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おにぎりカフェいろは  作者: 瑞谷樹梨
5/15

それぞれの一大決心 4

翌朝、壱朗の許可が出たことを電話で伝えると早速、大きなエコバッグをさげて夏実は紗代子のもとを訪れました。


「おじいちゃんOKしてくれて良かった〜!」


エコバッグの中身は試作のおにぎりです。


おにぎりを持って来てくれたなら、と紗代子はお味噌汁を作り始めました。


「うちの子達はなんというか…個人を尊重するというか、そのまま受け入れる子達だから。この家をカフェにしてもなんにも言わないと思うけど一応、報告しておいた方が良いと思うのよ」


 一階をリフォームするとなれば物の整理が必要になるでしょうから、何か思い出のものがあれば持って行ってもらわないといけません。

ついでに片付けも手伝ってもらいましょう。


「そうかなぁ。」


「伊都子と日登美と聡士には私から電話するけど、尚弥には夏実が自分で言う?」


「うん!自分で言うよ」


言葉は元気なのに憂鬱(ゆううつ)そうにため息をつく夏実に

おや、と思うと


「お父さんは良いんだけどね〜お母さんがなんて言うか…」


尚弥の妻の美穂さんは気の良い人ですが矢継ぎ早に言葉が出る人なので、おっとりとした夏実のためらう気持ちもなんとなく想像がついてしまい紗代子は苦笑しました。


「そういえばパンじゃなくておにぎりを出す店にするってことはお父さんやお母さんは知ってるの?」


「…知らないと思う。お父さん達が赴任先に行って家にいるのは私と七生(ななお)だけだから」


「早いとこ言ったほうが良いと思うわよ?私もだけどおじいちゃんもだいぶ驚いてたから」


「そんなに驚くようなこと?」


「夏実がパンに熱中してたのはみんな知ってるからねぇ。夏実は小さな頃から研究肌というか、何かに興味持つとすごく熱心に集中する子だったから」


夏実は大きな保存容器から取り出したおにぎりに海苔を巻きながら、大皿にトントンと乗せていきます。


「さあ、お味噌汁も出来たよ。久しぶりに作ったけど味はどうかしらね。1人分作るのも面倒でずっと作ってなかったのよ。さ、いただきましょう」


「わあ、おばあちゃんのお味噌汁大好き!」


ふわふわと柔らかな湯気の中にはわかめとお豆腐が見えます。

味噌は麹味噌ですね。


「まあ!可愛いおにぎりだねぇ」


「いろいろ食べてもらいたくて小さく握ったの。感想聞かせてね」


鮭に昆布、梅、大葉や卵…は紗代子にもわかりましたが


「この緑色のものはなにかしら」

「アボカドだよ」

「アボカド…こっちの赤いのは?」

「キムチ」

「キムチ…」


「何から食べる?小さく握ったけどいろいろ食べてもらいたいから半分に切ろうか」


「そうだね。なんだか見たことないおにぎりがあるから食べてみたいけど、そんなにたくさん食べられないからね」


2人だけの食卓ですから、夏実は小さなまな板と包丁をテーブルに持ってきて全部半分に切りました。


「アボカドと半熟卵。これは意外とおいしいね」  

「キムチに豚肉が入ってる、うん。これもおいしいね。ん?チーズも入れたの?」


紗代子は目を丸くしながら、おにぎりを食べては感想を言います。


 夏実が嬉しそうに眺めていると、玄関チャイムが鳴りました。

慌てて口の中のものを飲み込もうとする紗代子に

夏実が


「私が出るからいいよ」


と言いながら玄関へ向かいました。

ドアを開けると


「こんにちは!あら夏実ちゃんじゃないの!大きくなったわね!すっかり良い娘さんになって!」


「やすらぎのおばちゃんこんにちは」


やすらぎというのは目の前のおばあちゃんが経営するアパートの名前です。アパート入り口にデカデカと書いてあるので小さい頃の夏実が覚えたてのひらがなを読んで「すごいわねー!」と褒められて以来、「やすらぎのおばちゃん」と呼んでいるのです。

