどうしようかな〜」
「え、引き受けるのかい??」
こともなげに言う夏実に紗代子は驚きました。
「やっぱり声をかけられたからにはやってみたいかな〜と思って。んふふ」
◇◇◇
夏実がお祭りの屋台に選んだのは肉巻きおにぎりでした。
刻み生姜を混ぜ込んだ中のごはんは小さく握って、豚バラ肉をぐるりと巻いて鉄板で焼きます。
ジュウジュウと豚の脂が音を立て、香ばしいかおりがあたり一帯に広がります。
うーん、食欲をそそられますね。
鮮やかな大葉を1枚敷いた白い発泡トレイにこんがり焼けた肉巻きおにぎりをコロンと乗せて夏実特製のタレをたっぷりかけたら出来上がり。
お箸もありますよ。さあ召し上がれ。
肉巻きおにぎりなら焼く前までの準備がしておけますし、おにぎりカフェとしても面目がたつのではないかと夏実は考えたのです。
屋台で使う鉄板のレンタルもあるのでしょうが、とりあえず初回だからと紗代子や夏実の自宅のホットプレートを持ってきました。
吉見さんのお店から電源をお借りして、店の外の屋台で一台、店の中でも一台稼働中です。
店先で焼くのは夏実。
店の中で焼くのは智江です。
智江さんて誰だったっけと思いましたか?
風四季堂の凛とした女将さんですよ。
紗代子の後輩なんです。
その智江さんがいろはに顔を出してくれた時、お祭りの話を聞いて『ぜひ!ぜひ!手伝わせてください〜!』と懇願され、ありがたく手伝っていただいています。
老舗の女将さんに屋台の手伝いをしてもらうなんて…と夏実はひるみましたが
「良かった。人手が足りなかったの。よろしくね」
と紗代子はあっさり頼んだのです。
智江さんの今日の装いはいつもの和服とは違ってTシャツにイージーパンツ。足元はスニーカーです。
エプロンをつけたそのカジュアルな姿は風四季堂での女将さんとは別人のようです。
「さよ先輩!焼き上がりはどこに置きましょう!」
「ありがと。そこに置いといて。暑いでしょ?中の冷蔵庫にドリンク冷えてるから水分補給してね」
「はい!ありがとうございます!どんどん焼きます!任せてくださいね!」
首にかけたタオルで額いっぱいの汗を拭きながら
キビキビと動く智江さんを見ているとバレー部だったと言う2人の若かりし頃の姿が目に浮かぶようだと夏実は思いました。
「部活の先輩、後輩って話、ホントだったんだね」
接客係は紗代子と夏実の弟の七生。
それに今日は紗代子の長女の伊都子のところの双子も手伝いに来てくれました。
そしてなぜか風四季堂の店主、いえ跡を譲ったそうだから元店主ですね。
志貴求成。もっちゃんです。
智江がいろはの夏祭りの手伝いに行くと言うと
「おまえだけズルいぞ!」と、ついてきたそうです。
「風四季堂さんも屋台出してるって聞いたけど」
紗代子が求成にビールを渡します。
「ええ。うちは冷やしぜんざいや冷やし飴なんかを出させてもらってるようですね。もっと神社に近いほうらしいですよ」
求成さんは、ニコニコとビール片手にご機嫌さんです。
「手伝ってくれるのはありがたいんだけど、こっちにいて良いの?」
「うちはもう代替わりしたんで若夫婦が好きにやってくれれば良いんですよ。先代が目の前をウロウロしたらやりにくいでしょうし、かと言って見てしまえばこっちも口出したくなりますからね。見ないほうがお互いのためですよ」
そう言いながら、フッと微笑む求成の先代、つまり求成の親はいつまでも口うるさかった、とどこかで聞いたことがあったなと紗代子は思いました。
「もっちゃん、ずっとお店守って来たんだもんね。お疲れ様でした。でも、いきなり暇になったんじゃない?」
「最初のうちは旅行したり映画を見たり釣りに行ったりしましてね、自由だ!ってワクワクしましたよ。でもそろそろ飽きて来たとこなんですよ。老人会ってのもねぇ、性に合わなくてねぇ」
「もっちゃーん!ちょっと来て手伝ってー!」
智江に中から大きな声で呼ばれて
「おう!」
と、威勢よく返事をして店の中に入って行きました。
智江と同じくTシャツというラフな姿の求成は老舗有名和菓子を作っていた人とは思えません。
一方、
「はい!肉巻きおにぎりお2つですね!ありがとうございます!」
七生が愛想良く接客しています。
その横で双子が肉巻きおにぎりにタレをかけてお客様に渡します。
「大野君?」
浴衣姿の女の子が七生に声をかけて来ました。
「あ〜…えっと、久野さん!久しぶり!」
「中学卒業以来だね。今日はバイト?」
「うちの姉と祖母のお店なんだよ。手伝い。」
「おにぎりカフェいろはって大野君のお姉さんとおばあさんのお店だったの?一度行ってみたいって思ってたの」
「嬉しいな!ぜひ店にも来てよ!」
地元のお祭りですから同級生の顔も見かけます。
そのたびに七生は店の宣伝もするのでした。
「ね、ね、夏実。まだ18時だけど売れ行きがすごくない?」
まだ外も明るい時間なのに、意外と人出が多いのです。
「うん。こんなに売れると思わなくて。余裕見て300個も用意したんだけど」
「追加する?」
「今からじゃ無理だから…完売したらしたで良いよ」
「もったいない気もするけど…そうね」
焼いて焼いて、売って売って…。
おかげさまでいろはの肉巻きおにぎりは早々に売り切れご免となりました。
画用紙に
「売り切れ!ありがとうございました!」
と書いて店先に貼り付けて中で一休み。
七生や双子はお祭り見てくる〜と出て行きました。
夏実が缶ビールを掲げて
「みなさんお疲れ様でした!肉巻きおにぎり完売しました!ありがとうございます!!」
「お疲れ様でした!」
みんな暑い中、汗だくで頑張りました。
大変疲れましたが初めてのイベントが大成功でしたので気持ちは爽快です。
お祭り山車のお囃子が聞こえて来ます。
「来年は500個売ろうね!」
ご来店ありがとうございます!
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それではまたのご来店お待ちしております(ニコッ)