おにぎりカフェいろは 朝
「今日のお味噌汁は大根、にんじん、お揚げにしめじですよ。」
紗代子がおにぎりプレートを持って小出さん達3人組のテーブルに向かいながら言います。
小さめに切られ、じっくり煮込まれた野菜が
こんもりと盛られたお椀からはふわふわと湯気がたちのぼってます。
たっぷりお野菜食べてくださいね。
「あぁいい匂い!ここのお味噌汁アタシ大好き!」
やすらぎのおばちゃんこと、小出さんは目を細めながら胸の前で手をスリスリして待ってます。
「このお店ができて良かったわぁ。朝からこうしてみなさんと会えるし、美味しいご飯もいただけるものねぇ」
そう言いながら田中さんはスラリとした指をスイスイ動かしながらスマホでおにぎりプレートの写真を撮っています。
離れて住んでいる娘さんにその画像を送ることで
『生きてますよ〜』の報告なんだそうですよ。
「そうね。ひとりだと簡単で良いやって家にあるものをサッと食べて終わり、でしょ?」
おはしを取りながら吉見さんは言います。
「アタシなんてひとりだからごはんこしらえるのも面倒で!なんと言っても誰かが作ってくれた温かいごはんをみんなといただけるってのが良いのよね!」
『そうよね〜』
声を揃えて同じことを言う
こちらの3人はみなさんご近所さんです。
やすらぎのおばちゃんこと、小出さんはアパートを経営しています。
田中さんはピアノの先生。
吉見さんは駅前商店街で手芸店を営んでいましたが今は引退しています。
雰囲気も職業も全く違いますが気が合うようで昔から仲良しな3人組なのです。
いろはのおにぎりは三角形。
海苔は下半分程に着物のようにぐるりと巻くタイプです。
具は中に握り込められてますが
夏実が中身を間違えないために上にぽっちりと同じ具が乗せてあります。
白いツヤツヤごはんに深緑の海苔。
海苔はコンロでサッと炙ってありますからパリッとしてますよ。
上にピンクのたらこやオレンジの鮭が乗っていて見た目も鮮やかです。
いろはの梅は紫蘇と一緒に細かく刻んで混ぜ込みますから、食べやすいとそちらも人気です。
さ!お次は山口さんです。
「はい山口さん。お待たせしました」
紗代子がおにぎりプレートをコトリとテーブルに置きますと
「ん!」と一言。
読んでいた新聞から顔をちょっと覗かせて
おにぎりをヒョイッとつかんでかぶりつきます。
山口さんが読んでるこの新聞。
山口さんの持ち込みです。
「喫茶店なのに新聞も雑誌も置いてねえのかよ」
初めていろはに来た山口さんは口をとがらせて不満そうに言ってきました。
「はーい。置いてないですよ」
夏実があっさり答えます。
「なんでだよ。普通、喫茶店には置いてあるだろ」
「廃品回収に出すためにまとめるのが面倒だからで〜す」
「紐で結んで出すだけだろ。それぐらい」
「え〜新聞をまとめるのって大変なんですよ。キュッと結ぶの難しいし廃品回収の収集場所に持って行くのも重いし」
紗代子は夏実と山口さんのやりとりをハラハラしながら聞いてました。
どうしようかしら。
夏美が面倒だからいらないと言うからそうしたんだけどやっぱり新聞や雑誌を置いたほうが良いのかしら。
「マー坊!そんなこと言ってあんた廃品回収どころかゴミひとつ出したことないだろ?
やったことないのにそれぐらいなんて言うんじゃないよ!ここで新聞読みたけりゃ自分の家から持ってこればいいだろ!」
「うへぇ、さっちゃん…」
小出さんが山口さんに離れた席から大きな声で言います。
小出さんと山口さんはここで生まれ育った幼馴染ですので遠慮がありません。
マー坊! さっちゃん…、の間柄です。
あ、小出さんは幸子なんですよ。だから『さっちゃん』
近所の小学生から恐れられている山口さんも小出さんには弱いようです。
と、まあこんなことがありまして、山口さんはそれ以来、いろはに来るときは自分の家から新聞を持ってきているのです。
「マー坊!あんたなんでひとりで来てんのさ!