本当の名前は小出さん。

気さくな人柄で自分のアパート住人や町内のみならず誰にでもグイグイ親切にする顔の広いおばあちゃんなのです。


「さよちゃんにちょっと話があったんだけど!いる?」

「はいはい。いますよ。」


奥から紗代子が出てくると


「町内の子供獅子を置く棚がね、壊れちゃったんだって。だから壱朗さんに直してもらえないかと思ってね」


「まあ、うちのはいまちょっと実家の方に行っててしばらく帰ってこないのよ。」


「あらま!なんかあったのかい?いやまあそんなすぐ使うものじゃないからさ!来年の秋祭りまでに直してもらえれば良い話なんだけどね!」


「じゃあ大丈夫ね。預かっておきましょうか?帰ったら直すと思うから」


「やってくれる?良かった!じゃあ今度、子供会の人にここに持ってくるように言うわね!」


小出さんはお年の割にはパキパキとした話ぶりです。


「そうだ。もうお昼食べちゃった?夏実がおにぎり握ってきてくれたのよ。一緒にどう?」


「良いの?突然来た私がいただいてもさ!」


「どうぞどうぞ!いっぱいあるので食べて味の感想教えてください」


3人で台所に戻りまして、


「お客様に台所ですみませんけど」


紗代子がささっと片付けてイスを勧めます。


「なあにやだねそんなこと!お客様ってほどのもんじゃないよ!」


「さあどうぞ召し上がって。いまお味噌汁も出しますから」

「お、お、お口に合うと良いんですが!」


夏実はなんだか緊張してるようです。

小出さんは目の前のおにぎりをしげしげと眺めながら


「美味しそうじゃないの!これは何が入ってるんだろね!さすが若い人は洒落(しゃれ)たことするねえ!」


「おばあちゃんにいろいろ味見してほしくて半分に切っちゃったんです。見た目が悪くてすみません」


「なんだか見たことないものがいろいろあって、そりゃ全部試したくなるさ!私は気にしないよ!」


紗代子がお味噌汁を、夏実がお箸と取り皿を渡しますと


「ん〜!こりゃおいしいね〜!ハイカラだね〜!」


「どうですか?本当の感想を教えてほしいんです」


「実は…夏実とここで喫茶店を開くつもりなんですよ。そこでこのおにぎりをお店で出したいので率直なご意見をいただきたいの」


「喫茶店⁈いいねえ!この辺りには喫茶店がないからあると良いのにって、とよちゃんやしずちゃんとよく話してるんだよ!」


とよちゃん、しずちゃんも同じ町内に住む小出さんのお友達です。


「むかしは一軒あったんだけどね!もう店閉めてだいぶたつね!店やってた、えーっとなんて言ったっけ。名前忘れちゃったけどマスターが体壊してね。閉めちゃったんだよ!」


パクパクとひと通りのおにぎりを食べて


「全部気に入った!お世辞じゃないよ!アタシはお世辞なんて言わないからね!ハイカラおにぎりをまた食べたいね〜!早いとこ喫茶店やってくれないとアタシ死んじまうから早くね!店開けたら毎日通うから!じゃあね!ごちそうさまでした!」


「が、頑張ります!!」


パワフルなやすらぎのおばちゃんに圧倒された夏実はなぜか大声で宣言するのでした。



小出さんがバタバタ帰ったあとで…


「ホントに美味しかった?」


 緊張がとけた夏実はほっと肩をゆるませて紗代子に甘えるように聞くのでした。


「本当に美味しかったよ。ごちそうさま。」


「ホント?また食べたい?」


「本当だよ。小出さんも美味しいって言ってたじゃない。味のことは心配しなくていいと思うよ。夏実の味は確かだから」



「それでね。ここを改築する前に片付けなきゃいけないからみんなに一度集まってもらうことにするわね。そのときのお昼ごはんに今日みたいなおにぎりだしてくれる?」


「うん!」


「じゃあ話を戻すけど、夏実はお父さんとお母さんにカフェのことを早く電話すること。」


「は、はい…」



◇◇◇



 そして、いつだって慌ただしい年の瀬はにわかに降ってわいたようなカフェの開店準備でさらに慌ただしくなりました。

夏実は勤めていたベーカリーを退職して、毎日手続きや何やらで忙しくしているようです。


リフォームは話を聞いたコーイチさんが手配をしてくれることになり、大掛かりな部分は鷹山工務店の現役が担当し、細かい部分は引退組、すなわち壱朗やコーイチさん、現役を退いた昔馴染みの人達が集まってくれることで価格を抑えることができそうです。着工は年明けです。



 この家で過ごす最後の大晦日。

工事に向けて、あらかた家具は出していますのでガランとした大野家です。

壱朗が山から新しい家族を連れて帰ってきています。


「山の中をガリガリに痩せたコイツがフラフラしてたから食い物やってたら居着いた」 そうです。


クロと名付けられたその犬は壱朗の横にピッタリとくっついて一緒にこたつに入ってます。


「この家でこうやって過ごす大晦日に正月も最後だな。ま、来年は今までとは違う年になりそうだ。この家がカフェになるなんて…何が起こるかわからねえものだなあ」


「どうなるかわからないけれど…元気にやっていきましょ」


 老夫婦2人、差し向かいで久しぶりにゆっくりとした時間を過ごすのでした。

読んでいただきありがとうございます。


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