みっちゃんはどうしたのさ!自分ひとりで美味しいおにぎり食べるつもりかい?」
「道子は昨日から綾子のところに行ってんだよ。綾子が足を痛めて動けないって言うから手伝いにな」
「置いてきぼりかい!」
「なんもできない俺が行ったって邪魔だろ…」
ちょっとしょんぼり気味の山口さん。
奥様になにか言われたんですかね?
『道子、みっちゃん』とは山口さんの奥様で、『綾子』は山口さんの娘さんです。
「だったら役に立てるよう頑張りなよ!ボンクラが! あ、さよちゃん、なっちゃんうるさくしてごめんね! で!あやちゃんは大丈夫なのかい?!」
うるさくしてごめんと言いつつ、声のトーンを下げない小出さん。
「いえ今は他にお客様はいないから大丈夫ですよ」
聞いてないのはわかっているけど、紗代子さんも一応答えておきます。
朝いちばんに来るのは、ほぼ常連さんだけですので
ま、今は良いとしましょう。
朝から店内がワーワーと賑やかですが
夏実は庭の席に座る浅野さんのところにおにぎりプレートを持って行きました。
庭の席は全て1人用になっています。
小さなテーブルと椅子が一脚。庭のあちこちに設置してあります。
まあまあ広い庭といっても周囲にはそれなりに民家がありますのでクレーム防止策です。
話に花が咲くと自然と声が大きくなるものですからね。
「あそこの椅子をこっちに運んで2人で座っても良いですか?」
たまにそうおっしゃるお客様もいますが
「申し訳ありません。お庭はおひとり用となっております」
とお断りしています。
「えー素敵な庭なのにー。ざんねーん」
と諦めてくださるお客様は良いのですが
離ればなれに設置してある席に座り
「ねー!!注文決まったーー?!」
と大声で会話するお客様もいらして
紗代子はびっくりして庭に飛び出して行ったこともあるんですよ。想定外です!
お庭ではお静かに願いますね。
「お待たせしました!」
浅野さんの「いつもの」は刻み梅と昆布のおにぎり。
他にもいろいろおにぎりはあるのですが
朝にやってくる常連さん達が注文を変えることは
今のところありません。
「ありがとう。」
浅野さんのお気に入りの場所は夏蜜柑の木の正面、ちょうどこの時間木の影になるので眩しくなくて良いとのことです。
こんもりとした青葉にアゲハ蝶がヒラヒラと飛び回っています。
浅野さんもこの土地で生まれ育ったかたです。
ですが大学進学で地元を出て以来、離れた土地で過ごされていて、定年退職してから戻ってきたそうです。
小出さんや山口さんとは同級生であり幼馴染でもありますが2人とは違い穏やかな…おっと失言。
いやまあ、にぎやかな2人とは対照的な浅野さんですが仲は悪くはなさそうです。
「勝ちゃん!こっちで一緒に座りなよ!」
と小出さんに誘われても
「いやぁボクはここの庭が好きなんですよ」
と穏やかに答えながらスタスタ庭に歩いて行くのでした。
「勝ちゃんは変わらないね!昔っからあんな飄々とした感じで!」
「勝利は勝ちゃんで俺はマー坊にボンクラかよ」
「え!なんか言ったかい!?」
「なんでもないよ…」
「暑くなってきたねえ。蝉はもうすぐ出てくるかな」
浅野さんはおしぼりで手を拭きながらつぶやきます。
「まだ蝉の声は聞いてないですね。もうすぐかな?私もこの庭が大好きなんですがここ最近の暑さは体に負担ですから、体調が悪くなったり、お水のおかわりが欲しいときは遠慮なくこのボタンを押してくださいね。すぐに私が来ますから!」
「ああ。そうするよ。ありがとうね」
まだ朝の日陰とはいえ、すでに暑いですからね。
お年の浅野さんが庭に出るのは夏実はちょっと心配だったりします。
ちょこちょこと庭に様子を見に来たいのはやまやまですが、ひとりで庭にいるのを好んでいる様子の浅野さんなので邪魔するわけにもいかず
こうしておにぎりプレートを持って来たときに少しお話しをするようになりました。
「心配かけるね。長居はしないよ」
浅野さんはちょっと笑いながら言うのでした。
お読みいただきありがとうございます!
ランキングにのることができて大変嬉しいです!!
ものすっごく喜びました!ありがとうございます!
ワタクシ、タイトルをつけるのが大変苦手かもしれません。いちばん時間かかるのがタイトルです。
これからもどうぞよろしくお願いします。